非相溶元素間の原子拡散障壁が未踏結晶相形成に及ぼす影響を解明

-未踏結晶構造の探索に向けた新たな知見-

公立大学法人 名桜大学

概要

 京都大学化学研究所の松本憲志 特定助教、佐藤良太 特定助教、髙畑遼 助教、寺西利治 教授、九州大学の工藤昌輝学術研究員(現北海道大学特任助教)、名桜大学の立津慶幸 上級准教授の研究グループは、元素間に固有の相溶性(元素間相溶性)により安定化されるZ3型合金構造の形成過程において、非相溶な元素ペアの隣接が原子拡散の活性化障壁を大きくすることを明らかにしました。

 複数の金属元素で構成される合金の化学的・物理的な特性は、その結晶構造に大きく依存することが知られています。そのため、新しい物性や機能を発見する方法の一つとして、未踏構造の安定化が考えられます。ところが、これまで数多くの準安定相の形成が報告されていますが、未踏構造の探索はほとんど例がありません。そこで、我々が最近合成に成功した前例のないZ3型合金構造の形成機構(特に、原子拡散過程)を明らかにすることで、未踏構造探索の手掛かりが得られると考えました。

 本研究では、精密なナノ粒子合成により設計した2種類のナノ粒子- FePd3合金へのIn拡散(FePd3:Inナノ粒子)とPdInx合金相へのFe拡散(PdInx:Feナノ粒子)-に対して還元熱処理を施した結果、PdInx:Fe ナノ粒子に比べてFePd3:Inナノ粒子の方が、Z3型Fe(Pd, In)3合金ナノ粒子の形成に必要な温度が200 Kも高いことを発見しました。この温度差について調査するために、原子拡散過程を原子レベルに追跡したところ、非相溶な元素ペアであるFeとInの隣接の有無に原因があることを見出しました。第一原理計算により2種類の出発ナノ粒子の原子拡散過程で形成される中間構造の形成エネルギーを求めたところ、FeとInが隣接することで構造が大きく不安定化することが確認され、その分原子相互拡散の活性化障壁も高くなることが分かりました。

これらの知見は、非相溶な元素ペアを含む未踏合金相を探索するうえで、原子拡散過程の制御が必要であることを意味しており、今後の未踏材料開発の促進に貢献すると考えられます。

                                      
研究成果は、2025年9月10日に国際学術誌「Chemical Science」にオンライン掲載されました。

図:非相溶な元素ペアであるFeとInの異なる拡散経路により生じたZ3相に至るまでの形成温度の違いに関する概要図

1.背景

 複数の金属元素で構成される合金の化学的・物理的な特性は、その結晶構造に大きく依存することが知られています。そのため、新しい物性や高機能材料を発見する方法の一つとして、未踏構造の安定化が考えられます。ところが、これまで数多くの準安定相の形成が報告されていますが、未踏構造の探索はほとんど例がありません。そこで、我々が最近合成に成功した前例のないZ3型合金構造の形成機構を明らかにすることで、未踏構造探索の手掛かりが得られると考えました。

 そこで、Z3型Fe(Pd, In)3合金相の形成に至るまでの原子拡散過程に着目しました。我々の以前の研究では、Fe、Pd、Inのナノレベルでの混合がZ3相の形成に必要であり、Pdとは高い相溶性注1)をもつがFeとは非相溶なInの導入によりZ3型構造が安定化されることを明らかにしました。しかし、非相溶な元素ペアは原子レベルでの固溶を妨げる可能性があるため、Z3型合金相に至るまでの拡散過程は自明ではありません。非相溶な元素ペアを含む未踏合金相の形成機構が明らかになれば、様々な元素の組み合わせで非相溶元素ペアを含む未踏合金相の創出につながると期待されます。

 

