「鉄のサーキュラーエコノミー」に官民挙げて研究に取り組む日本とEU、事業化で一歩先ゆくアメリカ ~環境に配慮した製鋼業のスタートアップと研究トレンド~
はじめに
鉄鋼業界は、温室効果ガスであるCO2の排出に大きな影響を与えています。2020年の鉄鋼業のCO2排出量は約26億トンであり、世界の人為起源のCO2排出量の7~9%を占めています(注1)。
注1:World Steel Association「Climate change and the production of iron and steel」
https://worldsteel.org/publications/policy-papers/climate-change-policy-paper/
鉄鋼業が多くのCO2を排出する主な理由は、鉄鉱石を鉄鋼に変える製鉄プロセスにあります。鉄鉱石には酸素と結びついた酸化鉄が多く含まれています。現在一般的な製鉄方法では、コークスと呼ばれる高濃度の炭素を含む石炭を使って、酸化鉄から酸素を取り除く反応を行います。この過程で、CO2が発生し、鉄鋼業のCO2排出の大部分を占めています。
CO2を排出しない製鉄方法として、水素還元製鉄が研究されています。この方法では、水素をコークスの代わりに還元剤として使用し、CO2の代わりに水が生成されます。したがって、環境に優しい製鉄技術として期待されています。
ただし、水素還元製鉄は吸熱反応であり、温度が低下する特性を持っています。そのため、外部から加熱を維持しないと反応が停止し、鉄の固着化などの課題が存在し、まだ社会に普及していない現状です。
このように、CO2を排出しない製鉄の実現は未だ困難であることから、資源や鋼材の無駄なく活用することにも力が入れられていて、資源の無駄な消費を抑え、材料や製品を廃棄物として捨てずに再利用する経済モデル「サーキュラーエコノミー」が、鉄鋼の分野でも注目されています。
CO2排出を解決する製鉄方法の実現は難しいため、資源と鋼材の無駄を削減し、製品を再利用する経済モデルである「サーキュラーエコノミー」も鉄鋼業界で注目されています。このレポートでは、アスタミューゼが独自に構築した世界最大級のデータベースを活用し、鉄のサーキュラーエコノミーに関連するスタートアップ企業と研究プロジェクトについて紹介します。
スタートアップ企業のトレンド
スタートアップ企業は、新しいテクノロジーを駆使し、社会や既存企業に大きな影響を与えることが期待されており、その資金調達額は社会の期待を反映していると言えます。
図1は、2013年から2022年までの、鉄のサーキュラーエコノミーに関するスタートアップ企業の設立数と資金調達額の推移を示しています。
設立数は2017年以降減少傾向にありますが、一方で資金調達額は2020年以降急増しています。これは、Electra社が2021年に約2800万米ドル、Greenwave Technology Solutions社が2022年に約3700万米ドルの資金調達を実施したことが主な理由です。
資金調達額の上位には、鉱山廃棄物から不純物を分離して鉄鋼を製造する企業が多くランクインしています。以下は、資金調達額上位のスタートアップ企業の例です。
Greenwave Technology Solutions
所在国/創業年:アメリカ/2013年
資金調達状況:約4000万米ドル
事業内容:スクラップ金属を収集・分別し、鉄鋼のリサイクルを行う。13の加工施設を運営し、情報通信技術を積極的に活用して加工業務、在庫管理、製品販売を行っている
Electra
所在国/創業年:アメリカ/2020年
資金調達状況:約2850万米ドル
事業内容:湿式製錬と電気化学技術を組み合わせ、鉱山廃棄物から高純度の鉄鋼を製造する。これにより、不純物が多い鉱山廃棄物も有効活用できる
Zinc Resources
所在国/創業年:アメリカ/2020年
資金調達状況:約450万米ドル
事業内容:鉄スクラップを電気炉で溶融し、鉄鋼のリサイクルを行う。さらに、鉄鋼製品および亜鉛製品に関してもリサイクル、製造、販売を行い、持続可能な製品供給に貢献
研究予算のトレンド
次に、競争的な研究資金であるグラント(科研費など)の動向を見てみましょう。グラントには、まだ論文発表に至っていない、新たなアプローチや研究に対する資金が含まれていると考えられます。
図2は、2013年以降の鉄のサーキュラーエコノミーに関連するグラントプロジェクトの件数が上位の5つの国の動向を示しています。ただし、中国のデータは年によって開示状況が異なり、実態を反映していないため除外しています。
研究プロジェクトの件数では、2021年まで日本が1位で、アメリカ、EU、スウェーデン、ノルウェーがそれに続いています。日本では、2007年に安倍晋三首相(当時)が発表した「美しい星50(Cool Earth50)」の枠組みで、環境保全と経済発展のために製鉄技術の開発が提案されました。その一環として、水素還元製鉄と電気炉を用いた鉄スクラップの活用が掲げられ、2030年までに新しい製鉄方法を広める目標が設定されました。
