免疫の要、T細胞が生まれる“最初のスイッチ”を解明~Notchシグナルが免疫細胞の運命を切り替える仕組みを発見~
千葉大学大学院医学研究院の田中 知明教授、東海大学医学部基礎医学系生体防御学の細川 裕之准教授らの研究グループは、細胞間コミュニケーションを担う重要なシグナル伝達経路の一つである、Notchシグナルが「RUNX」と呼ばれる転写因子(注1)の働き方と結合先を大きく作り替えることで、「T細胞になる」ための分化(注2)プログラム(T細胞系譜プログラム)を起動していることを明らかにしました。本研究成果は、T細胞性白血病や免疫不全症の理解、さらには効率的なT細胞製造技術の開発につながることが期待されます。
本研究成果は、2025年12月4日に国際科学誌Journal of Experimental Medicineでオンライン公開されました。
■研究の背景
私たちの体の中でT細胞は、感染症やがんと闘う免疫の要となる重要な細胞です。そのT細胞は、骨髄にある造血幹細胞から生まれたリンパ系前駆細胞の一部が胸腺へ移動し、胸腺の細胞から送られる Notchシグナルを合図に、「T細胞系譜プログラム」を起動することで作られます。また、RUNX1(注3)をはじめとする RUNXファミリーの転写因子は、T細胞を含むさまざまな血液細胞が正しく作られるために欠かせない分子であることが知られていました(参考文献)。しかし、Notchの合図を受ける前の段階と、受けた直後の最初期T細胞前駆段階(DN1/DN2a)とで、RUNXがどのように働き方を切り替えているのかは、これまでよく分かっていませんでした。
そこで研究グループは、生体内の初期T細胞前駆細胞に非常に近い性質をもち、自在に遺伝子操作ができる「Cas9-LP細胞」を独自に作製し、一細胞RNAseq(注4)、ChIP-seq (DNA結合解析)(注5)、質量分析(注6)といった最先端の手法を組み合わせることで、この長年の謎の解明に挑みました(図1)。

■研究の成果
本研究では、T細胞になるための分化プログラムのスイッチがどのようにオンになるのかに着目し、NotchシグナルによるT細胞内の転写因子RUNX1の働きの変化を、一細胞RNA-seqやDNA結合解析や質量分析などの最先端技術を用いて詳しく調べました。その結果、Notch刺激(注7)の有無によって、RUNX1の役割が「抑制役」から「促進役」へと劇的に切り替わることが明らかになりました(図2)。

Notch刺激が入る前の細胞では、RUNX1は同じ転写因子の一つであるCTCFと結合し、T細胞になるために必要な遺伝子の働きを抑えていました。ところが、Notch刺激が入ると、RUNX1はCTCFから離れ、他のさまざまな全く異なる分子と結合して、T細胞に必要な遺伝子のスイッチを一斉にオンにすることが分かりました。このRUNX1の結合相手の切り替わりが、T細胞分化の開始を決定づける“最初のスイッチ”として機能していることを本研究は明らかにしました。
■今後の展望
今回の研究により、感染防御やがん免疫に重要なT細胞が、最初にT細胞へと運命を決める段階において、NotchシグナルによるRUNX1の機能転換によって分化スイッチが入るという新しい分子メカニズムが明らかになりました。今後は、この仕組みの異常が関与すると考えられるT細胞性白血病や免疫不全症の病態解明に加え、iPS細胞や造血幹細胞から安全かつ効率的にT細胞を作り出す再生医療技術への応用が期待されます。
■用語解説
注1)転写因子:遺伝子のスイッチをオン・オフして、どの遺伝子をどれだけ働かせるかを調節するタンパク質。細胞の分化や機能の決定に重要な役割を担う。
注2)分化(ぶんか):細胞が、未熟な状態から特定の働きをもつ細胞へと変化していく過程のこと。T細胞分化とは、T細胞としての性質を獲得していく過程を指す。
注3)RUNX1:T細胞や赤血球など、さまざまな血液細胞が正しく作られるために重要な転写因子の一つ。本研究では、T細胞分化のスイッチを制御する中心的な分子として働くことが示された。
注4)一細胞RNA-seq:細胞を1個ずつ分離し、それぞれの細胞でどの遺伝子がどの程度働いているかを詳しく調べる解析法。細胞集団の中の「個々の違い」を可視化できる。
注5)ChIP-seq(DNA結合解析):転写因子などのタンパク質が、ゲノムDNA上のどの位置に結合しているかを網羅的に調べる手法。遺伝子のスイッチがどこで操作されているかを解析できる。
注6)質量分析:分子の重さを高精度に測定することで、細胞内に存在するタンパク質やペプチドを同定する技術である。どの分子が結合しているか(相互作用分子)を網羅的に見つけることができる。
注7)Notch刺激:細胞の表面にあるNotch受容体が、胸腺の細胞などから送られる特定の合図を受け取ることで起こる細胞内シグナル。T細胞が「T細胞になる」という運命を決める最初の重要な合図として働く。
■論文情報
タイトル:Notch interaction with RUNX factors regulates initiation of the T-lineage program
著者:Yuichi Kama, Ken-ichi Hirano, Kaori Masuhara, Yusuke Endo, Yuka Suzuki, Masanori Fujimoto, Tatsuma Matsuda, Takashi Yahata, Masahiko Kato, Katsuto Hozumi, Tomoaki Tanaka, Hiroyuki Hosokawa
雑誌名:Journal of Experimental Medicine
DOI:10.1084/jem.20250911
■参考文献
タイトル:RUNX proteins in transcription factor networks that regulate T-cell lineage choice
雑誌名:Nature Reviews Immunology
DOI:10.1038/nri2489
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