ロケットの新技術:宇宙ビジネスを支える輸送手段 ~コストと環境に対する技術戦略としての「リユース・ロケット」の動向~

アスタミューゼ株式会社

アスタミューゼ株式会社(本社:東京都千代田区、代表取締役社長 永井歩)は、ロケットに関する技術領域において、弊社の所有するイノベーションデータベース(論文・特許・スタートアップ・グラントなどのイノベーション・研究開発情報)を網羅的に分析し、動向をレポートとしてまとめました。

宇宙への輸送手段としてのロケットに求められる「価値」とは


宇宙ビジネスは急速に拡大しており、通信、観測、旅行、資源開発など多岐にわたる分野での成長が期待されています。


経済産業省によると、現在の世界の宇宙産業の規模は約54兆円に達しており、日本政府が2023年6月に定めた宇宙基本計画(注1)では、2020年に4.0兆円だった宇宙産業の市場規模を、2030年代の早期に2倍の8.0兆円に拡大することを目標としています。


注1:https://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/mono/space_industry/index.html


これらのビジネスを展開するためには、センサやアクチェータ、通信設備などの物資を宇宙空間へ運搬する必要があります。現在、地上と宇宙の間の輸送の役割はロケットのみが担っています。ロケットの開発と運用には、

  • 燃料の貯蔵

  • 推進エネルギーへの変換

  • 軌道補正に使用する高精度の位置・速度測定

  • 低遅延かつ信頼性の高いリアルタイム通信制御

  • メカトロニクス

といった、多くの技術領域が密接に関連しており、自動車製造のように関連産業の技術発展にも期待できます。


ユーザーの視点からロケットに求めるものは、安全・確実に、安く・早く目的の場所へ届けることです。くわえて近年では、残留燃料を含む機体の投棄や製造、推進にかかわる環境負荷の低減、さらにスペースデブリを発生させない技術など、環境に配慮した技術も求められています。


ロケットの主な技術要素としては、

  • 推進(エンジン)

  • マテリアル

  • 形状設計

  • 燃料

  • システム制御

  • 処理(回収)技術

などがあげられます。


経済産業省の調査(注2)では、打ち上げ価格の低減にともない、宇宙へのアクセスが拡大しています。


注2:https://www.meti.go.jp/shingikai/sankoshin/seizo_sangyo/space_industry/pdf/001_05_00.pdf


なかでも小型衛星と高度1000km以下の地球低軌道への打ち上げが増加しており、安価かつ大量輸送の需要が伸びています。コストが宇宙へのアクセスにおけるボトルネックになってくると推測されます。


環境規制は今後も厳しくなることが予想されるため、本レポートでは製造・打ち上げプロセスでのコストと環境負荷を低減し、スペースデブリの発生を抑制する技術として、ロケット機体の回収技術をとりあげます。アスタミューゼ独自のデータベースを活用し、スタートアップと研究プロジェクトから機体の回収技術の動向を分析しました。


スタートアップの動向から見るロケットビジネスの動向


スタートアップ企業のデータベースから、会社概要(description)にロケットビジネスの記載がある企業を抽出しました。スタートアップ企業は、あたらしい技術で社会や既存プレイヤーにインパクトをあたえる企業であり、その資金調達額は社会の期待値を反映しているとみなすことができます。


ここでは、データベースの文献に含まれる特徴的なキーワードの年次推移を抽出することで近年伸びている技術要素を特定する「未来推定」という分析を行いまいます。この分析では、キーワードの変遷をたどることで、すでにブームが去っている技術やこれから脚光をあびると推測される要素技術を可視化し、黎明・萌芽・成長・実装といった技術ステータスの予測が可能です。


図1に2012年から2024年までに設立されたロケットに関わるスタートアップ企業122社の会社概要にふくまれているキーワードの年次推移をしめします。

図1:ロケットビジネスに関わるスタートアップ企業の概要に含まれる特徴的なキーワードの年次推移図1:ロケットビジネスに関わるスタートアップ企業の概要に含まれる特徴的なキーワードの年次推移

ここでの成長率(Growth)は各年の文献内における出現回数と、直近6年間(2019~2024年)での出現回数の割合であらわしており、数値が1に近いほど直近で出現している頻度が高いとみなせます。このなかでは、「Reusable」がリストアップされていますが、ほかに「Landing」等の再利用に関連する単語が近年増加傾向にあります。


ロケット機材の再利用はコスト削減につながるだけでなく、資源節約やデブリの発生抑制の観点からESGの面でも重要になります。一方で、その他の回収や処理技術と推測されるキーワードは検出されませんでした。


