今からでも遅くない!各産業のゲームチェンジャーとなりえる量子技術の導入・R&D投資は最新萌芽技術の選択が決め手①(全8回)―世界の研究開発動向と有望技術解説―
第1回 超効率・超高速を実現する量子コンピュータと量子AIの世界
<目次> はじめに 量子技術の用途と社会的インパクト 量子コンピュータ・量子アニーリング・量子ソフトウェア・量子AI -領域の世界におけるこれまでの研究開発動向概要 -量子技術領域における主要な国の研究開発費とロードマップ -各国の研究投資動向(世界ランキング・日本ランキング) |
はじめに
量子技術発展による主な産業における用途と社会的インパクト
・微小磁場検出センサによる地下鉱脈/海底鉱脈の捜索による従来技術では発見不可能な資源の開発
・高温伝導材料の開拓によるリニアモーターカーや電力輸送の超省エネ化
・超電導技術を活用した長寿命のバッテリーによる再生可能エネルギーの安定化
・量子化学計算の高速化/リアルタイム化による材料/化学製品/医薬品の迅速開発
・量子AIを駆使したバイオ/マテリアルインフォマティックスによるデータドリブン型開発へのパラダイムシフト
・量子AIを駆使したファッションデザインのモデル化と類似デザインの大量自動生成によるアパレルデザインプロセスのパラダイムシフト
・重力センサー/ジャイロセンサー航空/微小磁場センサーによる、ドローン/ロケットなどの小型高精度姿勢制御/高精度位置情報の実現により個人用物流網の変革
・潜水艦や機雷/地雷の探知による防衛技術の無人化/安全化と旧来兵器の無力化
・テロ兵器や爆薬などの微量センシングにより空港・物流に対するセキュリティの変革と密輸の撲滅
・微小試料の高精度測定による犯罪捜査検挙率の大幅向上と重軽犯罪の撲滅
・地磁気/重力勾配の精密センシングによる地震/火山の事前検知と自然災害リスク予測経済
・高速コンピュータによる都市全体のシミュレーションにより、街のレイアウトや渋滞/混雑緩和のための最適設計
・最適エネルギー供給網や安全なエネルギートランザクションシステムと超電導技術を活用した長寿命のバッテリーによる余剰電力のゼロ化
・シュミュレーション技術の高速化による耐震建築/橋/護岸などの災害に強い建築物の迅速個別設計と建築設計の無人/自動化
・飛行機/バス鉄道/ロジスティックなどのルーティングのリアルタイム最適化と省エネ化
・物資/人のあらゆる状況における流動最適化、渋滞状況の緩和、リアルタイム最適信号制御
・重力センサー/ジャイロセンサー航空・微小磁場センサによる、ドローン/ロケットなどの小型高精度姿勢制御/高精度位置情報の実現により個人用物流網の変革
・工場内自動搬送のルーティングやプロセス工程管理の最適化
・高速コンビューターによるシミュレーションで、自動車などの空力や流体設計の迅速化
・画像認識の迅速化による自動車の完全自動運転化とドライバーの不要化
・食品/匂いの高精度検知による食品管理の高精度化と食品ロスの低減
・量子AIと脳磁場センシングを駆使した顧客レコメンデーション高精度化と食品マーケティングのパラダイムシフト
・カスタマーサポート等のオペレーションのリアルタイムレコメンデーションと高速商品開発によるマーケティング/購買プロセスのパラダイムシフト
・パーソナルロボットなどによる脳波解析からの感情理解やレコメンデーションの発展と育児・介護のロボット活用の加速
・脳磁計測による感情・脳の働きに合わせたデバイスによる顧客の志向や目的の読み取りと先回りレコメンデーションなどサービスのパラダイムシフト
・患者のビッグデータ解析の高速化やAIによる判断速度の飛躍的向上で、瞬時の画像解析やデータ解析による医療の自動化
・細胞磁場検出によるガン細胞の検出、病変/腫瘍/病気の前兆/細胞の状態を検知、細胞レベルの活動の理解による生命科学の深化、
・超小型/ハンディMRIによる医療の進展による新種の病原菌の迅速理解からワクチン開発の高速化
・室温で駆動する量子コンピュータ/センサによるガン細胞の検出、病変/腫瘍/病気の前兆/悪性細胞の早期発見や汗や涙や体臭から病気や健康状態管理による個別化治療ビジネスの台頭
