星野リゾート「最高水準のコロナ対策宣言」—「3密回避」システム導入とその反響 —
コロナ禍において“NEW NORMAL”、とりわけ「予防・衛生意識」が人々の間で高まるなかで、星野リゾートにおけるウイルス感染予防策がどのように開発されたか、お客様から現在どう評価されているのか
日本の観光産業において常に一歩先をリードしてきた星野リゾートは、ウィルス拡散の不安や行動制限でストレスを抱えがちなお客様が安心して旅のひとときを過ごせるように、「衛生管理」と「3密回避」の二軸で対策に取り組んでいます。その一環として、CambrianRoboticsをはじめとするパートナー企業の技術協力の下、星野リゾートとMAGLABが最先端のIoTテクノロジーを活かして共同開発した「3密回避システム(混雑状況可視化システム)」は、導入から約半年が経過する現在も各拠点で活用されています。
「IoTを活用したウィルス感染予防策」開発のきっかけ
星野リゾートでは、2020年3月初頭にはコロナウィルスの流行が長引くことを予測し、お客様に安心な空間をご提供するための18か月スパンでの長期計画を策定。それを基に、ウィルス感染予防策を開始しました。
以来、現在に至るまで、運営する各宿泊施設の客室や公共エリアの除菌清掃、館内各所への除菌用アルコールの設置、スタッフの健康と衛生面の管理を徹底しています。
東京都の感染者急増を受けて開かれた、2020年3月30日の東京都知事緊急記者会見では、「『換気の悪い密閉空間』 『人が密集』 『近距離での密接した会話』という、3つの密が重なるところを避けるように」との指針が出されました。
これを機に、いわゆる「3密回避」への関心とニーズが日本中で一気に高まり、星野リゾートは、IoT技術を活かした感染予防策の構築を計画に加え、対策をさらに徹底することを決定しました。同時に、お客様に一刻も早く「安心な宿泊施設」と認知していただけるよう、システム開発をわずか6週間で完了し、2020年6月から運用を開始することが目標となりました。
IoT(モノのインターネット)は、対象物にセンサーを取り付けることで、インターネットを経由して対象物の状態や位置を遠隔でチェックしたり、操作できる技術です。したがって、コロナ禍においては“非接触”で“3密回避”が可能になるため、非常に有意義なシステムとなりえます。
このプロジェクトにおいては、まず、星野リゾート 情報システムグループ グループディレクター 久本 英司氏が責任者となり、PoC(概念実証実験)の豊富な経験を持ち、課題解決型のプロジェクトを得意とするMAGLABがIoT開発パートナーのリーダー役として選ばれました。さらに、Wi-Fiへの接続安定性や遠隔からのメンテナンス性のある特許技術『obniz(オブナイズ)』を有するCambrianRoboticsをはじめ、MAGLABのパートナー企業がそれぞれの得意分野を活かして、プロジェクトを推進することになりました
プロジェクトの課題と突破口
星野リゾート 情報システムグループは、それまでIoTプロジェクトを何度か立ち上げたものの、いずれも上手くいかず、その理由は「顧客にとっての価値につながっていなかったから」だと久本氏は言います。加えて、コロナ禍で売り上げが大幅減となればどの企業もコストカットが全社的な命題になり、新しいシステムの開発は大きな投資とみなされ、通常は歓迎されにくいものです。
こうした不利な状況下にありながらも、久本氏は、施設内で人が密になりやすく同時に可視化しにくいエリアである「大浴場」を対象とするシステムとデバイスの開発を立案しました。そして、このプロジェクトの推進にあたっては、
・「IoTという仕組みで、顧客価値向上の一翼を担う」こと
・「部門のメンバーたちが会社の危機を救い、IoTによる課題解決の実績をつくる」こと
・「短期間で走りながらシステムを作り上げ、スピーディに改善を行う業務姿勢にする」こと
という、3つの信念を持って臨みました。
6週間という開発スケジュールの短さと導入対象施設の多さも、このプロジェクトの課題でした。そこで久本氏は、IoTの実装やデバイス開発でのスピード性と実現力をかねてより評価していたMAGLABをパートナーとして選びました。MAGLABの代表 武市はまず、技術的アプローチで時間の制約を解消しつつ、「星野リゾート」ブランドの傘下にある各施設でのお客様の利用シーンやストーリーを想定し、デバイスの設計を進めていきました。
“旅館” “リゾート” “温泉”といったキーワードを乱さないように配慮した、デバイスのプロダクトデザインは、武市のこだわりのひとつです。大浴場の混雑度を測るセンサーや電子基板は当初、置物や建物の柱の中に入った案を基に設計していましたが、各施設ごとのサイズに合わせる時間が圧倒的に足りないこともあり、高級和風旅館でもなじむ「和」を基調にして新しく考案したケースに収めることにしました。
