世界初、グラフェンなどの二次元材料テープを開発
二次元材料を高効率、簡単に転写可能な技術で次世代半導体の開発に貢献
NEDOは委託事業として「NEDO先導研究プログラム」(以下、本事業)に取り組んでおり、今般、国立大学法人九州大学と日東電工株式会社と共同で、世界初となる二次元材料に特化した紫外線(UV光)で粘着力が低下する機能性テープ(以下、UVテープ)を開発し、最高99%の転写率を達成する高効率なグラフェンの転写に成功しました。
本開発のUVテープによる転写はグラフェンに限らず、半導体や絶縁体などの二次元材料にも使用可能です。また、従来の転写法に比べ、二次元材料を大幅に節約できるほか、簡単に転写できるなどの利点があります。さらに開発したUVテープで転写したグラフェンを使い、フレキシブルなテラヘルツ波のセンサーも実現しました。
今後、極めて簡便な転写法をエンドユーザーに提供することにより、二次元材料の産業化に大きな役割を果たすことが期待できます。
なお、本研究の成果は2024年2月9日(英国時間)発行の英国科学誌「Nature Electronics」オンライン版で公開されました。
1.背景
情報化社会の進展に伴い、半導体デバイスにはさらなる高速化や省電力化が求められています。そこで次世代のデバイス材料として期待されているのが、グラフェンをはじめとする二次元の原子シート(二次元材料)です。しかし、二次元材料は原子の厚みしかない究極的に薄い材料のため、合成基板からシリコンやフレキシブル基板上に移す「転写」のプロセスが必要ですが、二次元材料の破れや保護膜の高分子による残渣(ざんさ)があり、特性低下につながります。また、保護膜の除去には有機溶媒が必要です。この転写はフレキシブル基板には使えず、転写に長時間を要することや高度な転写技術が必要となるなど、多くの課題がありました。
このような背景の下、NEDOは2021年度から委託事業として本事業※1で二次元材料の開発に取り組んできました。その一環として、九州大学、日東電工らと共同で、成長基板からシリコンやフレキシブル基板などへの転写技術の開発を行っています。
2.今回の成果
本事業で、二次元材料の合成の分野で多くの知見と優れた技術を持つ九州大学の研究チームと、幅広い業界に向けて、高機能材料を開発・販売していた日東電工が共同研究を行い、転写の課題を解決する新たな機能性テープと最適な転写法を開発しました。
(1)二次元材料の転写が可能なテープの開発
開発にあたり、さまざまな機能性テープを検討した結果、UV光を照射すると粘着力が約10分の1になるUVテープを用いて、高効率なグラフェンの転写を実現しました。この研究のポイントは、粘着力が強い状態でグラフェンをUVテープに「キャッチ」して、UV光で粘着力が弱まった状態で「リリース」して基板に移す、という「キャッチ・アンド・リリース」のアイデアです。科学的には、UV光でグラフェンと粘着剤のファンデルワールス力※2を制御して転写につなげたことを意味します。本研究では、効率的にグラフェンに適したテープを開発するため、人工知能(AI)を駆使して研究開発を行い、最高で99%の転写率を達成しました。さらに、従来の高分子転写よりも欠陥や残渣が少なく、短時間で転写を行うことができました。
図2に示した従来の方法と図3のUVテープ転写法を比較したのが図4です。図4(a)がUVテープによって転写されたグラフェン、図4(b)がポリメタクリル酸メチル樹脂(PMMA)の高分子保護膜を用いて転写したグラフェンの顕微鏡像です。UVテープによるグラフェン(図4(a))は従来法に比べると破れや残渣が大幅に少なく、かつ表面が平滑であることが確認できました。さらに、グラフェンのトランジスタを作って、グラフェンの中を流れるキャリア移動度※3を測定したところ、UVテープの方で、より高い移動度分布が得られました(図4(c))。
(2)グラフェンだけでなく、半導体や絶縁体などの二次元材料にも応用可能
今回開発したUVテープはグラフェンの転写だけでなく、テープの粘着剤などを最適化して、半導体の二次元材料である遷移金属ダイカルコゲナイド(TMD)※4や絶縁性の二次元材料である六方晶窒化ホウ素(hBN)にも転写できます。図5(a)は代表的なTMDである二硫化モリブデン(MoS2)を転写した結果で、三角形のグレインと全面膜が、ともにきれいに転写できています。また、図5(b)に示すように、このMoS2で良好なトランジスタ動作が確認できており、テープ転写でも十分な特性が得られることを確認しました。この成果は2030年代に期待されるTMDによる次世代半導体への応用が期待できます。
