うつ病診断と脳機能結合の潜在的な関係構造が明らかに―機械学習を用いた大規模データ分析による新たな知見―
千葉大学子どものこころの発達教育研究センターの佐々木翼特任研究員および平野好幸教授は、健常者とうつ病患者を対象とした大規模脳画像データを解析し、脳の複数領域にまたがる機能的結合の関係構造を統計モデルにより解析しました。変数間の関係の全体像を捉えるベイジアンネットワーク(注1)解析(変数間の関係を有向非巡回グラフ(DAG)(注2)で表現する統計モデル)を用いた結果、医師によって診断された「うつ病の有無」が「内省」「注意」「感情調節」に関わる複数の安静時脳機能結合(注3)パターンと、他の要因を考慮してもなお残る条件付き依存関係が確認されました。本研究は、うつ病を特定の脳ネットワークの問題ではなく複数の主要な脳ネットワークにまたがる違いとして捉える新たな手がかりを提供しており、将来的な研究の進展に役立つことが期待されます。
本研究成果は、2026年1月15日(現地時間)に国際学術誌 Neuroscience Informatics に掲載されました。

■研究の背景
うつ病とは、持続的な憂うつ感などの抑うつ症状を伴い、日常生活に支障をきたす精神疾患であり、有病率が高い精神疾患の1つです。うつ病の脳機能に関する既存の研究では、安静時脳機能結合がうつ病の脳機能状態を反映する重要な指標となることが示唆されていますが(参考文献1)、臨床情報と脳ネットワークとの関係が、他の要因を考慮した上でどのような構造をもつかは十分に解明されていませんでした。条件付き依存関係とは、他の要因を考慮したうえで残る関係です。特に、臨床症状や年齢、性別、利き手などの情報、安静時脳機能結合との条件付き依存関係を統合的に捉える研究は、日本国内では見当たりませんでした。
そこで本研究では、日本国内の大規模データセットを用い、確率的な構造学習手法であるベイジアンネットワークを用いることで、単純な相関分析では捉えにくい「診断の有無と脳機能パターンの関係構造」を検討しました。
■研究の成果
本研究では、広島大学と東京大学で集められた666名の大規模脳画像データ(https://bicr-resource.atr.jp/srpbsfc/)を用いて解析しました。対象の内訳は、431名の健常者(平均41.2歳、男性175名、女性256名)と235名のうつ病患者(平均42.4歳、男性121名、女性114名)でした。
解析の結果、ベイジアンネットワークによる構造学習から、うつ病の有無と複数の脳機能結合パターンとの間に、他の要因を考慮したうえでも残る関係構造(条件付き依存関係)が確認されました(左図)。一方で、うつ症状の強さそのものと脳機能結合の間には同様の関係構造は認められませんでした。さらに、モデルに基づく確率分布の変化の評価を行った結果(右図)、うつ病の有無は、安静時(ぼーっとしているとき)や内省的な思考をしているときに主に活動する脳ネットワークで、自分自身に関する思考や記憶、感情処理などに関与するとされている「デフォルトモードネットワーク」や、外の刺激に注意を向けたり、注意を持続・制御したりする際に関与する脳のネットワークの1つである「背側注意ネットワーク」、そして、皮質–皮質下をまたぐ結合パターンの違いとの対応関係が示されました。これらの結果から、うつ病の有無は特定の脳領域に限定されるものではなく、複数の主要な脳ネットワークにまたがる機能的結合の違いと関係する可能性が示されました。本研究の重要な点は「安静時脳機能結合のパターンからうつ病を説明すること」を目的としたものではなく、医師によって診断された「うつ病の有無」が、脳ネットワークの状態と統計的に対応していることを、大規模データを用いて示唆したことにあります。
■今後の展望
本研究では、日本国内の大規模脳画像データセットを用いることで、うつ病の有無と、複数の主要な脳ネットワークに関わる機能的結合パターンの間に条件付き依存関係が観察されました。これらの知見は、単一の脳領域の異常として捉えるのではなく、診断などの臨床的情報を含めて、複数の主要な脳ネットワークの関係構造として理解する視点を提供するものです。
今後は、本研究で得られた知見を基盤として、脳機能の状態を客観的に把握する補助指標の検討や、治療経過の評価研究などへの応用が期待されます。一方で、本研究は横断データにもとづく解析であるため、うつ病の有無と脳機能との因果関係を直接示すものではありません。今後は、複数時点におけるデータや介入研究を用いることで、継続的な観察と脳機能ネットワークとの関係が時間的にどのように変化するのかをより厳密に検討する必要があります。さらに、臨床表現型の違いや治療反応性との関連解析を進めることで、うつ病の病態理解を深めることや、将来的な個別化医療・治療戦略の最適化に寄与したいと考えています。
■用語解説
注1)ベイジアンネットワーク:複数の変数間の関係を確率的なネットワーク構造として表現する統計モデル。本研究では、変数同士の条件付き依存関係を探索するために用いた。
注2)有向非巡回グラフ(DAG:Directed Acyclic Graph):変数同士の関係を矢印で表したグラフで、矢印が循環しない構造を指す。本研究では、複数の臨床情報と脳機能結合パターンのあいだに、他の要因を考慮したうえでも残る関係(条件付き依存関係)がどのような形で現れるかを整理・可視化するために用いた。
注3)安静時脳機能結合:脳が特定の課題を行っていない安静時において、離れた脳領域同士の活動がどの程度同期しているかを示す指標。
■論文情報
タイトル:A study on the potential relationship between the diagnosis and functional connectivity in the brain in major depressive disorder
著者:Tsubasa Sasaki、Yoshiyuki Hirano
雑誌名:Neuroscience Informatics
DOI:10.1016/j.neuri.2026.100258
■参考文献1)
タイトル:Resting-state dynamic functional connectivity in major depressive disorder: A systematic review.
雑誌名:Progress in Neuro-Psychopharmacology and Biological Psychiatry
DOI:10.1016/j.pnpbp.2024.111076
■研究プロジェクトについて
本研究は、以下の支援によって実施されました。
JST 次世代研究者挑戦的研究プログラム「JST SPRING」JPMJSP2138
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