宇宙素粒子の謎を南極点で解明へ ― アイスキューブ実験アップグレード建設完了、千葉大学製作光検出器主要要素として導入

国立大学法人千葉大学

 南極点で進められてきた国際共同研究「アイスキューブ実験」のアップグレード計画において、千葉大学の石原安野教授が南極点での建設作業に参加し、同大学が設計・製造した光検出器「D-Egg」を主要構成要素として導入した新たなニュートリノ観測装置の建設が完了しました。

 南極点にある米国アムンゼン・スコット南極点基地の氷床には、世界最大のニュートリノ検出装置「アイスキューブ(IceCube)」が設置され、2011年からフル稼働での観測を行っています。観測開始から約15年を迎える本年、IceCube実験では南極点直下の氷河深部に新たな高感度検出器群を埋設し、観測性能の大幅な向上を図るアップグレードが実施されました。この建設作業は14か国・58機関が参加する国際共同研究体制のもと、約2か月半にわたり、約40人から成る特別チームによって行われました。新たに設置された検出器の約4割は、千葉大学ハドロン宇宙国際研究センターが10年以上にわたって開発・製作してきた光検出器「D-Egg」です。製作責任者である同センターの石原安野教授は、今回の南極点での建設チームに参加し、現地での検出器埋設作業に携わりました。本アップグレードの完了により、IceCube実験はより高精度なニュートリノ観測が可能となり、素粒子物理学およびニュートリノ天文学研究は新たな段階へと進みます。

図1 南極点に建てられ掘削のための蒸気がもくもく上るドリルキャンプ: ドリルキャンプは、発電機や氷を溶かしお湯を作る多くのコンテナサイズの装置から成る (photo: Aya Ishihara/IceHap)

<内容>

 南極点の短い夏、氷点下の大地に巨大な掘削設備が再び立ち上がりました。南極点直下の氷河深部に600を超える新型光検出器を設置するため、最大深度2.6キロメートルに達する掘削作業が行われました。今回の掘削は、IceCube実験の建設で最後となった86本目の掘削孔が2010年12月18日に完成して以来、15年ぶりの大規模作業です。掘削と検出器設置のために編成された「ドリルキャンプ」では、世界各国から集まった研究者やエンジニアが、24時間体制で氷上作業にあたりました。この大規模な掘削・設置活動で進められたのが、世界最大のニュートリノ検出装置「アイスキューブ(IceCube)」の観測性能を飛躍的に高めるIceCube「アップグレード」計画です。

■IceCube実験アップグレード:

 南極点にある米国アムンゼン・スコット南極点基地の氷床では、世界最大のニュートリノ検出装置「IceCube」が稼働しており、2011年からフル稼働でのニュートリノ観測を続けています。観測開始から15年の本年、IceCube実験は南極点直下の氷河深部に新たな高感度光検出器群を追加設置し、観測性能を大幅に向上させるアップグレード建設を実施しました。

 IceCube実験では、南極点直下の氷河深部に5,160台の光検出器モジュールを埋設し、体積約1立方キロメートルに及ぶ巨大な「氷の検出器」を構成し、可視光に比べて1兆倍以上という極めて高いエネルギーを持つニュートリノを捉えることで宇宙を観測し、ニュートリノ放射天体の発見をはじめとする数多くの成果を挙げています。中でも、千葉大学ハドロン宇宙国際研究センターが主導した最初の高エネルギー宇宙ニュートリノの発見(注1)、マルチメッセンジャー観測によるニュートリノ放射天体の同定(注2)、反電子ニュートリノの検出(注3)などは、宇宙観測の新たな可能性を切り開く成果として国際的に高く評価されています。一方で、検出器間隔が広いことから、より低いエネルギーを持つニュートリノに対しては感度に制約がありました。低エネルギーニュートリノが放つ光は弱く、従来の配置では十分に捉えきれないためです。また、近傍の氷の光学特性を高精度で測定することにも限界がありました。