「世の中にあるセンサーは、もっとインテリアに溶け込んでいくべきじゃないかと考えています。センサーらしくないセンサーを作るのは、楽しいですよね。 今後、星野リゾートの施設で新たに設置していくものは、センサーを埋め込んで、より施設に溶け込む形にしていく予定です。」(MAGLAB 武市)
「ものづくり」における時間的かつ物理的な制約を打破するために、MAGLABの開発したセンサーデバイスには、CambrianRoboticsの『obnizOS for EPS32』が搭載されることになりました。
『obniz(オブナイズ)』は、接続された機器や電子部品を独自のテクノロジーにより専用クラウドから直接操作し、リアルタイムのデータ取得やマイコンのプログラムの変更が行なえます。専用クラウド『obniz Cloud』で利用できるそうした豊富な機能と、『obnizOS』 によるWi-Fi接続の安定性やリモートでのメンテナンス性の良さがユーザーから支持され、現在、ホビーから産業用途まで幅広く利用されています。
今回の開発プロジェクトでは、『obniz Cloud』上からマイコンを制御したり、そのセンサー制御プログラムをインターネット経由でOTA(Over The Air=無線)により更新するなど、MAGLABのセンサーデバイスを裏からしっかりと支え、出荷時期の短縮に大きく貢献しました。
「プロジェクト開始当初、『obnizOS for EPS32』はリリースしたてで、ドキュメントもツールも十分に存在していませんでしたが、MAGLABとのチャットやオンラインミーティングで対話と進捗確認を毎日重ねながら、開発の歩幅を合わせていきました。また、数か月後に出す予定だったツールを前倒ししてMAGLABへ提供することで、スケジュールに間に合うよう対応しました」(CambrianRobotics 佐藤)
システム導入以降の奮闘と改善
MAGLABのサーバーとセンサーデバイスが、『obniz OS』やクラウドと双方向通信を行いながら人数カウントデータなどを取得し、そのデータを基に星野リゾートが独自に開発したアプリケーションを通じて、お客様がスマホからリアルタイムに混雑状況を把握できる―それが、大浴場の「3密回避」システムの仕組みです。
「導入当初は誤検知がけっこうありまして、最初の1、2か月はいろいろと調整しました。まず、6月に(星野リゾートの)15施設にシステムを入れたことで、現場の皆さまのご協力も得られまして、そこから順次、ソフトウェアや置き場所を改善して、徐々に適正な運用ができるようになっていきました。本来、ハードウェアは半年ほど時間をかけてテストして、承認を得てから出荷していくものですが、今回はとにかく走りながら直していく、それこそ今のクラウドのように対応する策をとりました。そうした解決策は、『obniz』の仕組みがなければ無理でした」(MAGLAB 武市)
「満足度調査では当初、『3密回避システム』へのご不満や課題を示す回答が多かったのですが、MAGLABへ随時フィードバックしてシステムを改善していきました。すると、7月くらいから良いお声が増えてきて、クレームも減って逆転するようになりました」「星野リゾートの社風のひとつとして、新しいシステムや仕組みを導入する際にスタッフが進んで協力するところがあります。今回もそうした社員の姿勢やバックグラウンドが功を奏しまして、スタッフたちと情報共有をして、共にシステム構築を行ったという感じです」(星野リゾート 久本氏)
お客様の動向と反響
星野リゾートは、非日常を味わうラグジュアリーホテル『星のや』やアクティビティを豊富に揃えた大人のためのファミリーリゾート『リゾナーレ』、王道なのにあたらしい温泉旅館『界』といった、「大浴場」や「露天風呂」を備えた宿泊施設のほか、都市観光向けの『OMO(おも)』や、気軽に仲間と集える『BEB(ベブ)』というカジュアルなホテルも運営しています。
日本全国の星野リゾートの各施設はこれまで、拠点地域の風土や自然、文化を大切にし、料理や屋内外のアクティビティなどに地域のものを積極的に採り入れてきました。そして、2020年4月頃より、片道1~2時間程度で足を伸ばせる近距離旅行として「マイクロツーリズム」の推奨を本格的にスタートしました。
星野リゾートは、コロナウィルスの感染拡大を最小限に抑えながらお客様に近隣地域の良さを再発見していただき、各地域の経済へも貢献していくことを長期的に目指しています。そのうえで、各施設での衛生・安全管理の徹底と、地域に根差した独自のプログラムやサービス内容の強化を継続してきました。
第一線でお客様と接している『界 仙石原』の総支配人 池上氏は、コロナ禍以降から現在までの状況をこのように語ってくれました。