2.研究手法・成果

 私たちは、Z3相の形成に至るまでの原子レベルでの拡散過程について調べるために、異なるナノ構造をもつ2種類のナノ粒子-FePd3合金へのIn拡散(FePd3:Inナノ粒子)とPdInx合金相へのFe拡散(PdInx:Feナノ粒子)-を合成しました(図A)。各ナノ粒子に対して還元雰囲気下で熱処理を行ったところ、PdInx:Feナノ粒子からは773 KでL10-FePd/Z3-Fe(Pd, In)3/bct-Pd3In相分離構造を経てから873 KでZ3-Fe(Pd, In)3相が形成されました。一方、FePd3:Inナノ粒子では873 KでL12-(Fe, In)Pd3相が形成されました。そこで、さらに1073 KでL12-(Fe, In)Pd3相に対して熱処理を施したところ、低秩序注2)な正方晶Fe–Pd–In構造を経由し、Z3-Fe(Pd, In)3相が形成されることが分かりました。このようにして、両者でZ3相の形成に至るまでの中間構造、および必要な熱処理温度に違いがあることが分かりました。

 Z3相の形成に必要な熱処理温度の違いの要因を調べるために、それぞれの中間構造に対して原子レベルでのEDX元素マッピングを行いました。その結果、FePd3:Inナノ粒子から得られた低秩序な正方晶Fe–Pd–In構造では、Feの最隣接サイトに部分的にInが分布しており、PdInx:Feナノ粒子から得られたL10-FePd/Z3-Fe(Pd, In)3/bct-Pd3In相分離構造ではFeとInが隣接していないことが確認されました(図B, C)。さらに、L10-FePd/Z3-Fe(Pd, In)3/bct-Pd3In相分離構造からZ3相に至るまでの原子拡散過程のFeとInの隣接の有無について調査するために、873 K、t分(t = 0, 10, 40)での熱処理を行った後に同じ粒子の同じ領域に対して原子分解能でのEDX元素マッピングを行いましたが、Z3相の増加が確認される一方でFeとInの隣接は依然として観察されませんでした。つまり、PdInx:Feナノ粒子とFePd3:Inナノ粒子からZ3相の形成に至るまでの原子拡散過程において、非相溶な元素ペアであるFeとInの隣接の有無に、Z3相形成熱エネルギー差が現れる原因があることが明らかになりました。

 そこで、Z3相に至るまでの拡散過程で形成される中間構造の形成エネルギー注3)を第一原理計算注4)により求め、中間構造間の形成エネルギー差について調査しました。非常に興味深いことに、FePd3:Inナノ粒子から形成されるL12-(Fe, In)Pd3相からZ3相の形成に至るまでの中間構造の中で、FeとInの隣接した構造のときに大きく不安定化することが分かりました。一方、PdInx:Feナノ粒子から形成されるL10-FePd/bct-Pd3In相分離構造からZ3相に至るまでの中間構造にはFeとInの隣接を伴わず、比較的小さなエネルギー障壁でZ3相が形成できることも確認できました。これらの結果は実験で得られた必要な熱エネルギー差がFeとInの隣接から生じたことを示唆しています。

  

図.(A)Z3相を合成するために設計した2種類のナノ粒子のエネルギー分散型X線分光法(EDX)元素マップ図、および(B)FePd3:Inナノ粒子から合成された低秩序な正方晶Fe–Pd–In構造と(C)PdInx:Feナノ粒子から合成されたL10-FePd/Z3-Fe(Pd, In)3/bct-Pd3In相分離構造の原子分解能EDX元素マッピングによるFe(青)、Pd(緑)、In(赤)の分布、およびそのモデル図

3.波及効果、今後の予定

 金属合金の物理的・化学的な特性を向上させる方法の一つとして未踏合金の形成は重要な研究ですが、依然として挑戦的な研究対象でもあります。本研究で得られた知見は、精密合成技術で非相溶な元素ペアを含む合金ナノ粒子を合成することで、未踏合金相が見つかる可能性を示しています。今後は本知見を活かして様々な未踏合金相の形成に挑戦し、「元素間相溶性を駆動力とした未踏規則合金相の安定化」の学理の構築を目指して研究を続ける予定です。

 

