「ネイチャーポジティブ(気候変動、生物多様性、資源再生など)」の網羅的な最新状況と未来を把握するためのテクノロジー動向:第3回 資源使用

アスタミューゼ株式会社

「資源使用」の概要と分類

TNFD(Taskforce on Nature-related Financial Disclosures /自然関連財務情報開示タスクフォース)における自然資本への「インパクトドライバー」のひとつに、「資源使用」があります。

資源の利活用と再生は、産業においても重要な環境問題のひとつです。ここでいう「資源」とは、金属や鉱物といった原材料、希少価値の高いレアアースやレアメタルなどだけではなく、水源や土壌、生態系等、ひろい範囲をふくみます。

水資源においては飲料水の供給に欠かせない水源や水処理プロセスの開発、土壌においては地下資源である地下水、鉱物、リンや窒素のほか、これらに作用しうる微生物群集なども対象です。生物多様性の向上は魚類をはじめとする生物資源において重要な項目です。実際に、TNFDへの対応支援として、水資源や淡水生態系を可視化するサービスも提供されています

TNFDの枠組みでは「資源使用」の対象は、水資源の回復と浄化、土壌・森林資源の管理と微生物叢の活用、有機・無機資源物質の回収と検出、生態系の回復と保護、生物資源の管理などとなります。アスタミューゼでは、ポジティブの概念を「広義のポジティブ(自然に対するネガティブな影響を最小限に抑える技術)」、「狭義のポジティブ(自然に対して直接的にポジティブな影響を与える技術)」、「モニタリング(自然への影響を測定・評価する技術)」の3つの視点で分けており、「資源使用」の領域では以下のような分類となります。

  • 広義のポジティブ:飲料水の確保、廃水の適正処理、廃棄物のリサイクルや有害物質の除去、原油・鉱物・水資源の利用削減、生態系の保護

  • 狭義のポジティブ:水源の開発、土壌や水質の浄化、天然の無機資源(金属、レアアースなど)の回収、生態系の復元、再野生化

  • モニタリング:土壌や水質の管理、天然資源の成分や有害物質のセンシング、生物資源の監視、AIやドローンによる監視・管理システム

本レポートでは、アスタミューゼ独自のデータベースを活用し、上記の3つの分類に基づいて、特許、論文、研究プロジェクト(グラント)、スタートアップ企業における「資源使用」に関する技術動向を分析しました。

「資源使用」に関連する特許の分析

はじめに特許出願数について分析します。特許は、企業や大学がその領域において技術の独占するためのものであり、社会実装が近い、もしくは既に製品化済みである短中期の動向を示しています。図1は、2012年以降に出願された3つのネイチャーポジティブ分類別の特許出願数の推移です。特許のデータは出願から公開までにタイムラグがあるため、直近2022年の集計値は参考値になります。

図1:ネイチャーポジティブ分類別の2012年以降の特許出願数推移

広義のネイチャーポジティブ領域およびモニタリング領域の出願件数が相対的に多く、普及が進んでいるといえます。この領域では電気分解を使った廃水処理システムや、水質監視の技術等、産業プロセスにおいて実用化されている技術の特許出願件数が多いと考えられます。一方で、2020年以降はどの領域でも出願件数が減少傾向にあり、技術が成熟しつつあると考えられます。

図2は2015年の出願件数を基準とした場合の分類ごとの増加率の推移です。

図2:ネイチャーポジティブ分類別の2012年以降の特許出願の伸び率の推移(2015年を1とする)

狭義と広義のネイチャーポジティブ領域では2020年に約2倍、モニタリング領域では2021年に2.8倍程度に増加しています。件数そのものは減少に転じているものの、2022年ではいずれも1.5倍以上の値であり、2015年と比較すると社会実装が大きく進んだことが読みとれます。

とくに増加率の高いモニタリング領域に関する具体的な技術としては、地下水の検知、浸透圧計の活用や排水圧の制御、AIを活用した水質・水圧の管理などがあげられます。

以下に、狭義および、モニタリング領域における近年の事例を紹介します。

  • 特許事例(狭義領域)

    • 出願人:北海道大学

    • タイトル:WASTEWATER TREATMENT DEVICE AND WASTEWATER TREATMENT METHOD

    • 公開番号:WO2022004642A1

    • 出願年:2021年

    • 特許概要:流水の条件に応じて硝化・脱窒反応を効率よく進行させることで水質浄化に必要な消費電力を低減する手法に関する特許。

  • 特許事例(モニタリング領域)

    • 出願人:中国鉱業大学

    • タイトル:Underground pipe gallery water inflow monitoring and early warning system and method

