磁気バルクハウゼンノイズによる磁壁緩和ダイナミクスの直接観測 ~次世代の低損失磁性材料の設計指針となる有用な知見~

東京理科大学

研究の要旨とポイント

広帯域かつ高感度な磁気バルクハウゼンノイズ(MBN, *1)測定システムを独自開発し、金属材料中の個々の磁壁(*2)の緩和挙動を、単一パルスレベルで直接観察することに成功しました。

MBNパルスの減衰過程に着目した統計解析により、緩和時定数(*3)の平均が3.8 μsであることを明らかにし、材料中の構造やピン止めサイト(*4)がエネルギー散逸に及ぼす影響を定量的に評価しました。

実験と理論の両面から、磁壁自体の粘性よりも渦電流による粘性抵抗(*5)が支配的であることを突き止め、異常渦電流損失(*6)の主要因が渦電流ダンピング(*7)であることを裏付けました。

【研究の概要】

東京理科大学 研究推進機構 総合研究院の山崎 貴大助教、同大学 先進工学部 マテリアル創成工学科の小嗣 真人教授、産業技術総合研究所の田丸 慎吾主任研究員らの共同研究グループは、Fe-Si-B-P-Cu系アモルファス/ナノ結晶合金リボン(NANOMET®)を対象に、独自開発した広帯域・高感度な磁気バルクハウゼンノイズ(MBN)測定システム(図1)を用いて、金属材料内部で発生するMBN信号を単一パルスとして捉えることに成功しました。さらに、その減衰過程を解析することで、磁壁の動きとエネルギー損失との直接的な関係を実験的に実証しました。

これまでの研究により、軟磁性材料におけるエネルギー損失の一部は理論的に予測されていたものの、個別のMBNパルスを精度よく検出する技術はなく、磁壁の緩和現象と損失の直接的な因果関係は未解明でした。一方、パワーエレクトロニクス機器の高効率化には損失メカニズムを正しく理解した材料設計指針が不可欠であり、本研究グループは新しい測定技術の開発によってこの課題解決に挑みました。

解析の結果、アモルファス材料では急峻な立ち上がりと緩やかな減衰を示すパルスが観測され、磁壁の動きがリアルタイムで反映されていることがわかりました。また、熱処理を加えるとパルスの大きさが大幅に低下し、材料の微細構造の制御により磁壁の動きが滑らかになることが確認されました。

さらに、緩和事象の統計解析から平均緩和時定数は約3.8 μsであり、物理モデル解析によって磁壁の内在的な性質よりも、移動に伴う渦電流による抵抗が主なエネルギー散逸源であることを明らかにしました。これにより、異常渦電流損失の物理的起源が、磁壁の非定常な動きに伴って生じる局所的な電磁応答に強く関係していることが示され、今後の損失制御を志向した材料設計に向けた重要な基礎的知見を提示しました。

本研究成果は、2025年8月7日に国際学術誌「IEEE Access」にオンライン掲載されました。

【研究の背景】

次世代パワーエレクトロニクス技術の進歩に伴い、インダクタやトランスコア用の低損失軟磁性材料の需要が急増しています。これらの材料の動作効率は鉄損(*8)により制限されており、特に磁壁移動で誘起される異常渦電流損失は高周波域で支配的となるため、そのメカニズムの理解および低減が重要な課題となっていました。

磁気バルクハウゼンノイズ(MBN)は、磁壁がピン止めサイトから解放される際に生成されるパルス信号であり、磁壁ダイナミクスの有用な観測手段です。磁壁速度の急激な変化は局所的な渦電流を誘導し、追加のエネルギー散逸を引き起こして鉄損に大きく影響します。従来の研究では、磁壁運動に伴う局所的なエネルギー散逸が損失に寄与することが理論的に予測されていましたが、金属材料中で発生する個別のMBNパルスを精度よく検出し、その緩和挙動を統計的に評価する手法は存在していませんでした。また、近年のMBN測定技術の進歩により時間分解能とSN比(信号対雑音比)が向上したものの、軟磁性材料における個々のMBNパルスを分離するのに十分な広帯域特性と高感度の両立は困難であり、異常渦電流損失の物理的メカニズムや磁壁ダイナミクスとの直接的な因果関係は未解明のままでした。

そこで本研究グループは、新しい測定技術の開発によりこれらの技術的ギャップを埋めることが軟磁性材料におけるエネルギー損失制御の重要な鍵になると考えました。この考えに基づき、広帯域・高感度MBN測定システムを独自開発し、Fe-Si-B-P-Cu系アモルファス/ナノ結晶合金リボン(NANOMET®)に適用することで、磁壁緩和現象の実証を試みました。

