【国立科学博物館】日本の植物多様性を代表するカンアオイ類ほぼ全種の進化の道筋を解明
独立行政法人国立科学博物館(館長:林良博)の研究主幹 奥山雄大(植物研究部)は、東京都立大学、龍谷大学、京都大学、中国・浙江理工大学との共同研究により、日本列島に49種もの固有種が存在し日本列島の植物の多様性を代表する植物でありながら解析困難であった「カンアオイ類」の進化・多様化の道筋を、超並列DNAシーケンシングによる巨大データを利用した新しい遺伝子解析法により解明しました。
これは、世界に36ある「生物多様性ホットスポット」の一つにも数えられている日本列島の豊かな植物相が成立した歴史的背景の一端に迫る成果と言えます。本研究成果は、2020年4月14日刊行のAnnals of Botany誌(イギリスの植物学国際誌・電子板)に掲載(発表)されました。
これは、世界に36ある「生物多様性ホットスポット」の一つにも数えられている日本列島の豊かな植物相が成立した歴史的背景の一端に迫る成果と言えます。本研究成果は、2020年4月14日刊行のAnnals of Botany誌(イギリスの植物学国際誌・電子板)に掲載(発表)されました。
- 研究のポイント
・日本産50種のうちの46種を含む、カンアオイ類(ウマノスズクサ科カンアオイ属カンアオイ節)のほぼ全種の系統関係を完全に解明。
・カンアオイ類の進化史を通した分布の変遷を推定し、古くから1万年に数kmしか移動しないとも言われてきたカンアオイ類の非常に低い分散能力がその著しい地域固有種の進化に関与することを裏付けた。
- カンアオイ類とは
葉の下で、地面すれすれに真っ暗な口を開けて咲くカンアオイ類の花は、まるで世界最大の花として知られるラフレシアのミニチュアのようですが、その色、形、香りが種ごとに著しく異なることも大きな魅力で、植物愛好家の間に強い人気があります。
- 研究の背景
日本列島には約7,000種の維管束植物が自生していますが、およそ3分の1は日本以外では見ることのできない「日本固有種」です。この多様性、固有性の高い日本列島の植物相にあって、特に多様性が際立っている植物の一群がカンアオイ類(狭義:ウマノスズクサ科カンアオイ属カンアオイ節)で、日本に分布する全種のうち1種を除く49種が日本固有です。
一方でこれらの植物は国外においては台湾に10種、中国に2種が知られているのみであることから、日本列島がその多様化の舞台となっていると考えられます。
また、カンアオイ類は種ごとにそれぞれ著しく異なる花の色、形、香りを有していることも特筆に値します(図1)。このような魅力的な特徴から、カンアオイ類は多くの植物研究者、植物愛好家に関心を持たれてきました。実際、多様かつ個性的な日本のカンアオイ類がどのような進化の歴史やメカニズムの結果生じたかという問題は植物学的にも進化生物学的にも大変興味深いテーマであると言えます。
そこで筑波実験植物園ではカンアオイ類を植物の適応進化や種分化を理解するための重要な研究材料として注目し、リビングコレクションとして重点的に収集してきました。
図1:カンアオイ類(狭義)の花の多様性。今回の研究で明らかになった 10の種群をそれぞれ代表する種の花の写真を示している。①トコウ(中国浙江省産)②アサルム・イキャンゲンセ(中国浙江省産)③エクボサイシン(沖縄県西表島産)④フジノカンアオイ(鹿児島県奄美大島産)⑤ヤクシマアオイ(鹿児島県屋久島産)⑥タイリンアオイ(山口県産)⑦サンヨウアオイ(山口県産)⑧オナガカンアオイ(宮崎県産)⑨タマノカンアオイ(東京都産)⑩ナンカイアオイ(高知県産)
- 研究の内容
この他に、カンアオイ節で最も初期に他の種から分かれたのは中国東海岸に分布する落葉性の種「トコウAsarum forbesii」であり、それ以外のカンアオイ節の種は9つの系統群(カントウカンアオイ種群、ミヤコアオイ種群、サカワサイシン種群、サンヨウアオイ/キンチャクアオイ、タイリンアオイ種群、オオバカンアオイ種群、奄美種群、沖縄―台湾種群、アサルム・イキャンゲンセ)に分かれ、それぞれは狭い地域に限られて分布していることを明らかにしました。さらに、カンアオイ節が多様化の過程でどのように分布を変遷させてきたのかについても推定に成功し(図2)、過去の移動分散はほとんどの場合極めて近傍に限られてきたらしいということも示すことができました(図3)。この結果は、かつて東京帝国大学植物学教室教授の前川文夫博士がカンアオイの移動分散能力について述べた「1万年で数km」という推定ともだいたい合致するものでした。
