科学技術分野における日本初の国際賞「2022年本田賞」 東京大学大学院工学系研究科 教授 香取秀俊博士が受賞
〜300億年に1秒しか狂わない光格子時計を発明〜 2022年11月17日(木)本田賞授与式を開催 於 東京都・帝国ホテル
公益財団法人 本田財団(設立者:本田宗一郎・弁二郎兄弟、理事長:石田寛人)は、2022年の本田賞を、従来の原子時計の1,000倍の精度を実現する「光格子時計(ひかりこうしどけい)」を発明した、東京大学大学院工学系研究科教授 香取秀俊博士(理化学研究所主任研究員/チームリーダー)に授与することを決定しました。
1980年に創設された本田賞は、科学技術分野における日本初の国際賞です。人間環境と自然環境を調和させるエコテクノロジー※1を実現させ、結果として「人間性あふれる文明の創造」に寄与した功績に対し、毎年1件の表彰を行っています。香取博士は2001年、光格子に捕獲した多数の原子を使って高精度の時間標準を作る、光格子時計という新しい手法を発明しました。時間の標準である国際原子時に用いられるセシウム原子時計※2の精度は約15桁※3ですが、光原子時計ではマイクロ波よりも周波数が高い光学遷移を利用することで、より高精度な18桁での時間測定が可能となります。これは1秒ずれるのに300億年かかる時計精度です。この時計精度では、「重力の強い場所ではゆっくり時間が進む」相対論的効果を使って、地上で1センチメートルの高低差を計測する相対論的測位が可能になります。たとえば、山腹に置いた時計の変位により火山のマグマの上昇を検知するなど、防災の進化に大きな役割を果たすほか、新たな計測技術・研究分野が拓かれると期待されます。
エコテクノロジーの原点は本田宗一郎が語っていた「技術で人々を幸せにする」ことであり、より正確な1秒が実現できれば、人類に与えるインパクトは計り知れません。この画期的な発明をした香取博士の取り組みは、本田賞にふさわしい成果であると認め、今回の授賞に至りました。
本年で43回目となる本田賞の授与式は2022年11月17日(木)に東京都の帝国ホテルで開催され、メダル・賞状とともに副賞として1,000万円が香取博士に贈呈されます。
<香取博士の光格子時計の研究について>
精密な時間測定の重要性は、現代社会において年々高まりつつあります。衛星に搭載された原子時計による全球測位衛星システム(GNSS)や、電子取引などにおける基準時間、先端技術における精密計測など、精密な時間測定は現代社会のあらゆる活動に欠かせないインフラです。
現在、国際単位系(SI)の「秒」は、質量数133のセシウム原子の超微細準位間の遷移に基づいて定義されています。セシウム原子時計(約9.2GHzのマイクロ波)を用いた国際原子時の精度は、約15桁ですが、マイクロ波よりも周波数が高い光学遷移を利用する光原子時計では、より高精度な原子時計を実現できる可能性があります。光原子時計の最有力候補は、絶対零度近くまで冷やした荷電粒子1つを電極の間にトラップし、100万回もの計測を繰り返して正確な振動数を測定するイオントラップ法と考えられてきました。計測は1回あたり1秒かかるため、100万秒(10日間)もの測定時間が必要でした。
香取博士は、100万秒の平均をとる代わりに、一度に100万個の原子を測定することで、測定時間を劇的に短縮する光格子時計を発想しました。光の定在波※4で作った光格子に原子を捕まえ、原子運動に起因するドップラー効果を抑制するとともに、捕獲した多数原子の平均を取ることで量子雑音を低減します。このとき魔法波長※5のレーザー光で光格子を作れば、原子本来の周波数を変えることなく、高精度な原子時計を構築できることを提案し、実証しました。
このような高精度原子時計は大掛かりで設置環境に敏感な装置であるため、主に実験室で研究されてきました。2020年4月、香取博士らの研究グループは小型化した2台の光格子時計を、東京スカイツリーの展望台と地上階の2カ所に設置して比較を行い、展望台の時間は地上より1日に10億分の4秒速く進んでいることを示す論文を発表し、世界に衝撃を与えました。この実験では、時間の進み方の違いを高精度に計測することで、わずか450メートルの高低差にもかかわらず、ロケットや人工衛星を用いた従来の宇宙実験と比肩する精度でアインシュタインの一般相対性理論の検証に成功しました。この成果は、高精度時計による相対論的測位を実社会に適用する第一歩となりました。
