抗炎症・抗肥満作用を有するメントール誘導体を開発 〜脂質代謝制御因子に作用、メントールとは異なる機序で炎症を抑制〜
【研究の要旨とポイント】
がんや高⾎圧、肥満の予防、免疫力の向上などに効果のある天然成分のニーズは極めて高く、ミントの香気成分であるメントールは抗炎症薬として古くから用いられています。
今回、メントールにアミノ酸を結合させることで、メントールよりも強い抗炎症作用を有する誘導体化合物を開発しました。この化合物は、抗肥満作用もあわせもっています。
開発したメントール誘導体化合物は、冷温感受性に関わるTRPチャネルを介して抗炎症作用を発揮するメントールとは異なり、脂質代謝制御因子LXRを介して抗炎症作用を示します。
【研究の概要】
メントールは冷感・鎮痛・抗肥満効果を持ち、食品や医薬品など、幅広い用途で活用されています。東京理科大学先進工学部生命システム工学科の有村源一郎教授らの研究グループは、メントールにアミノ酸の一種であるバリンおよびイソロイシンを修飾することで、メントールよりも優れた抗炎症のみならず、抗肥満作用も有する誘導体化合物を開発しました。
また、開発したメントール誘導体化合物の抗炎症作用は、メントールとは異なり、細胞内でコレステロールと脂質のバランスを制御する脂質代謝制御因子LXR(*1)を介して引き起こされることを解明しました。
近年、がんや高血圧、肥満の予防、免疫力の向上などに効果のある天然成分のニーズはますます高まりつつあります。ミントの香気成分であるメントールにも、そのような機能性が備わることが知られています。そこで本研究グループは、メントールを化学的に修飾することで、より優れた抗炎症と抗肥満作用を示す新規化合物を開発できるのではと考え、食品や医薬品分野で有望視されているバリンおよびイソロイシンで修飾したアミノ酸誘導体化合物を合成し、その特性を評価しました。その結果、開発した化合物はメントールよりも優れた抗炎症に加え、抗肥満作用も有すること、抗炎症作用はメントールと異なりLXRを介して引き起こされる一方、抗肥満作用にはLXRは介在しないことが明らかになりました。
本研究成果は、2024年5月8日に国際学術誌「Immunology」にオンライン掲載されました。
【研究の背景】
植物の特殊な代謝産物(テルペノイド、アルカロイド、フラボノイドなど)は、多彩な生理活性を有することから、医学・香料・栄養補助食品などさまざまな分野で活用されています。
その一つであるメントールは、さわやかで冷たい感触を生み出すことから、食料品や口腔ケア、薬品などさまざまな製品に含まれる成分です。この冷感効果は、メントールが一過性受容体ポテンシャルメンバーファミリー(TRP)のTRPM8やTRPA1と相互作用することで発生します。
また、メントールは、この冷温感受性に関わるTRPチャネルを介して、炎症性サイトカインの産生を抑制することで、抗炎症効果を発揮することが知られています。さらに、メントールは TRPM8 を介して、マスト細胞からヒスタミンの放出を促進することがわかっており、抗炎症剤や抗アレルギー剤として活用されています。
天然物質そのものの利用に加えて、天然物質の誘導体を作成することで、その作用をより高めるというアプローチも、さまざまな物質で行なわれています。例えばカンプトテシン由来の抗がん剤であるイリノテカン、サリシン由来の鎮痛剤であるアスピリン、およびタキソールから派生した抗がん剤のドセタキセルなどです。
そこで本研究では、メントールにアミノ酸であるバリン・イソロイシンを結合したメンチルエステル(MV, MI)を開発し、その抗炎症・抗肥満作用について調査しました。これらは元々、植物の防御機構を強化するために開発されましたが、メントールと同様に代替医療や健康製品の分野で大きな可能性が期待され、筆者らは、MVおよびMIの抗炎症・抗肥満作用の詳細やその背後にある作用機序の解明に挑戦しました。
【研究結果の詳細】
① メンチルエステルの抗炎症作用・抗肥満作用についての調査