「緊急事態宣言が出た4月、5月はご予約の7割がキャンセルとなり、最も影響が顕著でした。 しかし、私たちが行っているコロナウィルス感染予防策やマイクロツーリズムについて、ウェブサイトやメディアを通じて知られるようになった6月以降、客足が戻ってきました。お客様からのお問合せも、6月は非常に多かったです。10月になってから、『界 仙石原』は前年比並みに稼働率が回復しました」
お客様のこうした動向は、他施設でも明白です。例えば、インバウンドの宿泊客が半数を占めていた『星のや京都』では、京文化をテーマにしたマイクロツーリズムを打ち出したところ、2020年8月に近畿エリアからの宿泊客の割合が4割にまで増加し、全体稼働率は約80%になりました。
また、同じ時期、静岡県浜松市の『界 遠州』では、茶畑やお茶風呂などのプログラムをご提案したことで中部エリアからの宿泊客の割合が5割に達し、全体稼働率は90%以上、リピート客も増加する結果となりました。
『星のや』、『界』、『リゾナーレ』の大浴場で導入したシステムやデバイスに関しては、「お客様へ混雑状況をスマホで把握できることをご案内すると喜ばれますし、安心していただけています」 (『界 仙石原』総支配人 池上氏)「お客様のアンケート結果などでも、コロナ禍が終息してからも続けてほしい、という声が圧倒的です」(星野リゾート 久本氏)といった好評価が社内でも共有され、システムとデバイスの継続利用が既に決定しました。
■各社の所感と今後のIoT開発ビジョン
星野リゾート 情報システムグループ
グループディレクター 久本英司氏
IoTプロジェクトは、私どものなかでもPoCの段階を超えて、実際に価値を生み出す段階にようやく来れたな、というのが大きな振り返りです。成果を出せたことで、現場のスタッフから他の案件のアイデアや相談も寄せられるようになりました。可視化以外のニーズや取り組みを、他のサービスで実践していけそうだと思っています。
現場の業務、顧客の体験価値向上どちらも大切なので、そこに対してIoTがより良く価値を出せるところを今後たくさん実験したいですし、さまざまなテクノロジーを決めつけすぎず、現場のフィードバックをもらいながら変えていきたいです。顧客体験とスタッフの対応全体を設計していき、そこにIoTが透明になって組み込まれる世界を目指したいと思っています。
MAGLAB 代表 武市 真拓
MAGLABとしてこの6週間のチャレンジは、コロナ禍において学びになり、得るものが大きかったです。
CambrianRoboticsをはじめ、複数のエンジニアやパートナー企業、そして星野リゾートのメンバーとの協業で、1人でも欠けていたら実現できなかったです。企業と組織を超えた、チームでひとつのゴールへ向かって実現したことは、高揚感さえありました。
今回のプロジェクトを通じて、モノづくりはやっぱり深くまだまだ学ぶことが多いし、お客様の課題を解決するのは現場だと感じました。
私たちは、『AirSTATUS』というサービスを立ち上げようとしていますが、空間のなかに電波を飛ばすIoT的な話と、空間のなかに溶け込むようなインテリアのひとつの間口となるIoTってどんな形だろうという提言ができたらと思っています。そんなデバイスが提供できて、課題解決ができるサービスプレイヤーとして成長していきたいと考えています。
CambrianRobotics 代表 佐藤 雄紀
obnizは短い工数でIoTが実現し、しかもウェブの技術だけでできて、後からプログラムも変えられます。
私としては、obnizはまさに今回のようなシステムやデバイスの開発プロジェクトにおいて活躍すべき、と考えています。そこがまさにobnizの価値です。
開発ツールとして機能を増やしていき、コミュニケーションをとっていければ、こうしたプロジェクトのようにさらに開発現場で活用していただけると感じています。
<参考資料>星野リゾートの提唱する「旅」~マイクロツーリズム~
星野リゾートでは、「3密」を避けながら近場で過ごす旅のスタイル「マイクロツーリズム」をおすすめしています。ご自宅から1~2時間程の距離で安心して過ごしながら、地域の魅力を深く知るきっかけとなり、地域経済にも貢献できます。
温泉や自然散策、地元の料理を楽しみ、活力を取り戻す滞在旅行です。客室でのんびり過ごしたい方向けにも、さまざまなアクティビティをご用意しています。
お近くの『星のや』『リゾナーレ』『界』『OMO(おも)』『BEB(ベブ)』で、ご近所旅行をお楽しみください。
<『星野リゾート』公式サイト>
https://www.hoshinoresorts.com/
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