現在、香取博士は光格子時計のさらなる小型化、堅牢化と実用化に取り組んでいます。スカイツリー実験で用いた装置の体積はおよそ1,000リットルですが、その体積を1/5にする小型機の開発が進んでいます。小型化した時計の常時安定動作が可能となれば、各地に配置することによって光格子時計ネットワークが形成できます。これらの時計群は、GNSSより遥かに高精度な時間を与えるばかりか、重力による時空のゆがみを検出することで地上の環境、海洋、気象、地殻変動の精緻な監視と探査を可能とします。たとえばリアルタイムに地殻変動を検出することで、地震予知につながる可能性もあります。
※1 エコテクノロジー(Ecotechnology):文明全体をも含む自然界をイメージしたEcology(生態学)とTechnology(科学技術)を組み合わせた造語。人と技術の共存を意味し、人類社会に求められる新たな技術概念として1979年に本田財団が提唱
※2 セシウム原子時計:セシウム133を用いた原子時計。原子時計は、原子がある特定の周波数の電磁波しか放出・吸収しないという性質を利用して作られている。セシウムが放出・吸収する電磁波が91億9263万1770回振動する時間を1秒の長さとして定義されていて、国際原子時の校正に用いられる。精度は6000万年に1秒ずれる程度。1967年の第13回国際度量衡総会において、セシウム原子時計を世界標準時計として採用することが決議された
※3 国際原子時の精度が約15桁:10の-15乗秒まで測れるほどの精度
※4 定在波:空間に固定された一定の振幅分布をもった周波的波動
※5 魔法波長:時計遷移に用いる2つの電子状態の電気分極率が等しくなる波長のこと。原子の分極率は電子状態によって異なるため、生じる光シフトも電子状態によって異なる。その結果、光格子中では、2つの電子状態間の光シフト量の差分だけ共鳴周波数が変化する。ところが、魔法波長のレーザー光で光トラップを作ると、2状態の電気分極率が等しくなり、共鳴周波数の変化をゼロにできる
国立研究開発法人理化学研究所
香取量子計測研究室 主任研究員/
光量子工学研究センター 時空間エンジニアリング研究チーム
チームリーダー
国立研究開発法人科学技術振興機構 未来社会創造事業
プログラムマネージャー
生まれ
1964 年 9 月 27 日 日本
学歴
1988 年 東京大学工学部物理工学科卒業
1990 年 東京大学大学院工学系研究科 物理工学専攻 修士課程修了
1994 年 東京大学大学院 論文博士(工学)
職歴
1991 年 東京大学工学部 教務職員
1994 年 東京大学工学部 助手
ドイツ マックス・プランク量子光学研究所 客員研究員
1997 年 科学技術振興事業団 ERATO 五神協同励起プロジェクト
基礎グループリーダー
1999 年 東京大学工学部 附属総合試験所 協調工学部門 助教授
2005 年 東京大学大学院工学系研究科 物理工学専攻 助教授
科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業 CREST 研究代表者
2010 年~現在 東京大学大学院工学系研究科 物理工学専攻 教授
2010 年~16 年 科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業 ERATO
香取創造時空間プロジェクト研究総括
2011 年 理化学研究所 基幹研究所 香取量子計測研究室 招聘主任研究員
2014 年~現在 理化学研究所 香取量子計測研究室 招聘主任研究員/
光量子工学研究センター 時空間エンジニアリング研究チーム チームリーダー
2014 年~22 年 ドイツ チュービンゲン大学 Distinguished Guest Professor
2018 年~現在 科学技術振興機構 未来社会創造事業 大規模プロジェクト型
「クラウド光格子時計による時空間情報基盤の構築」プログラムマネージャー
受賞歴
2001 年 丸文研究奨励賞
2005 年 欧州周波数時間フォーラム賞
日本学術振興会賞
ユリウス・シュプリンガー応用物理学賞
2006 年 丸文学術特別賞
