広範囲な発光の時間変化を数秒で計測する技術を開発
深層学習を活用した次世代有機EL材料開発の新たな道を拓く
・熱活性型遅延蛍光材料から放射される光の強度の時間変化を迅速に計測できる装置を開発
・数時間の測定を数秒に短縮、7桁を超える発光信号強度の検出も実現
・大量の実験データを利用した深層学習による新しい材料設計手法を提案
・数時間の測定を数秒に短縮、7桁を超える発光信号強度の検出も実現
・大量の実験データを利用した深層学習による新しい材料設計手法を提案
- 概 要
独自に開発した装置によって、TADF材料の分析に必要な幅広い強度範囲と時間範囲での発光信号を計測することに成功しました。これにより、従来の単一光子計数法で約3時間かかっていた測定を3秒に短縮できました。本手法により、従来法では計測することができなかったTADF材料を含む、大量の過渡発光データを取得することが可能となります。これらのデータを活用した深層学習による高性能なTADF材料の設計手法も新たに提案しました。
なお、この技術の詳細は、2023年3月21日(英国時間)に「Journal of Materials Chemistry C」に掲載されました。
下線部は【用語解説】参照
- 開発の社会的背景
- 研究の経緯
なお、本研究開発は、独立行政法人日本学術振興会の科学研究費助成事業(JP18H03902とJP22H02055)による支援を受けています。また、本研究の深層学習には産総研のAI橋渡しクラウド(ABCI)を利用しました。
[1] https://www.aist.go.jp/aist_j/press_release/pr2017/pr20170511_2/pr20170511_2.html
[2] https://www.aist.go.jp/aist_j/press_release/pr2019/pr20190903/pr20190903.html
- 研究の内容
この測定のために本研究では、電気信号の計測によく用いるデジタルオシロスコープ(以下「オシロスコープ」という)を応用した新しい計測手法を開発しました。TADF材料の計測の従来法である単一光子計数法と違い、オシロスコープは沢山の光子を一度に計測できることから短時間での過渡発光データの取得が原理上可能です。
しかし、オシロスコープではその特性上、TADF材料が示す桁違いの強度差がある瞬時蛍光と遅延蛍光を同時に計測することは困難でした。本研究では、瞬時蛍光と遅延蛍光の同時計測をオシロスコープで実現するために、瞬時蛍光の信号の一部を除去できる電圧制限増幅器を組み込んだ光検出器を作製しました。
図2に示す通り、瞬時蛍光用の高速な検出器①、瞬時蛍光と遅延蛍光の両方を測れる中速の検出器②、遅延蛍光だけを高感度に測れる低速の検出器③を用意して、それらの検出器がモーターで自動的に切り替わる装置を開発しました。そしてそれぞれの検出器で計測したデータを一つにつなげるプログラムを作成したことで、サブナノ秒(0.1ナノ秒)からミリ秒以上の幅広い時間と7桁以上にも渡る強度範囲の過渡発光データの取得を実現しました。
この結果、可能な限り測定条件を合わせた上で従来法の単一光子計数法と開発手法での計測にかかる時間を比較したところ、従来法で約3時間をかけていた測定結果が本装置ではわずか3秒で得られるようになりました。また、図3に示すように、従来法より3桁を越える光強度範囲を測れるようになることで、今までは単なる蛍光材料と思われていた材料が、非常に弱いながらも遅延蛍光を放出するTADF材料であったことも明らかにしました。
本研究はもう一つの試みとして、本装置で得られたTADF材料の過渡発光データの深層学習への応用を検証しました。27種類のTADF材料の過渡発光データを測定して、それにノイズを意図的に加えて用意した2700個のデータと27種類の分子の結びつきを学習させたところ、全てのデータが99%以上の精度で正しく認識されました。従来のTADF材料の開発では速度定数という、過渡発光データの解析に仮定を入れて得られるTADF材料の物性の値が深層学習に使われていましたが、今回の結果は過渡発光データという、発光の挙動そのもののデータを直接深層学習に活用できることを示しています。つまり、過渡発光データが迅速に得られるだけでなく深層学習に直接応用でき、また測定できるTADF材料の種類も発光強度も10倍以上に広がったことで、応用の種類に応じたTADF材料の実用的な材料設計を行うことができます。
- 今後の予定
- 論文情報
論文タイトル:High-throughput transient photoluminescence spectrometer for deep learning of thermally activated delayed fluorescence materials
著者:Minori Furukori, Yasushi Nagamune, Yasuo Nakayama and Takuya Hosokai*
DOI:https://doi.org/10.1039/d3tc00482a
- 用語解説
図1(左)に示す通り、スピン状態の一つである励起三重項状態が熱を吸収することにより、もう一つのスピン状態である励起一重項状態へと状態変化を起こす材料。このスピン状態の変化を伴わずに励起一重項状態から放出される光は瞬時蛍光、一度励起三重項状態を介して励起一重項状態から遅れて光るものは熱活性型遅延蛍光(Thermally Activated Delayed Fluorescence:TADF)と呼ばれる。
過渡発光データ
パルスレーザーなど瞬間的な光を当てた後に試料から放出される発光の強度の時間変化データ。
単一光子計数法
光検出器に入った光子の数を1個の単位から計測できる手法。TADF材料にレーザー光を繰り返し照射して、TADF材料が発光する時間に対して計測された光子の数の統計値を取得することで過渡発光データを作成することができる。
深層学習
機械学習の手法の一つであり、人間の脳神経細胞の仕組みを模倣した3層以上のニューラルネットワークを用いる。特に複雑な現象や材料の特性を予測するのに向いている。
希少金属
有機EL用材料として使用されるインジウムや白金、オスミウムなど、地球上の存在量が希少な金属。
電圧制限増幅器
入力された信号波形に対して、特定の電圧値以下の信号波形を出力する電子回路。別名、リミッタアンプ(またはリミティングアンプ)。
速度定数
1秒間に反応が起こる頻度。
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