終末期や死に関する実践的な知識と行動能力を測る新指標「デス・リテラシー尺度」の日本語版を開発
千葉大学予防医学センター 河口謙二郎 特任助教、北海道大学大学院医学研究院 黒鳥偉作 助教らの研究グループは、終末期や死に関する実践的な知識と行動能力(Death Literacy: デス・リテラシー)(注1)」を測定する尺度の日本語版(Japanese Version of Death Literacy Index: DLI-J)およびその短縮版(DLI-J-9)を開発しました (図1)。
2025年2月に全国の男女2,500名を対象とした調査の結果、この尺度は高い信頼性と妥当性を持つことが確認されました。一方で、日本のデス・リテラシーの平均スコアは10点満点中3.82点にとどまり、英国(4.76点)やスウェーデン(5.15点)などの先行研究がある諸外国と比較して、低い水準にあることが明らかになりました。本研究成果は、多死社会(注2)を迎える日本において、最期まで安心して暮らせる地域づくり(コンパッション・コミュニティ(注3))を進めるための重要な指標となります。
本研究成果は、2025年12月7日に、国際学術誌Psychiatry and Clinical Neurosciences Reportsで公開されました。

■研究の背景
日本は現在、超高齢社会の進行に伴い、死亡者数が急増する多死社会を迎えています。病院のベッド数には限りがあり、看取りの場は病院から地域・在宅へ移行しようとしています。しかし、家族や地域社会が実際に死や看取りに向き合う準備ができているかは、これまで不明確でした。
終末期ケアや死に関する実践的な知識や行動能力を「デス・リテラシー」と呼び、その能力を測る指標(Death Literacy Index: DLI)がオーストラリアで開発されました(参考文献1, 2)。スウェーデンや中国、トルコなどでも既に翻訳版が開発され活用されていますが、日本には文化的に適合した測定ツールが存在しませんでした。そこで研究グループは、日本の文化や実情に合わせた日本語版DLI(DLI-J)および、その短縮版(DLI-J-9)の開発に取り組みました。
■研究の成果
1. 日本の文化に適合させた日本語版Death Literacy Indexの開発および尺度の信頼性・妥当性の確認
研究チームは、オーストラリアで開発された原版(DLI-R)を、国際的なガイドライン(ISPOR: International Society for Pharmacoeconomics and Outcomes Research)に従い、順翻訳、逆翻訳、専門家パネルによるレビュー、認知的インタビューという多段階のプロセスを経て日本語版を開発しました。特に、日本の文化や法制度に合わせるため、例えば原版にある「注射の投与」という項目は、日本では一般市民が行えないため「投薬管理や軟膏塗布」といった身近な介護行為に言い換えるなどの修正を行いました。これにより、日本の実情に即した測定が可能となりました。
2. 日本は身近な人の死を通じた「経験」はあるが「地域に関する知識」が乏しい
全国2,500名(平均年齢50.9歳、女性50.3%)を調査した結果、次の特徴が明らかになりました (図2)。

総合スコア:日本の平均点は3.82点(10点満点)で、英国などと比較して1ポイント以上低い結果でした。
強み:「経験から得た知識」のスコアは4.66点(10点満点)と比較的高い傾向にあり、身近な人の死などを通じて個人的な学びを得ていることが示唆されました。
課題:「地域に関する知識」のスコアが10点満点中3.20点と、低い結果となりました。特に、終末期ケアを支援してくれる地域の団体や組織などを知っているかどうかについてはスコアが最も低く(10点満点中2.75点)、回答者の30%以上が最低スコアを付けていることが確認されました。これは、いざという時に地域で誰に助けを求めればよいか「全く知らない」人が相当数存在することを示しています。「日常生活のケア・介護」についてもスコアが低く(10点満点中3.86点)、多くの回答者が身体的なケアを行うことに対して準備不足を感じていることが明らかになりました。
3. なぜ日本の点数は低いのか?
日本では国民皆保険制度や介護保険制度が整備されている反面、行政や専門職に任せきりになりやすく、市民自身が知識を得て動く必要性を感じにくい環境にあることが可能性として考えられます。また、死を忌避すべきものとして遠ざける現在の文化的背景も影響している可能性があります。
■今後の展望
本尺度が完成したことで、自治体や医療機関は「人生の最期を支える地域力」を客観的な数字で把握できるようになります。例えば、人生会議の啓発活動や、市民向けの介護教室を行った前後にこの尺度で測定することで、「イベントの効果があったか」「具体的にどの能力が伸びたか」を可視化できます。研究チームは、この指標を活用し、地域全体で人生の最終段階を支え合う「コンパッション・コミュニティ」の形成に向けた具体的な支援策を提言していきたいと考えています。
■用語解説
注1)デス・リテラシー(Death Literacy):終末期や死に関連するケアについて、情報にアクセスし、理解し、意思決定を行うための実践的な知識や行動能力。「実践的な知識: コミュニケーションスキルや身体的な介護スキル(ハンズオンケア)」「経験から得た知識: 死や喪失の経験を通じて得られる個人的な成長や変容」「事実に関する知識: 終末期計画や法的手続き、医療・介護制度に関する知識」「地域に関する知識: コミュニティ内の支援やサポートグループなどを知り、アクセスする能力」の4つの要素から成り立っている。
注2)多死社会:少子高齢化が進み、年間の死亡者数が出生数を大きく上回り、多数の死が発生する社会状況のこと。日本では2040年頃に死亡数のピークを迎えると予測されている。
注3)コンパッション・コミュニティ(Compassionate Communities):医療や介護の専門職だけでなく、地域住民が協力し合い、病気や老い、死、死別による悲しみを社会全体で支え合うコミュニティのこと。
■参考文献1)
タイトル:Developing death literacy.
雑誌:Prog Palliat Care
doi:10.1080/09699260.2015.1103498
■参考文献2)
タイトル:Progressing the Death Literacy Index: the development of a revised version (DLI-R) and a short format (DLI-9).
雑誌:Palliat Care Soc Pract
doi:10.1177/263235242412748
■研究資金について
本研究は、医療経済研究機構研究助成および日本学術振興会科学研究費助成事業 研究活動スタート支援(JP23K19793)による助成を受けて実施いたしました。
■尺度の利用について
本尺度は、以下のURLからダウンロードいただけます。
■論文情報
タイトル:Development and Validation of the Japanese Version of the Death Literacy Index (DLI-J) and its Short Form (DLI-J-9)
著者:Kenjiro Kawaguchi, Isaku Kurotori, Yu-Ru Chen, Shun Ozawa, Satoshi Sunohara, Hana Wakasa, Ho Chen, Takashi Kimura, Hirobumi Takenouchi, Susumu Shimazono, Katsunori Kondo, Etsuko Tadaka, Akiko Tamakoshi, Atsushi Nakagomi
雑誌:Psychiatry and Clinical Neurosciences Reports
DOI:10.1002/pcn5.70258
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