高知高専5年生の論文が『Chemistry – A European Journal』誌のHot Paper及び表紙に選出
〜アルデヒド分子が秘める新たな可能性;光学活性化合物の新しい合成法を開発〜
高知工業高等専門学校(高知県南国市 校長:井瀬潔 以下「高知高専」)ソーシャルデザイン工学科新素材・生命コース5年の野並玲奈(のなみ れいな)さんと白井智彦講師らの研究グループは、イリジウム触媒を用いて医・農薬の開発に有用な光学活性キラル分子の新しい合成方法を確立しました。本研究成果は、2022年1月28日(金)公開のChemistry – A European Journal誌(欧州化学会誌)に掲載され、同誌のHot Paper(同誌の編集者が特にその重要性を認めた論文)及びFront Cover(表紙)に選出されました。
研究成果の要点
- アルデヒドと呼ばれる一般的な分子を新しい手法で医・農薬開発に役立つ分子へと変えることに成功した。
- 独自に設計・合成した触媒を使う事で、分子の構造を精密に制御することに成功した。
- 廃棄物が少ない新しい合成プロセスとして期待される。
概要
右手(実像)と左手(鏡に映る像)の関係にある分子は鏡像異性体と呼ばれます。これらの分子は、形が非常に似ていますが重ね合わせることはできません。どちらも同じ元素、同じ数の原子で構成されていますが、全く別の構造をもつ化合物です。炭素を主として構成される有機化合物では、不斉炭素1と呼ばれる種類の炭素が分子中に含まれると2つの鏡像異性体を生じることが知られています。鏡像の関係にある2つの分子では沸点や融点などの化学的な性質は変化しませんが、分子の立体的な形が異なることに起因して、生体内での働き方に大きな影響を及ぼします。例えば、人工甘味料として知られるアスパルテームの分子にも不斉炭素があり、鏡像異性体が存在します。片方は,砂糖の200倍と言われるほどの甘さを人間に感じさせますが、もう片方には甘さはなくむしろ苦みを感じさせます。生体内での挙動が大きく異なるため、特に医薬品などの開発では、一方の鏡像異性体だけを選択的に創る技術の開発は非常に重要です。純粋な片方の鏡像異性体を得るためには、分子中に含まれる不斉炭素の立体的な形を高度に制御する必要があります。この不斉炭素を構築するために反応性の高い試薬が頻繁に用いられますが、反応後に多量の廃棄物を排出してしまうため、代替となる簡便な合成法の開発が望まれていました。
高知高専ソーシャルデザイン工学科新素材・生命コース5年の野並玲奈さんと白井智彦講師らの研究グループは、反応性の高い試薬を使わずに不斉炭素の形を制御し、一方の鏡像異性体のみを高純度で合成する新しい方法を開発しました。反応によって生じる試薬由来の廃棄物は一酸化炭素だけであり、本研究によって様々な構造の有用化合物を簡便に合成することが可能になりました。
背景
炭素原子と炭素原子の間をつなぐ結合は、有機化合物の骨格を形作る強固な結合であり、通常の反応条件で切断されることはほとんどありません。しかし、適した金属錯体を共存させると切断することが可能です。アルデヒド2の脱カルボニル化反応は、炭素-炭素結合の切断を伴いながら分子から一酸化炭素を取り除く反応として50年以上前から広く知られています。これまでに様々な金属錯体がアルデヒドの脱カルボニル化に対する触媒として機能することが報告されてきました。ただし、一般に脱カルボニル化には高温の条件が必要であるため、有用物質に変換するような応用が難しいという欠点がありました。特に、芳香族アルデヒドという種類の分子の脱カルボニル化を鏡像異性体の一方のみをつくるために利用した研究はこれまでに例がありませんでした。白井講師らの研究グループは2019年に独自に開発したイリジウム錯体がアルデヒドの脱カルボニル化触媒として比較的低温で働くことを発見しました(論文:Synlett 2019, 30, 972)。過去の知見をベースに今回の研究では触媒の形を改良し、脱カルボニル化を伴いながら片方の鏡像異性体のみを高純度で合成することに世界で初めて成功しました。
研究成果
原料の芳香族アルデヒドに対して、下図に示す独自のイリジウム触媒を10%添加すると、脱カルボニル化を伴って不斉炭素をもつビシクロ化合物の片方の鏡像異性体のみが高純度で得られました。この反応によって、アルデヒド原料から様々な構造をもつ15種類以上の鏡像異性体を選択的に合成できることを明らかにしました。
波及効果・今後の展望