    • 公開番号:CN114252128B

    • 出願年:2022年

    • 特許概要:地下水用のパイプに、水流入の監視と早期警報システムを提供する特許。複数チャンネルの監視データをアルゴリズムにより解析し、外部環境をリアルタイムで感知する。

「資源使用」に関連するスタートアップ企業の分析

スタートアップ企業はあたらしい技術で社会に影響をあたえる企業であり、特許と同様、近未来における社会実装の指標といえます。狭義、広義、およびモニタリングの3領域ごとの2012年以降設立のスタートアップの年次推移を図3に示します。

図3:2012年以降の狭義、広義、モニタリング領域におけるスタートアップの設立件数推移

設立件数がそもそも多くないものの、スタートアップ企業においてもモニタリング領域における設立数が他2領域に対し圧倒的に多くなっています。しかしながら、全体的には2020年以降は減少傾向にあり、特許と同様に社会実装が進んでいることがわかります。

モニタリング領域では水質と水圧の管理が多く、狭義・広義のネイチャーポジティブ領域では土壌・森林における炭素資源や有害なフッ化物系物質の管理と改善に従事する企業の調達事例が見られました。

「資源使用」に関連する論文の分析

論文は大学や学術機関による研究成果を示すものであり、特許やスタートアップ企業よりは社会実装までの時間が長いと見込まれる技術といえます。図4に2012年以降の論文出版件数の推移を示します。

図4:ネイチャーポジティブ分類別の2012年以降の論文出版数推移

論文に関してもモニタリング領域に関する出版数が、狭義および広義領域よりも増加しているのが明確に見られます。全領域において、2017年以降は増加の傾向が見られていますが、特許と比較すると件数自体は少ないことがわかります。論文の方が特許より少ないことも、資源使用の領域はすでに研究段階ではなく社会実装段階にあることを示唆しています。

図5は2015年を基準とした場合の論文出版数の相対値です。

図5:ネイチャーポジティブ分類別の2012年以降論文出版数の伸び率の推移(2015年を1とする)

3領域とも2015年とくらべて約2倍に増加しています。全領域に共通し、水圏における固形溶解物の水質指標など、微量汚染物質に関する基礎研究のほか、微生物叢や菌の成分に関する内容が多くみられました。微生物に関しては土壌関連だけではなく、活性汚泥など生物学的廃水処理の技術もふくまれます。このように、実用化に近い技術の論文が増えていると考えられます。

以下に、狭義および、モニタリング領域における近年の事例を紹介します。

  • 論文事例(狭義領域)

    • タイトル:Effects of in situ Remediation With Nanoscale Zero Valence Iron on the Physicochemical Conditions and Bacterial Communities of Groundwater Contaminated With Arsenic.

    • 雑誌名:Frontiers in microbiology

    • DOI:10.3389/fmicb.2021.643589

    • 出版年:2021年

    • 機関名:University of Oviedo

    • 概要:ナノスケールゼロ価鉄(nZVI)を使用して、ヒ素で汚染された地下水の条件と微生物群集の動態を調査。nZVIはヒ素を吸着・沈殿させる効果があるだけでなく、微生物の種類や耐性にも影響し、土壌環境の回復や硫酸還元・ヒ素循環などに寄与することを示唆。

  • 論文事例(モニタリング領域)

    • タイトル:Removal of residues of psychoactive substances during wastewater treatment, their occurrence in receiving river waters and environmental risk assessment.

    • 雑誌名:Science of The Total Environment

    • DOI:10.1016/j.scitotenv.2022.161257

    • 出版年:2023年

    • 機関名:Jožef Stefan Institute/International Postgraduate School Jožef Stefan

    • 概要:廃水処理過程において、活性汚泥(AS)、膜バイオリアクター(MBR)、移動床バイオフィルムリアクターなどの方法で薬物などを除去し、受水河川で残留物を検出。緑藻を用いた毒性試験と、ソフトウェアを用いたリスク評価によるモニタリングを実施。

「資源使用」に関連するグラントの分析

最後にグラント(競争的研究資金)の採択動向について分析しました。グラントは大学や学術機関が実施する研究に対して配賦された資金であり、社会実装までに見込まれる時間が論文よりもさらに長く必要な、将来有望になりうる技術といえます。

図6に2012年以降のグラント採択件数の推移を示します。ただし、中国についてはグラントデータの開示状況が年により大きく異なるため、集計から除外しています。また、公開直後のグラント情報はデータベースに格納されないため、直近の集計値は過小評価されている可能性があります。

