がん治療薬特許に関するバイエル社の不服申し立て、インドの強制実施権を覆せず
がん治療薬の特許に強制実施権が許諾されたことに対しドイツの製薬企業バイエルが起こした不服申し立てに、2013年3月4日、チェンナイの「インド知的財産審判部(IPAB)」が判断を下した。国境なき医師団(MSF)の入手した情報によると、IPABは、肝臓・腎臓がん治療薬トシル酸ソラフェニブ製剤について、2012年3月にジェネリック薬(後発医薬品)メーカーに付与された強制実施権を支持するという。
<今回の判決に対するMSFのコメント>
MSFは、インド初の強制実施権を支持するというIPABの決定を受け、胸をなでおろしています。ただ、判決文がまだ公開されていないため、今後、内容を確認して徹底した分析を行う必要はあります。
今回の判決により、インド特許庁が、特許権の乱用を規制し、特許薬の廉価版普及を促すための法的手段を余すところなく用いることができると証明されました。
最も重要なことは、この判決で、現在インド特許の保護下にあり、法外な価格が設定されているほかの薬剤についても、強制実施権が発動され、ジェネリック薬メーカーによる製造と低価格での販売に至る道が切りひらかれたということです。
MSFは、近い将来、最新のHIV治療薬について、強制実施権が承認され、手ごろな価格のジェネリック薬がインドのみならず、他の開発途上国でも入手可能になることを願っています。
HIV、結核、肝炎感染者には、費用も効果も高い治療へ移行する必要があります。そして、多くの感染者が活発で健康でいるためには、そこで使用される薬剤の廉価版の必要性も高くなります。
MSFでは、薬剤耐性が発達してしまったHIV患者の治療を、高価な新薬を用いるものに切り替え始めています。例えば、ムンバイの診療所のHIV感染者の場合、第3選択薬のラルテグラビルが必要になりますが、MSFが負担する治療費は患者1人あたり年間1774米ドル(約16万5000円)にもなります。
MSFはバイエル社に、価格設定が高過ぎるという現実を受け止め、今回の判決にまで不服を申し立てることのないよう求めます。抗うべきは強制実施権の使用ではなく、過剰な高収益の追求が公衆衛生の要求に優先され続けているという現状なのです。
リーナ・メンガニー
インドにおけるMSF必須医薬品キャンペーン責任者
<背景>
今回の強制実施権は2012年3月、インド特許庁長官(インド特許庁の最高権者)が、ジェネリック薬メーカーであるナトコに認めたもの。有効期間は、がん治療薬トシル酸ソラフェニブ製剤のインド特許期間が継続する2020年までの8年間で、純売上高の6%という当初の定率から、7%に引き上げられた特許実施料の支払いが条件だ。
この裁定の根拠は、バイエル社が当該薬剤を必要とする患者の2%強という、わずかな人にしか入手できない状況を生じさせ、公共の利益に反していたこと。月額費用28万インド・ルピー(約47万6000円)は“適正で手ごろ”と判断されず、インド国内の薬価上限が月額治療費8800インド・ルピー(約1万5000円)となるよう、ナトコ社に委託された。
強制実施権の詳細について:
http://www.ipindia.nic.in/ipoNew/compulsory_License_12032012.pdf
バイエル社は2012年9月、この決定に不服を申し立て、2013年1月、IPABで審理が行われた。
強制実施権は国際貿易の法規で、手ごろな価格の薬剤入手の障壁を乗り越える手段として認められている。
“途上国の薬局”と呼ばれるインド製の高質で手ごろな価格のジェネリック薬は、MSFにとっても重要だ。MSFが23ヵ国で展開しているHIVプログラムの患者合計22万人の80%以上がジェネリック薬による治療を受けている。インドのジェネリック薬メーカー間の競争によって、HIV治療薬の価格は2000年時点の患者1人あたり年間1万米ドル(約93万円)から、現在の約150米ドル(約1万4000円)まで、99%近く低下した。しかし、2005年の新特許法施行以降は、インドでも特許が付与される新薬が増え、薬価が高止まりしている。
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