室温強磁性半導体を用いた室温動作スピントロニクスデバイス材料を開発【産技助成Vol.58】
独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構
東北大学金属材料研究所
酸化チタンベースの強磁性体(注1)を用いた室温動作型の
透明スピントロニクス(注2)デバイス材料を開発。
二酸化チタン(TiO2)の優れた特性を活かした
新しいコンセプトの磁気ハイブリッドデバイスの実現が可能に。
(注1)永久磁石の材料のこと。一般的なものとしては、鉄、コバルト、ニッケル等がある。強磁性物質は外部磁場が無くても自発磁化を持つことが出来る。
(注2)固体中の電子の電荷とスピン(量子力学的な自由度の一つ)の両方を工学的に利用・応用する研究分野でBeyond CMOS技術の候補である。スピンの不揮発性を利用して、スピン制御による電子機器、半導体等を実現する技術。常時電力を必要としないパソコンといった省電力デバイスの実現等が期待されている
東北大学金属材料研究所
酸化チタンベースの強磁性体(注1)を用いた室温動作型の
透明スピントロニクス(注2)デバイス材料を開発。
二酸化チタン(TiO2)の優れた特性を活かした
新しいコンセプトの磁気ハイブリッドデバイスの実現が可能に。
(注1)永久磁石の材料のこと。一般的なものとしては、鉄、コバルト、ニッケル等がある。強磁性物質は外部磁場が無くても自発磁化を持つことが出来る。
(注2)固体中の電子の電荷とスピン(量子力学的な自由度の一つ)の両方を工学的に利用・応用する研究分野でBeyond CMOS技術の候補である。スピンの不揮発性を利用して、スピン制御による電子機器、半導体等を実現する技術。常時電力を必要としないパソコンといった省電力デバイスの実現等が期待されている
【新規発表事項】
独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO技術開発機構)の産業技術研究助成事業(予算規模:約50億円)の一環として、東北大学金属材料研究所の講師、福村知昭氏は、二酸化チタン(TiO2)ベースの強磁性体を用いた室温動作型の透明スピントロニクスデバイス材料の開発に成功しました。
この技術は、日本発の材料である二酸化チタンをベースとした室温強磁性半導体であり、コバルトを添加した二酸化チタン(CoドープTiO2)を用いて次世代デバイスの有力候補であるスピントロニクスを動作原理とする電子デバイスを実現する技術です。CoドープTiO2薄膜はほぼ透明でガラス上にも作製できることから、フレキシブル基板や窓ガラス等へのスピントロニクスデバイスの搭載も期待されます。
人体や自然に影響を与えない環境調和材料TiO2は化学的に安定であり、Coを数%ドープ(添加)するだけで約600K(ケルビン(注3))の強磁性が発現し、スパッタ法によりガラス基板上への薄膜作製も可能です。
TiO2は光触媒、色素増感太陽電池の透明電極等にも使われる高機能材料であるため、今後、このCoドープTiO2材料により新しいコンセプトの磁気ハイブリッドデバイスの実現が期待できます。
(注3)ケルビンは温度を表す単位。日常使われる温度(℃)に273.15度を足したものがケルビンである。すなわち、0℃は273.15Kである。
(特徴)
・CoドープTiO2は約600Kのキュリー温度(注4)を持つ強磁性半導体である。
・スパッタ法(注6)でガラス基板上にも薄膜作製ができるため低コストで大面積の薄膜作製も可能である。
・光を用いた強磁性スイッチングの可能性も有する。
・TiO2は有機EL素子の透明電極としても動作するため、有機スピントロニクス(注5)への展開も期待される。
(注4)キュリー温度は強磁性材料が強磁性に転移する温度のこと。強磁性体はキュリー温度以上では常磁性を示す。
(注5)有機スピントロニクスとは有機材料を用いたスピントロニクスのこと。有機材料の特長を活かしたユビキタスデバイスへの展開が期待されている。
(注6)スパッタ法は薄膜作製法の主な手法の1つ。産業応用にも広く用いられている。真空チャンバー内の目的材料のターゲッ
トに、高電圧をかけてイオン化させた希ガス元素等を衝突させ、ターゲットの原子をはじきだす(sputter)ことで薄膜を作製する。
● 図の説明 ●
左上図:強磁性半導体の模式図。半導体の中に少量の磁性元素をドープすると、半導体を流れる電子のスピンと磁性元素の持つスピンの間で磁気相互作用が生じる。電子は半導体中を動き回るので、他の磁性元素の間にも磁気相互作用が生じ、結果として強磁性が発現する。緑円は非磁性元素、赤円は酸素、青円は磁性元素を表す。この強磁性半導体では、電子の持つ電荷とスピンの両方の自由度を利用できる。
