小学館〝2大国語辞典〟から「ことば」関連の発表2件
12月1日、株式会社小学館・国語辞典編集室より2大国語辞典『大辞泉』と『日本国語大辞典』それぞれについての発表をいたします!

《発表1》 大辞泉が選ぶ今年の新語2025
『大辞泉』編集部は、5月18日~11月15日にかけて行われた「大辞泉が選ぶ新語大賞2025」キャンペーン(10回目)に寄せられた2,811本の投稿のなかから、【緊急銃猟】を大賞に、ほか2語を次点に選出しました。
大賞作品は【緊急銃猟】

人間の生活圏にクマ、イノシシが出没した際、安全確保の条件の下で、市町村が委託した者による銃猟を可能とすること。
※クマサンポさん投稿の語釈
震災、コロナ、物価高の次はクマ。新たな戦いに追われる私たち──
◆明治大学 国際日本学部・田中牧郎教授の選評◆
深刻度は地域によって差がありますが、クマ出没は人命にかかわる大問題です。それを反映して【緊急銃猟】【ガバメントハンター】【クマ禍】などの新語が寄せられました。クマ関連語では、『大辞泉』は昨年4月に【アーバンベア】を立項。2023年ごろから市街地出没が話題になっていたことに対応しました。そして今年、人的被害は増加し、秋には話題にならない日がないほどでした。【緊急銃猟】は9月に制度化されましたが、発砲の許可者が増えただけで、猟友会の負担は減っていません。地球的な環境問題の一端なので、森林でのクマのエサ不足はそう簡単には解消しないでしょう。クマが冬眠している時期にこそ、来年以降の対策をしっかりと練ってほしい。そんな願いを込めて、今年の大賞としました。

『大辞泉』とは
1995年初版(約22万語)、2012年第二版(約25万語)刊行の中型国語辞典。現在は約31万語規模で、web辞書「ジャパンナレッジ」「コトバンク」やiOS・Android向けのアプリを年2回更新。ちなみに、岩波書店『広辞苑』や三省堂『大辞林』とともにズッシリ重いサイズ感ですが、辞書業界では「中型辞典」に分類されています。
次点作品は2語
【ビンテージ米】
古古古米や古古古古米の言いかえ。ビンテージは古くなって価値が上がるものを指すので、この場合は皮肉。
※アサミシンブンさん投稿の語釈

ココココ…と言いづらい言葉を明瞭化。でも皮肉として流行──
投稿数は【令和の米騒動】の方が多かったのですが、【ビンテージ米】を次点としました。『大辞泉』には【古米】【古古米】は立項済ですが、今年はさらに古い【古古古米(2021年産)】【古古古古米(2020年産)】まで放出。ビンテージは経年によって価値が増した物のことなので、世間では皮肉を込めた言葉として使いましたが、大手コンビニが2023年産の米を使ったおにぎりを「ビンテージ2023」と銘打って販売。これには呆れる声も多かったようです。
【しごでき】

仕事ができて、かつ手際がよいこと。またその人。
※yuchanさん投稿の語釈
略語の王道「4文字化」の典型例、来年の新語にも期待です!
2019年ごろから見られるようになった言葉です。「がくちか=学生時代にチカラを入れたこと」「おやかく=内定前の親の確認」など、就職活動にまつわる4文字(音)略語が使われだしたのが2015年ごろからですから、その世代が社会に出て、仕事ができる先輩などに憧れて言い始めているのかもしれません。「パソコン」「朝ドラ」「棚ぼた」など、4文字(音)化は日本語の略語形成の王道パターンですから、今後も類似の新語がどんどん生まれることでしょう。
■投稿数ベスト10■
1位【ビジュ/ビジュいい】
2位【トランプ関税】
3位【令和の米騒動】
4位【えっほえっほ】
5位【チャッピー】
6位【MAGA】
7位【オンラインカジノ】
8位【退職代行】
9位【しごでき】
10位【半鬱】
■キャンペーン概要■
【名称】大辞泉が選ぶ新語大賞 2025
【実施概要】『大辞泉』に未収録の新語と新語義を広く募集しました。本プレスリリースに掲載の言葉は、編集部と執筆陣による検討のうえ、『大辞泉』ならびに同辞書がデータ提供しているweb辞書・アプリ・電子辞書などに追加される可能性があります。ただし語釈は執筆陣が新たに執筆します。
【募集期間】2025年5月18日(日)~11月15日(土)
【投稿総数】2,811本
【投稿方法】キャンペーンサイトの投稿フォームか、Xから。
【選考方法】『大辞泉』編集部と田中牧郎教授の協議。
田中牧郎【たなか・まきろう】……1962年、島根県生まれ。東北大学文学部・卒業。東北大学大学院文学研究科・修士課程修了。東京工業大学大学院社会理工学研究科・博士課程修了。明治大学国際日本学部・教授。国立国語研究所・運営会議委員。主著『図解日本の語彙』(三省堂/共著)。『近代書き言葉はこうしてできた』(岩波書店)ほか。

