過塩素酸塩化合物の爆発性を司る部位を深層学習を用いて予測
~危険な化学物質の理論的予測につながる新手法~
【研究の要旨とポイント】
過塩素酸塩化合物は爆発性をもつ危険な物質ですが、爆発に関する実際の実験には危険が伴うことから、結晶構造から爆発性を予測する手法の開発が求められています。
深層学習を用いて、結晶構造データベースに登録されている金属サレン錯体の過塩素酸塩結晶内の分子間相互作用の特徴を抽出した結果、サレン部位には「特徴がない」傾向が見出されたことから、危険性は過塩素酸部位の結合や構造による可能性が高いと示唆されました。
本研究で提案した人工知能を利用したデータ駆動型の計算化学的アプローチは、今後、結晶工学や材料設計などの分野に適用が広がると期待されます。
【研究の概要】
東京理科大学 理学部第二部化学科の秋津 貴城教授(同大学研究推進機構 総合研究院 火災科学研究所 兼任)、滝口 裕司氏(2022年度修士課程修了)、須田 進太朗氏(2022年度修士課程修了)、中根 大輔助教の研究グループは、結晶構造データベースに登録されているサレン錯体の構造をもとに、人工知能(深層学習)を用いて結晶内の分子間相互作用の特徴を抽出する手法を開発し、この手法を用いて、サレン錯体の爆発性の原因を探りました。その結果、サレン部位には「特徴がない」傾向を突き止め、爆発性は過塩素酸部位の化学結合や構造に起因する可能性が高いことが示唆されました。
過塩素酸塩はわずかな衝撃や熱でも爆発に至る危険性がありますが、爆発性の背景にある詳細なメカニズムはまだよくわかっていません。そこで今回、研究グループは、結晶構造と分子相互作用の特徴から、過塩素酸塩化合物の構成成分は、爆発性を有する成分とそうでない成分に区別できるという前提に基づき、研究を行いました。
本研究ではまず、結晶構造から結晶内の複雑な相互作用を固有のフィンガープリントとして視覚化できるHirshfeld表面解析を用いて、結晶構造データベースに登録されている金属サレン錯体を対象として、結晶中の分子の状態を可視化しました。得られたフィンガープリントの特徴を人工知能(深層学習)を用いて解析し、爆発性の原因となる可能性がある成分を探索しました。その結果、サレン部位には特徴がない傾向が見出されたことから、爆発性は過塩素酸部位の結晶構造や相互作用に起因することが示唆されました。
これまで結晶工学では、分子間相互作用の量子化学的解析が可能な低分子結晶が主な研究対象とされてきました。しかし、機能性材料として有望視されている物質の多くは分子量が大きく、高精度な量子化学計算を行うことができません。本研究で提案した、複雑な分子間相互作用を可視化するフィンガープリントプロットと深層学習を組み合わせた新たな手法は、巨大な複雑系である高分子化合物の特性を予測する有力なアプローチになると期待されます。
本研究成果は、2023年12月30日に国際学術誌「FirePhysChem」にオンライン掲載されました。
※PR TIMESのシステムでは上付き・下付き文字を使用できないため、化学式や単位記号が正式な表記と異なる場合がございますのでご留意ください。正式な表記は、東京理科大学WEBページ(https://www.tus.ac.jp/today/archive/20240125_6231.html)をご参照ください。
図. 本研究グループが過去の研究で結晶構造データベースに登録したサレン錯体Mn(C18H18N2O4(H2O)2の結晶構造(左)と、Hirshfeld表面解析結果とそのフィンガープリントプロット(右)。フィンガープリントプロットでは、分子間相互作用の種類ごとに結晶の相互作用がパーセンテージで出力される。
【研究の背景】
爆発性化合物の結晶構造解析や計算化学的解析を行う場合には、水素結合などの分子間相互作用や分子軌道・電子密度解析などを用いて理論的考察を行うのが一般的です。
Hirshfeld表面解析は、結晶内の複雑な相互作用を可視化するツールとして、有機結晶の分野で脚光を浴びています。解析結果として、分子間相互作用の種類ごとに結晶の相互作用をパーセンテージで表したフィンガープリントプロットが出力されます。フィンガープリントプロットは私たち人間の目では抽出できない情報を含んでいる可能性が高いと考えられます。しかし、先行研究の多くは分子間相互作用の割合についての議論でとどまっており、フィンガープリントプロットの形状に関する定量的な解析手法はまだ確立されていません。
そこで本研究では、サレン錯体の構成成分のうち、爆発性を有する結晶部位や相互作用を特定することを目的として、フィンガープリントプロットの幾何学的特徴を低次元の潜在ベクトルに変換して、人工知能(深層学習)を活用してその結果を解析しました。
【研究結果の詳細】
結晶構造データベースCambridge Structural Database(CSD)からサレン型構造をもつ約3000もの結晶構造を抽出し、抽出された結晶構造に対してHirshfeld表面解析を行い、フィンガープリントプロットのデータセットを作成しました。
フィンガープリントプロットはRGB、垂直成分、水平成分という3次元情報をもちますが、深層学習で一般的に用いられる画像分類手法などを直接適用することができます。本研究では、変分オートエンコーダ(VAE、*1)を利用することで、画像データに埋め込まれた情報を16次元の潜在ベクトルに変換しました。これにより、従来は定性的に議論されていたプロットの形状について定量的に解析できるようになり、より正確な議論が可能になります。
訓練データを与えてモデルのパラメータを調整した後、VAEへの入力画像と出力画像を比較したところ、両者はほぼ同じ形状を示したことから、学習プロセスは成功したと判断できました。また、これは、低次元に落とし込んだ潜在ベクトルが十分な画像情報を含んでいることを示唆する結果と言えます。この16次元の潜在ベクトルをさらに2次元に変換し、プロットしたところ、類似した画像が近くに配置されていることが確認できました。この2次元プロットは、Hirshfeldフィンガープリントプロットの定量的な議論を行う上で重要なデータとなります。
以上の手法でサレン錯体のHirshfeldフィンガープリントプロットを解析した結果、サレン錯体部位には「特徴がない」傾向が示されました。これは、つまり過塩素酸イオン間および周囲の分子間に明らかな化学結合が存在しないことを意味する結果で、爆発性は過塩素酸部位の結合や構造による可能性が高いことを示唆しています。
今回提案した手法は、爆発性だけでなく、さまざまな物性と結晶内の相互作用との関係を明らかにする上で極めて重要なアプローチになると期待されます。Cambridge Crystal Databaseには現在100万件以上が登録されていますが、活用するための手法はまだ開発途上で「宝の山」が眠っている状態です。Hirshfeldフィンガープリントプロットを活用した解析手法は、興味のある分子を「選択」するための指針を提供する有望な方法になりうると期待されます。
【用語】
*1 変分オートエンコーダ(VAE)
エンコーダによって入力画像を低次元の潜在ベクトルに変換し、デコーダによって元のサイズに変換する深層生成モデル。
【論文情報】
雑誌名:FirePhysChem
論文タイトル:Deep-learning prediction of safety moiety of salen-type complex crystals towards explosive perchlorate salts
著者:Takashiro Akitsu, Yuji Takiguchi, Shintaro Suda, Daisuke Nakane
DOI:10.1016/j.fpc.2023.12.004
このプレスリリースには、メディア関係者向けの情報があります
メディアユーザー登録を行うと、企業担当者の連絡先や、イベント・記者会見の情報など様々な特記情報を閲覧できます。※内容はプレスリリースにより異なります。
すべての画像