右上図:通常の強磁性体では磁場で磁化を制御するが、強磁性半導体では電子に光や電場を加えることで磁化を制御することができる。
左下図:CoドープTiO2薄膜の写真。ほとんど透明であるとともに電気を流す強磁性半導体である。
右下図:強磁性半導体のキュリー温度の推移。CoドープTiO2のキュリー温度は室温をはるかに超える。(室温の約300Kの2倍)
1.研究成果概要
磁性と半導体性を併せ持つ強磁性半導体では、半導体中の電子とスピン双方の自由度を制御することが可能であり、次世代スピントロニクスデバイス材料として注目されています。強磁性半導体を用いたデバイスは、従来の半導体デバイスに強磁性の性質を付加した高機能なものになると見込まれます。
室温で強磁性を示す物質は少なく、スピントロニクスデバイスへの応用には室温での強磁性発現が不可欠ですが、研究代表者の福村氏らはCoドープTiO2が室温で600 Kというきわめて高い強磁性を示すことを発見、さらにこの物質の薄膜が透明性を保ちつつ電気を流し、強磁性を示す稀有な特性を有することを見出しました。
そこで本研究では、CoドープTiO2を用いたスピントロニクスデバイスの室温動作をめざし、以下の4つのステージに分けて研究開発及び実証を行いました。
またこれらの研究成果に対して、2007年 第10回丸文研究奨励賞(http://www.marubun-zaidan.jp/h18_kenkyu.shtml)、2007年トムソンサイエンティフィックリサーチフロント賞http://thomsonscientific.jp/news/press/rf2007/index.shtml(注7)を受賞しました。
(1) CoドープTiO2の基礎物性を明らかにする。
CoドープTiO2のキュリー温度は600K(すなわち327℃)という室温よりはるかに高い値であることがわかりました。強磁性半導体のなかでもきわめて高いキュリー温度は、CoドープTiO2が室温での応用に適していることを意味します。
(2) スピントロニクスデバイスの動作を実証する
CoドープTiO2を用いたトンネル磁気抵抗素子(注8)が200K(-73℃)まで動作することが分かりました。CoドープTiO2を用いた世界で初めてのデバイス実証です。今までの強磁性半導体を用いたトンネル磁気抵抗素子の動作温度は100K(-173℃)以下に留まっていましたが、約100℃も向上しました。トンネル磁気抵抗素子は現在、ハードディスクの読み取りヘッドに応用されているものです。
(3)異なるタイプのスピントロニクスデバイスを実証する。
CoドープTiO2を誘電多層膜(注9)でサンドウィッチした構造の1次元磁気フォトニック結晶(注10)では、もともと大きなCoドープTiO2の磁気光学効果がさらに増大することが分かりました。
(4)産業応用に適した手法で薄膜の作製およびデバイスの実証を行う。
今までの実験では単結晶基板上に成長したエピタキシャル薄膜(注11)を用いていましたが、産業応用のためにはより汎用性の高い作製法と、安価な基板への薄膜作製が求められることから、スパッタ法によるガラス基板上へのCoドープTiO2薄膜の作製を行いました。作製条件を最適化した結果、今までより大きな磁化を持つ強磁性が得られました。
(注7)世界最大級の特許および学術文献情報データベース・分析システムを有し、日米欧で被引用度数情報を提供しているThomson Scientific社が、日本で研究が進められている10の研究開発(R&D)分野において最も活躍しているとして10数名の論文の引用件数が多い著名な科学者に送られるThomson Scientific Research Front Award 2007を受賞。
(注8)2つの強磁性体が薄い絶縁層を介して接合を形成している素子。2つの強磁性体の磁化の相対的な向きによって接合を流れる電流の大きさが変わる。
(注9)異なる屈折率を持つ誘電体から成る多層膜。
(注10)磁性膜を誘電多層膜でサンドイッチした構造を持つ人工結晶で、大きな磁気光学効果を示す。
(注11)単結晶基板の上にエピタキシャル成長した薄膜。薄膜の結晶格子は基板の結晶格子に揃って配列する。
3.今後の展望
本研究の成果によって、以下のことが期待されます。
・これまで強磁性金属に限られていた室温動作スピントロニクスデバイスの材料の選択肢が大きく広がります。本室温強磁性半導体は強磁性金属にない性質を有しており、新機能を持つ半導体スピントロニクスデバイスが誕生することが期待されます。