日本 IBM 科学賞
2008 年 ラビ賞
2010 年 市村学術賞 特別賞
2011 年 光・量子エレクトロニクス業績賞(宅間宏賞)
文部科学大臣表彰・科学技術賞
フィリップ・フランツ・フォン・ジーボルト賞
2012 年 朝日賞
2013 年 東レ科学技術賞
藤原賞
仁科記念賞
2014 年 紫綬褒章
2015 年 日本学士院賞
2016 年 応用物理学会業績賞
2017 年 江崎玲於奈賞
2020 年 服部報公会 90 周年特別賞
墨子量子賞
2022 年 基礎物理学ブレイクスルー賞
主な会員等
日本物理学会、応用物理学会、レーザー学会、American Physical Society、日本工学アカデミー
エコテクノロジーの原点は本田宗一郎が語っていた「技術で人々を幸せにする」ことであり、より正確な1秒が実現できれば、人類に与えるインパクトは計り知れません。この画期的な発明をした香取博士の取り組みは、本田賞にふさわしい成果であると認め、今回の授賞に至りました。
本年で43回目となる本田賞の授与式は2022年11月17日(木)に東京都の帝国ホテルで開催され、メダル・賞状とともに副賞として1,000万円が香取博士に贈呈されます。
<香取博士の光格子時計の研究について>
精密な時間測定の重要性は、現代社会において年々高まりつつあります。衛星に搭載された原子時計による全球測位衛星システム(GNSS)や、電子取引などにおける基準時間、先端技術における精密計測など、精密な時間測定は現代社会のあらゆる活動に欠かせないインフラです。
現在、国際単位系(SI)の「秒」は、質量数133のセシウム原子の超微細準位間の遷移に基づいて定義されています。セシウム原子時計(約9.2GHzのマイクロ波)を用いた国際原子時の精度は、約15桁ですが、マイクロ波よりも周波数が高い光学遷移を利用する光原子時計では、より高精度な原子時計を実現できる可能性があります。光原子時計の最有力候補は、絶対零度近くまで冷やした荷電粒子1つを電極の間にトラップし、100万回もの計測を繰り返して正確な振動数を測定するイオントラップ法と考えられてきました。計測は1回あたり1秒かかるため、100万秒(10日間)もの測定時間が必要でした。
香取博士は、100万秒の平均をとる代わりに、一度に100万個の原子を測定することで、測定時間を劇的に短縮する光格子時計を発想しました。光の定在波※4で作った光格子に原子を捕まえ、原子運動に起因するドップラー効果を抑制するとともに、捕獲した多数原子の平均を取ることで量子雑音を低減します。このとき魔法波長※5のレーザー光で光格子を作れば、原子本来の周波数を変えることなく、高精度な原子時計を構築できることを提案し、実証しました。
このような高精度原子時計は大掛かりで設置環境に敏感な装置であるため、主に実験室で研究されてきました。2020年4月、香取博士らの研究グループは小型化した2台の光格子時計を、東京スカイツリーの展望台と地上階の2カ所に設置して比較を行い、展望台の時間は地上より1日に10億分の4秒速く進んでいることを示す論文を発表し、世界に衝撃を与えました。この実験では、時間の進み方の違いを高精度に計測することで、わずか450メートルの高低差にもかかわらず、ロケットや人工衛星を用いた従来の宇宙実験と比肩する精度でアインシュタインの一般相対性理論の検証に成功しました。この成果は、高精度時計による相対論的測位を実社会に適用する第一歩となりました。
現在、香取博士は光格子時計のさらなる小型化、堅牢化と実用化に取り組んでいます。スカイツリー実験で用いた装置の体積はおよそ1,000リットルですが、その体積を1/5にする小型機の開発が進んでいます。小型化した時計の常時安定動作が可能となれば、各地に配置することによって光格子時計ネットワークが形成できます。これらの時計群は、GNSSより遥かに高精度な時間を与えるばかりか、重力による時空のゆがみを検出することで地上の環境、海洋、気象、地殻変動の精緻な監視と探査を可能とします。たとえばリアルタイムに地殻変動を検出することで、地震予知につながる可能性もあります。
※1 エコテクノロジー(Ecotechnology):文明全体をも含む自然界をイメージしたEcology(生態学)とTechnology(科学技術)を組み合わせた造語。人と技術の共存を意味し、人類社会に求められる新たな技術概念として1979年に本田財団が提唱
