ゼロ・エネルギー・ビルの普及で温暖化による将来の電力需要増加が約半分に
電力消費ビッグデータと都市気候モデルによる脱炭素技術の導入効果の推定
・ 気候変動に伴い首都圏の電力消費量は大幅に増加する恐れ
・ 2050年カーボンニュートラル達成に向けた脱炭素技術導入効果の評価に貢献
概 要
国立研究開発法人 産業技術総合研究所(以下「産総研」という)環境創生研究部門 環境動態評価研究グループ 髙根 雄也 主任研究員(兼務:ゼロエミッション国際共同研究センター 環境・社会評価研究チーム)、再生可能エネルギー研究センター 太陽光システムチーム 中島 虹 産総研特別研究員(研究実施当時)は、明星大学 亀卦川幸浩教授、および東京電力ホールディングス株式会社(以下「東電HD」という) 山口和貴主幹研究員と、極端高温時のエネルギー消費量などへの影響評価の一環として、首都圏の電力消費量の実態を明らかにするとともに、気候変動に伴う電力消費量の将来変化を推計しました。その結果、今後の地球温暖化により、特に都心部のオフィス街区の電力消費量が大幅に増加する可能性が示されました。
電力消費の変化量の推計は、首都圏の詳細な電力消費ビッグデータと温暖化予測技術を基に行われました。この推計方法に、産総研が独自開発した都市気候モデルを組み合わせることで、将来の電力消費量の変化が、脱炭素化技術の普及でどのように変わり得るかを推定することが新たに可能になりました。この新たな推定方法で、将来、脱炭素化技術が普及したと想定した場合、都心部における建物のエアコン使用による電力需要増加が半分程度に抑えられる可能性が示されました。この結果は、電源構成が将来も変わらないと仮定すれば電力由来のCO2排出量の増加も半分程度に抑えられることを示しています。これらの技術と推定結果は、2050年カーボンニュートラル達成に向けた脱炭素技術の導入効果や暑熱対策のためのヒートアイランド対策技術の評価に役立ちます。
なお、この成果の詳細は、2023年9月27日(日本時間)に「Sustainable Cities and Society」に掲載されました。
下線部は【用語解説】参照
※本プレスリリースでは、化学式や単位記号の上付き・下付き文字を、通常の文字と同じ大きさで表記しております。
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正式な表記でご覧になりたい方は、産総研WEBページ(https://www.aist.go.jp/aist_j/press_release/pr2023/pr20231129/pr20231129.html)をご覧ください。
開発の社会的背景
わが国では2050年までにCO2などの温室効果ガスの排出量を削減し、かつ既に排出された温室効果ガスを吸収・除去することで差し引き(正味で)ゼロにするカーボンニュートラルを目指すことが宣言されました。産総研では、エネルギー・環境領域を中心としてCO2削減技術の開発と社会実装に向けた取り組みを進めています。
脱炭素化において特に重要な場所は、電力消費量が多く、CO2削減の余地が大きい民生部門(都市部のオフィスビル・商業ビル・住宅など)です。しかし、都市部の電力消費がどのような空間分布・時間変化をしており、気象などでどのように変化するかといった実態については、詳しくわかっていませんでした。現在でも気候変動は進行しており、将来的な気温上昇に伴う夏季のエアコン需要の増加に伴い、都市部の電力消費量の増加およびそれに伴うCO2排出量の大幅な増加が懸念されていますが、エアコンを使用する民生部門の電力消費が温暖化で今後どのように変化するかについては現状以上に不明でした。
これまで、都市部の電力消費の実態や今後の変化が推定できなかった主な理由には、都市部の電力消費の現状を細かく把握するための基礎データが非公開で研究に使用することができず、さらには将来を推計する手段が整備されていなかったためです。都市部における電力消費量の実態把握や将来変化の推定ができていないということは、今後都市に脱炭素化技術の実装を進めても、それが、気候変動がさらに進む将来でも効果的かどうか判断できないことを意味します。そのため、脱炭素化技術の効果を評価・予測することができる技術の開発が求められていました。
研究の経緯
