2011年東北地方太平洋沖地震・津波に関連する電離圏擾乱の3次元可視化に成功―津波早期警報の高度化にも期待―
千葉大学大学院理学研究院の服部克巳教授、同大国際高等研究基幹のSong Rui(宋 鋭)特任助教らの研究グループは、中国地震局地震予測研究所と台湾国立中央大学との共同研究で、日本GEONET(注1)のGNSS(注2)観測網を活用して、2011年東北地方太平洋沖地震(東日本大震災、M9)直後に発生した電離圏擾乱の3次元構造を再構築することに成功しました。地震・津波によって発生する多様な大気波動が電離圏電子密度に与える影響を3次元的に可視化した本研究成果は、従来の2次元観測(TEC)の限界を突破するものであり、地球の岩石圏‐大気圏‐電離圏の相互作用に関する理解を大きく前進させるものです。また、津波の早期検知に応用可能な新たな指標を提示するものであり、将来的な早期警報システムの信頼性向上に寄与することが期待されます。
本研究成果は、2025年11月26日に、国際誌Scientific Reportsにオンライン掲載されました。
■ 研究の背景
電離圏は地球大気中で高度約60 - 1000 kmの範囲に位置し、イオンと電子が存在する領域です。大規模な地震や津波が発生すると、急激な地殻変動やそれに伴う津波が大気を介して上空の電離圏に撹乱(Co-seismic Ionospheric Disturbances: CIDs)を引き起こします(図1)。これまで、電離圏撹乱の観測はGNSS受信機ネットワークにより観測されたTECデータを用いた’2次元的’な解析が主流であり、水平的な変化を捉えることはできても、CIDsの高度方向の進化を直接推定することは、困難でした。
しかし、電離圏の3次元構造を解明すること(図2)は、地震‐大気‐電離圏結合過程の理解に不可欠であり、特に津波に伴って生成される「内部重力波(IGW)」を評価する上で極めて重要です。


■ 研究の成果
本研究では、高精度な3次元トモグラフィー技術(注3)を用いて、東日本大震災直後、震央付近から発生したレイリー波、音波、重力波、および津波に伴う内部重力波に関連した電子密度変動の3次元構造を精密に再構築しました。3次元の電離圏トモグラフィーは、GNSS衛星‐受信機観測から得られるTECデータを入力して、震央上空の超高層大気における電子密度変動の3次元構造を再構築する技術です。高精度な擾乱情報を得るため、本研究グループはトモグラフィー技術に基づき、独自に先進的なICLSF(注4)という可視化アルゴリズムを開発しました。このアルゴリズムは、一般的に電離圏背景モデルに依存しない高精度な3次元可視化を実現できます。この特長により、静穏時および擾乱時のいずれの条件下においても、多様な電離圏不規則構造を高精度に捉えることが可能となりました。その結果、以下の主要な成果を得ることができました。
1:3種類の大気波動の垂直構造を世界で初めて明確に分離 (表1)
本研究により、地震に伴い発生する主要な3種の大気波動(①レイリー波起因のCIDs、 ② 震源由来の音響重力波、③津波由来の内部重力波)それぞれが、全く異なる垂直伝播特性を持つことを世界で初めて体系的に示しました。

本研究では、地震発生から約4分後に電離層に現れた音波パルスによる円形の擾乱を捉えることにより、従来の2次元手法よりも6分早く検知されたことが明らかになりました。これは、3次元再構成技術が地震によって引き起こされた大気の応答をより早期に捉えられることを実証しています。さらに研究グループは、音波の速度が高度によって異なること、そして地磁気の傾きが、音波が上層大気に伝播するかどうかに影響を与えることを発見しました。また、地震発生から約40分後、津波によって引き起こされた内部重力波が遠方で逆円錐状の擾乱を形成し、その位相が下向きに伝播していることも観測されました。これは大気重力波の物理的特性と一致しています。これらの微細構造がこれほど鮮明に3次元的に示した例は初めてです。
2:津波の事前検知に有利な電離圏信号を発見
現在日本では、津波の高さが3 mを超える場合に「大津波警報」が発表されます。本研究では、気象庁が報告する5地点(石巻、宮古、根室、えりも、久慈)の潮位計データを元に、3 m級津波の到達時刻を分析しました。その結果、高度約190 kmの電離圏における津波由来の内部重力波の発生が、沿岸での津波(3 m級)到達よりも最大29分早く検出できることを確認しました。特に震央から300 km以上離れた場所に位置する根室、えりも、久慈では、津波到達の8‐29 分前に内部重力波由来の電離圏の低高度190kmで検出されました。これにより、電離圏観測による津波早期検知の有用性が実証されました。一方で、震央距離が300 km未満の石巻および宮古では、電離圏での検出が津波到達より 7‐9 分遅れる傾向があるため、近距離での迅速な検出には改善が必要であることが明確となりました。
■今後の展望
本研究は、ICLSF技術を用いた3次元電離圏トモグラフィーにより、地震・津波に伴う電離圏擾乱の時間的進展を包括的に解析した世界初の成果です。本成果は、電離圏観測を用いた災害監視の新たな可能性を拓くものであり、大規模自然災害に対しより迅速で高度な観測・警報システムの実現に向けた基盤となります。
一方で、沿岸帯では依然として迅速な検出が困難であることを示唆しています。この制約を克服するためには、高度100‐130 kmの電離層E層領域における高精度の3次元CIDs情報を取得することが不可欠です。したがって、今後の ICLSF アルゴリズムの改良では、イオノゾンデ観測(注5)や地球低軌道衛星に基づく電子密度プロファイルなど、E層の観測データの統合を重点的に進めていきます。
■用語解説:
注1)GEONET:国土交通省国土地理院が設置した、稠密なGNSS観測網。日本全国の約1,300か所に設置されている。
注2)GNSS:Global Navigation Satellite System の略。人工衛星を利用して地上の現在位置を計測するためのシステム。
注3)3次元トモグラフィー技術: 一般的には、CTやMRIのように中身を壊さずに物体の内部構造をいろいろな方向から撮影し、その断面画像を再構成して立体的に可視化する技術。本研究では、衛星や地上観測データを利用して、地震や津波で乱れた電離圏の電子密度を立体的に再構成ために使用した。
注4)ICLSF:Improved Constraint Least-Square Fittingアルゴリズムの略。このアルゴリズムは電離層電子密度の背景値に依存せず、環境変化や予期せぬ状況にも耐性を持つ。
注5)イオノゾンデ観測:電離圏に向けて電波を上向きに送信し、反射して戻ってくる電波を測ることで、電離圏の高度ごとの電子密度を調べる観測方法。気象庁の電離圏観測所など、専門施設に配備されている。
■ 論文情報
タイトル:A case study of the three-dimensional co-seismic ionospheric disturbance evolution(地震に伴う三次元電離圏擾乱の進展に関するケーススタディ)
著者:Rui Song, Katsumi Hattori, Xuemin Zhang, Jann-Yenq Liu, Chie Yoshino
雑誌名:Scientific Reports
DOI:10.1038/s41598-025-26074-1
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