《発表2》日本国語大辞典が選ぶ今年の項目は
【推し】【ガラスの天井】【掘る】【チャッピー】【脈々】【界隈】の6語
言葉の変化がわかる『日本国語大辞典』編集部は、本年から編集委員6名が意味の変化に注目した「今年の項目」を発表します。
■「今年の項目」概要■
日本語学者が選ぶ「日国」2025 今年の項目
【選考基準】既に人口に膾炙している既存語を編集委員6名がそれぞれ選出。ポイントは以下の3点です。
①新しい意味や使い方が生まれた語
②再び脚光を浴びた語
③出来事や遺跡や書物などで発見のあった語
金水敏先生が選ぶ「今年の項目」【推し】
個人が応援する特定のタレント、役者、アイドル、スポーツ選手等。またはそれらを応援する行為。例「推しに会いに行く」「推し活」。日本国語大辞典(以下「日国」)第二版では、「おし【押・圧】」はあるが、この用法はない。また、「おす【押・圧・推】」の(一)(4)(ロ)に「すぐれたものとして推薦する。」という語釈があるが、ぴったりとは当てはまらない。

金水 敏【きんすい・さとし】……1956年、大阪府生まれ。大阪大学大学院名誉教授、放送大学特任教授。日本学士院会員。博士(文学)。日本語文法学会会長、日本語学会会長を務める。専門は日本語史、役割語研究。『日本国語大辞典 第二版』の改訂にも関わる。
近藤泰弘先生が選ぶ「今年の項目」【ガラスの天井】
2025年の自民党総裁選挙における高市氏の勝利を契機として、この表現があらためて注目を集めた。ガラスの天井(英 glass ceiling)とは、社会的少数者、特に女性や外国人が昇進や登用の過程で直面する「目に見えないが確かに存在する障壁」をたとえていう語である。1978年、アメリカの作家マリリン・ローデン(Marilyn Loden)が講演で初めて用いたとされ、以後、性別・人種・年齢などによる不当な昇進の壁を象徴する比喩として定着した。日本語では1990年代に入ってから広まり、幸田シャーミン『ガラスの天井に挑む女たち―ハーバード・ウーマン』(扶桑社、1993)が早期の例として知られる。なお、日国(2版)「ガラス」項には、「ガラスのハート」を例として「もろく、こわれやすいもののたとえにいう」とあり、従来、日本語の「ガラス」は脆弱性の象徴として理解されてきた。しかし「ガラスの天井」における「ガラス」は、これとは異なり、「破れない透明な障壁」を意味しており、むしろ「強靭さ」「閉鎖性」を意味している。
近藤泰弘【こんどう・やすひろ】……1955年、岐阜県生まれ。青山学院大学名誉教授。博士(文学)。日本語学会会長を務める。専門は日本語文法理論、文法史、コーパス言語学、自然言語処理。『日本国語大辞典 第二版』の改訂にも関わる。 https://x.com/yhkondo

田中牧郎先生が選ぶ「今年の項目」【掘る】
探索する、探究するという新語義を、『日国』に加えたい。簡単には見つからない価値ある品を探し求めたり、好きなアーチストについて深く調べたりすることを指す用法が増えている。これらは趣味の話でよく使われるが、学術について話す場でも本質の究明に向かうことを指す用法が登場している。オタクや推しの文化が隆盛し、情報が膨大に積み重なる現代社会を反映した言葉の変化といえよう。「掘り下げる」「深掘りする」など、意味を限定する複合語で表していた行為を、「掘る」単独で表すようになってきた。

