生物多様性にかかわる水・土壌の測定技術は研究段階から実装段階に ~TNFD、CSRDなどの動向、関連技術の特許とグラント~
環境に関わる情報開示
環境問題、なかでも気候変動と生物多様性の喪失についての科学的な根拠が蓄積され、その重要性が高まっています。2015年に合意された気候変動枠組条約パリ協定は、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第5次報告書で示された科学的根拠をふまえて議論されました。
また、企業の環境問題や自然資本に関係する取り組みに投資家が関心を持つようになりました。環境・社会・ガバナンス(ESG)要素を組み込んだ投資戦略が広まり、ESG要因を運用資産に組み込む“責任投資”が拡大しています。
投資家は持続可能性について企業活動の情報を求めるようになり、それにこたえる開示が企業価値の向上につながっています。そして、企業による環境情報の開示を奨励するために、国際的な合意や枠組みがいくつか設けられています(図1)。
TCFD(Task Force on Climate-related Financial Disclosures)は、パリ協定の合意と同年(2015年)に設立された、気候変動に関連する財務情報開示を検討する機構です。企業が自ら気候変動の影響を評価し、関連するリスクと機会を開示するためのフレームワークを提供しています。TCFDによる最終報告は2017年に公開され、多くの事業者や投資家から支持を得ました。
TNFD(Task Force on Nature-related Financial Disclosures)は、生物多様性が社会や企業にもたらすリスクや機会を知るため、自然に関する情報開示を企業にうながすことを目的として2021年に設立されました。2023年6月現在、生物多様性関連のリスクと影響を評価して開示するためのフレームワークを開発中で、最終版は今年の9月に公開予定です。
CSRD(Corporate Sustainability Reporting Directive)は、EUにおける持続可能性報告の枠組みを改革するための開示規定で、2023年1月5日に発効しています。CSRDは「企業サステナビリティ報告指令」と訳されることが多いようですが、この“指令”(Directive)は、EUの基本条約を根拠に制定される法令で、加盟国の政府に対して直接的な法的拘束力をおよぼすものです。従業員500人超の上場企業や銀行などは2024会計年度から適用がもとめられ、欧州企業だけでなく、一定規模をこえる欧州域外企業の現地法人も規制の対象となります。日本企業も対応が必要になると見込まれています。
CSRDで開示が求められる環境情報
CSRDの開示対象は現在検討中ですが、2018年から施行されている非財務情報開示指令(NFRD)よりも詳細かつ標準化された報告要件を定めることになっています。現在提示されているドラフト によると、一般原則(Cross-cutting)、環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)の4セクターが提案されており、このうち、環境のセクターでは
気候変動
汚染、水・海洋資源
生物多様性・生態系
資源利用・循環型経済
の4領域が挙げられています。
TCFDで開示の対象である炭素は、その排出量を重量(トン)という単位で示すことができますが、CSRDで開示が求められる水資源・海洋資源、生物多様性や生態系といった項目では、とりくみや効果をどのように計測すればよいのでしょうか? そもそもそれらを計測する技術があるのでしょうか?
今回は、アスタミューゼが構築しているデータベースから、CSRDで取り上げられている項目のうち生物多様性にかかわる「水」と「土壌」の計測・測定・評価の技術を抽出し、それら“測る技術”の現状と未来を見ていきます。
研究段階から実装段階へ
アスタミューゼは、世界中の無形資産・イノベーションを可視化するために、様々な情報を統合した、世界最大級のデータベースを構築しています。たとえば、短期から長期へと未来を推定できるデータソースとしては、以下のようなものが挙げられます(図2)。
グラント:科研費など競争的研究資金で、課題の定義や解決策を把握/理解するためのアプローチ手法などを含む。
ベンチャー企業:新しい技術で社会や既存プレーヤーにインパクトを与えそうな企業。資金調達額は社会の期待値の指標
特許:すでに開発された技術の動向や直近の技術開発事例、潜在的プレーヤーなどを見ることができる。
図3は、全世界の生物多様性にかかわる「水」と「土壌」の計測・測定・評価のグラント件数の年ごとの変化です。水・土壌いずれのグラントも2019年ごろから伸び悩んでいるように見えます。ただし、グラント情報は各国の会計年度で更新され、データベースに入るまでに時間を要する傾向があるため、直近の減少傾向が実情を反映していない可能性もあるので、注意が必要です。
図4は、全世界の生物多様性にかかわる「水」と「土壌」の計測・測定・評価の特許出願件数の年ごとの変化を示します。特許出願は2018年ごろから急増していて、とくに、生物多様性に関わる水のモニタリング・計測の伸びが顕著です。
図2に示した研究から実装への時間軸を踏まえると、大学・研究機関と事業者によるアウトプットのイメージは図5のようになります。グラントに代表される研究機関からのアウトプットがピークアウトして、特許のような(主に)企業からのアウトプットが増加すると、その技術の社会実装が近い、と考えられます。
ここで、生物多様性にかかわる「水」と「土壌」の計測・測定・評価の特許とグラントの相対的な変化を図6に示します。
グラントの伸び悩みに対して、特許出願が急増していることから、生物多様性に関連する「水・土壌」の「計測・定量化」に関わる技術は、研究から実用化の段階に入りつつあるとの推論が可能です。
ここまで見てきたように、環境に関する開示のスキームがTCFDからTNFD、CSRDへと移行し、開示対象のデータも拡大されます。そして重さで計測できた二酸化炭素から、水・海洋資源、生物多様性・生態系など、定量評価のむずかしい要素の開示をもとめられる可能性があります。これに対して、アスタミューゼのデータベースからは、生物多様性に関わる水・土壌の定量化・数値化は研究段階から実用段階へ移行しつつあることが示唆されました。
水・土壌の計測・定量評価技術は実装にむけて動き出している、これまで計測できなかったモノが、計測できるようになってきていることが、今後しめされる開示対象項目にも影響するのかどうか、注目されるところです。
著者:アスタミューゼ株式会社 源 泰拓 博士(理学)
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アスタミューゼは世界193ヵ国、39言語、7億件を超える世界最大級の無形資産可視化データベースを構築しています。同データベースでは、技術を中心とした無形資産や社会課題/ニーズを探索でき、それらデータを活用して136の「成長領域」とSDGsに対応した人類が解決すべき105の「社会課題」を定義。
それらを用いて、事業会社や投資家、公共機関等に対して、データ提供およびデータを活用したコンサルティング、技術調査・分析等のサービス提供を行っています。
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