なぜ高温でも機能する? 高温耐性酵素の作動原理を構造からひもとく ~プラスチックリサイクル技術への応用に期待~

東京理科大学

研究の要旨とポイント

近年、代表的なプラスチックの1種であるPET(ポリエチレンテレフタレート)を酵素で分解して再利用する「酵素リサイクル」が注目されています。この方法は高温条件で効率的に進行しますが、一般的な酵素は高温に弱いという課題がありました。

本研究では、高温環境でも安定して働くクチナーゼという糸状菌由来の酵素を対象に、X線結晶構造解析と熱測定を組み合わせ、詳細な立体構造と安定性を調べました。

その結果、活性部位近くにある「ふた」のような構造が、結合する分子に応じて構造を変化させることが示されました。

本研究で得られた知見は、酵素の改良を通じた廃PETの効率的な分解や再資源化技術への応用につながることが期待されますが、PETそのものの結合様式や分解機構については、今後のさらなる解析が必要です。

【研究の概要】

東京理科大学 先進工学部 生命システム工学科の西野 達哉教授、伊藤 翔助教、野島 涼平氏(2022年度修士課程修了)、陳 莉蓉氏(2024年度修士課程修了)らの研究グループは、糸状菌Chaetomium thermophilum(*1)由来のクチナーゼ(*2)という酵素の立体構造と熱安定性を調べ、高温環境でも安定して働く仕組みを明らかにしました。

近年、ペットボトルなどに用いられるプラスチックであるPET(ポリエチレンテレフタレート)を酵素で分解して再利用する「酵素リサイクル」という技術が注目されています。PETは温度が高いほど柔らかく、分解されやすくなるという性質があり、70℃前後で分解が進みやすくなります。しかし一方で、一般的な酵素は高温に弱いため、十分な性能を発揮することが難しいという課題があります。

そこで本研究グループは、X線結晶構造解析(*3)と示差走査熱量測定(DSC)(*4)を組み合わせ、Chaetomium thermophilum由来のクチナーゼの高い熱安定性の背景にある仕組みに迫りました。その結果、この酵素は全体として高い耐熱性を保ちながら、活性部位(*5)近傍の一部の領域が柔軟に構造変化する特徴を持つことが明らかになりました。特に、酵素の活性部位付近にある「ふた」のような部分(lid loop, *6)が、結合する分子の違いに応じて構造を変化させることが示されました。野生型酵素では活性部位近傍に塩化物イオン(Cl⁻)が結合している一方、触媒残基を置換した変異体に低分子化合物 p-nitrophenol (*7)を結合させた構造では、この「ふた」が異なる配置をとることが確認されました。

これらの結果は、酵素全体の安定な骨格が高い耐熱性を担いながら、活性部位近傍の可動領域が分子認識に関与する可能性を示すものです。

図. 本研究で示唆されたChaetomium thermophilum由来のクチナーゼの立体構造。

基質が存在しない野生型酵素では、活性中心近傍に Cl⁻ が結合しており、活性部位の近くにある「ふた」にあたる部分は、比較的閉じた状態にある(水色)。一方、低分子化合物p-nitrophenol を結合させた変異体では、この「ふた」が異なる配置をとる(黄色)。この比較から、活性部位近傍の可動領域が、結合する分子に応じて構造変化することが示された。

本成果は、耐熱性と機能性を両立した酵素設計に役立つ知見であり、将来的には環境負荷の低いPETリサイクル技術の高度化につながることが期待されます。一方で、PETそのものの結合状態や分解反応の詳細については、今後の構造解析および機能解析によって明らかにされる必要があります。本研究成果は、2026年3月24日に国際学術誌「Crystals」にオンライン掲載されました。

【研究の背景】

近年、使用済みプラスチックを酵素の力で分解し、再び資源として利用する技術に注目が集まっています。なかでも、ペットボトルなどに用いられるPETを分解する酵素の開発は、環境負荷の少ないリサイクル技術として期待されています。

PETは温度が高いほど柔らかくなり分解されやすくなるため、70℃付近において酵素分解効率が高くなることが知られている一方で、一般的な酵素は高温に弱く、十分な性能を発揮できないことが実用化に向けた課題となっています。

しかし、高温でも壊れにくい酵素を設計することは容易ではありません。一般的に、酵素には、高温で変性しないための構造的な剛性(安定性)が求められる一方で、基質の結合や触媒反応を円滑に進めるためには、活性部位周辺に局所的な柔軟性を併せ持つことが求められます。先行研究でも、この「全体の安定性」と「局所的な柔軟性」をいかに両立させるかが、PET分解酵素の設計における重要な課題であると指摘されています。

