衛星による観測で斜面災害リスク地域を抽出
マイクロ波衛星画像解析でセンチメートルスケールの地すべりの兆候を捉える
・ マイクロ波衛星画像の時系列干渉解析により、過去数年の微小な斜面変動を検知
・ 地形だけでなく地質要素に基づく地域の防災計画や、国土強靭化のための基盤情報整備に貢献
概 要
国立研究開発法人 産業技術総合研究所(以下「産総研」という)地質情報研究部門 水落 裕樹 主任研究員、宮崎 一博 招へい研究員、阿部 朋弥 主任研究員、川畑 大作 主任研究員、岩男 弘毅 研究部門付、松岡 萌 研究員、宮地 良典 副研究部門長、活断層・火山研究部門 星住 英夫 テクニカルスタッフらは、北部九州において、マイクロ波衛星画像の解析により過去7年間の微小な斜面の地形変動を捉え、斜面災害リスク地域を可視化しました。さらに地質・地形情報との統合解析により、地域特有の高リスクな地質・地形素因を明らかにしました。具体的には、当該地域では、過去の地すべり堆積物により形成された緩斜面地で地すべりのリスクが高いこと、地質構造の傾斜方向と一致する北西向きの斜面では地すべりのリスクが相対的に高いことなどが明らかになりました。従来の斜面災害リスク評価は主に地形要素に基づいて行われてきましたが、本研究は地質要素の考慮の重要性を示すものです。
近年利用が進んできた、複数時期のマイクロ波の波形を干渉させる技術(時系列干渉SAR)で日本の地球観測衛星(だいち2号)のデータを分析し、センチメートルスケールの地形変動を、高い空間解像度(数メートル)で捉えることで、このような高精細な解析が可能となりました。こうした情報は、国や自治体の防災・減災計画に貢献します。
なお、本研究の詳細は、2024年3月18日に「Geomorphology」誌に掲載されます。
下線部は【用語解説】参照
研究の社会的背景
日本はこれまで、地震や豪雨による地すべりや崩壊といった斜面災害に伴う経済的・人的被害が多く発生してきました。近年の気候変動や土地利用の変化により、斜面災害の激甚化・頻発化が懸念されています。令和2年に「防災・減災、国土強靭化のための5か年加速化対策」が閣議決定(以下、令和2年閣議決定)され、防災・減災に資する地質情報の基盤を整備して災害リスクを評価する重要性が高まっています。
斜面災害のリスク評価において、発生する場所の条件(素因)の分析が重要です。航空レーザー測量技術などの発展により、地形的な条件については高精度な解析が可能となってきました。一方で、地質的な条件については、岩石の種類・年代・風化の度合い、地層の構造などさまざまな要因が複雑に関わることから、斜面災害リスク評価に資する情報の整備・活用は十分に進んでいませんでした。
研究の経緯
産総研 地質調査総合センター(以下「GSJ」という)は、令和2年閣議決定および関連する経済産業省の「第3期知的基盤整備計画」を受けて、「防災・減災のための高精度デジタル地質情報の整備事業」を令和4年度から実施してきました。本研究はその一環として、斜面災害に関わるリスク評価のための地質情報整備を実施したものです。とくに、近年整備・蓄積が進んでいる時系列の地球観測衛星データを解析することで、斜面の変動や災害の履歴を広域で捉えられないかと考え研究を進めてきました。
研究の内容
今回の研究では、複数時期のマイクロ波データの波形を干渉させることによって地表面の微小な変位を捉える技術(干渉SAR)の中でも、多数の時系列データを統計的に処理して長期の変動傾向を捉える「時系列干渉SAR」という技術を用いました(図1)。この技術は統計処理によってさまざまなノイズを低減し、マイクロ波の波長以下(センチメートルスケール)の微細な長期変動を検知できることから、近年、災害監視の目的で活用が進んできました。この手法で得られた7年間(2014~2021年)の斜面の長期変動マップ(図1下)をもとに判読や画像処理を行い、変動の大きな地域を合計42地点抽出しました。現地で調査すると、アクセス困難だった地域を除き、約6割の地点で実際に人工物の割れなどの変動の痕跡が確認できました。
