大麦摂取による血糖値上昇抑制のメカニズムが明らかに腸内のコハク酸が血糖値に及ぼす影響について解析
-科学雑誌『npj Science of Food』掲載-
『主食改革』を提唱する株式会社はくばく(本社:山梨県中央市、代表取締役社長:長澤 重俊)は、慶應義塾大学先端生命科学研究所福田真嗣特任教授と大妻女子大学青江誠一郎教授との共同研究により、大麦をマウスに与えると腸内においてコハク酸産生菌であるParasutterella属菌やコハク酸が適度に増加することを明らかにし、この変動が血糖値の上昇抑制作用に関与していることを明らかにしました。
本研究では対照群に大麦の主要な食物繊維成分であるβ-グルカン1)を全く含まない大麦を摂取させ、マイクロバイオーム解析およびメタボローム解析を行うことで、大麦由来β-グルカンの摂取によって変動する腸内細菌や代謝物質を特定しました。また、これまでは大麦に含まれる食物繊維が腸内に到達する食品の消化吸収を緩やかにすることで血糖値の上昇を抑制することが分かっていましたが、本研究により腸内細菌やその代謝物質の変動を介した作用も影響を与える事が示唆されました。
本研究成果は科学雑誌『npj Science of Food』(2024, 8(69))に掲載されました。
<研究のポイント>
・大麦に含まれる水溶性食物繊維、β-グルカンを摂取することで変動する腸内細菌や代謝物質をマウスモデルで明らかにしました。
・大麦をマウスに与えると腸内においてコハク酸産生菌であるParasutterella属菌やコハク酸が増加し、これはβ-グルカンの作用による影響であることが明らかになりました。
・さらに腸内でコハク酸の吸収ができない遺伝子改変マウスに大麦を与えたところ、この腸内変動による血糖値の上昇抑制作用が消失することが明らかとなりました。
■研究の背景と目的
腸内細菌叢は食事の質と密接に関連しており、特に一部の食物繊維は腸内細菌によって発酵を受けることから、腸内細菌叢組成や腸内代謝物質組成に影響を与えることが分かってきています。
大麦には水溶性食物繊維であるβ-グルカンが豊富に含まれており、腸内細菌叢やその代謝物質、さらには糖、脂質代謝に影響を与えることが示唆されています。
先行研究 (Matsuoka, T. et al. BMC Nutr (2022)) では、大麦の摂取がビフィズス菌や酪酸菌など特定の腸内細菌や代謝物質の増加と関連することが示唆され、他の研究においても大麦の摂取による糖代謝の改善が、特定の腸内細菌の増加に関与している可能性があることが明らかとなっています (Kovatcheva-Datchary, P. et al. Cell Metab (2015))。
しかしながら、これまでの研究では大麦β-グルカン単独で腸内細菌叢の影響を評価したものは殆どありませんでした。
そこで本研究では、β-グルカンを含まない大麦粉(BGL)を対照群として使用し、大麦由来β-グルカンの摂取によって特異的に変動する腸内細菌や代謝物を明らかにすることを主目的としました。
■研究方法
【試験1】
4週齢のC57BL/6Jマウスを1週間環境に慣れさせた後4群(n=10)に分け、β-グルカンを含まない大麦粉(BGL)、あるいはβ-グルカンを豊富に含む大麦粉(BF)を食物繊維量が同じになるように添加した通常脂肪食、中脂肪食を8週間摂取させました。
その後マイクロバイオーム解析とメタボローム解析により、盲腸内容物中の属レベルでの腸内細菌叢と代謝物質を網羅的に測定しました。
【試験2】
腸管のコハク酸吸収に関連するジカルボン酸トランスポーター遺伝子(Slc13a2)を欠損したマウスと野生型マウスを1週間環境に慣れさせた後、試験1と同じ組成の中脂肪食を8週間摂取させました。
摂取の最終週に経口ブドウ糖負荷試験2)を実施しました。
その後マイクロバイオーム解析とメタボローム解析により、盲腸内容物中の属レベルでの腸内細菌叢と代謝物質を網羅的に測定しました。
■研究結果
【試験1】
マウスの盲腸内容物中の腸内細菌叢を通常脂肪食群と中脂肪食群で分けた場合に、細菌叢の多様性3)や主座標分析4)の結果に大きな違いは認められませんでした。