産総研と明星大学、東電HDは、都市部における人間活動と都市の気象・気候の関係を計算し、その効果を定量的に見積もることを目指し、都市の気候を計算する数値モデル(都市気候モデル)の開発に取り組んできました。この都市気候モデルにより、新型コロナウイルス感染症拡大に伴う外出自粛が気温および電力消費量へ及ぼす影響の推定(2020年11月6日 産総研「プレスリリース」[1]、2022年6月3日 産総研「主な研究成果」[2])などを行ってきました。今回、首都圏の詳細な電力消費ビッグデータ(概念図左)を用い、研究グループがこれまで培ってきたビッグデータ解析技術、気候の将来予測技術、そして都市気候モデル技術を組み合わせた研究を推進しました。
なお、本研究は、独立行政法人環境再生保全機構 環境研究総合推進費(課題番号JPMEERF20231007、2023~2025年度)、独立行政法人日本学術振興会 科学研究費補助金(研究課題/領域番号 JP23H01544、2023~2026年度)による支援を受けています。
[1]https://www.aist.go.jp/aist_j/press_release/pr2020/pr20201106/pr20201106.html
[2]https://www.aist.go.jp/aist_j/new_research/2022/nr20220603/nr20220603.html
研究の内容
この研究で使用した電力消費データは、首都圏の変電所ごと(都心部では1.86km2の解像度)の電力をすべてカバーするビッグデータです(概念図左)。このデータを、首都圏の個別の建物を網羅する建物フットプリント(ポリゴン)データとGIS(地理情報システム)上で対応させ、変電所エリアごとに床面積辺りの電力消費量を算出しました。
次に、各変電所に最も近い気象庁気象官署・アメダス地点で観測された気温と対応させ、変電所エリアごとの電力消費と気温の関係である気温感応度を明らかにしました(図1)。この気温感応度の分布を見ると、気温変化に敏感なエリアをあぶりだすことができます。気温感応度は、首都圏の中でも郊外の値は小さく(気温変化に鈍感)、一方で東京23区などの都心部では値が大きい(気温変化に敏感)ことがわかりました(図1中、右)。
気温感応度を用いれば、気温が現在から変化した際、たとえば地球温暖化で首都圏の気温がさらに高くなった際の電力消費量を推定することができます。この研究では具体的に、現在よりも首都圏全体の気温が1℃、2℃、3℃ずつ上がったと想定した際に、電力消費量がどのくらい変化するかを推定しました。
概念図と図2実線はその推定結果です。冷房使用に伴う電力消費量は増え、暖房使用に伴う電力消費量は減り、結果として通年のトータルの電力消費量は、都心部を含む首都圏の多くの場所で大幅に増加すると推定できます。一方で、一部の山間部ではトータルの電力消費量は減少すると推定されました(概念図)。
以上は、将来における建物の断熱性や、冷房・暖房に使用するエアコンの性能などの条件が現在から変わらないという条件のもとでの推計です。しかし実際には、脱炭素化技術の発展・普及に伴い、建物の断熱性や冷房・暖房に使用するエアコンの性能などは向上するはずです。そこで理想的な条件として、これらの性能が今よりも高い条件である、ゼロ・エネルギー・ビル(ZEB)とゼロ・エネルギー・ハウス(ZEH)が首都圏のすべての建物で普及した場合に、電力需要の増加がどの程度まで抑えられるかを推計しました。そのために必要なのが、ZEH・ZEBが普及した際の気温感応度です。
しかし、電力消費ビッグデータからはZEH・ZEBが普及していない現在の状況での気温感応度しか得られません。そこで、産総研が独自開発した都市気候モデルを応用し、ZEH・ZEB普及時の気温感応度の推計を行いました。具体的には、都市気候モデルで現在の断熱条件などで観測された気温感応度を再現し(図1左、青色)、その後、モデルの中でZEH・ZEBが普及した条件での気温感応度を計算しました(図1左、オレンジ色)。その結果、ZEH・ZEBの普及により、気温感応度が約半分になると推定されました(図1左)。
そこで、将来の電力消費量の推定に使用した気温感応度を一律に半分に変え将来推計を行ったところ、電力消費量の増加も半分程度に抑えられると推定されました(図2 緑直線と破線の比較)。この結果は、ZEH・ZEBの普及により、将来の温暖化に伴う電力消費量の増加を半分程度に抑えられる可能性を示唆しています。電力消費量の増加が抑えられるということは、電力由来のCO2排出量増加も抑えられ、かつエアコン使用に伴い私たちが屋外に排出する熱である人工排熱の増加も抑えられることを意味しています。その結果、ヒートアイランド現象の進行の緩和(地球温暖化への適応)とヒートアイランドに伴う熱中症等の健康被害の増加という社会問題の解決にもつながります。
