離乳期のαディフェンシンがビフィズス菌の定着を促すことを確認~乳幼児の腸内環境と将来の健康をつなぐ自然免疫の働きを解明~
包括連携協定を結ぶ北海道岩見沢市における縦断コホート研究「岩見沢母子健康調査」の一環として~国際学術誌『Communications Medicine』掲載~
森永乳業は50年以上にわたり、様々な健康効果をもたらすとされるビフィズス菌や、そのすみかである腸内フローラの研究に取り組んでいます。
森永乳業は北海道大学センター・オブ・イノベーション(以下、北大COI)※の参画メンバーとして、北海道大学とともに、岩見沢市がめざす健康経営都市の実現推進のために、出生率の向上と低出生体重児の減少を目的とした母子健康調査を実施してまいりました。本調査は、産学官連携による社会課題解決や、持続可能な社会の実現をめざす「食と健康の達人」プロジェクトの一環として、岩見沢市の現在と未来の子供たちの健康な発育や成長のために2017年から開始されました。
このたび、母子健康調査の中から腸内環境に着目し、その腸内環境の成熟とαディフェンシンとの関係と、将来の健康への可能性を明らかにいたしました。なお、本研究成果は、国際学術誌『Communications Medicine』に2025年7月1日に掲載されました。
※ センター・オブ・イノベーション(COI)プログラムは、文部科学省と国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)が実施する、産学官連携によって革新的なイノベーションの実現を目指す研究開発プログラム。北海道大学は平成27年より本プログラムに採択され、『食と健康の達人』拠点として、また令和3年からは共創の場形成支援プログラム『こころとカラダのライフデザイン』共創拠点として進めています。
1.概要
北海道大学大学院先端生命科学研究院の中村公則教授と森永乳業の研究員らの研究チームは、1歳前後の離乳期に腸内のビフィズス菌が多い子では、腸内細菌叢の成熟がみられる3歳時点においてもビフィズス菌が多いことを示し、この離乳期における腸管へのビフィズス菌の定着に腸管自然免疫の作用因子であるαディフェンシンが寄与することを初めて明らかにしました。
北海道岩見沢市の子どもたち33名を生後3年間にわたり経時的に追跡調査した本研究は、ヒトの腸内における代表的な常在菌のひとつであるビフィズス菌と、ヒト自身の免疫システムであるαディフェンシンの関連に着目することで、長期にわたる良好な腸内細菌叢形成の基盤づくりにおける離乳期の重要性を明らかにした画期的な成果です。今後、食事などを通じた離乳期の腸内細菌叢とαディフェンシンからなる腸内環境への効果的な介入手法を開発することで、腸内細菌叢の破綻が関わる様々な疾患リスクの低減を通じた生涯のウェルビーイング向上に貢献することが期待されます。
2.背景
腸内細菌叢の異常は、様々な病気の発症や増悪に関与することが知られています。近年、胎児期から生後2歳ごろまでの「人生最初の1,000日間」における環境要因や健康状態が将来の疾患リスクに関係するというDOHaD (Developmental Origins of Health and Disease) 1の概念が提唱されており、生後早期の腸内細菌叢2が将来の健康に影響することが示唆されています。ビフィズス菌*3は多くの有益な作用が知られている代表的な腸内常在菌のひとつであり、ビフィズス菌が豊富な腸内細菌叢を形成することが新生児期から老年期までの各ライフステージの健康増進に貢献すると考えられています。一方で、腸内のビフィズス菌は乳児期以降、年齢とともに減少することから、生涯にわたりビフィズス菌が豊富な腸内細菌叢を形成するためのアプローチが求められています。
これまでに中村教授らは、様々な疾患モデルを用いた前臨床試験や中高年者から高齢者を対象とした臨床研究を通じて、小腸のパネト細胞が分泌するαディフェンシン*4が腸内細菌叢を適切に制御することで私たちの健康に寄与することを明らかにしてきました。しかし、生後早期の腸内細菌叢制御におけるαディフェンシンの役割は未だ不明でした。
そこで研究グループは、生後早期の腸内細菌叢とαディフェンシンからなる腸内環境がその後の良好な腸内細菌叢形成に影響するという仮説を立て、私たちの健康において重要な役割を担うことが知られているビフィズス菌に着目した研究を行いました。
3.研究手法
北海道岩見沢市に在住する母子を対象とした縦断コホート研究(岩見沢母子健康調査:SMILE Iwamizawa)に参加した子どもたち33名より生後3-5日、1か月、4-5か月、8-9か月、1.5歳、および3歳時点において経時的に提供を受けた便148検体とその母親28名より提供を受けた便28検体を用いて、生後早期における腸内細菌叢とヒトのαディフェンシンであるHD5 (human defensin 5)の関連を解析しました。岩見沢市の子どもたちにおける腸内細菌叢の成熟過程を調べるとともに、各時期における腸内のビフィズス菌を詳しく解析しました。酵素抗体法で測定した便中のHD5量とビフィズス菌量の関連を解析するとともに、試験管内でビフィズス菌やその他いくつかの細菌とHD5を反応させることで、腸内へのビフィズス菌の定着にαディフェンシンが与える影響を評価しました。
4.研究成果
