光を99.98%以上吸収する至高の暗黒シート

触れる素材で黒さ世界一、秘密は漆に似た成分と光閉じ込め構造

産総研

・従来の暗黒シートと比べて可視光の反射率が一桁低く、レーザーポインターの光も消えて見える
・カシューオイル黒色樹脂の表面に微細な凹凸構造を形成し、くすみもぎらつきも少ない深い黒を実現
・明るい場所でも沈む圧倒的な黒さにより、視覚表現にこれまでになく高いコントラストを提供

 

 上からライン状の照明をあてた動画。「至高の暗黒シート」では、くすみ(散乱反射)も ぎらつき(鏡面反射)も少ない深い黒を実現しています。

 

  • 概要

国立研究開発法人 産業技術総合研究所(以下「産総研」という)物理計測標準研究部門 応用光計測研究グループ 雨宮 邦招 研究グループ長、清水 雄平 主任研究員、光放射標準研究グループ 蔀 洋司 研究グループ長と、国立研究開発法人 量子科学技術研究開発機構(以下「量研」という)量子ビーム科学部門 越川 博 主幹技術員、八巻 徹也 研究企画部長は、漆類似成分のカシューオイル黒色樹脂の表面に微細な凹凸を形成して光を閉じ込めることで、可視光の99.98%以上を吸収する「至高の暗黒シート」を開発しました。

この技術は、イオンビーム照射と化学エッチングで微細な円錐状の凹凸(光閉じ込め構造)の原盤を形成し転写する方法を幅広い素材に拡張したもので、今回、光吸収率が格段に向上した新しい暗黒シートの開発に成功しました。中でも、カシューオイル黒色樹脂は素材内部からの散乱反射(くすみ)が特に少ないという特徴を持ち、光閉じ込め構造によって素材表面の鏡面反射(ぎらつき)も抑えることで、レーザーポインターが消えて見えるほどの深い黒を実現します。従来の暗黒シートと比較して可視光の半球反射率が一桁以上低い0.02%以下となり、触(さわ)れる耐久性を有する素材としては世界一の黒さを達成しました。この至高の暗黒シートは、明るい場所でも沈む圧倒的な黒さを実現でき、背景の映り込みを防止できるため、視覚表現にこれまでになく高いコントラストを提供します。
なお、この技術の詳細は、2023年1月13日(米国東部標準時間)にScience Advancesに掲載されました。

下線部は【用語解説】参照

 

  • 開発の社会的背景

低反射な黒色材料は、装飾、映像、太陽エネルギー利用、光センサーなど、光の応用分野で幅広く用いられています。特に、カメラや分光分析装置内部の乱反射防止、迷光除去などの用途では、理想的には完全に無反射の黒体材料が切望されています。そして人間の目は実は黒さに敏感であり、半球反射率(以下「反射率」という)が0.2%以上の黒と、0.1%以下の黒を比べると肉眼で十分に識別できます。反射率が0.1%を大きく下回る黒体材料があれば、光を極力制御したいさまざまな場面、例えば不快な照り返し(グレア)の防止や、映像の高鮮明化などにおいて、利用価値が高いです。ここ10数年のうちに、黒体に近い材料が登場してきました。しかし、現在までに0.1%を大きく下回る極低反射率を達成したのはもろい素材に限られており、一般環境での利用が難しいという課題がありました。
 

  • 研究の経緯

産総研は、光吸収率の高い材料の研究開発において、一般環境でも使用可能な耐久性を有しつつ、全ての光を吸収する素材の開発を目指しました。その結果、2019年には量研とともにサイクロトロン加速器からのイオンビーム照射と化学エッチングで微細な円錐状の凹凸を形成し、光閉じ込め構造を実現することで、紫外線~可視光~赤外線の全域で99.5%以上の光を吸収する「究極の暗黒シート」の開発に至りました(2019年4月24日 産総研・量研 プレス発表[1])。今回、この技術を適用拡大することで、可視光の99.9%以上を吸収する「至高の暗黒シート」の開発を目指しました。
[1] https://www.aist.go.jp/aist_j/press_release/pr2019/pr20190424/pr20190424.html

なお、本研究の一部は、日本学術振興会の科学研究費助成事業(JP21H03753)と東京大学大学院工学系研究科原子力専攻(専門職大学院)が推進する量子科学技術研究開発機構 施設利用共同研究制度による支援を受けています。
 

