乱流のデータ同化における未解決問題を解決
~流体シミュレーションによる予測精度向上につながる新知見~
【研究の要旨とポイント】
カオス的な挙動を示す気象や流体乱流のふるまいを予測する方法として、観測データとシミュレーションを組み合わせて予測精度を向上させる「データ同化」が注目されています。
乱流のデータ同化研究において、大きな渦の観測データさえあれば小さな渦について推定が可能であるという現象が知られていましたが、その理論的背景はわかっていませんでした。
今回、応用数学的なアプローチにより、この現象の理論的な裏付けに初めて成功しました。
本研究で提案した理論はさまざまな系に適用できるので、将来的には気象予報の精度向上など実用性の高い分野への応用につながる可能性があります。
【研究の概要】
東京理科大学理学部第一部応用数学科の犬伏正信准教授、一橋大学経営管理研究科の齊木吉隆教授、立正大学経済学部の小林幹准教授、大阪大学基礎工学研究科の後藤晋教授の研究グループは、乱流のデータ同化を説明する新たな理論を提案しました。
乱流は、水や空気などの流体の不規則で乱れた流れのことを指し、コーヒーカップの中から大気に至るまで、さまざまなスケールで生じます。乱流はナビエ-ストークス方程式と呼ばれる式を用いて記述できますが、初期値のわずかな違いで、予測される将来の流れの状態が大きく変わってしまうことから(カオスのバタフライ効果)、乱流の予測は難しいことが知られています。
近年、観測データとシミュレーションを組み合わせて予測精度を向上させる「データ同化」が注目され、気象予報などの分野で応用が進んでいます。データ同化とは、シミュレーションにおける初期条件などの不確かさを、実際の観測データに基づいて逐次修正を行うことで、より確からしい予測結果を得る応用数学的手法です。
乱流はさまざまな大きさの渦から成り立っており、データ同化では大きな渦の観測データを用いて、小さな渦についての推定を行うことで予測精度を向上させています。これまでの研究から、ある一定の大きさ(臨界スケール)までの渦の観測データが得られれば、それより小さな渦について完全に推定できること、言いかえるとカオスによる不確かさの増大(不安定性)をデータ同化によっておさえられることが知られています。興味深いことに、多くの研究でこの臨界スケールは、データ同化のアルゴリズムや乱流系の詳細に依らない共通の値を示すことが報告されてきましたが、その理論的な背景についてはわかっていませんでした。
そこで本研究グループは、大きな渦の観測データさえあれば小さな渦について完全に推定できる現象を「大きな渦によって小さな渦が同期する現象」と捉え、「乱流のデータ同化を特徴づける同期多様体(*1)の安定性問題」という数学的問題に帰着させるというアプローチを提案し研究に取り組みました。その結果、この臨界スケールはナビエ-ストークス方程式の性質によって決定されるものであることを示し、現象の理論的な裏付けに初めて成功しました。
本研究で提案した理論はさまざまな系に適用できるので、将来的には気象予報の精度向上など実用性の高い分野への応用につながる可能性があります。さらに、リチャード・P・ファインマンが「古典物理学に残された難問」と称した乱流現象の理解にも役立つと期待されます。
本研究成果は、2023年12月18日に国際学術誌「Physical Review Letters」にオンライン掲載されました。
【研究の背景】
乱流において、小さな渦のふるまいが大きな渦のふるまいに支配される現象は、データ同化の基盤となる重要な現象です。興味深いことに、これまでに行われた複数のデータ同化研究から、コルモゴロフ長(*2)の20倍程度である臨界スケールが重要であり、臨界スケールよりも小さなスケールの渦のふるまいは、それよりも大きな渦のふるまいに支配されることが報告されています。しかし、異なるデータ同化アルゴリズムや乱流系を用いているにもかかわらず、共通した臨界スケールが得られる理由については解明されていませんでした。
本研究では、この現象を同期多様体の安定性という数学的問題として捉える理論的枠組みを提案し、データ同化の成否を安定性の問題に帰着させて解析しました。具体的には、カオスの初期値鋭敏依存性を特徴づけるリアプノフ指数(*3)を応用した横断リアプノフ指数を導入し、乱流のデータ同化を特徴づける同期多様体の安定性解析を行いました。
【研究結果の詳細】
本研究では、乱流のデータ同化を一方向結合力学系として捉え、特にその相空間における同期多様体に着目しました。データ同化の成否を同期多様体の安定/不安定性に読み替え、横断リアプノフ指数を用いて安定性を解析することで、先行研究によって示されていた臨界スケールをナビエ-ストークス方程式の性質として決定することができました。さらに、近年明らかになった乱流アトラクタの最大リアプノフ指数の性質と横断リアプノフ指数の関係から、この臨界スケールのレイノルズ数依存性を明らかにしました。本研究で提案した理論はさまざまな系に適用可能なので、乱流に関係する数理科学の多くの問題(予測やモデル化)や、将来的には気象予報の精度向上など、幅広い応用につながる可能性があります。
※本研究は、日本学術振興会(JSPS)の科学研究費助成事業(22K03420, 22H05198, 20K20973, 20H02068, 19K14591, 19KK0067)の助成を受けて実施したものです。数値計算は宇宙航空研究開発機構(JAXA)のスーパーコンピュータJAXA-JSS2を使用して行いました。
【用語】
*1 同期多様体
力学系の同期状態を特徴づける相空間(状態空間)上の多様体。横断リアプノフ指数による安定性解析は藤坂-山田(1983)、Ott-Sommerer(1994)によって提案され、カオス理論の研究において用いられてきた。
*2 コルモゴロフ長
乱流中の最小渦の大きさを表す長さスケール。
*3 リアプノフ指数
相空間(状態空間)上の2つの軌道が指数的に離れていく度合いを示す指標で、軌道の安定性の判定に用いられる。リアプノフ指数が正であることは、初期値の不確かさが指数的に拡大することを意味する。これをカオスのバタフライ効果(初期値鋭敏性)という。
【論文情報】
雑誌名:Physical Review Letters
論文タイトル:Characterizing small-scale dynamics of Navier-Stokes turbulence with transverse Lyapunov exponents: A data assimilation approach
著者:Masanobu Inubushi, Yoshitaka Saiki, Miki U. Kobayashi, and Susumu Goto
DOI:10.1103/PhysRevLett.131.254001
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