本研究により、アルデヒドから鏡像異性体の片方のみを選択的、かつ廃棄物をあまり排出せずに合成することが可能となりました。化合物の適用範囲が限定されるなどの課題はありますが、本技術を発展させることで、医・農薬候補化合物の自在合成に繋がることが期待されます。
高専生の活躍
本研究は、高知工業高等専門学校 ソーシャルデザイン工学科 新素材・生命コース5年の野並玲奈(のなみ れいな)さんを中心として実施されたものです。野並さんは、低学年時から英語プレゼンコンテストへの参加やTGK(Techno Girls of Kochi Kosen;女子学生支援の基盤となる組織)の代表学生として様々なイベントを企画するなど学内外を問わず精力的に活動してきました。4年時に配属された研究室でも積極性と粘り強さを発揮して研究に取り組み、本科生で欧州の学術誌に筆頭著者として論文を発表し、注目すべき論文・表紙に採択される快挙を成し遂げました。卒業後は専攻科への進学が決定しており、更なる研究の発展が期待されます。
野並さんのコメント:
初期検討から論文掲載まで携われたことは初めてで、高専生ではなかなかできない経験をさせて頂きました。これらの経験を来年度以降の研究にも活かしていきたいと思っています。
用語解説
1. 不斉炭素
不斉炭素とは、4つの異なる原子や原子団が結合している炭素原子を指す。
2. アルデヒド
アルデヒドは炭素と酸素の二重結合をもつカルボニル化合物と言われる有機化合物の一種。炭素-酸素二重結合はカルボニル基と呼ばれ、その有用性から最も重要な化学構造の1つと言われる。
【発表論文の情報】
論文名:Cationic Iridium-Catalyzed Asymmetric Decarbonylative Aryl Addition of Aromatic Aldehydes to Bicyclic Alkenes (カチオン性イリジウム触媒を用いるビシクロアルケンへの芳香族アルデヒドの脱カルボニル型不斉アリール付加反応)
著者名:Reina Nonami1, Yusei Morimoto1, Kazuya Kanemoto2, Yasunori Yamamoto3, Tomohiko Shirai1 (1高知工業高等専門学校ソーシャルデザイン工学科(新素材・生命コース)、2中央大学理工学部、3北海道大学大学院工学研究院)
雑誌名:Chemistry – A European Journal
公表日(オンライン公開日):2022年1月28日【論文】、2022年2月9日【表紙】、2022年2月10日【Cover Profile】
論文URL: https://doi.org/10.1002/chem.202104347
表紙URL: https://doi.org/10.1002/chem.202200316
Cover Profile URL:https://doi.org/10.1002/chem.202200317
白井研究室ホームページ URL: https://shirai-t.wixsite.com/website
高知工業高等専門学校について
2030年頃には、AI、ロボット、ビッグデータなどの技術革新が一層進展し、社会や生活を大きく変えていく超スマート社会(Society5.0)の到来が予想され、経済発展と社会的課題の解決を両立する、人間中心の社会が実現されていくと言われています。その中で克服すべき多くの課題を自ら解決し、全く新しい事業や市場の創出に貢献する人材が求められます。
高知高専はこれからの社会の変化と時代のニーズに対応できる人材を育成する1学科制の高等専門学校です。1・2年次では、教養科目・専門基礎科目・実験実習で基本力を身につけ、3年次からは専門分野5コースのいずれかに進み、コアな専門分野と多面的な知識を融合、幅広い学識・技術が活かせるハイブリッド型の人材を育成しています。
自らの力で新しい社会をデザインする「みらい人」の輩出を高知高専は目指します。
【学校概要】
会社名:独立行政法人国立高等専門学校機構 高知工業高等専門学校
所在地:高知県南国市物部乙200-1
代表者:井瀬 潔
設立:1963年
URL:https://www.kochi-ct.ac.jp/
事業内容:高等専門学校・高等教育機関
【本リリースに関する報道お問い合わせ先】
高知工業高等専門学校 総務課企画係
TEL:088-864-5602
e-mail:kikaku@jm.kochi-ct.ac.jp
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