 今回のアップグレードでは、600を超える新型の高感度光検出器モジュールを検出器中心部に高密度で配置しました。これにより、これまで観測が困難だったGeV帯(可視光の約10億倍のエネルギー)のニュートリノを捉えるとともに、周囲の氷の特性を詳細に測定できるようになります(注4)。IceCube実験は、主に超高エネルギー宇宙現象を対象としてきた観測から、素粒子物理と天文学をつなぐ新たな観測領域へと研究を広げます。同じGeV帯のニュートリノを観測するスーパーカミオカンデ実験が水換算で約5万トン規模であるのに対し、IceCubeアップグレードは約200万トンに相当する検出体積が可能となります。この圧倒的な規模を活かし、IceCube実験はニュートリノの性質解明に迫る素粒子物理研究に加え、これまで不可能だったGeV帯宇宙ニュートリノの直接観測に挑みます。

図2 D-Egg 検出器:南極点で建設現場に曳かれるそりに乗せられインストールを待つD-Eggと石原教授(左)とColton Hill (前千葉大学特任研究員、現ミュンヘン工科大学) (photo: Aya Ishihara / IceHap)

■埋設された千葉大学の「D-Egg」:

 IceCubeアップグレードの中核を担うのが、千葉大学が設計・製造した新型光検出器「D-Egg」と、ドイツおよびアメリカで製造された「mDOM」です。これらの新型光検出器は、従来のIceCube検出器では捉えきれなかった微弱な光を高効率で検出できるよう設計されており、低エネルギーニュートリノ観測と観測精度の大幅な向上を同時に実現します。なかでもD-Eggは、より小径の掘削孔にも埋設できる構造を持ち、アップグレードを支える主要構成要素の一つとして重要な役割を果たしています(注5)。

 D-Eggは、1つのガラス球内に上下2方向を向いた高感度光センサーを搭載した、南極点氷河専用に設計された光検出器です。上下両方向からの光を同時に捉えることで、ニュートリノ反応によって生じる微弱な光の到来方向や光量を、従来よりも高い精度で測定できます。mDOMと併用することで、異なる検出性能を持つ複数のセンサー情報を組み合わせた観測が可能となり、検出性能と観測の信頼性がさらに向上します。

 今回のアップグレードで設置された新型検出器のうち約4割を千葉大学が開発したD-Egg検出器が占めています。千葉大学ハドロン宇宙国際研究センターは、10年以上にわたりD-Eggの研究開発から製作までを主導してきました。製作責任者である石原安野教授は南極点での建設作業にも参加し、設計から現地での埋設作業に至るまで、本計画を一貫して支えてきました。また、D-Eggの開発と製作は、千葉大学を中心とし、日本国内の複数の企業と学生・若手研究者が密接に連携して進められました。日本の高度なものづくり技術が活かされると同時に、大学院生や若手研究者が開発の中核を担い国際共同研究の最前線で経験を積むことで、最先端研究と人材育成を両立させてきました。こうした技術的・運用上の知見は、次世代の高エネルギーニュートリノ望遠鏡「IceCube-Gen2」に向けた光検出器開発にも活かされており、今回の建設では、千葉大学で製造された5台の実証機も南極点の氷中に同時に埋設されました。

図3 D-Eggがケーブルにつながれ掘削孔に入っていく様子 (photo: Aya Ishihara/IceHap)
図4 千葉大学でD-Egg開発に従事したメンバーと共に: 埋設直前のD-Egg検出器(中央)を囲んで、左から石原安野教授、牧野友耶(前千葉大学特任研究員、現ウイスコンシン大学)、Colton Hill (photo: Aya Ishihara/IceHap)

 

図5 千葉大学で開発した次世代高エネルギーニュートリノ望遠鏡IceCube-Gen2に向けた実証機が掘削孔に入っていく様子 (photo: Aya Ishihara/IceHap)

■建設:

