世界初!イヌの尿由来細胞からのiPS細胞安定作製に成功
◇イヌiPS細胞の作製効率を上昇させる、6つの初期化※1遺伝子を特定。
◇これらの遺伝子導入により、イヌ尿由来細胞からのiPS細胞作製効率が約120倍上昇。
◇世界で初めてフィーダー細胞を使わずイヌiPS細胞を作製。
<概要>
犬や猫における高度医療の重要性が増す中、ヒトと同等にiPS細胞を用いた新たな治療法の開発が期待されています。イヌiPS細胞はヒトiPS細胞に比べ初期化効率が低いため、作製そのものが難しく、効率向上には異種由来のフィーダー細胞※2を使用する必要があります。しかし、移植を伴う再生医療への応用には、異種由来細胞の使用を避ける方が良いため、iPS細胞への初期化効率の上昇が必須です。
大阪公立大学大学院 獣医学研究科の鳩谷 晋吾教授、塚本 雅也客員研究員(兼 国立研究開発法人 国立成育医療研究センター研究員)と、アニコム先進医療研究所株式会社、ときわバイオ株式会社らの研究グループは、イヌiPS細胞の作製効率を大幅に向上させる6つの初期化遺伝子を特定し、痛みを伴わずに採取できるイヌの尿由来細胞からiPS細胞を作製しました。これらの6遺伝子を尿由来細胞に導入すると、線維芽細胞を用いた従来の作製手法と比べ、作製効率が約120倍に上昇します。また、これまでiPS細胞の作製時に必要不可欠であったフィーダー細胞を用いない、イヌiPS細胞の作製に世界で初めて成功しました。今後は、世界中の研究者へイヌiPS細胞を提供することで、獣医療における再生医療や遺伝性疾患研究の促進への貢献が期待されます。
本研究成果は、2023年12月22日(金)午前1時(日本時間)に、Cell Pressが刊行する国際学術誌「Stem Cell Reports」にオンライン掲載されました。
私は獣医師として多くの動物を診察、治療してきました。しかし、まだまだ治せない疾患や解明されていない病気も多くあります。
今後、イヌiPS細胞から体のさまざまな細胞に分化させる研究を行います。将来、病気の犬の治療に応用することで、多くの動物とその飼い主さんが幸せになれるように研究を継続していきたいと思います。
iPS細胞(人工多能性幹細胞)は、初期化遺伝子とよばれる特定の遺伝子群を皮膚や血液などの体細胞へ導入し、これらの細胞を受精卵に近い未分化な状態へリセットする、“初期化”により作製されます。ヒトの医療では、iPS細胞を用いた再生医療や遺伝性疾患研究などが盛んに行われていますが、獣医療でも犬や猫の高度医療が求められており、イヌiPS細胞を用いた新たな治療法の開発が期待されています。
しかし、イヌ体細胞は初期化効率が非常に低いため、ヒト体細胞と同様の初期化方法では上手くiPS細胞を作製できません。また、イヌiPS細胞の作製時には、細胞の増殖を助けるフィーダー細胞(マウス胎子線維芽細胞)を一緒に培養しなければなりませんが、患者へ移植する再生医療への応用を考えると、異種由来細胞の使用はできるだけ避けることが必要です。このことから、線維芽細胞や尿由来細胞などさまざまな細胞からiPS細胞を作ることや、フィーダー細胞を使用しない条件でのiPS細胞作製には、イヌ体細胞の初期化効率の上昇が求められます。
<研究の内容>
今までイヌiPS細胞は、ヒトの4つの初期化遺伝子(山中因子)を使用して作製する手法が多く報告されていました。本研究ではまず、イヌとヒトの初期化遺伝子の配列を比較しました。その結果、一部の初期化遺伝子において、イヌとヒトで配列が類似していないことがわかり、イヌiPS細胞の作製に有効だと考えられる6つの初期化遺伝子を特定しました。そこで、ベクター※3を用いて6つの遺伝子をイヌ線維芽細胞に導入し、フィーダー細胞と一緒に培養したところ、イヌiPS細胞の作製効率が上昇しました。
続いて、痛みを伴わず簡単な手技で採取できる細胞から、より効率よくiPS細胞を作製するため、線維芽細胞以外の細胞を探索し、尿から採取できる“尿由来細胞”に着目しました。イヌの尿から採取したイヌ尿由来細胞に、6つのイヌ初期化遺伝子を導入したところ、非常に高い効率でイヌiPS細胞を作製することに成功しました。
最後に、これらの技術を応用して、フィーダー細胞を使用せずにイヌ体細胞の初期化を試みました。その結果、作製効率は低下したものの、世界で初めてイヌiPS細胞をフィーダーフリー条件で作製することに成功しました。
<期待される効果・今後の展開>
本研究により、今まで作製が困難であったイヌiPS細胞の安定的な作製が可能となりました。今後、世界中の研究者へイヌiPS細胞を提供することで、獣医再生医療研究への応用や、遺伝性疾患のメカニズム解明、新たな治療薬の開発への応用が期待されます。
一方、イヌiPS細胞から目的の細胞や臓器へ分化させる研究は、まだ十分に進んでいません。イヌiPS細胞を用いた研究成果の応用には、肝臓や心臓、消化管などを構成する細胞を作製する方法を確立していく必要があり、今後の研究課題です。
<資金情報>
本研究は、科学研究補助金(JP18K19273, JP18H02349, JP19J22851, JP22H02525)、JST 研究成果展開事業研究成果最適展開支援プログラム A-STEP トライアウトタイプ(JPMJTM20QH)、2022年度大阪公立大学戦略的研究推進事業(重点研究)およびアニコム先進医療研究所株式会社の支援を受けて実施しました。
<用語解説>
※1初期化…皮膚などの体細胞を受精卵に近い状態まで巻き戻すこと。一般的に皮膚などの分化した細胞は、その他の種類の体細胞に分化する能力をもたないが、受精卵に近い多能性をもつ細胞は、身体を構成するほとんどすべての細胞へ分化する能力をもつ。
※2フィーダー細胞…細胞培養の際、その細胞に必要な環境を維持するために補助的に用いられる細胞のこと。iPS細胞を未分化状態に保ち、増殖させるためにマウス胎子線維芽細胞がよく用いられる。
※3ベクター…遺伝子を細胞内に入れるのに必要な遺伝子の運び屋。本研究ではセンダイウイルスベクターをもとに開発された、ステルス型RNAベクター(SRVベクター)を使用した。
<掲載誌情報>
【発表雑誌】Stem Cell Reports
【論 文 名】Generation of canine induced pluripotent stem cells under feeder-free conditions using Sendai virus vector encoding six canine reprogramming factors
【著 者】Masaya Tsukamoto, Kazuto Kimura, Takumi Yoshida, Miyuu Tanaka, Mitsuru Kuwamura, Taro Ayabe, Genki Ishihara, Kei Watanabe, Mika Okada, Minoru Iijima, Mahito Nakanishi, Hidenori Akutsu, Kikuya Sugiura, Shingo Hatoya
【掲載URL】https://doi.org/10.1016/j.stemcr.2023.11.010
※本リリースは、大阪公立大学、ときわバイオ株式会社、 アニコム先進医療研究所株式会社の連名によるものです。
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