東北大学と深紫外発光デバイスの研究開発を開始
電子線励起型BN(窒化ホウ素)発光デバイスの開発
岩崎電気は、東北大学 多元物質科学研究所 計測研究部門 量子光エレクトロニクス研究分野の秩父重英教授、嶋紘平准教授とともに、防衛装備庁の「令和7年度 安全保障技術研究推進制度」において、研究課題「強い励起子格子相互作用(※1)による高効率深紫外発光BN(窒化ホウ素)薄膜の創製」が採択(※2)され研究を開始しました。
本研究は、災害時にも人々の生活に貢献できる水や空気の殺菌・消毒システムに必要な深紫外光源の開発を目指すものです。
人体への低侵襲性を確保しつつ、オンサイトでの殺菌・消毒や水・空気・表面の短時間浄化を可能にする新しい深紫外発光デバイスへの応用に向けた基礎研究を行います。
今回、深紫外発光する窒素とホウ素の層状物質であるBN(窒化ホウ素)に着目し、間接遷移型半導体(※3)であるBNが「間接遷移型半導体は光らない」という従来の常識を覆す要因を解明し、有人環境で使用可能な安全・小型・軽量・省エネの深紫外光源の実現を目指します。
開発の背景
東北大学の研究グループは、230nm以下のAlGaN LEDの短波長化に関する研究において、高AlNモル分率AlGaN材料及び量子井戸の発光内部量子効率と点欠陥の関係について、20年以上にわたり重要な成果を挙げてきました。
その結果、非発光再結合中心(NRC)(※4)であるⅢ族空孔(VⅢ)と窒素空孔(VN)のクラスター(※5)濃度の低減が困難であり、発光効率に課題があることが明らかになっています。
さらに、六方晶窒化ホウ素(hBN)及びその多形(ポリタイプ)であるグラファイト積層(Bernal)窒化ホウ素(bBN)、菱面体積層(rhombohedral)窒化ホウ素(rBN)は、sp²-BN(※6)のバンド端に付随する励起子の発光波長がそれぞれ215nm、207nm、215nmであり、すべて2元化合物半導体であるため組成揺らぎがなく波長にも揺らぎのないことが確認されています。
従来、これらは間接遷移型半導体として発光デバイスには不向きとされていましたが、強い励起子格子相互作用により、215nmの波長では直接遷移型半導体であるAlGaN混晶よりも優れた発光性能を示すことが明らかになっています。
本研究では、これまでの知見と結晶材料特性を活かし、直接遷移型半導体AlGaNではなく、「光る間接遷移型半導体 sp²-BN」を深紫外光源デバイスに採用します。
そして、間接遷移型半導体でありながら高効率に発光する物理メカニズムを解明し、将来の高出力化に繋げる技術的基盤の確立を目指します。
さらに、BNを深紫外発光させる励起源として、小型・軽量な電子線源を開発します。
この電子線源は、岩崎電気がこれまで培ってきたランプ製造技術を活かした独自の特長を備えています。
今回の取組み
防衛装備庁「安全保障技術研究推進制度」に採択された本研究開発では、200~230nmの発光波長を有するBN薄膜の創製と、BN薄膜を励起する電子線励起源の開発により、小型・軽量な深紫外発光デバイスの光源実現を目指し、以下の開発を推進します。
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高発光効率を持つsp²-BNの気相エピタキシャル結晶成長(※7)による高品質薄膜創製
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sp²-BNの発光ダイナミクスの理解(※8)による、バンド端励起子発光(※9)の強度・発光寿命の温度依存性及び空間分布の解析と、格子との相互作用の解明
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sp²-BNを発光層とする深紫外発光デバイスにおける、小型・高効率電子線励起源及び面発光型デバイスの開発
今後の展開
本研究で実現を目指す電子線励起型深紫外発光デバイスは、省エネルギー性、小型・軽量化、深紫外光の高精度制御において優れた特長を備えています。