  • 研究の内容

「暗黒シート」による光吸収は、いわゆる空洞黒体の原理に基づいています。図1左に示すように、円錐孔型の空洞黒体をミクロなサイズにして光閉じ込め構造とし、面上に敷き詰めたものが暗黒シートです。光閉じ込め構造に入射した光は、壁面で何度も吸収・反射を繰り返し、正味の反射率がゼロに近づいていきます。原理は単純ですが、正味の反射率が0.1%を大きく下回るには、光閉じ込め構造の勾配を急峻にし、エッジは鋭く、壁面はナノレベルで滑らかにする必要があります。このような構造は、従来の微細加工技術では作製が困難ですが、私たちはサイクロトロン加速器からの高エネルギーイオンビームを用いて解決してきました。CR-39樹脂基板にイオンビームを照射して生じた損傷痕跡は、化学エッチングにより狙ったサイズや形状の極めて精巧な円錐孔に拡大形成でき、基板表面に敷き詰めることができます(図1右①~②)。

 

 


このように作製した微細な凹凸を原盤(モールド)とし、光閉じ込め構造を黒色樹脂表面に転写します。この方法では原盤から繰り返し転写可能なため量産性も期待できます。従来の「究極の暗黒シート」は、カーボンブラック顔料を混錬したシリコーンゴムに光閉じ込め構造を転写したもので、紫外線~可視光~赤外線の全域で吸収率99.5%以上(反射率0.5%以下)を実現し、特に熱赤外線(波長8 μm ~ 15 μm)では世界一の吸収率99.9%以上を達成してきました。暗黒シートは触っても性能が損なわれず一般環境で使用できるため、2019年のプレスリリース後、大きな反響を得ました。しかし、黒体材料の需要の特に多い可視域では、暗黒シートの反射率が0.3%から0.5%程度にとどまっていました。

今回、これまで暗黒シートの反射率低減を制約してきた原因が、カーボンブラック顔料による散乱であると突き止めるに至りました。カーボンブラック粒子は可視光の波長と同じサイズかそれ以上の凝集体を作り、光の散乱が生じやすくなるため、光閉じ込め構造から散乱光が一部逃げてしまいます(図2)。そこで、カーボンブラック顔料を用いない低散乱な黒色基材の探索を行い、漆塗りの代用にも用いられるカシューオイル樹脂に着目しました。カシューオイル樹脂を構成するポリフェノール類は、漆の成分と類似しており、鉄と錯体を作ることでポリマー自体が顔料を加えなくても黒くなります。このため、カシューオイル黒色樹脂膜は散乱反射(くすみ)の量が極めて少ないことがわかりました。「漆黒」と言うと通常は鏡面に磨いた光沢のある黒を指しますが、同時にくすみの少ない「深みのある黒」も意味すると言えます。

今回、シリコーン樹脂製の型を介することで(図1右③~④)、光閉じ込め構造の転写対象を拡大する技術(図1右⑤~⑥)も開発したので、カシューオイル黒色樹脂に適用した結果、鏡面反射(ぎらつき)も散乱反射(くすみ)も抑えられ、従来の暗黒シートと比較して可視光の反射率が一桁以上低い0.02%以下(光吸収率99.98%以上、図3)を実現しました。この「至高の暗黒シート」の深い黒はレーザーポインターの光が消えて見えるほどであり(動画1)、触れる素材で世界一の黒さを達成しました(動画2)。

 


動画1 至高の暗黒シート(今回、左)と従来の暗黒シート(2019年、右)にレーザーポインターの光をあてている様子
※Science Advances誌に掲載された動画を改変。クリエイティブ・コモンズ・ライセンス(表示4.0国際)
 

動画2 至高の暗黒シートが指触りに耐える様子
※Science Advances誌に掲載された動画を改変。クリエイティブ・コモンズ・ライセンス(表示4.0国際)

これまでに世界一黒い材料とされてきたカーボンナノチューブ配向体は、あらゆる光を99.9%以上吸収する(0.1%以下しか反射しない)ことが知られていますが、もろいため触ると性能が損なわれるものでした。より最近では、世界一黒い鳥や蝶などの研究発表に触発された生体模倣の黒色材料技術、例えばガの目の表面のごく微小な凹凸を模したモスアイ構造をはじめとするナノ光学技術も知られていますが、0.1%を下回る反射率は得られていませんでした。現在市販の黒色塗料や、多孔性・起毛性の黒色布等も同様でした。


今回開発した「至高の暗黒シート」は、触っても性能が損なわれず取り扱いが容易で、ちりなどを簡単に除去できます。これほど黒く、有用な黒体材料は他に例がありません。「至高の暗黒シート」は明るい場所でも沈む圧倒的な黒さを実現でき、背景の映り込みを防止できるため、視覚表現にこれまでになく高いコントラストを提供します。

また、カシューオイル黒色樹脂ほどではないものの、カーボンブラック顔料を用いない複合組成で低散乱な黒色基材が他にいくつか見つかっています。必要な反射率や用途に応じて基材の選択肢があり、光閉じ込め構造を作製できるのも、今回の新しい暗黒シート技術の特長です。
 