次に、ロケット開発にかかわるスタートアップ企業全体の数と資金調達額の推移を見てみます。図2は2012年から2022年の間に設立されたスタートアップ企業数と、資金調達額の推移です。

図2:ロケットビジネスに関わるスタートアップ企業の設立数と資金調達額の推移図2:ロケットビジネスに関わるスタートアップ企業の設立数と資金調達額の推移

ロケットビジネスに関わるスタートアップ企業の設立数は、2018年(19件)と2022年(3件)を除いて年間約10件で推移しました。


一方、資金調達額は2016年以降増加傾向にあり、2022年の資金調達額は2012年の約80倍に達しています。ただし、2015年、2018年、2020年、2021年の資金調達は大部分が SpaceX によるものでした。また、2021年には、航空機・宇宙機開発企業である Sierra Nevada Corporation からカーブアウトした Sierra Space 社が14億米ドルの資金調達をしています。スタートアップの数は増加していますが、資金は一部の事業者に集中していると言えます。


再利用に関する単語を会社概要に記載している企業の設立数は年間約1~2件程度ですが、資金調達額は2017年以降、ロケットベンチャーの投資額全体の25~80%を占め、スタートアップ設立数の割合を上回っています。このことから、再利用ロケットに関わるスタートアップは、相対的に投資が集まっている技術分野と見なすことができます。



以下に、2021年以降に設立されたロケット再利用に関連するスタートアップの事例を紹介します。

  • 社名:The Exploration Company

    • https://www.exploration.space/

    • 所在国/創業年: ドイツ/2021年

    • 資金調達状況:約5200万ユーロ

    • 事業概要:モジュール式で再利用可能な宇宙船を開発、製造、運用。また、グリーン推進剤を燃料として使用する。

  • 社名:Sierra Space

    • https://sierraspace.com

    • 所在国/創業年: 米国/2021年

    • 資金調達状況:約16.9億米ドル

    • 事業概要:人工衛星、宇宙ステーション、ロケットなど幅広い分野の宇宙開発を行う企業。ロケット分野では低コストかつ高性能なハイブリッドロケットエンジンやISSへの貨物輸送用の商用ロケットなどの開発を行う

グラントの動向から見る再利用可能なロケット技術の課題


次に、グラント(科研費など競争的研究資金)の動向を見ていきます。グラントのデータは、まだ論文での発表がなされていない問題や課題にむけた、より遠い未来での実装が予想される新しいアプローチ手法や研究事例が記されているとみなすことができます。


ただし、ロケット開発は国家規模の利益や安全保障が関わるため、宇宙開発予算や国防予算などの政府から直接資金を受けて進められることも多く、グラントの増減が研究開発の動向を必ずしも反映しないことがあります。


図3は、2012年から2024年までにプロジェクトが開始されたロケットの再利用に関するグラント95件に含まれているキーワードの年次推移です。

図3:ロケットビジネスに関わるグラントに含まれる特徴的なキーワードの年次推移図3:ロケットビジネスに関わるグラントに含まれる特徴的なキーワードの年次推移

グラント件数が少ないため、増加傾向にある特定のワードを見出すのは難しいのですが、「Nozzle」というキーワードが比較的多く出現しています。この「Nozzle」は主にエンジンノズルを意味しており、ロケット再利用に関連するエンジン技術のプロジェクトが多いことを示しています。この技術領域では、エンジンの再利用が大きな課題の一つとなっていることが、プロジェクトの計画書・申請書から読み取れます。


一方で、機体の回収方法についての言及は多くありません。グラントの関連文書では、打ち上げたロケットの回収における衝撃吸収を含む減速技術と、エンジンの回収後のメンテナンス工程削減が課題として多く示されていました。これらの動向から、グラントの枠組みでは、再利用プロセスを組み込んだエンジンの開発によって、宇宙輸送のコスト削減と環境負荷の低減を目指していることがうかがえます。その中でノズルを含むエンジン技術は、再利用可能なロケット開発の重要な要素と考えられます。


各国におけるグラントの件数の年次推移を図4に、配賦金額の推移を図5に示します。ただし、中国はグラントデータの開示状況が年によって大きく異なり、実態を反映していない可能性が高いため除外しています。また、公開直後のグラント情報にはデータベースに格納されていないものもあるため、直近の集計値は過小評価されている可能性があります。

図4:2012年から2023年におけるロケットの再利用に関わるグラント(競争的研究資金)の件数の推移図4:2012年から2023年におけるロケットの再利用に関わるグラント(競争的研究資金)の件数の推移