 南極現地での建設は、氷河を掘削するドリルチーム、検出器の試験や埋設を担うインストールチーム、埋設後の稼働試験を行うコミッショニングチームの3つの専門チームが連携し2025年11月末に始まりました。巨大なドリルキャンプで大量に作られたお湯を用い、ドリルチームは約60時間をかけ、深さ2,600メートルに達する縦穴を慎重に掘削し、穴の形状を整えていきます。掘削が完了すると解けた氷が再び凍らないように間髪を置かず、インストールチームが30時間以内に長距離ケーブルに接続しおよそ110台の光検出器を氷河深部へと降ろします。極夜の南極点で24時間体制の建設作業を継続し、アップグレード建設の最後の掘削孔である6本目の縦穴への検出器埋設は、2026年1月21日に完了しました。南極点の氷の下に設置されたこれらの検出器は、今後長年にわたり、宇宙と素粒子の謎に迫る観測を支えていきます。

図6ドリル切削と埋設を行う建屋: 掘削孔の位置に設置し、天井から検出器に接続するケーブルを降ろす。左奥にIceCubeのコントロールセンターが見える。(photo: Aya Ishihara/IceHap)

■観測開始へ向けた準備とGeVニュートリノ研究の展望:

 埋設後の数百台に及ぶ光検出器の動作確認と較正には今後、数か月の期間が必要です。掘削孔は高圧の温水で切削されるため内部は一時的に水で満たされており、観測開始には最深部の水が再凍結するのを待つ必要があります。その後、各検出器との通信を確立し、感度や時刻同期の較正を行ったうえで、氷中に埋設された検出器の正確な位置を決定します。こうした一連の作業を経て、掘削孔内部が完全に氷となったのちに本格的なデータ取得が始まります。観測開始は本年夏頃を予定しています。IceCubeアップグレード実験では、有効体積約200万トンに相当する巨大な検出容量を活かし、GeVエネルギー帯におけるニュートリノ研究の最前線を切り拓きます。千葉大学ハドロン宇宙国際研究センターは、これまでPeVからEeVに至る超高エネルギー領域のニュートリノ天文学を牽引してきましたが、今後は本アップグレードにより可能となり、これまで未踏であったGeV領域の宇宙ニュートリノ観測にも挑みます。このエネルギー帯では、大質量星がその生涯を終え、重力崩壊によってブラックホールが誕生する瞬間に放出されるニュートリノを捉えられる可能性があり、ブラックホール形成の物理過程の解明が期待されています。そしてIceCubeアップグレードで培われた技術と得られる知見は、観測規模を飛躍的に拡張する次世代計画「IceCube-Gen2」へと受け継がれ、ニュートリノ天文学を次の段階へと導きます。

■注釈:

注1)高エネルギー宇宙ニュートリノの発見:存在が期待されながら、その存在が明らかではなかった、高いエネルギー(PeV – 可視光に比して1000兆倍のエネルギー)を持つ宇宙ニュートリノを初めて検出した。2012年6月記者発表。発見論文は、Physical Review Letters 111 021103 (2013).

注2) マルチメッセンジャー観測によるニュートリノ放射天体同定:2017年9月22日(日本時間)にIceCube 実験が捉えた超高エネルギーニュートリノの方向をガンマ線観測衛星や可視光望遠鏡などで追観測することで、ニュートリノを放射する天体を初めて同定した。2018年7月 記者発表。プレスリリースはhttp://www.icehap.chiba-u.jp/publicrelations/files/press_20180713.pdf 論文は Science 361, eaat1378 (2018).

注3) 反電子ニュートリノ検出:素粒子標準模型で予言されながら実証できなかったグラショウ共鳴による反電子ニュートリノ同定。プレスリリースはhttps://iaar.chiba-u.jp/igpr/info/PR_20210311.html 論文は Nature 591 220-224 (2021).

注4) IceCube 実験アップグレードについては、下記URLよりYouTube 参照。https://youtu.be/Ddo3ZacR7A4?si=UaD-k9Tv7O-Tt3jo (英語によるナレーション石原教授も出演。)

注5) D-Egg 検出器については、2023年5月に記者発表。プレスリリースはhttps://www.chiba-u.jp/news/research-collab/icecube_d-egg2024.html 論文はJournal of Instrumentation 18 P04014 (2023).

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業種
教育・学習支援業
本社所在地
千葉県千葉市稲毛区弥生町1-33  
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代表者名
横手 幸太郎
上場
未上場
資本金
-
設立
2004年04月