これにより、従来の殺菌用途に加え、有人環境での使用など、従来光源では困難だった新たな応用分野への展開が期待されます。
特に、安心・安全にウイルス不活化や殺菌が実現できる光源として、医療・食品・公共衛生・防災など幅広い分野での波及効果が見込まれます。
さらに、高効率・低侵襲性の深紫外光源は、オンサイトでの迅速な殺菌・消毒や、災害時の衛生確保など、社会的課題の解決に貢献する技術基盤となります。

※図の説明:単一層 BN(mBN)がAA'AA'・・・の順に積層した場合がhBNであり、ABのグラファイト型積層がbBN、ABC 菱面体積層がrBNです。
(用語説明)
※1) 励起子格子相互作用:
励起子格子相互作用とは、半導体や結晶中で電子と正孔が結合してできる励起子(電子と正孔のペア)と、結晶の格子振動(フォノン)が相互に影響し合う現象。
※2) 防衛装備庁 安全保障技術研究推進制度 令和7年度の採択結果:
https://www.mod.go.jp/atla/funding/kadai/r07kadai.pdf
※3) 間接遷移型半導体:
間接遷移型半導体は、電子が価電子帯から伝導帯へ遷移する際、運動量の変化を伴うため、光の吸収や発光には格子振動(フォノン)の補助が必要となる半導体。
※4) 非発光再結合中心(NRC: Nonradiative Recombination Center):
半導体中で電子と正孔が再結合する際、光を放出せずにエネルギーが熱として失われる欠陥部位。
※5) Ⅲ族空孔(VⅢ)と窒素空孔(VN)のクラスター:
結晶中でⅢ族元素(Al、Gaなど)や窒素原子が欠けた部分(空孔)を指し、半導体材料における代表的な点欠陥。
これらの空孔が単独ではなく、複数集まって安定化した構造を形成する場合を「クラスター」と呼びます。
これらは非発光再結合中心(NRC)として働き、キャリアが光を出さずに失われるため、発光効率を低下させます。
※6) sp²-BN(窒化ホウ素):
sp²軌道は、1つのs軌道と2つのp軌道が混成して形成され、結合角は120°の正三角形をとります。
sp²結合性を持つ窒化ホウ素(BN)は、層状構造を有する結晶であり、代表的なものとして六方晶窒化ホウ素(hBN)があり、その構造はグラファイト(黒鉛)に類似した層状構造を特徴とします。
※7) 気相エピタキシャル結晶成長:
気相エピタキシャル結晶成長は、基板表面に対して、気相中の原料ガスを供給し、化学反応や物理吸着を利用して結晶を成長させる技術で、基板の結晶方位に沿って成長するため、高品質な結晶薄膜を形成できます。
※8) 発光ダイナミクスの理解:
東北大学秩父研究室が開発した、国内唯一の装置構成による「時間空間同時分解カソードルミネッセンス(STRCL)評価技術」で、ナノスケールでの結晶欠陥や発光メカニズムを高精度に評価でき、半導体材料の光学特性や欠陥分布の詳細な解析が可能。
このSTRCL技術により、230nm以下のAlGaN系LEDの発光原理について、高AlNモル分率AlGaN材料・量子井戸の発光内部量子効率と点欠陥の関係性を解明する研究成果や、2014年ノーベル物理学賞で青色LEDを構成するInGaN半導体の研究成果において発光メカニズム解明と科学的根拠を示すことで高輝度化に貢献するなど、ワイドギャップ半導体の開発において世界的にも注目される先端技術です。
※9) バンド端励起子発光:
半導体において、伝導帯の電子と価電子帯の正孔が結合してできる量子(励起子という)が再結合する際に光を放出する現象。
バンド端発光とも呼ばれ、発光波長は材料のバンドギャップに対応します。
(共同研究先)
東北大学 多元物質科学研究所 秩父研究室:
https://www2.tagen.tohoku.ac.jp/lab/chichibu/html/index-j.html
東北大学 応用物理学専攻ホームページ:
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