子どもたちの腸内細菌叢は成長に伴って大きく変化し、3歳時点においては母親とよく似た、成熟した細菌叢組成を示しました。また、離乳期 (8-9か月および1.5歳)においてビフィズス菌が多い子では3歳時点でもビフィズス菌が多いことを初めて明らかにしました。さらに研究グループは、離乳期においてHD5量が多い子では離乳期のビフィズス菌も多いという関連を見出すとともに、試験管内において腸内と同等濃度のHD5が、潜在的病原性細菌である大腸菌や黄色ブドウ球菌に対しては強い殺菌活性を示す一方で、ビフィズス菌にはほとんど殺菌活性を示さないことを発見しました。これらの結果は離乳期において腸内のビフィズス菌が多いことが、将来のビフィズス菌が豊富な腸内細菌叢の形成にもつながること、さらに、αディフェンシンが離乳期における腸内へのビフィズス菌の定着を促進することを強く示唆するものです。
本研究は、離乳期の腸内環境がその後の良好な腸内細菌叢の形成に大きな影響を及ぼすという新しい重要なコンセプトを提示するものであり、腸内細菌に着目したDOHaDのメカニズム解明につながる画期的な成果です。

5.今後への期待
本研究は、離乳期の良好な腸内環境形成に着目した乳幼児への栄養介入の重要性を示すとともに、その実現に向けた新たなアプローチの開発を促進する知見を提供します。また、細菌自体ではなく私たちの免疫システムであるαディフェンシンの分泌誘導をターゲットとする、従来とは異なる視点に基づく腸内細菌叢改善手法の可能性を示します。今後、離乳期のビフィズス菌やαディフェンシンを標的とした新規食成分や食品の開発を通じて、良好な腸内細菌叢形成を介したその後の人生における疾患リスクの低減、さらには生涯のウェルビーイング向上に貢献することが期待されます。
*1 DOHaD (Developmental Origins of Health and Disease)…多くの疫学的調査や動物実験によって、早産や低出生体重、栄養不良や過栄養、精神的ストレスなどの胎児期から生後2歳ごろの乳幼児期における不適切な環境・健康要因が将来のアレルギー性疾患や発達障害、生活疾患病など様々な疾患リスクの増加に関係することが明らかとなっている。DOHaDにおける腸内細菌叢の関与が知られており、出生直後の微生物環境への曝露や薬剤の投与が腸内細菌叢の初期構築に影響を及ぼし、それが将来的な健康状態に長期的な影響を与える可能性が示されている。
*2 腸内細菌叢…ヒトの小腸や大腸の内腔には1,000種類、40 兆個にもおよぶ細菌が常在している。健常な腸内細菌叢を形成する共生菌は、その組成及び酢酸などの短鎖脂肪酸をはじめとする代謝物の産生によってヒトの免疫や神経系などの恒常性を保っている。近年、dysbiosisと呼ばれる腸内細菌叢のバランス破綻が、肥満症、糖尿病、脂肪肝炎、高血圧症などの生活習慣病や免疫疾患、アレルギー、さらにはうつ病、自閉症、認知症などの精神神経疾患や大腸がんなど様々な疾患に関係することが報告されている。
*3 ビフィズス菌…乳児期における腸内細菌叢全体の50%以上、成人期においても10%程度を占めるヒトの腸内における代表的な常在菌の一つ。酢酸や乳酸、インドール-3-乳酸などの代謝物を産生し、整腸作用や免疫調節、認知機能の維持などヒトにとって有益な様々な作用を示す。様々な疫学研究によって、ビフィズス菌が豊富な腸内細菌叢を形成することが乳児期から学童期における感染症やアレルギー性疾患、発達障害のリスク低下や、成人期における慢性炎症の抑制や生活習慣病のリスク低下、老年期における認知機能の維持や長寿などと関係することが示唆されており、各ライフステージの健康増進において重要な役割を担うと考えられている。
*4 αディフェンシン…自然免疫の主要な防御因子である抗菌ペプチドで、消化管では小腸上皮細胞であるパネト細胞の細胞内顆粒に存在しており、細菌や神経、食成分などの様々な刺激によってすみやかに腸管内腔に分泌される。分泌されたαディフェンシンは、病原体を排除すると共に腸内細菌叢の組成を適切に制御することによって腸内環境の恒常性を保っている。αディフェンシンの分泌量が低下したり、質に異常が生じたりすると、腸内細菌叢が破綻して様々な疾患の発症や病態に関与することが報告されている。
論文名:Modulation of Bifidobacterium by HD5 during weaning is associated with high abundance in later life
(HD5の離乳期におけるBifidobacterium制御が、その後の高いBifidobacterium存在量に関与する)
著者名:Yu Shimizu1,2,3, Yuki Yokoi1,4, Shuya Ohira1,5, Hirohisa Izumi2,3, Satomi Kawakami2,3, Miu Ihara4, Fuka Tabata2,3,6, Yasuhiro Takeda2,3, Takashi Kimura6, Koshi Nakamura7, Akiko Tamakoshi6, Tokiyoshi Ayabe1,3, and Kiminori Nakamura1,4
(1北海道大学大学院先端生命科学研究院、2森永乳業株式会社研究本部、3北海道大学産学・地域協働推進機構、4北海道大学大学院生命科学院、5北海道大学創成研究機構、6北海道大学大学院医学院・医学研究院、7琉球大学大学院医学研究科)
雑誌名:Communications Medicine(国際的な総合医学雑誌)
DOI:10.1038/s43856-025-00977-6
公表日:2025年7月1日(火)(オンライン公開)
https://www.nature.com/articles/s43856-025-00977-6
d21580-1298-a595565bfff1cf30489f65b33bc87b5b.pdfこのプレスリリースには、メディア関係者向けの情報があります
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