さらに、抽出された42地点の変動の大きな地域の分布を、地質図や地形図と比較し(図2)、斜面災害のリスクとなる素因を分析しました。地質図はGSJが公表している20万分の1日本シームレス地質図を編集して用いました。その結果、変動の大きな地域は、従来、斜面災害リスクが高いと考えられてきた急傾斜の地域よりむしろ緩傾斜の地域に多く分布していることが分かりました。緩斜面の地域であっても、堆積岩と玄武岩の地質境界付近でかつ、過去の地すべりで堆積した玄武岩砕屑物からなる斜面は、リスクが高いと考えられます。この傾向は、過去の地すべり被害で報告されている本地域の特性(北松型地すべり)とも一致するため、得られた斜面変動マップは将来の地すべりの兆候を捉えている可能性があります。また、地質構造の傾斜の向きと一致する北西向きの斜面でより多くの変動地域が見つかりました。本分析には1989年にGSJが実施した地質調査(5万分の1地質図幅「佐世保地域の地質」(松井ほか、1989))の情報を活用しました。
従来の斜面災害リスク評価(急傾斜地崩壊危険区域など)は主に傾斜などの地形要素に基づいて行われてきましたが、今回実施した研究は地質要素を考慮する重要性を示しています。同様の解析を全国の斜面災害リスク地域に拡大することで、国や自治体の防災・減災計画に貢献します。
今後の予定
今後はGSJ「防災・減災のための高精度デジタル地質情報整備事業」をさらに推し進め、調査地域の拡大、解析結果データの公開や、機械学習(AI)を活用した斜面災害リスク推計マップの作成と公開、地質災害時の斜面災害発生推計システムの高度化などに結びつけます。
論文情報
掲載誌:Geomorphology
論文タイトル:Detection of long-term slope displacement using time-series DInSAR and geological factor analysis for susceptibility assessment of landslides in northwestern Kyushu Island
著者:Hiroki Mizuochi, Kazuhiro Miyazaki, Tomoya Abe, Hideo Hoshizumi, Daisaku Kawabata, Koki Iwao, Moe Matsuoka, Yoshinori Miyachi
DOI:10.1016/j.geomorph.2024.109095
用語解説
マイクロ波衛星画像
地球を周回する衛星から、マイクロ波という長波長の電磁波(1 mm~1 m、可視光の約千倍~百万倍)を照射し、地上からの跳ね返りを撮影した画像です。マイクロ波は雲を透過するため、曇天下の観測に優れ災害監視に適します。本研究では、合成開口という技術によって画像解像度を高めた「合成開口レーダー(Synthetic Aperture Radar: SAR)」によるマイクロ波画像を用いました。
素因
災害を引き起こす要因のうち、降雨や地震など引き金となる外的要因のことを誘因といい、地形や地質などのその土地が持っている内的要因のことを素因といいます。本研究は地質的な素因の解明を目指したものとなります。
干渉SAR
SARで取得されるデータは、電磁波の地上での跳ね返りの強さだけでなく、電磁波の一周期の振動のうちどのタイミングにいるかという情報(位相といいます)も記録しています。別々の時期に取得された位相データの差をとることで、電磁波の波長以下(数cm程度)の微細な地形の変化を、衛星から検出できます。この技術を干渉SAR(Interferometric SAR: InSAR)といいます。
だいち2号
国立研究開発法人 宇宙航空研究開発機構(JAXA)が2014年に打ち上げ、現在も運用している衛星ALOS-2の通称です。センサーとして、合成開口レーダーPALSAR-2を搭載しており、国内外の10年におよぶマイクロ波衛星画像を提供しています。本センサーの波長は約24 cmとマイクロ波の波長帯の中でも長く、透過性・干渉性に優れます。
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