【研究結果の詳細】

アモルファス状態のNANOMET®では、20 ~ 60 mVの大きく離散的なMBNパルスが観測されました(図2)。各パルスは急峻な立ち上がりと緩やかな立ち下がりを示し、これは磁壁の急激な加速と過剰減衰を反映していると考えられます。急峻な立ち上がりが明瞭に観察されたことにより、立ち下がりは測定システムの特性によるものではなく、磁壁ダイナミクスの本質的特徴であることが確認されました。このような明瞭なMBNパルスの特徴は、構造欠陥による強力な磁壁ピン止め効果を反映していると考えられます。一方、熱処理後のナノ結晶NANOMET®ではMBNパルスの振幅が数mV以下に大幅減少し、20 mVの解析閾値を下回ったため、詳細な統計解析は困難でした。この振幅の大幅な減少は、熱処理によるナノ結晶形成により、ピン止めサイトが減少して磁壁のピン止め効果が抑制され、磁壁移動が滑らかになったためであると考えられます。これらの結果は、材料の微細な構造変化がMBNの挙動、ひいてはエネルギー損失に大きく影響することを示しています。

磁壁の動的挙動を詳細に解析するため、信号強度が20 mVを超えるMBNパルスに対して統計解析を実施しました。100磁化サイクルから合計888個の個別パルスを抽出し、定量的評価を行いました。解析の結果、MBNピーク高さが低い場合、緩和時定数τは解析範囲全体にわたって広く分散する一方、ピーク高さが増加するとτは収束する傾向を示しました。全個別パルスの統計解析により、緩和時定数の平均値は約3.8 μs、標準偏差は約1.8 μsであることが明らかになりました。この結果は、小規模で局所的な磁壁の緩和現象において、局所的なピン止め強度、磁壁形状、微細構造不均一性による内部応力場の違いが多様な緩和応答を生み出すことを示唆しています。一方、大規模な磁壁の緩和現象では単一の緩和機構が支配的となり、局所的な微細構造による差異の影響が相対的に低減されるため、τ分布がより狭くなることが確認されました。

本研究を主導した山崎助教は、「本研究で確立した高精度なMBN測定技術と磁壁緩和挙動の解析手法は、次世代の低損失軟磁性材料の設計指針として広く応用可能です。特に、電力変換機器や高周波トランス、EV用モーターの磁性コア材料において、過剰な鉄損の抑制によりエネルギー効率が大幅に向上します。今後、本手法をさまざまな材料系に展開することで、用途ごとに最適な材料の選定や新規合金の開発が加速すると期待されます。この技術進展により、小型・軽量で高効率な電気機器が実現し、EVや再生可能エネルギーシステムの電力ロス低減が走行距離の延伸や電力供給の安定化に寄与します。本研究は、エネルギー問題の解決やカーボンニュートラル社会の実現に向けた重要な一歩となります」と、研究成果についてコメントしています。

※本研究は、文部科学省による「革新的パワーエレクトロニクス創出基盤技術研究開発事業」(JPJ009777)、科学技術振興機構(JST)のACT-X(JPMJAX22AL)、日本学術振興会(JSPS)の科研費(JP23K13636)の支援を受けて実施されたものです。

【用語】

*1: 磁気バルクハウゼンノイズ(MBN)

 磁性材料に外部磁場を印加すると、材料内部の磁区の境界である磁壁が移動する。理想的な材料では連続的に移動するが、実際の材料では欠陥や不純物、内部応力などの影響により、断続的に移動する。磁壁が急激に移動すると、その瞬間に局所的な磁束変化が生じ、微小な電磁パルスを誘発する。これを磁気バルクハウゼンノイズという。

*2: 磁壁

 隣接する磁区(磁化がそろっている領域)の境界層。

*3: 緩和時定数

系が変化に対してどのくらいの時間スケールで応答するかを表すパラメータ。

*4: ピン止めサイト

磁壁の移動を阻害する材料内の微細な構造欠陥や不均質部分のこと。具体的には、結晶粒界、空孔、転位点、不純物、応力が集中する部分などが含まれる。

*5: 粘性抵抗

 物体が流体中を移動する際に、流体の粘性によって生じる抵抗力。身近な例では、水中を泳ぐ際に生じる水の抵抗力やジャムをスプーンで混ぜる際の抵抗力などがある。

*6: 異常渦電流損失

 磁壁の不連続な移動により磁壁周辺に局所的に誘起される微小な渦電流による損失。磁壁がピン止めサイトから急激に解放される際の局所的な磁束変化が原因となり、従来の古典的モデルでは励磁周波数の約1.5乗に比例する特徴的な依存性を示す。

*7: 渦電流ダンピング

磁壁が移動する際に、周囲に発生する渦電流によって生じる制動効果のこと。

*8: 鉄損 

モーター、変圧器、インダクタなどの鉄心で生じる電力の損失。ヒステリシス損失、古典的渦電流損失、異常渦電流損失などの種類がある。

【論文情報】

雑誌名:IEEE  Access

論文タイトル:Analysis of Magnetic Barkhausen Noise to  Reveal Domain Wall Dynamics in Amorphous/Nanocrystalline Ribbons

著者:Takahiro  Yamazaki, Shingo Tamaru, and Masato Kotsugi

DOI:10.1109/ACCESS.2025.3593507

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未上場
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-
設立
1881年06月