・高温超伝導材料の開拓によるMRIの省エネ化/小型化/低コスト化と量子AIによる画像診断技術の進化による画像診断医療の無人化/高精度化
・金融工学、ポートフォリオ分析と最適化による人工知能アナリストと低リスク自動資産運用
・地磁気・重力勾配の精密センシングによる地震/火山の事前検知と自然災害リスク予測による先物取引/保険の低リスク化
・暗号化技術による決済システム、機密保持、個人データのハッキング予防とウィルス/コンピュータ詐欺/ハッキングの撲滅
・ハッキングされない堅牢なコンピュータ、クラウドネットワーク、通信、データ保存や安全な金融トランザクションの拡大と旧来金銭取引の消滅
・スピントロ二クスデバイスの発展による目や歯装着する超小型コンピュータによる携帯電話/スマートフォンの消滅
・スピントロ二クス材料の進展による超長寿命のバッテリーを可能とするデバイス
・地下構造や地盤調査の迅速化による、地盤改良の効率化や自然災害リスクの把握と低減
・地盤価値を含めた資産価値評価による不動産価格算定の台頭
あらゆる業種でのサービスの最適化、事業活動における課題解決の超高速化が見込まれるため、量子コンピュータを真の意味で実用化するための応用研究が大学・研究機関はもとより企業でも過熱することが予想されます。
アスタミューゼでは、今後成長が予想される「量子技術」について網羅的に調査を行い、本日より1か月にわたり、全8回のレポートにまとめ掲載いたします。
今回の調査はアスタミューゼが保有する研究開発費(グラント)のデータベースを主に用いて、世界の政府機関が投資する研究領域を抽出しました。この抽出技術を、量子技術主要4領域、
② 量子センシング・量子センサー
③ 量子通信・量子暗号・量子中継・量子ネットワーク
④ 量子材料・量子科学理論・量子生命科学・量子派生技術
に分け、実現の可能性の時間軸と、技術領域から整理し、各領域の世界における投資額から注目の研究開発を研究課題ごとに抽出しました。
本レポートでは、この主要4領域①~④において、企業経営や研究開発のご参考にしていただけるよう、下記の観点で「俯瞰的市場動向の把握」「投資の多い技術領域動向」「主要プレイヤー」、さらには「特許分析」も合わせて技術そのものの権利化状況と、技術の将来性についてまとめていきます。
量子コンピュータ・量子アニーリング・量子ソフトウェア・量子AI
量子コンピュータ (quantum computer)とは、量子力学特有の「量子の重ね合わせ」と呼ばれる現象によって、1 ビットの中に「1」と「0」が同時に存在する量子ビット (qubit:quantum bit、キュビット)を利用したコンピュータです。また、こうした量子の持つ性質を通信技術に応用することを量子通信と呼びます。既存の半導体によるコンピュータでは1 ビットは「1」か「0」のどちらかでしかないため、多くの情報を同時に扱うことのできる量子コンピュータはこれまでにない超高速計算を可能にします。近年、機械学習に代表されるデータサイエンスの進歩が多くの実用的な成果を上げている中で、量子を用いたコンピューティングは計算機科学においてさらに大きな可能性を拓く要素技術として期待されています。
量子コンピュータは現在、Google、IBM、Intel、Rigetti Computingの4社が、集積度・量子コヒーレンス性能について開発競争を繰り広げており、さらには、中国科学技術大学、Alibaba、の中国勢および、後発のMicrosoftが資本力により開発競争を加速させています。現状では、超伝導量子コンピュータが本命ですが、シリコンチップ(日立製作所、Intel、Silicon Quantum Computingなど)、イオントラップ(Alpine Quantum Technology、Honeywell 、IonQなど)さらには、光量子(Xanadu、NTTなど)、マヨラナ粒子(Microsoft、NOKIAなど)を利用した量子コンピュータも開発が同時に進められ、様々なデバイス構造で実用の可能性が検証されています。