有村教授らは、側鎖の反応性が低い 6 種のアミノ酸(グリシン・アラニン・バリン・ロイシン・イソロイシン・フェニルアラニン)に着目し、それぞれのメンチルエステルを合成しました。個々のメンチルエステル溶液で処理した マウスのマクロファージ様細胞(RAW264)において、炎症反応の引き金となるリポ多糖(LPS)で刺激した後に、炎症性サイトカイン(*2)TNF-α遺伝子(Tnf)の転写レベルを評価しました。
その結果、バリン、イソロイシンのメンチルエステル(MV, MI)で処理した細胞において、Tnf の転写レベルが有意に抑制されていました。また、MV, MI における EC50(*3)はそれぞれ 7.54μM, 4.89μM と、メントールにおける45.05μMに比べて顕著に低いことがわかりました。
また、MV, MI に影響を受ける他の遺伝子を調査したところ、LPS 曝露から24時間が経過した RAW264.7 細胞において、321 個の遺伝子の転写レベルが低下し、そのうち 18 個が炎症反応や免疫応答に関わるものでした。さらに、脂質代謝に関わる 40の遺伝子も、これらの中に含まれていました。特に、脂質代謝と脂肪貯蔵の中枢調節因子であるだけでなく、飽和脂肪酸誘発性の慢性炎症を調節する上で重要な役割を果たしているステアロイルCoAデサチュラーゼ1(SCD1)の転写レベルが低下していたことは、非常に興味深い結果です。
これらの結果は、MV, MIはメントールよりも優れた抗炎症に加え、抗肥満作用も有することを示唆しています。
② メンチルエステルの応答する受容体の調査
メントールは受容体 TRPM8 によって感知され、TRPM8 阻害剤によって LPS 刺激による Tnf 転写レベルの低下が抑制されます。しかし、MV, MI においては、この TRPM8 阻害剤による Tnf 転写レベルの低下が検出されませんでした。有村教授らはメントールとは異なる受容機構があると考え、広範囲な遺伝子を調節することで知られる核受容体(NR)が関与すると仮説を立てました。この仮説を検証するためにさまざまな NR のアンタゴニスト(*4)を用いて検証を行なった結果、LXRのアンタゴニストによって、MV, MI による Tnf 転写レベルの低下が打ち消されました。また、Biacore アッセイ(*5)によって、LXR とメンチルエステルの間に強固な相互作用が確認されました。
さらに、メンチルエステル処理によってRAW264.7細胞で発現が増加することが見出された遺伝子 SCD1に着目し、LXRとの関連性を調べました。具体的には、RAW264.7細胞をLXRアンタゴニストで処理し、Scd1の転写レベルの変化を観察したところ、LXR がマクロファージにおいてScd1を正の方向に調節していることが示唆されました。
以上の結果から、LXR/SCD1システムがメンチルエステルに対するマクロファージにおける炎症の緩和に重要な役割を果たすと結論づけました。
③ マウスを用いた抗炎症作用の検証
マウスにメントール・MV・MI を加えた大豆油を 1 日 1 回経口投与(体重 1kg あたり 100mg)しました。同時に、デキストラン硫酸ナトリウム塩(DSS)を用いて大腸炎を誘発し、この期間のマウスの健康状態を測定しました。その結果、MV, MI の投与によって体重の減少が顕著に軽減されました。また、大腸炎の重症度を示すDAI(disease activity index)スコアの改善や、DSS誘発性の萎縮性大腸炎の緩和、大腸の縮小が見られました。また、LXR 阻害剤の投与によってこれらの改善効果が消失しましたことから、メンチルエステルの受容体として、LXR が重要であることが改めて示されました。
④ メンチルエステルの抗肥満作用についての検証