一方でBGLとBFの摂取の違いで見ると腸内細菌叢が大きく異なることが明らかとなりました。
そこで脂肪量に関係なくBGL摂取群とBF摂取群にマウスを分けて分析したところ、BF群ではBacteroides、Ruminococcus 1、およびParasutterella5)の相対存在量がBGL群と比べて有意に増加しました。
次に盲腸内容物中の代謝物質を測定すると、腸内細菌叢の結果と同様に脂質含量に関わらず、BGLとBFの摂取の違いによって大きく代謝物質組成が異なることが明らかとなりました。BF群ではコハク酸6)やコハク酸代謝に関わる代謝物質がBGL群と比較して有意に増加しました。
さらにBGLとBF摂取を腸内細菌と腸内代謝物質で区別する機械学習モデルを作成したところ、コハク酸、Bacteroides、 Parasutterellaが区別する重要な因子として特定されました。
【試験2】
先行研究 (De Vadder, F. et al. Cell Metab (2016)) にて、フラクトオリゴ糖7)の摂取がコハク酸産生菌やコハク酸を増やし糖代謝改善に寄与することが知られていたことから、腸内でのコハク酸などのジカルボン酸の取り込みに関与するトランスポーター遺伝子Slc13a2を欠損したマウスを用いて試験1と同様の試験を行いました。
結果、マウスの腸内細菌叢は遺伝子型に関係なく、BGL群と BF群で大きく分かれました。試験1と同様にParasuterellaの相対存在量は、BGL群と比較してBF群で増加しました。
また、野生型マウスでは盲腸内容物中のコハク酸量が有意に増加しました。一方で、コハク酸の取り込み機能が欠損したマウスではコハク酸が腸内に蓄積していることが明らかとなりました。
経口ブドウ糖負荷試験の結果、野生型マウスではBFの摂取によりBGLと比較して、複数の時点において血糖値が低下することが明らかとなりました。
しかしながらこの改善作用はBFを摂取したSlc13a2遺伝子欠損マウスでは消失しました。
■今後の展望
本研究によりマウスモデルで、大麦に含まれるβ-グルカンの摂取によってコハク酸産生細菌であるParasutterella属の細菌や、コハク酸が腸内で増加することが明らかとなりました。また、コハク酸 などのジカルボン酸トランスポーターを欠損したマウスでは、大麦の摂取による耐糖能の改善効果が消失し、コハク酸が及び宿主の代謝に重要な役割を果たす可能性が示唆されました。コハク酸自体は腸内で高濃度になりすぎると下痢を誘発するとされていますが、本試験のマウスに下痢の発生は確認されておらず、適度な濃度であることが示唆されました。
Parasutterella属は比較的新しく定義された腸内細菌であり、生体に及ぼす役割や大麦β-グルカンとの関連を調査するためにはさらなる研究が必要です。同様に、腸内でのコハク酸の蓄積が糖代謝や腸内環境に及ぼす長期的な影響、ヒトにおける効果についても、今後調査する必要があると考えています。
結論として、大麦β-グルカンの摂取は腸内のコハク酸産生菌やコハク酸を増加させ、糖代謝の改善に関与することが示されました。
■用語解説
1) β-グルカン: グルコースがβ-グリコシド結合でつながった多糖類で、穀類や菌類、キノコ類に多く含まれる。
2) 経口ブドウ糖負荷試験:一定量のブドウ糖が含まれた飲み物を投与し、採血を行って、血糖の経時変化を評価する検査。
3) 多様性:いろいろな種類の腸内細菌がバランス良く生きていること。複数の指標によって定量化されている。
4) 主座標分析:(本研究では)多数の腸内細菌属のデータを1つの変数に要約し、多様性の違いを見る手法
5) Parasutterella:グラム陰性菌の偏性嫌気性菌。2011年に再分類された比較的新しい腸内細菌であり、生体内に及ぼす影響については不明な部分が多い。
6) コハク酸:特定の腸内細菌によって生成される中間代謝物。最終的にコハク酸利用菌によって短鎖脂肪酸の1つであるプロピオン酸に代謝される。
7) フラクトオリゴ糖:難消化性オリゴ糖の一種。腸内細菌によって代謝されることが知られている。
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