最近の量子コンピュータへの急速な注目の高まりは、超伝導量子アニーリングマシンを2011年にD-Waveが商用機として発表したことが発端となっています。量子アニーリングマシンは正確には量子コンピュータではないですが、巡回セールスマン問題に代表される、組合せ最適化問題に特化して高速計算を可能とする量子計算機であり、従来のコンピュータより高速に処理できる可能性が示されつつあり、様々な最適化問題に対する活用方法が模索されています。 2019年10月には、Googleが開発した量子コンピュータにより、従来のコンピュータで1万年かかる処理を数百秒で達成したとういう、いわゆる「量子超越性(quantum supremacy)」を達成したと報告し、賛否両論があるものの、量子コンピュータへの期待が一気に膨らんできています。
量子コンピュータ・量子アニーリング・量子ソフトウェア・量子AI領域における主要な国の研究開発費とロードマップ
この量子コンピュータ・量子アニーリング・量子ソフトウェア・量子AI領域への未来技術開発に対する投資額として国費からの支出である世界の研究費(グラント)の2009年以降の推移を示しました。これまでの2011年、13年、17年のD-Wave、Google、IBMなどの先行プレイヤーの商用コンピュータ開発や商用化の発表の後に、大きく研究グラント投資が膨らんでおり、コロナの影響で若干後ろ倒しにはなりうるものの、2019年のGoogleの「量子超越」の発表直後である現在は、量子コンピュータへの投資の加熱はこれまで以上のものになるとともに、官民を中心に学術的な研究への投資だけでなく産業にインパクトを与える目的の、応用に向けた投資が加速すると期待されます。
国別グラント額推移(2009-2018:USD換算)
量子コンピュータ関連重大ニュース 2011:世界初の商用量子コンピュータ」D-Wave OneをD-Wave Systemsが発表(2011年5月11日)。 2013: NASA、大学宇宙研究会(USRA)、Googleが共同でNASAのエイムズ研究センターに512 q-ビットのD-Wave Twoを使用した量子人工知能研究所設立を発表(2013年5月) 2017:IBMは汎用量子コンピュータシステム(IBM Q)用の16 q-ビットのプロセッサ開発を発表(2017年5月) 2019:IBMは世界初商用量子コンピュータ(IBM Q System One)の開発とクラウド公開を発表(2019年1月) グーグルは世界最高速のスーパーコンピュータよりも格段に速い計算を量子コンピュータで可能とする「量子超越性」を世界で初めて実証したと発表(2019年10月23日) |
各国の研究投資動向
世界における量子コンピュータ関連技術に対する、グラントの国別推計では、世界全体で総額US$ 8.0 Bilが直近10年で国からの研究費として支出されており、やはりGoogleやIBMなどの複数の先行企業を有する米国が最も多い。一方で、中国や次代の中心産業創生を目指す英国も同程度のグラントを投資しており、特に量子コンピュータは軍事や防衛面でも重要技術となるため、中国と欧米とがしのぎを削る構図となっています。また、豪州は5年に1度程度国を挙げた大規模な投資が研究ハブの設備投資という形で行われており、量子コンピュータの研究主要国の一角として位置しています。一方、日本もD-Waveの量子アニーリング技術の原理を考案した東工大の西森教授および門脇氏の研究や、当時NECの蔡教授、中村教授らによる量子超伝導回路による量子ビット制御の研究など世界的に影響を与えている重要量子技術の発祥の地であり、継続的に比較的大きなグラントの投資が行われ、継続的な人材の育成と量子基盤技術の強みを維持しています。
世界グラント推計ランキング
このように量子コンピュータへの期待が過熱する一方で、現状の量子コンピュータでは、周囲のノイズにより100%正確に動作することは非常に困難で、一定の確率で計算にエラーを含みます。従って、意味のある計算を行うためには、このエラー訂正を組み込んだコンピューティングが必要ですが、これの開発は非常に困難なため、解決には10年以上かかると予想されています。現在の商用量子コンピュータは、そもそも複雑な論理計算ができない量子アニーリングマシンや、Noisy Intermediate-Scale Quantum Computer(NISQ)すなわち、ノイズがありスケールしない中規模量子コンピュータを意味します。
