骨が味を感じるメカニズムを解明 ~ 味覚受容体が口腔外に存在する神秘に迫る ~
公立大学法人 九州歯科大学(キャンパス:福岡県北九州市、学長:粟野 秀慈) 分子情報生化学分野 松原琢磨准教授と古株彰一郎教授らの研究グループは、骨を吸収する破骨細胞に味覚受容体(※1)の1つTAS1R3が存在し、糖質を検知することで破骨細胞の分化(※2)と成熟を制御していることを見出しました。この発見は、「なぜ骨に味覚受容体が存在するのか」という謎の解明に向けて一歩前進するものです。
本研究結果は米国東部時間の2025 年2月6日付でエルゼビア社が発行する雑誌Journal of Biological Chemistry(電子版)に掲載されました。
【本研究発表のポイント】
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味覚受容体TAS1R3は、骨組織、特に破骨細胞に豊富に存在する。
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破骨細胞のTAS1R3は糖を受容し破骨細胞の分化を促進する。
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破骨細胞のTAS1R3は口腔内とは異なり、ホモダイマー(※3)を形成し、機能する。
【九州歯科大学 分子情報生化学分野について】
1952(昭和24)年に創設され、2017(平成19)年から現在の体制で新たにスタートしました。生命の最小単位である細胞が生物としてさまざまな機能を営む「しくみ」の解明に取り組んでいます。
【研究の背景】
味覚(※4)は、生存に必要な栄養素を摂取し、有害な物質を避けるために備わった重要な機能です。この味覚を担うセンサーの役割を果たすのが、味覚受容体と呼ばれる装置です。そのため、当然のことながら、味覚受容体は、口の中(口腔内)だけに存在すると思われてきました。しかし最近の研究から、この味覚受容体が、口腔内だけでなく、骨、腸管、免疫細胞、脂肪、筋肉などに広く全身に存在することが知られるようになってきました。
例えば、骨には甘味やうま味を受容する味覚受容体の一つである TAS1R3 が存在し、「骨の量」の調節に関与していることが明らかになりつつあります。通常、骨では 骨芽細胞が新しい骨を形成し、破骨細胞が古い骨を吸収するというプロセスが絶えず繰り返されています。この働きは骨リモデリング(※5)と呼ばれ、骨の「量」や「形態」を維持する重要な仕組みです。しかし、このバランスが崩れ、破骨細胞の活性が過剰になると、骨が減少し骨粗しょう症などの疾患を引き起こします。これまで、TAS1R3が骨リモデリングに関与していることは示唆されていましたが、その具体的なメカニズムは長らく解明されていませんでした。
【研究の内容と成果】
九州歯科大学 分子情報生化学分野の吉村杏奈 大学院生、松原琢磨 准教授、古株彰一郎 教授を中心とした研究グループは、広島大学原爆放射線医学研究所、岡山大学、九州大学、大阪公立大学、中国四川大学との共同研究として、破骨細胞に存在する味覚受容体、TAS1R3の全く新しい機能を報告しました。
本研究により、TAS1R3は破骨細胞前駆細胞(※6)に存在し、破骨細胞の分化とともにその量が増加することがわかりました。また、TAS1R3が存在しない破骨細胞前駆細胞では、破骨細胞への分化や成熟の能力が低下する一方で、TAS1R3 を多く発現する破骨細胞では、その能力が顕著に向上しました。通常、口腔内ではTAS1R3 はTAS1R1とヘテロダイマーを形成してうま味を、TAS1R2とヘテロダイマーを形成して甘味を受容します。しかし、破骨細胞前駆細胞や破骨細胞では、TAS1R3がホモダイマーを形成して機能している可能性が高いことが、結合実験や立体構造解析によって明らかになりました。さらに、TAS1R3 に対する糖の刺激は、p38という破骨細胞の分化に必要な分子を活性化することが確認されました。p38の働きを妨げる薬剤で処理すると、TAS1R3が破骨細胞の分化を促進する現象も抑制されました。
以上の結果から、破骨細胞前駆細胞や破骨細胞に存在するTAS1R3 はホモダイマーとして糖を受容し、p38 を活性化することで破骨細胞の分化や成熟を制御していることが示唆されました(図)。
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【今後の展開】