図6:ネイチャーポジティブ分類別の2012年以降のグラント採択数推移

他のデータソースと同様に、グラントについてもモニタリング領域がもっとも多く、狭義と広義領域は相対的に少なくなっています。グラント件数は、2020年以降に明確な減少傾向となっており、基礎研究の割合が減少していることがわかります。

図7は2015年を基準とした場合のグラント採択数の相対値です。

図7:ネイチャーポジティブ分類別の2012年以降グラント採択数の伸び率の推移(2015年を1とする)

増加率の上昇も2020年では頭打ちとなっており、その後は全領域で2015年を下回っています。資源使用については社会実装フェーズにあることを裏付けています。

グラントにおいては、海洋生態系の保護やマイクロプラチックの回収、魚類資源の管理に関連する内容が多くみられます。ほかにも、化学肥料を低減するためのバイオ接種剤や鉱物肥料、根圏の微生物群による土壌資源の制御などもあります。これらの技術は、他のデータソースで頻出していた水処理プロセスや水質モニタリングにくらべると、基礎研究のフェーズに近いといえます。

以下に狭義、広義、モニタリング、それぞれの領域においてとくに配賦額が高いグラントを紹介します。

  • グラント事例(狭義領域)

    • タイトル:Solving the Paradox of Rhizosphere Effects on Soil Carbon Cycle

    • 機関・企業:University of California(アメリカ)

    • プロジェクト期間:2023年~2026年

    • 資金調達額:約370万米ドル

    • 概要:根圏の土壌微生物のはたらきによる大気と土壌間での炭素循環に注目し、土壌有機化合物の蓄積・増減の制御にむけた根圏経路のメカニズム解明に従事。地球規模の土壌における炭素隔離やそのモデリングに貢献することが期待される。

  • グラント事例(広義領域)

    • タイトル:Development of a bacterial meal with a tailored high-lipid content for use as feed additive in aquaculture

    • 機関・企業:UiT The Arctic university of Norway(ノルウェー)

    • プロジェクト期間:2021年~2025年

    • 資金調達額:約250万米ドル

    • 概要:養殖用の飼料添加物として用いる、高脂質を配合した細菌食の開発。漁獲物から食用油が得られた後に残る原料を海洋バイオマスとして活用し、栄養価の高い飼料原料に変換し、魚介類の養殖への展開可能性を研究している。

  • グラント事例(モニタリング領域)

    • タイトル:微細マイクロプラスチックの動態を含む海洋プラスチック循環の包括的解明

    • 機関・企業:九州大学(日本)

    • プロジェクト期間:2021年~2026年

    • 資金調達額:約2億円

    • 概要:海域に流出したマイクロプラスチックの観測・分析を実施。劣化・破砕による発生量や海洋生物への吸収・影響について、実験と現場観測により定量的に評価し、数値シミュレーションモデルを構築。海洋プラスチック循環の全体像の理解と将来予測への展開を進めている。

「資源使用」に関連する技術動向のまとめ

資源使用に関する技術は、いずれのソースにおいてもモニタリング領域が、狭義・広義のネイチャーポジティブ領域に対して件数が多く、環境中の資源や微量汚染物質、水質や土壌のモニタリング・センシング技術を中心とした開発が進んでいると見られます。

すべての領域に共通し、特許の件数が全体的に大きく、2015年以降から増加傾向が続いていることから、社会実装が進んでいる分野であると考えられます。また、グラントについては明確な減少傾向が見られ、基礎研究のフェーズがすぎつつあることがわかります。一方で、論文とグラントにおいては微生物群集・細菌による生物学的廃水処理や海洋資源の活用、土壌の資源循環などの内容が多く見られ、生物多様性の改善と並行した資源の利活用が今後の研究開発で重要になると考えられます。また、配賦額が上位のグラントには、社会学的なアプローチや経済的パラメータを調査する内容も散見されます。

経済産業省の資料では日本国内だけではなく、EUの循環経済政策や国連環境総会のプラスチック汚染に関する交渉の例にもふれ、資源循環の促進にむけた取り組みをすすめています。今後の研究開発・実装にむけて、社会的な枠組みや規制などの動向にも強い意識を持つべき分野だと考えられます。

著者:アスタミューゼ株式会社 森 竣祐 博士(工学)

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会社概要

アスタミューゼ株式会社

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URL
http://www.astamuse.co.jp/
業種
情報通信
本社所在地
東京都千代田区神田錦町2丁目2-1 KANDA SQURE 11F WeWork
電話番号
03-5148-7181
代表者名
永井 歩
上場
未上場
資本金
2億5000万円
設立
2005年09月