このような背景があり、日本では鉄鋼業による環境負荷が問題としていち早く意識され、その軽減に向けた技術開発を先行して行っていたと考えられます。
2021年以降、日本の研究プロジェクト件数は減少しており、一方でアメリカ、EU、スウェーデンが増加しています。2022年にはEUが最も多くのプロジェクトを立ち上げました。
図3では、研究プロジェクト配賦額の、国別の推移を示しています。配賦金額はプロジェクト期間で均等割りし、各年度に配分して値を集計しています。
EUの研究プロジェクトへの資金配分が最も多く、その増加が顕著です。EUは2021年5月に「Towards Competitive and Clean European Steel」を発表しました(注2)。
注2:Towards Competitive and Clean European Steel
https://op.europa.eu/en/publication-detail/-/publication/a9aeb01e-ae95-11eb-9767-01aa75ed71a1
環境に優しいクリーンな手段で競争力の高い鉄鋼の製造を目指すものです。この戦略は、サーキュラーエコノミーを通じて環境負荷を減少させながら経済成長を達成することを目指しており、EU委員会と鉄鋼技術プラットフォームはクリーンスチールパートナーシップを締結し、鉄鋼業の環境負荷削減のための技術開発を支援しています。EUから最大7億ユーロ(約7億4000万ドル)、民間から最大10億ユーロ(約10億6000万ドル)を拠出することが取り決められており、官民一体となって鉄鋼業の改革を進めていく姿勢が示されています。
このような政策が、グラントのプロジェクト数と資金調達額の増加に影響を与えていると推測されます。
配賦額の高い研究プロジェクトには、鉄鋼スクラップの再利用だけでなく、製鉄過程で発生する副産物や廃棄物を資源として活用するプロジェクトが含まれています。以下にいくつか高配分のプロジェクトを紹介します。
Heavy and Extractive industry wastes PHAsing out through ESG Tailings Upcycling Synergy
機関/企業:Acciai Speciali Terni(イタリア)
研究期間:2022-2026年
資金調達額:約1200万米ドル
概要:製鉄・冶金工程で発生する廃棄物から金属成分を回収し、資源化するプラントユニットの開発プロジェクト
Turning waste from steel industry into a valuable low cost feedstock for energy intensive industry
機関/企業:Tapojärvi Oy (フィンランド)
研究期間:2015-2019年
資金調達額:約900万米ドル
概要:製鉄過程で生じる鉄鋼スラグから金属の回収やセラミック化合物の製造を行うプロジェクト
Development of a Low CO2 Iron and Steelmaking Integrated Process Route for a Sustainable European Steel Industry
機関/企業:ArcelorMittal Maizières Research SA (フランス)
研究期間:2015-2018年
資金調達額:約800万米ドル
概要:CO2排出を削減するために、石炭に代わるバイオマス燃料と鉄鉱石に代わる鉄スクラップの利用を含む新しい製鉄プロセスを開発するプロジェクト
まとめ
スタートアップ企業と研究プロジェクトの両方で、鉄鋼のリサイクルと廃棄物の有効活用に関する取り組みが活発に行われています。競争が激しい中で、スタートアップ企業はデジタル技術や廃棄物の再生技術を駆使し、差別化を図りつつ多額の資金調達を達成しています。
一方、研究プロジェクトでは鉄鋼業の環境負荷を低減し、廃棄物の有効活用を探求するプロジェクトに多額の資金が供給されています。今後、鉄鋼業は製品のライフサイクル全体を通じて資源の有効活用と環境への負荷低減に焦点を当てることがますます重要になるでしょう。これらのトレンドから、競争力の向上や企業価値の向上に向けた示唆を得ることができます。
著者:アスタミューゼ株式会社 神田 知樹 修士(工学)/ 源 泰拓 博士(理学)
さらなる分析は……
アスタミューゼでは「サーキュラーエコノミー」に限らず、様々な先端技術/先進領域における分析を日々おこない、さまざまな企業や投資家にご提供しております。
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