図5(c、d)はhBN→グラフェン→hBNと転写を3回行った結果です。このように、開発したUVテープを使うことで、複数の二次元材料を重ねた積層構造まで作製できます。
今回開発したUVテープは、高分子膜とは違って硬度があるので、図6のように、MoS2をキャッチしたテープをはさみでカットし、小さなテープを貼り付けたい位置で転写し、最後に電極を取り付ければ、簡単に多数のMoS2デバイスを得られます。この方法の利点は、必要なところだけに二次元材料を貼り付ければ良いので、大幅に二次元材料を節約でき、省エネルギー、低コストにつながります。その他にも、方向のそろった二次元材料を使って、角度を変えながら積層することもできます。
UVテープによる転写は高分子保護膜と違って「リリース」時に有機溶媒を使う必要がなく、かつ柔軟性もあるため、図7のように、さまざまな素材や形状のものに転写できます。特に、プラスチック製の眼鏡やフレキシブルなポリマー基板に転写できることは大きな利点です。また、半導体のMoS2を導電性のあるグラフェン電極ではさんだ構造もテープ転写では可能です(図7(d))。
(3)テラヘルツ波を使用したセンサーの開発
プラスチックに転写したグラフェンの応用として、テラヘルツ波(THz波)※5を使ったセンサーを作製しました。図8(a)はプラスチック基板上に、UVテープで転写したグラフェンに電極を取り付けたものです。この上に、ナイフと紙を入れた封筒を置きます(図8(b))。次に上部からTHz波を照射しグラフェンに生じる電圧を測定すると、図8(c)のように、ナイフがはっきり識別でき、さらに紙片も封筒の中に入っていることが確認できます。この測定方法は、空港などでのセキュリティーなどに利用でき、グラフェンがTHzセンサーとして有効であることを示しています。さらにグラフェンデバイスは熱センサーとして利用できることも確認しました。
今回開発したUVテープのライブラリーが図9になります。テープに貼り付けたグラフェン、hBN、MoS2、WS2をユーザーは子ども用のシールのように、ユーザー自身の基板に貼り付けて剥がすだけで二次元材料を転写できます。極めて簡便な手法をエンドユーザーに提供することにより、本転写法が二次元材料の産業化に大きな役割を果たすと期待できます。
なお、本研究の成果は2024年2月9日(英国時間)発行の英国科学誌「Nature Electronics」オンライン版で公開されました。
3.今後の予定
九州大学は、多くの研究者向けに今回開発した革新的な転写法の普及を図り、二次元材料の研究活性化や、新たな応用分野の開拓、さらには新産業の創出につなげていきます。現在、グラフェンへの転写が最大4インチ(φ100mm)のところを、ポストシリコンデバイスやセンサーなどの産業応用を見据えて、さらに大きなウエハーレベルの二次元材料への転写が期待できます。
【注釈】
※1 本事業
事業名:NEDO先導研究プログラム/エネルギー・環境新技術先導研究プログラム/高機能テープを用いた二次元材料の革新的転写法の開発
事業期間:2021年度~2022年度
事業概要:NEDO先導研究プログラム https://www.nedo.go.jp/activities/ZZJP_100100.html
※2 ファンデルワールス力
電荷を持たない中性の原子や分子間などで働く凝集力の総称で、分子間力の一つです。分子間力は距離の6乗に反比例します。
※3 キャリア移動度
物質に電場をかけたときの、キャリア(電子、正孔)の移動する速さに相当します。移動度が高いほど、デバイス動作が速くなることから、デバイス材料の重要な指標の一つになります。単位はcm2/Vsで表します。
※4 遷移金属ダイカルコゲナイド(TMD)
モリブデンやタングステンなどの遷移金属と、硫黄やセレンなどのカルコゲン(第16族元素)から構成される、厚さが約1nmの二次元材料になります。1~2eVのバンドギャップを持つ半導体で、100cm2/Vsを超えるキャリア移動度を示すことから、ポストシリコン材料として期待を集めています。
※5 テラヘルツ波(THz波)
30μmから3mm程度の波長を持つ電磁波のことです。低エネルギーで高い物質透過性を持つことから、非破壊検査や物質の同定などに用いられます。また高い周波数を持つ電磁波であることから情報通信への応用研究も活発に行われています。本研究では、THz発生装置から発生させたTHz波を用い、障害物を透過した後のTHz波の検出をグラフェンデバイスで行いました。
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