公共サービスへの理解が増税への支持を高める ~政治的分断を超えて、大きな政府への合意形成は実現しうる~

東京理科大学

研究の要旨とポイント

 公共財のメリットについての情報提供を受けた市民では、増税への支持が高まることを実証しました。

支持政党、人種、性別に関わらず同じ傾向が現れ、分断を超えた合意形成のヒントとなる成果です。

格差縮小への新たなアプローチにつながると期待されます。

【研究の概要】

東京理科大学 教養教育研究院の松本 朋子准教授、一橋大学大学院 経済学研究科の岸下 大樹准教授、一橋大学 経済研究所の山岸 敦准教授の研究グループは、公共財(*1)がもたらす普遍的な便益について人々に情報提供することで、増税への支持が高まることを実証しました。この発見は、税の累進性を維持したまま政府規模の拡大、すなわち増税により格差縮小に貢献する可能性がある新しいメカニズムを示しています。

研究グループは、アメリカ市民約3000人を対象にした実験で、交通インフラや公衆衛生などの公共財が全ての人にもたらす便益について情報提供を行いました。その結果、情報提供を受けた群では政府規模拡大への支持が大幅に上昇し、この効果は所得水準や政治的立場に関わらず一律に見られました。一方で、税制や支出の累進性(*2)に対する人々の考え方や支持にはほとんど影響がありませんでした。

この結果は、公共財への投資が市民の政府への支持を高め、政府規模の拡大を通じて再分配を可能にする「政治的基盤」として機能することを示唆しています。政治的に分断された社会でも、全ての人が恩恵を受ける公共財への認識を高めることで、結果的に格差縮小につながる可能性を示した画期的な成果です。

本研究は、2025年10月27日に国際学術誌『The Japanese Economic Review』にオンライン掲載されました。

【研究の背景】

公共財がどのように市民に分配されるのか、またその効果については理論的にも実証的にも研究されてきました。これまでの研究の多くは、各所得層が公共財からどの程度の便益を受けるか、また、その財源としてどの程度の税を支払うのかが主な論点でした。

一方で、民主主義社会において、市民の世論は政策、特に財政活動に大きく影響を与えています。従来の考えでは、格差是正の深刻さを市民が理解することで財政支出が可能になると考えられており、市民理解についての研究に焦点が当てられてきました。しかし逆に、福祉支出などの政府の財政活動が市民の理解につながる可能性が複数の先行研究から示唆されていました。

そうした研究結果を踏まえ、研究グループは『公共財の便益についての市民理解が進めば税と公共財投資への考え方(選好)を変えることができるのでは』という問いを立て、今まで見過ごされてきたこの可能性を検証しました。

研究グループの松本准教授は「半世紀近く格差は拡⼤の⼀途を続けています。世界的な格差拡⼤傾向の中で、格差縮小の可能性を探るために、アメリカという分極化が激しく格差の大きな先進国を舞台に選び、実験を行いました」とコメントしています。

【研究結果の経緯】

実験に先立ち、研究グループは次の仮説を立てました。

仮説1)公共財における政府の役割を認識すると、大きな政府(高い税率)への支持は増加する。

仮説2)公共財における政府の役割を認識すると、税の累進性への支持は減少する。

仮説3)公共財における政府の役割を認識すると、支出の累進性への支持は減少する。

仮説4)1)から3)の方向性は、社会経済的な地位や政治的イデオロギーとは独立している。

以上の仮説を実証するために、本研究グループは2021年7月に、約3000人のアメリカ市民を対象にしてオンラインアンケート形式で実施しました。アメリカは、政治的に分断があり、OECD加盟国の中では比較的小さな政府であることから、政府規模拡大に関する仮説を検証するために最適であると判断し、研究対象国として選びました。

 

調査参加者は、公共財における政府の役割について情報提供を行った群(情報提供群)とそうでない群(対照群)に無作為に振り分けられました。情報提供群に対しては、交通インフラと公衆衛生の維持について、投資の具体的なコストと支出額、効率性(無駄のなさ)、それによって受けられる具体的な恩恵という3種類の情報提供を行いました。