今回使用したビッグデータは首都圏限定ですが、算出した気温感応度は気候や建物の断熱性などの条件が似た都市に応用できます。また、将来推計方法はそのまま他の都市にも適用可能であり、日本全国の脱炭素化への事前評価などに役立ちます。
今後の予定
今後は、首都圏に限らず日本全国、さらには世界の各都市の電力消費ビッグデータを用いて、気候区分や建物の断熱性、エアコン普及率などの条件が異なるさまざまな地域での将来の電力推計を行う予定です。また、産総研が独自に開発している都市気候モデルを用いた数値シミュレーションを交えて、それぞれの地域に有効な脱炭素技術の提案につなげたいと考えています。
論文情報
掲載誌:Sustainable Cities and Society
論文タイトル:Decarbonisation technologies can halve the nonlinear increase in electricity demand in densely populated areas due to climate change
著者:Yuya Takane, Ko Nakajima, Kazuki Yamaguchi, and Yukihiro Kikegawa
DOI:10.1016/j.scs.2023.104966
用語解説
都市気候モデル
都市気候・気象をコンピューター上で再現・予測するための数値モデル。都市気候モデルが開発される以前の数値モデルや天気予報で使用されている数値モデルでは、都市は全く考慮されていないか、コンクリートなどの平板として表現されている。そのため、郊外に比べて高い夜間の気温などの都市気候特有の特徴がうまく再現できなかった。これらに対し、都市気候モデルは、都市気候を精度良く再現できる。また、建物エネルギーモデルとの結合により、人間活動とエネルギー消費、気温との相互作用が計算可能になった。都市気候モデルは、学術的には都市キャノピーモデル(urban canopy model)と呼ばれる。
参考動画:(最終閲覧:2023年10月4日)
ヒートアイランド
都市化に伴い都市部の気温が郊外の気温よりも高くなる現象。等温線を引くと都市部の気温が島状に高くなって見えることから熱の島(ヒートアイランド)と呼ばれる。都市部における熱中症や睡眠障害といった健康被害の一因であり、エネルギー消費を増大させる要因にもなる。
建物フットプリント(ポリゴン)データ
実際に存在する個々の建築物の外周線や階数などをポリゴンデータとしてまとめたもの。国内で整備されているデータとしては、国土地理院の基盤地図情報(https://www.gsi.go.jp/kiban/towa.html (最終閲覧:2023年10月19日))や国土交通省が主導する3D都市モデルPLATEAU(https://www.mlit.go.jp/plateau/(最終閲覧:2023年10月19日))などがある。
気温感応度
気温1℃変化あたりの電力消費量変化(傾き、ΔEC/ΔT)で定義され、気温の変化が電力消費に与える影響の度合いを示す指標。この値が分かれば、気温Tが変化した際(分母が変化[ΔT]した際)の電力消費量の変化(分子の変化ΔEC)を推定できる。気温感応度の値は建物の断熱性が大きくなれば小さくなる。
ゼロ・エネルギー・ビル
先進的な建築設計によるエネルギー負荷の抑制やパッシブ技術の採用による自然エネルギーの積極的な活用、高効率な設備システムの導入等により、室内環境の質を維持しつつ大幅な省エネルギー化を実現した上で、再生可能エネルギーを導入することにより、エネルギー自立度を極力高め、年間の一次エネルギー消費量の収支をゼロとすることを目指した建築物(経済産業省 資源エネルギー庁 省エネルギー対策課「ZEBロードマップ検討委員会とりまとめ」(平成27年12月)
(https://www.env.go.jp/earth/earth/ondanka/zeb/03.pdf (最終閲覧:2023年10月4日)から転載)。
ゼロ・エネルギー・ハウス
外皮の断熱性能等を大幅に向上させるとともに、高効率な設備システムの導入により、室内環境の質を維持しつつ大幅な省エネルギーを実現した上で、再生可能エネルギー等を導入することにより、年間の一次エネルギー消費量の収支がゼロとすることを目指した住宅
(https://www.enecho.meti.go.jp/category/saving_and_new/saving/assets/pdf/general/housing/zeh_definition_kodate.pdf (最終閲覧:2023年10月4日)から転載)。
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