図2:最尤法を用いて推定したカンアオイ類(狭義)54種の系統関係。横軸は推定された分岐年代を示している。A-Lは現在カンアオイが分布している地域を12に分割した領域を表しており(図3参照)、系統樹の主要な分岐点において推定される過去の分布地域を円グラフで示している。
図3:今回の研究で得られた分子系統樹から推定されたカンアオイ類の移動分散のパターン。矢印のそばに示した数字はその方向に起きた移動分散回数の推定値。63回の移動分散のうちのほとんどはそれぞれの領域の中(図に示されていない)か、隣り合った領域間で起きていることが分かる。
今回の研究結果は、カンアオイ類のような急速に多様化を遂げた生物群であっても、超並列DNAシーケンシングを利用した解析技術によって従来困難であった系統関係解明が可能となったことを明瞭に示した貴重な事例と言えます。その上で、分類、進化の研究において多くの興味深い現象があるにも関わらず未解明の部分が多かったカンアオイ類の研究基盤を整えた点において大きな進歩となりました。
- 今後の展望
- 発表論文
著者:Okuyama, Y., Goto, N., Nagano, A. J., Yasugi, M., Kokubugata, G., Kudoh, H., Qi, Z., Ito, T., Kakishima, S., Sugawara, T.
掲載紙:Annals of Botany
(イギリスの植物学専門国際誌・電子版、2020年4月14日付)
(URL) https://doi.org/10.1093/aob/mcaa072
※本研究は、国立科学博物館総合研究「日本の生物多様性ホットスポットの構造に関する研究」の一環として行われ、また科研費(24657065, 25290085, 15H05604, 19H03292)、市村清新技術財団第28回植物研究助成の支援を受けています。
- 用語解説
超並列DNAシーケンシング
ふつう300塩基かそれ未満の短いDNA塩基配列を超並列に解読する技術で、ここ10年ほどで急速に普及した。従来のDNA塩基配列決定法であるサンガー法に比べ数万倍の巨大な塩基配列データを一度に取得することができる。
ddRAD-seq法
2種類の制限酵素(特定の6塩基を認識してDNAを切断する酵素)でサンプルのゲノムDNAを切断し、異なる2種類の制限酵素によって切断されたDNA分子の両端だけを超並列DNAシーケンシングによって配列決定する技術。一般に真核生物の全ゲノム配列はデータ量が膨大で超並列DNAシーケンシングを用いても取り扱いが困難だが、適度にその情報量を縮約することができる。それゆえ多くのサンプル間で塩基配列情報を比較する遺伝解析に有用な技術として注目されている。
分子系統樹
DNAの塩基配列、たんぱく質のアミノ酸配列といった配列情報を持つ分子の情報をサンプル間で相互に比較することによって生物(サンプル)の進化の系譜を推定し、それを樹形図で表したもの。分子系統樹を推定する手法は複数あるが、今回の研究では最尤法とSVD-quartets法を採用している。
DECモデル
分散・絶滅・分岐進化モデル。生物の分布変遷の地史的プロセスに関して提唱されている確率モデルのひとつで、生物の過去の分布や移動分散パターンの分子系統樹を利用した推定などに用いられる。
国立科学博物館
公式ウェブサイト:https://www.kahaku.go.jp
筑波実験植物園:http://www.tbg.kahaku.go.jp
筑波研究施設:https://www.kahaku.go.jp/institution/tsukuba/index.html
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