これらの構造的課題を検討するために、本研究では構造生物学のモデル生物として広く利用されている好熱性糸状菌 Chaetomium thermophilum 由来のクチナーゼを用いて、X線結晶構造解析と熱測定を組み合わせ、その詳細な構造と熱安定性を調べました。

【研究結果の詳細】

本研究ではまず、好熱性糸状菌 Chaetomium thermophilum 由来のクチナーゼの熱安定性を調べました。示差走査熱量測定(DSC)による解析では、66.4±0.08℃ と69.5±0.01℃付近で段階的な熱変性が起こることがわかりました。この結果から、この酵素が加熱によって一度に大きく変化するのではなく、複数の段階を経て構造が変化していくことが示されました。これは、酵素内部に熱に対する安定性が異なる領域が存在することを示唆する結果です。

この段階的な熱応答の背後にある構造的基盤を探るために、X線結晶構造解析によって、詳しい立体構造を調べました。その結果、基質が結合していない状態では、この酵素は安定した基本構造を保っていました。一方で、活性部位の近くにある「ふた」にあたる部分(lid loop)は閉じた状態にあり、触媒反応に重要なアミノ酸部位であるH204は活性中心のS136から離れた位置にありました。このことから、この酵素はすぐに反応できる状態にはなっていないということがわかりました。また、活性部位の近くには塩化物イオンが結合していました。これは、本来なら基質が入る場所に、基質の代わりに塩化物イオンが一時的に入っている状態だと考えられます。

そこで、この酵素の活性時の応答を調べるため、低分子化合物p-nitrophenolを結合させた状態の構造を解析しました。その結果、p-nitrophenolが塩化物イオンと入れ替わって活性部位に結合し、それに伴って lid loop が開いた状態へと変化することが確認されました。このとき、H204 を含む領域には大きな構造の揺らぎが見られ、結合する分子に応じて、この部分が柔軟に動き、異なる配置をとることが示されました。

また、他の糸状菌由来クチナーゼと構造を比較したところ、この酵素は全体の基本構造は他の酵素とよく似ている一方で、lid loop の形状には違いがあることがわかりました。これらの結果から、本酵素は全体の安定な骨格と局所的な柔軟性を両立することで、高温環境でも機能している可能性が示唆されました。

今回得られた知見は、耐熱性と機能性を兼ね備えた酵素の開発に新たな指針を提示するものであり、PETをはじめとする廃プラスチックの効率的な分解や再資源化技術の高度化に貢献することが期待されます。ただし、PET分子がどのように酵素に結合し、どのような構造変化を経て分解反応に至るのかについては、今後さらに詳細な解析が必要です。

  • 本研究の一部は、日本学術振興会(JSPS)の科学研究費助成事業(20K06512、23K05671)の助成を受けて実施したものです。

【用語】

*1  Chaetomium thermophilum

高温環境で生育する糸状菌の1種。

*2  クチナーゼ

植物の表面を覆う成分であるクチンを分解する酵素。近年では、PETのようなポリエステルの分解酵素としても注目されている。

*3  X線結晶構造解析

試料にX線を当て、その散乱のパターンから分子やタンパク質の立体構造を詳しく調べる方法。

*4  示差走査熱量測定(DSC)

試料を少しずつ加熱しながら、熱の出入り(吸収や放出)を測定し、構造変化や安定性を調べる方法。

*5  活性部位

酵素の中で実際に化学反応が起こる部分で、基質が結合し、分解や変換が行われる場所。

*6  lid loop

酵素の活性部位の近くにある、ふたのように開閉する部分。結合する分子に応じて形が変わり、分子認識や酵素の働きに関与する。

*7 p-nitrophenol

今回の構造解析で用いた低分子化合物。本研究では、酵素の活性部位近傍に結合した状態を解析し、結合分子に応じた構造変化を調べる手がかりとして利用した。

【論文情報】

雑誌名

:Crystals

論文タイトル

:Crystal Structures of a Thermophilic Cutinase from 

   Chaetomium thermophilum  Reveal Conformational Dynamics 

   of the  Catalytic Lid Loop

著者

:Ryohei Nojima, Lirong Chen, Minami Kurokawa, Sho Ito, 

   Tatsuya  Nishino

DOI

10.3390/cryst16040217

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上場
未上場
資本金
-
設立
1881年06月