カーボンスラリーにせん断応力を与えながらインピーダンスを測定できる手法を開発

~濃厚スラリーの分散性の評価が可能に、電池性能向上への貢献に期待~

東京理科大学

【研究の要旨とポイント】

  • 電池材料などに用いられるカーボン分散液(スラリー)にレオメーターでせん断応力を与えながら、粘度と電気化学インピーダンスを測定できる新たな手法を開発しました。

  • 本手法を分散剤濃度の異なる複数のカーボンスラリーに適用し、評価が難しい濃厚スラリー系を含む、幅広い濃度のスラリーの特性を詳しく評価することに成功しました。

  • 本研究をさらに発展させることで、さまざまな分散液の特性を正確に評価できるようになるので、材料開発の促進が期待されます。


【研究の概要】

東京理科大学創域理工学部先端化学科の四反田功准教授、アントンパール・ジャパンの山縣義文氏(東京理科大学客員教授)、信越化学工業株式会社の新延信吾氏らの研究グループは、カーボンスラリーにせん断応力を加えながら、電気化学インピーダンスを測定することにより、従来よりもカーボンスラリーの特性を詳しく評価できる方法を開発しました。


 リチウムイオン電池の正極に含まれるカーボンスラリーは、金属酸化物などの活物質、導電助剤、溶媒、高分子バインダーを混合して作製されます。導電助剤としては、カーボンブラック(CB)やアセチレンブラック(AB)などのカーボン粒子を使用し、活物質のみでは不足する電子の移動を補っています。電池性能を向上させるためには、これらのカーボン粒子をスラリー中で均一に分散させる必要があります。しかし、カーボン粒子はスラリー中で凝集しやすいという特性を持ちます。そのため、せん断応力を加えて良好な分散性を維持する必要がありますが、せん断応力を印加しながらスラリーの特性評価を行う手法はほとんどありませんでした。そこで、本研究グループはカーボンスラリーにせん断応力を加えながら、電気化学インピーダンス測定が可能な手法の開発に取り組んできました。


本研究では、ステンレスまたは金のプレートを電極として使用する新たな「レオ・インピーダンス測定法」を開発し、この方法を用いて、分散剤としてメチルセルロースを用いたAB分散液の粘性とインピーダンスの変化を測定しました。その結果、分散性の良いカーボンスラリーでは、せん断応力の影響を受けてもスペクトルは大きく変化が見られませんでした。


また、インピーダンススペクトルに関して、高周波領域でAB粒子の接触抵抗とキャパシタンス、中間周波領域でAB粒子のバルク抵抗とキャパシタンス、低周波領域で電極とAB粒子の接触に起因する容量性半円が観察されました。


さらに、等価回路モデルを用いて、中間周波領域におけるAB粒子間の接触抵抗とAB粒子のバルク抵抗を評価しました。その結果、AB粒子のバルク抵抗はMC濃度が高くなるにつれて減少するものの、せん断速度に対する依存性は確認されないことが判明しました。一方、各MC濃度に対応する抵抗は、せん断速度とともに増加することがわかりました。これは、せん断速度の増加に伴い、炭素-炭素ネットワークが部分的に破壊され、導電性が低下することに起因すると考えられます。


本研究による成果は、スラリーを緻密に制御する必要がある電極製造プロセスの効率向上に役立つことが期待されます。また、電池性能を向上させるための新しい設計や方法への道を開く可能性を秘めています。


本研究成果は、2023年8月1日に国際学術誌「ACS Applied Electronic Materials」にオンライン掲載されました。本論文は同誌の表紙にも選定されました。


図 レオ・インピーダンス測定装置の概略


【研究の背景】

スマートフォンやノートパソコンなどに広く使用されているリチウムイオン電池は、正極と負極の間をリチウムイオンが移動することで充放電を行うことができます。これまで、電池性能の向上を目指し、材料の種類や組成比、電池の構造など、さまざまな観点から研究が進められてきました。


過去の研究から、リチウムイオン電池の正極に使用されるカーボン分散液(スラリー)の性質が、正極ひいては電池全体の特性の鍵を握ることがわかってきました。そのため、より良好なスラリーの作製を目的として、作製したスラリーの内部状態や特性を正確に評価する方法が模索されてきました。しかし、スラリーを評価する際、高濃度のカーボン粒子が分光学的手法による内部の直接観察を妨げること、スラリーを希釈して濃度を低下させると内部構造が変化して正確な情報が得られないこと、などの課題が残されていました。