※2 セシウム原子時計:セシウム133を用いた原子時計。原子時計は、原子がある特定の周波数の電磁波しか放出・吸収しないという性質を利用して作られている。セシウムが放出・吸収する電磁波が91億9263万1770回振動する時間を1秒の長さとして定義されていて、国際原子時の校正に用いられる。精度は6000万年に1秒ずれる程度。1967年の第13回国際度量衡総会において、セシウム原子時計を世界標準時計として採用することが決議された
※3 国際原子時の精度が約15桁:10の-15乗秒まで測れるほどの精度
※4 定在波:空間に固定された一定の振幅分布をもった周波的波動
※5 魔法波長:時計遷移に用いる2つの電子状態の電気分極率が等しくなる波長のこと。原子の分極率は電子状態によって異なるため、生じる光シフトも電子状態によって異なる。その結果、光格子中では、2つの電子状態間の光シフト量の差分だけ共鳴周波数が変化する。ところが、魔法波長のレーザー光で光トラップを作ると、2状態の電気分極率が等しくなり、共鳴周波数の変化をゼロにできる
- 香取 秀俊 博士 プロフィール
東京大学大学院工学系研究科 物理工学専攻 教授
国立研究開発法人理化学研究所
香取量子計測研究室 主任研究員/
光量子工学研究センター 時空間エンジニアリング研究チーム
チームリーダー
国立研究開発法人科学技術振興機構 未来社会創造事業
プログラムマネージャー
生まれ
1964 年 9 月 27 日 日本
学歴
1988 年 東京大学工学部物理工学科卒業
1990 年 東京大学大学院工学系研究科 物理工学専攻 修士課程修了
1994 年 東京大学大学院 論文博士(工学)
職歴
1991 年 東京大学工学部 教務職員
1994 年 東京大学工学部 助手
ドイツ マックス・プランク量子光学研究所 客員研究員
1997 年 科学技術振興事業団 ERATO 五神協同励起プロジェクト
基礎グループリーダー
1999 年 東京大学工学部 附属総合試験所 協調工学部門 助教授
2005 年 東京大学大学院工学系研究科 物理工学専攻 助教授
科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業 CREST 研究代表者
2010 年~現在 東京大学大学院工学系研究科 物理工学専攻 教授
2010 年~16 年 科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業 ERATO
香取創造時空間プロジェクト研究総括
2011 年 理化学研究所 基幹研究所 香取量子計測研究室 招聘主任研究員
2014 年~現在 理化学研究所 香取量子計測研究室 招聘主任研究員/
光量子工学研究センター 時空間エンジニアリング研究チーム チームリーダー
2014 年~22 年 ドイツ チュービンゲン大学 Distinguished Guest Professor
2018 年~現在 科学技術振興機構 未来社会創造事業 大規模プロジェクト型
「クラウド光格子時計による時空間情報基盤の構築」プログラムマネージャー
受賞歴
2001 年 丸文研究奨励賞
2005 年 欧州周波数時間フォーラム賞
日本学術振興会賞
ユリウス・シュプリンガー応用物理学賞
2006 年 丸文学術特別賞
日本 IBM 科学賞
2008 年 ラビ賞
2010 年 市村学術賞 特別賞
2011 年 光・量子エレクトロニクス業績賞(宅間宏賞)
文部科学大臣表彰・科学技術賞
フィリップ・フランツ・フォン・ジーボルト賞
2012 年 朝日賞
2013 年 東レ科学技術賞
藤原賞
仁科記念賞
2014 年 紫綬褒章
2015 年 日本学士院賞
2016 年 応用物理学会業績賞
2017 年 江崎玲於奈賞
2020 年 服部報公会 90 周年特別賞
墨子量子賞
2022 年 基礎物理学ブレイクスルー賞
主な会員等
日本物理学会、応用物理学会、レーザー学会、American Physical Society、日本工学アカデミー
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