  • 今後の予定

今後は具体的な用途開発や実用化に向けた検討を進めます。例えばライセンス契約のもと、素材メーカーなどに技術移転を行っていきます。将来的には光の乱反射を極力抑えたいプロ用途だけでなく、身近な場面も含め、光制御・利用技術の格段の性能向上に貢献します。
 

  • 論文情報

掲載誌:Science Advances
論文タイトル:Supreme-black levels enabled by touchproof microcavity surface texture on anti-backscatter matrix
著者:Kuniaki Amemiya, Yuhei Shimizu, Hiroshi Koshikawa, Hiroshi Shitomi, Tetsuya Yamaki
DOI:10.1126/sciadv.ade4853
※産総研は試料作製、データ測定、実験データ解析、論文執筆を、量研は試料作製、論文執筆を担当した。
 

  • 用語解説

カシューオイル
カシューナッツの殻から抽出したポリフェノール類。主な成分のカルダノールは、漆の成分(ウルシオール)に類似している。カシューオイルを用いた塗料は、漆の代用としても使用される。漆とは異なり、硬化に高い湿度は不要であり、空気中で自然乾燥する。また、漆かぶれが起きない。

暗黒シート
産総研が開発した、全ての光を吸収して耐久性も併せ持つ黒色シートの名称。表面にミクロな円錐状の空洞(光閉じ込め構造)を多数有している。

イオンビーム
荷電粒子を電磁気の力で加速する装置(加速器)によってエネルギーを高めたイオンからなるビームのこと。材料の加工、改質、分析などに用いられる。 

散乱反射
ざらついた表面や、素材中の顔料粒子において、光がさまざまな方向に散って生じる反射のこと。つや消しのくすんだ質感をもたらす。等方散乱の場合は、どの方向から見ても同じ量の散乱光が知覚される。

鏡面反射
平たんな表面において、入射角と等しい角度で反対方向に生じる強い反射のこと。光沢やつやをもたらすが、照らす光が強い場合にはぎらつきの原因になる。

半球反射率
鏡面反射率と散乱反射率を合計した反射率のこと。平面状の試料に対し、垂直に近い方向から光を入射して生じたあらゆる方向への反射を検出するため、試料上方の半球全体をカバーできる積分球という装置を用いて測定する。不透明なサンプルの場合、半球反射率と光吸収率の合計がちょうど100%になる。


サイクロトロン加速器
加速器は、イオンや電子などの荷電粒子を電磁気の力で加速する装置。サイクロトロンは、小型の加速器では得られない高いエネルギーにまでイオンを加速できる大型装置である。高エネルギーのイオンビームは、照射試料の奥深く(100 μm以上)にまで打ち込むことができる。

空洞黒体
あらゆる光を完全に吸収する理想的な物体である黒体は現実には存在しないので、大きな中空の空洞に小さな穴を設けて、模擬的に黒体を実現したものを空洞黒体と呼ぶ。小さな穴から空洞に入った光は内部で繰り返し反射していくうちに吸収されて減衰し、再び小さな穴から出ていく確率は非常に小さくなる。

CR-39樹脂
アリルジグリコールカーボネートからなる3次元網目構造の熱硬化性ポリマー。透明度が高く、光学特性がよいため、工業的にはメガネのレンズとしても用いられている。高品質のCR-39樹脂は、一様等方性、均質性、非晶質性に優れ、放射線感受性が高い(放射線損傷を受けやすい)。このため、イオンビームや荷電粒子線の照射で生じた損傷痕跡が化学エッチングにより明瞭な円錐状の穴となり、容易に計数できるので、アルファ線や中性子線といった放射線のモニタリングにも用いられる。

カーボンブラック
炭素の微粒子。炭化水素(油やガス)を不完全燃焼させるか、熱分解すると得られる。いわゆる煤(すす)もカーボンブラックの一種。黒色顔料として着色に広く用いられるほか、ゴムに混ぜると強度が増すので、タイヤゴムにも使用される。



【機関情報】
国立研究開発法人 産業技術総合研究所
https://www.aist.go.jp/
広報部 報道室 hodo-ml@aist.go.jp

国立研究開発法人 量子科学技術研究開発機構
https://www.qst.go.jp/
経営企画部 広報課 info@qst.go.jp

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会社概要

URL
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業種
官公庁・地方自治体
本社所在地
茨城県つくば市梅園1-1-1 中央事業所 つくば本部・情報技術共同研究棟
電話番号
029-862-6000
代表者名
石村 和彦
上場
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資本金
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設立
2001年04月