田中牧郎【たなか・まきろう】……1962年、島根県生まれ。東北大学文学部・卒業。東北大学大学院文学研究科・修士課程修了。東京工業大学大学院社会理工学研究科・博士課程修了。明治大学国際日本学部・教授。国立国語研究所・運営会議委員。主著『図解日本の語彙』(三省堂/共著)。『近代書き言葉はこうしてできた』(岩波書店)ほか。
前田直子先生が選ぶ「今年の項目」【チャッピー】
生成AI「ChatGPT」の愛称。「ChatGPT」が一般の人々にも知られるようになった頃は「GPT」なのか「GTP」なのか、言い間違える人もいたようだが、「チャッピー」ならば間違えることなく覚えられる。「愛称」の意味を『日本国語大辞典(第二版)』で調べると、「親愛の気持をこめてよぶ、本名とは別のよび名。」とある。「愛称」がつけられるほど、生成AIが身近なものとなり、日常的に活用、いや交流するようになったことの現れだろう。自身の「チャッピー」に学業や仕事に関して何かを教わるだけでなく、悩みを相談する人、たわいもない会話を楽しむ人もいる。現代人が必要とする何かを生成AIが与えてくれていることを実感させる言葉である。
前田直子【まえだ・なおこ】……1964年、静岡県生まれ。学習院大学教授。博士(文学)。日本語文法学会会長、日本語学会理事を務める。専門は現代日本語の文法研究、および日本語教育のための文法研究。

日高水穂先生が選ぶ「今年の項目」【脈々】
2025年大阪・関西万博の公式キャラクター「ミャクミャク」。公式サイトの愛称コンセプトの説明には「受け継ぐ」「生命」「つながり」という言葉が並んでいる。『日本国語大辞典』の「脈々」の語釈「長く続いて途絶えないさま。また、絶えず力強く感じられるさま。」のうち、現代語では「長く続いて途絶えないさま」が中心的な意味になっているが、かつては「絶えず力強く感じられるさま」の意があった。「脈々」の原義にかえるようなキャラクター名だと思う。

日高水穂【ひだか・みずほ】……1968年、山口県生まれ。関西大学教授。博士(文学)。日本語学会理事。専門は現代日本語研究、方言学、社会言語学。方言文法研究会を組織し、日本語族諸方言の文法の全体像を把握するための共同研究プロジェクトに取り組む。
山本真吾先生が選ぶ「今年の項目」【界隈】
ある分野・業界、またそれに関心のある人たち。小型の国語辞典にはすでに俗語としてこの意味が載っている。ネット上では意味用法や文化との関わり、由来に至るまで議論が盛んである。もともとは、そのあたりの地域、近所、ほとりといった場所を指す言葉だったのが拡張して用いられるようになった。『日国』初版・二版ともに初出は、俳諧七部集の一つ『炭俵』の池田利牛の句を挙げる。これは、おそらく『俚諺集覧』の「七部 此かいわいの雀みなよる」の挙例が『言海』『大日本国語辞典』へと受け継がれたものであろう。明治17(1884)年12月序をもつ『言海』の校正刷に漢字表記「界隈」が見え、『日本大辞書』(1893年)に「{界隈}漢字音」とあって漢語として記載される。樋口一葉自筆『たけくらべ』(1896年頃)にも「界隈」と漢字で書かれ、そこには朱で「かいわい」とルビが付されている。ヘボン『和英語林集成』には、再版(1872年)からこの語が見える。三版(1886年)では「coll.(=colloquial)」の注記が付され、口語であるとする。ただし、どちらにも漢字表記は示されない。ともあれ、現代の新語、流行語としての語のイメージは、この言葉の新しい意味「ゆるやかなつながり」さながらに、案外、近世・近代の頃から途切れずにつながっているのかもしれない。
山本真吾【やまもと・しんご】……1961年、大阪府生まれ。東京女子大学教授。博士(文学)。日本漢字学会会長、日本語学会理事。専門は日本語史。特に漢語漢文を軸とした日本語語彙史・文体史。『日本国語大辞典 第二版』の改訂にも関わる。


『日本国語大辞典』とは
1976~79年にかけて初版(全20巻/約45万語)が、2000~02年にかけて第二版(全14巻/約50万語)が刊行された日本最大で唯一の大型国語辞典。広範かつ膨大な用例を収録し、現在はweb辞書「ジャパンナレッジ」で閲覧できる。精選版(全3巻/約30万語)は各種アプリも好調。本年より、2032年の完成を目指した第三版の編纂プロジェクトが始動(当面はデジタルで展開予定)し辞書業界や国語関係の学界で話題となっています。
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