われわれの研究チームは骨だけでなく、免疫細胞、小腸上皮細胞、骨格筋細胞、脂肪細胞などに存在する味覚受容体の機能解析を行っています。これにより「なぜ全身に味覚受容体が存在するのか」という生命科学の根本的な疑問を解明していきたいと思います。骨粗しょう症は加齢にともない骨量が減少する疾患です。超高齢社会の日本では、骨粗しょう症患者の増加が問題となっています。そのため、骨でTAS1R3の機能を止める方法を見出せば、新たな骨再生医療へ展開できるのではないかとも期待しています。
<古株彰一郎 教授コメント>
ファースト・オーサーの吉村杏奈さんは本学顎口腔機能矯正学分野(主任:川元龍夫 教授)から派遣された大学院生です。松原 准教授の指導のもと、驚異的な実行力で研究を完成させました。骨格系に存在する味覚受容体の機能解明は10年来の私のテーマでございましたが、広島大学の神沼先生、岡山大学の吉田先生、九州大学の角田先生、また多くの先生の協力を得て研究を完結させることができました。ありがとうございました。
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【用語の解説】
※1 味覚受容体:味物質を受け取る装置。味覚受容体にはさまざまな種類があるが、例えば、TAS1R3はTAS1R1と協力してうま味を、TAS1R2と協力して甘味を感知することが知られる。
※2 分化:幹細胞や前駆細胞から、ある特定の機能を持つ状態の細胞に変化すること。
※3 ダイマー:受容体などが、2つ結合して特定の働きをする複合体のこと。同じ分子で構成されるものをホモダイマー、違う分子で構成されるものをヘテロダイマーと呼ぶ。
※4 味覚:食べ物や飲み物から味を感じ取る感覚。これによりヒトは甘い(甘味)、塩辛い(塩味)、酸っぱい(酸味)、苦い(苦味)、うま味といった味を識別することができる。
※5 骨リモデリング:骨芽細胞による骨形成と破骨細胞による骨吸収が繰り返され、骨組織が再構築される過程。
※6 破骨細胞前駆細胞:血液系の細胞で、破骨細胞分化誘導因子RANKLの刺激を受けて、多核の破骨細胞に分化する。
【論文題目】
題名:Taste receptor type 1 member 3 in osteoclasts regulates osteoclastogenesis via detection of glucose.
著者:Anna Yoshimura, Takuma Matsubara, Nao Kodama, Yoshimitsu Kakuta, Kazuma Yasuda, Ryusuke Yoshida, Osamu Kaminuma, Shuhei Hosomi, Hiroji Shinkawa, Quan Yuan, Tatsuo Kawamoto, Shoichiro Kokabu
論文雑誌:Journal of Biological Chemistry
DOI:10.1016/j.jbc.2025.108273
【謝辞】
本研究は、日本学術振興会 科学研究費助成事業 研究スタート支援 22K20998、若手研究 23K16189、 基盤研究(C)22K20998、基盤研究 (B) 21H03144、国際共同研究加速基金(国際共同研究強化(B)) 22KK0141、三島海雲記念財団、うま味研究会助成の支援を得て行われました。
【問い合わせ先】
九州歯科大学 分子情報生化学分野
准教授 松原 琢磨(まつばら たくま)
E-mail: r15matsubara@fa.kyu-dent.ac.jp
九州歯科大学 分子情報生化学分野
教授 古株 彰一郎 (こかぶ しょういちろう)
E-mail: r14kokabu@fa.kyu-dent.ac.jp
【公立大学法人九州歯科大学について】
九州歯科大学は、全国にある歯学部、歯科大学の中で唯一の公立大学で、歯学科と口腔保健学科からなる「口腔医学の総合大学」です。私たちが考える歯学とは「口の健康」を通して、日々の生活を、幸せを支える医療です。歯学部並びに大学院歯学研究科において、歯学のプロフェッショナルの育成に取り組んでいます。また、併設する附属病院は1914年開設以来、地域に密着した歯科の専門性を持った中核病院として歩み続けています。
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