植物の生理活性物質には、抗炎症作用や抗肥満効果など、多機能性を示すことがあります。そこで有村教授らは、メンチルエステルの抗炎症作用が LXR/SDC1 系に強く依存していることからも、メンチルエステルが抗肥満効果を持つという仮説を立て、MV, MI で処理した脂肪細胞(3T3-L1)での脂肪生成を評価しました。その結果、この仮説通り、メンチルエステルは脂肪生成に関連する遺伝子の転写レベルを低下させ、脂質(トリグリセリド)の細胞内蓄積が減少し、脂質代謝が抑制しました。しかし、興味深いことに、Scd1の転写レベルは、予想と反して、MVやMIで処理した3T3-L1脂肪細胞では減少しました。さらに、メンチルエステルで処理した3T3- L1脂肪細胞における脂肪生成関連遺伝子およびScd1の転写抑制、そして脂質蓄積レベルの低下は、LXRアンタゴニストを添加しても軽減されませんでした。これは、メンチルエステルによる抗肥満作用はLXR/SDC1 系に依存しないことを示唆しています。
なお、メンチルエステルはmitotic clonal expansionと呼ばれる分化と協調した細胞分裂段階において特異的に脂肪形成を阻害することも示されました。
さらに、メンチルエステルの脂肪生成への影響を、高脂肪食誘導性肥満のC57BL/6マウスで評価しました。MV, MI の投与により、マウスの体重・脂質レベル・eWAT(精巣上体白色脂肪組織)の重量とサイズが減少していました。特に、MI は高脂肪食誘導性肥満マウスの肝臓でのトリグリセリド蓄積を減少させました。
以上の結果から、メントールにバリン、イソロイシンが結合したメンチルエステルである MV, MI には、抗炎症作用・抗肥満作用があることがわかりました。またこの抗炎症作用には、メントールとは異なり、LXR/SDC1 系が強く関係していることが示されました。
今後、MV, MIの臨床応用に向けたさらなる研究の蓄積が期待されます。また、細胞抗炎症作用・抗肥満作用の複雑なプロセスの理解をより深めるためには、肝臓や血液などの組織レベルでのコミュニケーション、さらには細胞レベルでのコミュニケーションも含めた階層横断的な研究が望まれます。
有村教授は、「わたしたちの開発した新規化合物は、機能性サプリメントとしての実装性が極めて高いものと考えます。本研究では、炎症と肥満をモデルとした疾患における機能とその作用機序に焦点を当てましたが、本化合物はメタボリックシンドロームがきっかけとなる糖尿病や高血圧などの生活習慣病、アレルギー症状にも効果があることが期待されます」と本研究の意義について語っています。
【用語】
*1 LXR
核内受容体の一種。コレステロールの排出に関連しており、慢性炎症や脂質異常に関係する。
*2 炎症性サイトカイン
炎症反応を促進するサイトカイン(主に免疫系細胞から分泌されるタンパク質)。
*3 EC50
薬物や抗体などが、最低値からの最大反応の50%を示す濃度。
*4 アンタゴニスト
薬物受容体と相互作用してシグナル伝達を引き起こす物質(アゴニスト)の作用を減弱させる物質。
*5 Biacore アッセイ
分子の結合によるセンサー表面の屈折率を検出することで、分子間相互作用を評価する手法。
【論文情報】
雑誌名:Immunology
論文タイトル:The powerful potential of amino acid menthyl esters for anti-inflammatory and anti-obesity therapies
著者:Seidai Takasawa, Kosuke Kimura, Masato Miyanaga, Takuya Uemura, Masakazu Hachisu, Shinichi Miyagawa, Abdelaziz Ramadan, Satoru Sukegawa, Masaki Kobayashi, Seisuke Kimura, Kenji Matsui, Mitsunori Shiroishi, Kaori Terashita, Chiharu Nishiyama, Takuya Yashiro, Kazuki Nagata, Yoshikazu Higami, Gen-ichiro Arimura
DOI:10.1111/imm.13798
URL:https://doi.org/10.1111/imm.13798
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