4.研究プロジェクトについて

 本研究は、JST戦略的創造研究推進事業 CREST「自在配列システム」(課題番号:JPMJCR21B4)、文部科学省JSPS科学研究費助成事業 基盤研究(S)、基盤研究(B)、挑戦的研究(萌芽)、若手研究、ナノテクノロジープラットフォーム事業(課題番号:JPMXP09A21KU0397)、高輝度科学研究センター(課題番号:2021B1513、2021B1708、2022A1068、2022A1227、2022B1848)の支援を受け実施いたしました。

<用語解説>

注1)相溶性 (miscibility)

特定の元素組成と温度に対応した熱力学的に安定な構造が記された平衡状態図から読み取ることの可能な元素間の原子レベルでの混じりやすさのこと。例えば、PdとInは複数の合金相を形成可能なため高い相溶性をもつが、FeとInは1273 K以上においても原子レベルに混ざることがないため非相溶である。

注2)低秩序 (low order)

原子レベルに異種金属が混合した合金には固溶体合金(異種金属がランダムに配置)と規則合金(異種金属が規則的に配置)が存在する。多くの場合で、規則合金の規則性は不完全であり、その規則化度S(0 < S < 1)で表記する。例えば、本研究で合成したZ3相は規則化度が0.75以上であったが、低秩序な正方晶Fe–Pd–In構造はZ3相を基準に考えた場合規則化度が0.21である。

注3)形成エネルギー (formation energy)

合金になることで生じる安定化エネルギーのこと。例えば、Z3相の形成エネルギー(EZ3)は単位格子がFe2Pd5In1で構成されるため、EZ3 = E(Z3-Fe2Pd5In1)–{2E(Fe)+5E(Pd)+E(In)}となる。ここで、E(Z3-Fe2Pd5In1)、E(Fe)、E(Pd)、E(In)は0 Kにおける基底状態での電子の運動エネルギーであり、これらは第一原理計算により求められる。

注4)第一原理計算 (first-principles calculation)

物質中の電子の運動エネルギーを量子力学の方程式に従って数値計算により解く手法のこと。

<研究者のコメント>

 「原子がどのように拡散をすることで未踏結晶相が形成されるのか疑問を抱くことで、本研究が始まりました。しかし、実験的にも理論計算的にも難しい研究対象だったため、どのように研究を進めることで形になるのか頭を悩ませていました。本研究は、共同研究者と一緒に悩みながら一つずつ明らかにしていくというまさに「研究活動」を通して達成することができました。改めて、この場を借りて共同研究者の皆様に御礼申し上げます。非相溶な元素を含む多元系金属合金の研究はまだまだ未開拓な研究領域ですが、引き続き気になるという自分の感性を信じながら一つずつ明らかにしていきたいと考えています。」(松本憲志)

<論文タイトルと著者>

タイトル:Atomic diffusion barriers and inter-element miscibility guide the development of unexplored crystal phases (原子拡散障壁と元素間相溶性は未踏結晶相の開発の指針となる)

著  者:Kenshi Matsumoto, Masaki Kudo, Yasutomi Tatetsu, Ryota Sato, Ryo Takahata and Toshiharu Teranishi,

掲 載 誌:Chemical Science DOI:10.1039/D5SC01754H

<研究に関するお問い合わせ先>

松本 憲志 (まつもと けんし)

京都大学化学研究所・特定助教

TEL:0774-38-3121

FAX:0774-38-3121

E-mail:matsumoto.kenshi.3r@kyoto-u.ac.jp

寺西 利治 (てらにし としはる)

京都大学化学研究所・教授

TEL:0774-38-3120

FAX:0774-38-3121

E-mail:teranisi@scl.kyoto-u.ac.jp 

 

<報道に関するお問い合わせ先>

京都大学 広報室国際広報班

TEL:075-753-5729 FAX:075-753-2094

E-mail:comms@mail2.adm.kyoto-u.ac.jp

名桜大学 広報室

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業種
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本社所在地
沖縄県名護市字為又 1220-1
電話番号
0980-51-1100
代表者名
髙良 文雄
上場
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資本金
33億1650万円
設立
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