“顔を見せない安心感”が支援のカギに。VRで行う匿名対話がもたらす心理的変化
若年層への新しいアプローチとしてのVR支援の可能性を示す研究成果を発表
横浜市立大学COI-NEXT拠点Minds1020Labにおける横浜市立大学附属病院児童精神科 講師の藤田純一医師らの研究チームは、NHKのドキュメンタリー番組「プロジェクトエイリアン」に参加した精神疾患をもつ10代の若者3名を対象に、仮想現実(VR)空間での交流が心理状態に与える影響を調査した事例研究を発表しました。
本研究成果は、2025年5月30日付で国際的なデジタルヘルス専門誌『JMIR Formative Research』に掲載されました。
本研究では、VR技術を活用することで、見た目や先入観に左右されず、安心して心の内を語れる空間の提供を試みました。これにより、対面での相談が難しい若者に対しても、心理的サポートの新たな手段として支援が届くことが期待されます。
本成果は、若者支援における新たなアプローチに関する重要な予備的知見といえます。
◆研究の概要
NHKのドキュメンタリー番組「プロジェクトエイリアン」は、参加者がVR空間でエイリアンのアバターを介して匿名で対話する画期的なVR番組です。外見や先入観にとらわれず、心の内を語り合える「安全な場」として設計されており、精神的な悩みを抱える若者にとって新しい支援の可能性を秘めています。本研究では、番組に参加した精神疾患をもつ10代の若者3名を対象に、VR空間での対話が心理状態に与える影響を調査しました。番組収録時から実際の放送を視聴するまでの期間にかけて、参加者の心理状態を番組収録前と放送後の時点で、主に孤独感、抑うつ、対処行動に関連する本人の友人関係、家族関係、病状にまつわるそれらの変化について聴取し、対応する3つの自己記入式質問紙を用いて、孤独感、レジリエンス(回復力)、抑うつ症状の変化を測定しました。
◆研究内容

研究対象者 |
番組の全参加者(精神疾患を持つ10代の若者3名) |
調査実施時期 |
「プロジェクトエイリアン」シリーズ第8回に関する下記3時点 ・番組参加登録時 ・VR体験前(第8回収録前) ・VR体験後(第8回放送後) |
調査手法① 症例の経過 |
3時点それぞれにおける各症例の経過について、下記3項目を中心に自由記述で回答を求め要約 ・孤独感 ・レジリエンス ・抑うつ症状 |
調査手法② 心理指標データ |
3時点それぞれにおける下記心理的指標3項目について、自記式質問票により収集 ・孤独感:UCLA-LS3-J SF-3(3項目短縮版)-孤独感を測る自己記入式尺度。 ・レジリエンス:RS-14(短縮版レジリエンス尺度)-心のしなやかさ、対処能力、回復力を測る自己記入式尺度。 ・抑うつ症状:PHQ-9 -過去2週間の抑うつ症状の頻度と重症度を測る9項目の自己記入式尺度。 |
調査手法③ テキスト分析 |
放送中の番組参加者の対話をテキスト分析し、シーンごと(都市→宇宙船→月面)のポジティブ・ネガティブ感情の変化を可視化 |
◆主な研究結果
分析結果より、レジリエンス(回復力)の向上、抑うつ症状の軽減、社会的つながりへの意識向上、および、感情表現の段階的変化が見られました。

レジリエンス(回復力)の向上 |
・全参加者でレジリエンススコアが改善 ・特に1名で大きく改善 |
抑うつ症状の軽減 |
・全参加者で抑うつスコアが減少 ・うつ症状の軽減が見られ、1名は「軽度」から「最小限」レベルまで改善 |
社会的つながりへの意識向上 |
・孤独感は3名とも不変もしくは軽度上昇 ・参加者の語りから他者とつながりたいという前向きな気持ちの表れと解釈 |
感情表現の段階的変化 |
・都市部→宇宙船→月面という3段階の仮想環境で、感情表現が豊かに変化 ・初期の興奮や好奇心から、深い自己開示、そして希望的な未来志向へと発展 |
※本研究は3名を対象とした予備的ケースシリーズであり、統計的検定は行っていません。
◆考察
本知見は予備的ケースシリーズ研究であり、今後の検証的研究の仮説生成として意義があります。VR空間におけるアバターの活用と段階的シーン構成(都市→宇宙→月面)により、心理的安全性が担保され、自己開示が促進された可能性があり、異なる背景を持つ他者との相互作用が、孤立感の低減とレジリエンスの向上に寄与した可能性が示唆されました。
◆参加者の声(番組内での発言から)
「同じような苦しみを持つ人がいることを知って、自分だけじゃないと気づけた」
「自分をもう少し信じてみようと思う」
「変化を無理強いする必要はないけれど、挑戦し続けることが大切」
◆研究の意義と今後の展望(藤田純一氏より)
この研究は、VR技術を活用した対話による治療的効果の可能性を示す予備的な知見です。従来の対面療法が困難な若者にとって、匿名性と安全性を保ちながら他者とつながる新しい選択肢となる可能性があります。
今回の研究は3名という少人数のケースシリーズですが、VR空間での匿名対話が若者の心理的変化を後押しすることを示唆する予備的知見になりました。今後は、番組視聴が精神疾患の偏見解消に役立つかを検討したり、脳波や音声などの生理指標も取り入れたりするることで、共感や同調といった人の絆の形成過程を客観的に捉える試みも進めていきたいと考えています。最終的には、精神疾患を抱えるなどのさまざまな事情で対話に躊躇する若者が気軽に参加できる、VRを活用した新しいピア支援の形として、社会実装できるプログラムの開発を目指します。
◆論文情報
タイトル:Insights From the Nihon Housou Kyoukai's Virtual Reality–Based Social Interaction Television Program "Project Aliens" for Adolescents With Psychiatric Disorders: Single-Center Case Series Study
著者: Junichi Fujita
掲載誌:JMIR Formative Research
DOI:https://formative.jmir.org/2025/1/e74401

NHK「プロジェクトエイリアン」番組はこちら
PA008 10代 ココロの修学旅行 - プロジェクトエイリアン - NHK
■横浜市立大学COI-NEXT拠点について
国立研究開発法人 科学技術振興機構(JST)の「共創の場形成支援プログラム(COI-NEXT)」は大学等が中心となって未来のあるべき社会像(拠点ビジョン)を策定し、その実現に向けた研究開発を推進するとともに、持続的に成果を創出する自立した産学官共創拠点の形成を目指す産学連携プログラムです。
横浜市立大学では、拠点名を「Minds1020Lab(マインズテントゥエンティラボ)」とし、横浜市立大学研究・産学連携推進センター 宮﨑智之教授がプロジェクトリーダーを務める横浜市立大学 COI-NEXT拠点にて、生きづらさを感じる若者の心の課題を包括的に研究する新たな学術領域を立ち上げ、得られる知見を基に心理的レジリエンスの獲得を促すコンテンツ(デジタルメディスン)を提供するメインタラクティブプラットフォームを構築しています。
公式ページ:https://minds1020lab.yokohama/

このプレスリリースには、メディア関係者向けの情報があります
メディアユーザー登録を行うと、企業担当者の連絡先や、イベント・記者会見の情報など様々な特記情報を閲覧できます。※内容はプレスリリースにより異なります。
すべての画像