・CoドープTiO2は可視光にほぼ透明であるため、透明な半導体デバイスの実現が期待できます。将来的には窓ガラスや車のフロントガラス、プラスチックにも搭載可能な磁気デバイスとなる可能性があります。
・CoドープTiO2の大きい磁気光学効果(注12)を用いて、偏光ガラスの反射抑制、ぎらつき防止などへの応用も考えられます。
・ガラス上に薄膜が作製できるようになり、今後は光・電界誘起による強磁性スイッチングに
ついて具体的なデバイス実証の研究を進めていく予定です。巨大な磁気光学効果についても、応用の観点から研究を進めていきます。
(注12)磁場中の物質の中を光が透過もしくは反射するとその光の偏光方向が変化する現象。磁気光学ディスクや光アイソレー
ターなど記録媒体や光通信に利用されている。
4.参考
成果プレスダイジェスト:東北大学講師 福村 知昭氏
独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO技術開発機構)の産業技術研究助成事業(予算規模:約50億円)の一環として、東北大学金属材料研究所の講師、福村知昭氏は、二酸化チタン(TiO2)ベースの強磁性体を用いた室温動作型の透明スピントロニクスデバイス材料の開発に成功しました。
この技術は、日本発の材料である二酸化チタンをベースとした室温強磁性半導体であり、コバルトを添加した二酸化チタン(CoドープTiO2)を用いて次世代デバイスの有力候補であるスピントロニクスを動作原理とする電子デバイスを実現する技術です。CoドープTiO2薄膜はほぼ透明でガラス上にも作製できることから、フレキシブル基板や窓ガラス等へのスピントロニクスデバイスの搭載も期待されます。
人体や自然に影響を与えない環境調和材料TiO2は化学的に安定であり、Coを数%ドープ(添加)するだけで約600K(ケルビン(注3))の強磁性が発現し、スパッタ法によりガラス基板上への薄膜作製も可能です。
TiO2は光触媒、色素増感太陽電池の透明電極等にも使われる高機能材料であるため、今後、このCoドープTiO2材料により新しいコンセプトの磁気ハイブリッドデバイスの実現が期待できます。
(注3)ケルビンは温度を表す単位。日常使われる温度(℃)に273.15度を足したものがケルビンである。すなわち、0℃は273.15Kである。
(特徴)
・CoドープTiO2は約600Kのキュリー温度(注4)を持つ強磁性半導体である。
・スパッタ法(注6)でガラス基板上にも薄膜作製ができるため低コストで大面積の薄膜作製も可能である。
・光を用いた強磁性スイッチングの可能性も有する。
・TiO2は有機EL素子の透明電極としても動作するため、有機スピントロニクス(注5)への展開も期待される。
(注4)キュリー温度は強磁性材料が強磁性に転移する温度のこと。強磁性体はキュリー温度以上では常磁性を示す。
(注5)有機スピントロニクスとは有機材料を用いたスピントロニクスのこと。有機材料の特長を活かしたユビキタスデバイスへの展開が期待されている。
(注6)スパッタ法は薄膜作製法の主な手法の1つ。産業応用にも広く用いられている。真空チャンバー内の目的材料のターゲッ
トに、高電圧をかけてイオン化させた希ガス元素等を衝突させ、ターゲットの原子をはじきだす(sputter)ことで薄膜を作製する。
● 図の説明 ●
左上図:強磁性半導体の模式図。半導体の中に少量の磁性元素をドープすると、半導体を流れる電子のスピンと磁性元素の持つスピンの間で磁気相互作用が生じる。電子は半導体中を動き回るので、他の磁性元素の間にも磁気相互作用が生じ、結果として強磁性が発現する。緑円は非磁性元素、赤円は酸素、青円は磁性元素を表す。この強磁性半導体では、電子の持つ電荷とスピンの両方の自由度を利用できる。
右上図:通常の強磁性体では磁場で磁化を制御するが、強磁性半導体では電子に光や電場を加えることで磁化を制御することができる。
左下図:CoドープTiO2薄膜の写真。ほとんど透明であるとともに電気を流す強磁性半導体である。
右下図:強磁性半導体のキュリー温度の推移。CoドープTiO2のキュリー温度は室温をはるかに超える。(室温の約300Kの2倍)
1.研究成果概要
磁性と半導体性を併せ持つ強磁性半導体では、半導体中の電子とスピン双方の自由度を制御することが可能であり、次世代スピントロニクスデバイス材料として注目されています。強磁性半導体を用いたデバイスは、従来の半導体デバイスに強磁性の性質を付加した高機能なものになると見込まれます。