スラリーの分散性や内部状態をより詳しく正確に調べるために、本研究ではレオメーターでスラリーにせん断応力を加えながら、電気化学インピーダンス分光法による測定が実施できる方法を開発しました。従来法と異なる点として、せん断応力を加えた状態で電気化学インピーダンス測定を行っていることが挙げられます。これにより、スラリーの分散性を維持しつつ測定できるので、より正確な特性評価を行うことが可能となります。


【研究結果の詳細】

はじめに、カーボン分散液の調製を行いました。アセチレンブラック(AB)、メチルセルロース(MC)、N-メチル-2-ピロリドン(NMP)を混合した後、2000rpmで5分間混練しました。さらにNMPを加えて混錬を継続し、さまざまな割合のMC(ABの重量の3, 4, 5, 6, 8, 10%)を添加して、各スラリーの調製を行いました。


次に、調製した各スラリーについて、せん断速度と粘度の相関性を調べました。その結果、すべてのスラリーにおいて、せん断速度が増加するとともに粘度が減少することがわかりました。これは、せん断応力によってAB粒子がスラリー内に均一に分散したことに起因すると考えられます。また、MC濃度が高いスラリーは、MC濃度が低いスラリーよりも粘度が小さくなることが明らかとなりました。これは、MCによりAB凝集体の形成が抑制されていることを示唆しています。


さらに、今回開発したレオ・インピーダンス測定を行った後、等価回路モデルを使用して各種パラメータを計算により求めました。インピーダンスのナイキストプロットには3つの容量性半円が観察され、高周波領域の半円はAB粒子の接触抵抗とキャパシタンス、中間周波領域の半円はAB粒子のバルク抵抗とキャパシタンス、低周波領域の半円は電池由来の抵抗とキャパシタンスであることが推定されました。AB粒子のバルク抵抗はせん断速度に対する依存性を示しませんでしたが、AB粒子の抵抗はMC濃度が高くなるにつれて減少し、各MC濃度で測定した抵抗はせん断速度とともに増加することがわかりました。これは、炭素-炭素間のネットワークが部分的に破壊され、せん断速度の増加とともに導電率が低下するためと考えられます。以上の結果は、レオメーターと電気化学インピーダンス測定の組み合わせにより、電極スラリーの分散性を従来よりも詳細に評価できることを示唆しています。


本研究を主導した四反田准教授は「均一分散性の高い電池スラリーを調製することは電池性能の向上につながるので、分散性の評価は大変重要です。本手法により、従来評価が困難であった濃厚スラリー系の分散性も評価できるようになります。また、本手法は電池スラリー以外にも幅広く展開できるので、各種機能性材料の性能向上が期待できることから、カーボンニュートラルやSDGsへの貢献も期待できる技術です」と、研究の意義を語っています。


 ※本研究は、日本学術振興会の科研費(JP21H03344)の助成を受けて実施されました。


【論文情報】

雑誌名:ACS Applied Electronic Materials

論文タイトル:Rheo-Impedance Measurements for the Dispersibility Evaluation of  Electrode Slurries

著者:Isao Shitanda, Kazuma Sugaya, Chihiro Baba, Noya Loew, Yoshifumi  Yamagata, Keisuke Miyamoto, Shingo Niinobe,  Keiichi Komatsuki, Hikari Watanabe, and Masayuki Itagaki

DOI:10.1021/acsaelm.3c00612

URL:https://doi.org/10.1021/acsaelm.3c00612


【発表者】

四反田 功  東京理科大学 創域理工学部 先端化学科 准教授 <責任著者>

菅谷 和真  東京理科大学大学院 創域理工学研究科 先端化学専攻 修士課程1年

馬場 智大  東京理科大学大学院 創域理工学研究科 先端化学専攻 修士課程2年

Loew Noya   東京理科大学 創域理工学部 先端化学科 ポストドクトラル研究員

山縣 義文  アントンパール‧ジャパン 

宮本 圭介  アントンパール‧ジャパン

新延 信吾  信越化学工業株式会社

駒月 恵一  信越化学工業株式会社

渡辺 日香里 東京理科大学 創域理工学部 先端化学科 助教

板垣 昌幸  東京理科大学 創域理工学部 先端化学科 教授

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会社概要

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代表者名
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上場
未上場
資本金
-
設立
1881年06月