これらのコンピュータは、理想的な量子を用いたコンピューティングを完璧に行えませんが、ある特化した目的の計算領域では、従来コンピュータを大きく凌駕する可能性があります。この不完全な量子コンピュータをいかに活用するかという研究開発がアメリカを中心に展開され、中国なども資本力を基に猛追を見せています。2011年のD-waveOne発表以降、スタートアップの企業と資金調達が一気に増え、これら企業は量子コンピュータの開発と、NISQの活用ソフト系に分かれます。今後10年近くはこの量子アニーリング・NISQを活用する研究が重要であり、この領域の独自性のある応用研究・開発を進めることが、量子コンピュータを活用した新しいビジネスを展開する上で重要です。米国、中国、英国など、グラント投資額上位国では、特にこれらNISQやアニーリングを活用するソフトウェアや応用研究に対しても多額の投資を行っており、研究内容としてもいかにNISQを有用な計算用途に活用するかという観点での研究が精力的に進められています。また、大規模な研究ハブや人材育成面においても多額のグラントを提供しており、産学一体となって人材育成も含めた量子技術ソサイエティの構築を進めています。特に、英国や豪州においては、グラントの総額のうちの半分以上をこの上位大学に集中的に投資し、人材育成と研究開発のハブ構築を目指しています。一方で、米国は最上位のカリフォルニア州立大学(UC)群でも全体の2割程度、UC群がロサンゼルス校や、サンタバーバラ校や、バークレー校などのいくつかの大規模キャンパスを持つ大学群であることから、個々の大学では上位でも全体のグラント額の10%以下程度であり、全米での開発拠点いくつか分散させて設置することで、幅広くすそ野を広げる戦略がとられています。一方、日本ではD-Wave社が実用化した、量子アニーリングの手法考案した量子アニーリング発祥の国として、長年基礎研究を中心に研究費が充当されてきた歴史があり、現在も東大を中心に量子アニーリング・NISQ領域への理論研究などに研究費が比較的多く投資されていますが、経済的な活用に向けた応用研究は小粒な研究が多い状況です。今後、世界中でこのノイズを含む不完全な量子コンピュータをビジネスに活用する動きが加速する中で、産学一体となってこれを活用する研究を人材育成と併せて進めることが、量子を用いたコンピューティングの産業活用に向けた覇権争いの中で重要と考えられます。
「量子コンピュータ・量子アニーリング・量子ソフトウェア・量子AI」
グラント資金流入額上位10機関(世界)
「量子コンピュータ・量子アニーリング・量子ソフトウェア・量子AI」
グラント(科研費)資金流入額上位7機関(日本)
これらの上位研究機関は、既に研究資金とは別に特定の大型プロジェクトや企業との共同研究が展開されていることが世界的に多く、投資により技術と人材のネットワークハブを形成し、そこで生まれた技術や人のつながりが新たな投資を生むという技術開発の好循環を生み出す中心地として機能することから、このコミュニティの成熟が量子技術の発展において重要です。今後、量子コンピュータの日本の存在感をさらに高めるためには、これらの研究機関への集中的な投資と、企業-アカデミア間での人材交流を含めた量子コンピュータの活用を目指す応用技術の開発が重要です。
アスタミューゼでは、世界80ヵ国以上の新事業、新製品/サービス新技術/研究、特許情報などを、独自に定義した136の”成長領域”とSDGsに対応した人類が解決すべき105の“社会課題”に分類・分析した約2億件の世界最大級のイノベーションキャピタルデータベースを構築しています。その中でも研究開発テーマや研究開発費を含むグラント情報は世界最大級の規模を保有しています。
第2回では、グラント情報の中から同領域における技術について解説いたします。
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