室温で強磁性を示す物質は少なく、スピントロニクスデバイスへの応用には室温での強磁性発現が不可欠ですが、研究代表者の福村氏らはCoドープTiO2が室温で600 Kというきわめて高い強磁性を示すことを発見、さらにこの物質の薄膜が透明性を保ちつつ電気を流し、強磁性を示す稀有な特性を有することを見出しました。
そこで本研究では、CoドープTiO2を用いたスピントロニクスデバイスの室温動作をめざし、以下の4つのステージに分けて研究開発及び実証を行いました。
またこれらの研究成果に対して、2007年 第10回丸文研究奨励賞(http://www.marubun-zaidan.jp/h18_kenkyu.shtml)、2007年トムソンサイエンティフィックリサーチフロント賞http://thomsonscientific.jp/news/press/rf2007/index.shtml(注7)を受賞しました。
(1) CoドープTiO2の基礎物性を明らかにする。
CoドープTiO2のキュリー温度は600K(すなわち327℃)という室温よりはるかに高い値であることがわかりました。強磁性半導体のなかでもきわめて高いキュリー温度は、CoドープTiO2が室温での応用に適していることを意味します。
(2) スピントロニクスデバイスの動作を実証する
CoドープTiO2を用いたトンネル磁気抵抗素子(注8)が200K(-73℃)まで動作することが分かりました。CoドープTiO2を用いた世界で初めてのデバイス実証です。今までの強磁性半導体を用いたトンネル磁気抵抗素子の動作温度は100K(-173℃)以下に留まっていましたが、約100℃も向上しました。トンネル磁気抵抗素子は現在、ハードディスクの読み取りヘッドに応用されているものです。
(3)異なるタイプのスピントロニクスデバイスを実証する。
CoドープTiO2を誘電多層膜(注9)でサンドウィッチした構造の1次元磁気フォトニック結晶(注10)では、もともと大きなCoドープTiO2の磁気光学効果がさらに増大することが分かりました。
(4)産業応用に適した手法で薄膜の作製およびデバイスの実証を行う。
今までの実験では単結晶基板上に成長したエピタキシャル薄膜(注11)を用いていましたが、産業応用のためにはより汎用性の高い作製法と、安価な基板への薄膜作製が求められることから、スパッタ法によるガラス基板上へのCoドープTiO2薄膜の作製を行いました。作製条件を最適化した結果、今までより大きな磁化を持つ強磁性が得られました。
(注7)世界最大級の特許および学術文献情報データベース・分析システムを有し、日米欧で被引用度数情報を提供しているThomson Scientific社が、日本で研究が進められている10の研究開発(R&D)分野において最も活躍しているとして10数名の論文の引用件数が多い著名な科学者に送られるThomson Scientific Research Front Award 2007を受賞。
(注8)2つの強磁性体が薄い絶縁層を介して接合を形成している素子。2つの強磁性体の磁化の相対的な向きによって接合を流れる電流の大きさが変わる。
(注9)異なる屈折率を持つ誘電体から成る多層膜。
(注10)磁性膜を誘電多層膜でサンドイッチした構造を持つ人工結晶で、大きな磁気光学効果を示す。
(注11)単結晶基板の上にエピタキシャル成長した薄膜。薄膜の結晶格子は基板の結晶格子に揃って配列する。
3.今後の展望
本研究の成果によって、以下のことが期待されます。
・これまで強磁性金属に限られていた室温動作スピントロニクスデバイスの材料の選択肢が大きく広がります。本室温強磁性半導体は強磁性金属にない性質を有しており、新機能を持つ半導体スピントロニクスデバイスが誕生することが期待されます。
・CoドープTiO2は可視光にほぼ透明であるため、透明な半導体デバイスの実現が期待できます。将来的には窓ガラスや車のフロントガラス、プラスチックにも搭載可能な磁気デバイスとなる可能性があります。
・CoドープTiO2の大きい磁気光学効果(注12)を用いて、偏光ガラスの反射抑制、ぎらつき防止などへの応用も考えられます。
・ガラス上に薄膜が作製できるようになり、今後は光・電界誘起による強磁性スイッチングに
ついて具体的なデバイス実証の研究を進めていく予定です。巨大な磁気光学効果についても、応用の観点から研究を進めていきます。
(注12)磁場中の物質の中を光が透過もしくは反射するとその光の偏光方向が変化する現象。磁気光学ディスクや光アイソレー
ターなど記録媒体や光通信に利用されている。
4.参考
成果プレスダイジェスト:東北大学講師 福村 知昭氏
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