図5:2012年から2023年におけるロケットの再利用に関わるグラント(競争的研究資金)の配賦額の推移図5:2012年から2023年におけるロケットの再利用に関わるグラント(競争的研究資金)の配賦額の推移

前述の通り、グラント以外の資金で進められる研究も多くあり、また配賦金額が明記されていないプロジェクトもあります。したがって、図4と図5のグラントの件数や金額の増減が研究開発の動向を直接反映しているとは言いきれませんが、EUのグラント配賦額が急増していることが目を引きます。これは、再生可能ロケットに関する4000万ドル規模の巨額プロジェクトが2022年に採択されたことが大きな要因です。このプロジェクトでは、環境に優しい宇宙輸送技術の開発を目指して、2024年には次世代ロケットの打ち上げが予定されています。


EUは、戦略としてESG(環境・社会・ガバナンス)を推進することで、国際的なスタンダードを設定し、他国にも同様の取り組みを促す動きを示しています。持続可能な投資を促進するための基準を設定するEUタクソノミー規則や企業がESG情報を報告することを義務付けるサステナビリティ関連情報開示規則(Corporate Sustainability Reporting Directive, CSRD)などの事例や文書からも、その戦略がうかがえるところです。再利用可能なロケットの技術開発への投資は、持続可能な宇宙開発を推進し、長期的な経済的・環境的利益を追求するための戦略の一環と捉えることができます。


以下にロケット再利用にかかわるプロジェクトを2件、紹介します。

  • タイトル:Reusable strategic space Launcher Technologies & Operations

    • 機関/企業:VP Research & Development Richard Smith

    • グラント名/国:CORDIS / EU

    • 採択年:2022年

    • 配賦額:4100万米ドル

    • 概要:再利用可能なロケット技術を実証し、宇宙へのアクセスコストを50%削減し、環境の持続可能性を高めることを目指すプロジェクト

  • タイトル:SMART Ignition System for Highly Reusable Rockets

    • 機関/企業:Kieran Jones-Tett

    • グラント名/国:Innovate UK / GB

    • 採択年:2023年

    • 資金賦与額:61万 米ドル

    • 概要:最小限のメンテナンスで複数回の再点火や打ち上げ間の再利用が可能な点火システムの開発を行うプロジェクト

ロケット再利用に向けた展望


ロケット再利用に関わるスタートアップ事業者には多くの資金が集まっており、関連する研究プロジェクトにはEUをはじめとする巨額の投資が行われています。しかし、再利用の手法はまだ確立されていません。


スタートアップのキーワード分析からは、部品の「着陸」が試みられていることがうかがえますが、グラントでは、機体回収よりもエンジンの回収と、回収後のメンテナンスが注目されています。エンジンの再利用は機体の再利用よりも開発に時間を要するといえます。


また、EUによる巨額の投資を踏まえると、再利用可能なロケットに適したエンジン製造とメンテナンス技術は、将来的にはESGの観点からもビジネスにおいて重要な技術となると考えられます。


著者:アスタミューゼ株式会社 塩原秀 博士(マテリアルサイエンス)


さらなる分析は……


アスタミューゼでは「ロケット」に関する技術に限らず、様々な先端技術/先進領域における分析を日々おこない、さまざまな企業や投資家にご提供しております。


本レポートでは分析結果の一部を公表しました。分析にもちいるデータソースとしては、最新の政府動向から先端的な研究動向を掴むための各国の研究開発グラントデータをはじめ、最新のビジネスモデルを把握するためのスタートアップ/ベンチャーデータ、そういった最新トレンドを裏付けるための特許/論文データなどがあります。


それら分析結果にもとづき、さまざまな時間軸とプレイヤーの視点から俯瞰的・複合的に組合せて深掘った分析をすることで、R&D戦略、M&A戦略、事業戦略を構築するために必要な、精度の高い中長期の将来予測や、それが自社にもたらす機会と脅威をバックキャストで把握する事が可能です。


また、各領域/テーマ単位で、技術単位や課題/価値単位の分析だけではなく、企業レベルでのプレイヤー分析、さらに具体的かつ現場で活用しやすいアウトプットとしてイノベータとしてのキーパーソン/Key Opinion Leader(KOL)をグローバルで分析・探索することも可能です。ご興味、関心を持っていただいたかたは、お問い合わせ下さい。

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会社概要

アスタミューゼ株式会社

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URL
http://www.astamuse.co.jp/
業種
情報通信
本社所在地
東京都千代田区神田錦町2丁目2-1 KANDA SQURE 11F WeWork
電話番号
03-5148-7181
代表者名
永井 歩
上場
未上場
資本金
9500万円
設立
2005年09月