 

結果は以下の通りでした。

まず、仮説1に対しては、情報提供群より大きな政府への支持(税率の1%増)は10ポイントと大幅に上昇しました。通常、増税に対しては不評であることを考えるとこの結果は注目に値します。

仮説2に対して、税の累進性については、情報提供の有無での差は1.9ポイントにとどまり、有意な効果はありませんでした。

仮説3に対して、政府が追加で得た税収の使途を尋ねたところ、情報提供群では「貧困層支援のみに使うべき」という回答は3.8ポイント減少しました。有意な差ですが大きくはありません。既存の福祉政策維持への支持は変化がありませんでした。

 

これらの結果から、公共財の便益を市民が理解することで、税や支出の累進性をほとんど下げることなく、政府規模の拡大を通じた再分配が可能であることが示されました。

さらに注目すべきは仮説4の結果です。仮説1から3までの結果は、所得水準、政治的イデオロギー、人種、性別に関わらず、同じ傾向でした。これは、分断された社会においても、事前に公共財と政府の役割について情報があれば、政治的な分断を乗り越えて満場一致での合意が形成されやすく、公共財への投資が拡大できる可能性を示唆しています。

【今後の展望】

本研究は、公共財の便益を市民が理解することで、政府規模の拡大(増税)への支持が高まることを示しました。また、税や支出の累進性(高所得者ほど税率や支出が高い制度)をほとんど下げることなく、政府規模拡大を通じた再分配(所得格差を縮小する政策)が可能であることが示唆されました。

これらの結果は、従来とは異なる格差縮小へのアプローチの可能性を示しています。これまで考え方では、富裕層への重い課税など累進性を高めることや、所得格差の深刻さを示す情報提供によって不平等の改善を図る手法が中心でした。本研究が新たに示したのは、公共財の提供とその便益の認識によって市民の考えが変化し、累進性を維持したまま政府規模の拡大による再分配が可能になりうるということです。

アメリカでの実証研究により、貧困層のみを対象とするのではなく全ての人に便益をもたらす普遍的な公共財を提供する北欧型の「福祉国家モデル」が、他の国でも実現可能なモデルとなりうることが示唆されました。さらに、所得水準、政治的立場、人種、性別に関わらず同様の効果が見られたことから、政治的に分断された社会においても、公共財に関する適切な情報提供により幅広い合意形成が可能となる可能性があります。

ただし、本研究はアメリカ市民を対象としたオンライン調査に基づくものであり、他の国や文化圏への適用可能性については今後の研究が必要です。また、実際の政策実施や投票行動への影響については、さらなる検証が求められます。

研究グループの松本准教授は「格差の拡大が縮まらない中で、お互いに助け『合う』実感をどう保ちながら、社会を維持できるかを考えるヒントになったら良いと願っています」とコメントしています。

  • 本研究は、東京経済研究センター、村田科学財団、およびJSPS科研費(20K22131、22K13339、25K00629)の助成を受けて実施したものです。

【用語】

*1  公共財

広く多くの人が利用でき、特定の人の消費が他の人の消費を妨げない財やサービスのこと。国や自治体によって提供される公衆衛生、道路、消防、警察などが含まれる。

*2  累進性

所得に応じて税率や給付の程度が段階的に変化する度合い。本研究では、高所得者ほど税率が高く、低所得者ほど給付が多い制度の程度を意味する。

【論文情報】

雑誌名:The Japanese Economic Review

論文タイトル:Public goods provision, preferences over public finance, 

and distributional effects

著者:Daiki Kishishita (Graduate School of Economics, Hitotsubashi  University),
 Atsushi Yamagishi (Institute of Economic Research, Hitotsubashi University  and Center for Real Estate Innovation, The University of Tokyo and Global  Japan Lab, Princeton University),
 Tomoko Matsumoto (Institute of Arts and Sciences, Tokyo University of  Science,)

DOI:10.1007/s42973-025-00228-2

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教育・学習支援業
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代表者名
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上場
未上場
資本金
-
設立
1881年06月