開発の遅れているN型有機半導体の性能向上に本質的な一歩

―電子の通り道の直接観測でポーラロン形成を証明―

国立大学法人千葉大学

千葉大学大学院工学研究院の吉田弘幸教授、融合理工学府博士後期課程3年生 佐藤晴輝、博士前期課程2年生 山田陽太、Syed A. Abd. Rahman博士(2022年博士後期課程修了)、筑波大学数理物質系の石井宏幸准教授らの共同研究チームは、有機半導体(注1)の電子伝導特性の解明に不可欠となる伝導帯のエネルギーバンド構造(注2)を世界で初めて観測することに成功しました。
研究チームは、10年がかりで角度分解低エネルギー逆光電子分光法(注3)を開発し、ペンタセンという有機半導体の伝導帯を測定しました。その結果、流れる電子が有機半導体の分子を変形させてポーラロン(注4)が形成されるため、電子が流れにくくなることが分かりました。
本研究成果は、長年の謎であった有機半導体の電子伝導機構を明らかにし、N型有機半導体(注5)の性能を本質的に向上させるための大きな飛躍です。
本研究成果は、科学誌Nature Materialsに2022年7月18日(中央ヨーロッパ時間)付で掲載されます。
  • 研究の背景と目的
有機半導体はプラスチックの一種であり、シリコンなどの無機半導体に比べて、軽くて薄いフレキシブルなデバイスが製造できる特徴を持っています。テレビやスマートフォンなどの高性能フラットパネルディスプレイに使われており、今後、太陽電池やセンサー、トランジスタなどへの応用が期待される次世代半導体材料です。

プラスチックを始めとする多くの有機物は電気を流しませんが、有機半導体は電子や正孔(注6)が動いて電気を流すことのできる特殊な有機物です。半導体には、電子を流すN型特性と正孔が動くP型特性がありますが、有機半導体の内部ではどのようにして電子や正孔が動くのか、長年にわたって研究されてきました。その際に最も重要な情報が、エネルギーバンド構造です(図1)。

図1 価電子帯と伝導帯のバンド構造。正孔は価電子帯、電子は伝導帯を流れる。価電子帯と伝導帯のバンド構造は、正孔伝導(P型特性)と電子伝導(N型特性)を決定づける。有機半導体の伝導帯はこれまで測定されていなかった。図1 価電子帯と伝導帯のバンド構造。正孔は価電子帯、電子は伝導帯を流れる。価電子帯と伝導帯のバンド構造は、正孔伝導(P型特性)と電子伝導(N型特性)を決定づける。有機半導体の伝導帯はこれまで測定されていなかった。

正孔が流れる価電子帯(注7)は1990年代に初めて観測され、以後世界中で測定されています。2000年ごろから有機半導体のP型特性の解明が進んだことから、アモルファスシリコン(注8)を超える正孔の移動度(注9)をもつ有機半導体が実現しています。一方N型特性を決定づける、電子の流れる伝導帯(注10)の測定は誰も成功していないため、電子の伝導機構の研究は全く進んでいません。

 

  • 研究成果
研究チームは、低エネルギー逆光電子分光法に改良を重ねて開発した角度分解低エネルギー逆光電子分光法を利用し、代表的な有機半導体であるペンタセンの伝導帯の測定に世界で初めて成功しました。その結果、伝導帯のバンド幅(注11)は440 meVと理論計算から予想される値620 meVの70%しかないことが分かりました。しかも、試料をマイナス200℃まで冷やすと、価電子帯のバンド幅はほとんど変化しないのに対して、伝導帯のバンド幅は30 meVも広がることが分かりました(図2)。

 

図2 測定した有機半導体ペンタセンの伝導帯(赤丸)と密度汎関数理論(DFT)による予測(青線)を比較。右図は、測定したバンド幅と温度の関係。図2 測定した有機半導体ペンタセンの伝導帯(赤丸)と密度汎関数理論(DFT)による予測(青線)を比較。右図は、測定したバンド幅と温度の関係。

研究チームはこの実験結果をもとに、有機半導体を流れる電子がペンタセン分子を変形させてポーラロンという準粒子を作っていることを世界で初めて見出しました。加えて、ポーラロンが不完全に形成される様子が、明確に判明しました(図3)。このポーラロンの新しい描像を基に、正孔と電子の移動度を時間依存波束拡散法(注12)を用いて計算したところ、電子の移動度が正孔に比べて1/10しかないという長年の謎を解くことに成功しました。原因を探ったところ、電子のみが254 cmのマイナス1乗という低振動数の分子振動を強く誘起して分子を変形させるために、移動度が低下していることが分かりました。

図3 ペンタセンのなかのポーラロン。電子がペンタセン結晶中を流れるとき、分子を変形させながら動く。本研究は、有機半導体でポーラロンができることを初めて実証した。図3 ペンタセンのなかのポーラロン。電子がペンタセン結晶中を流れるとき、分子を変形させながら動く。本研究は、有機半導体でポーラロンができることを初めて実証した。

  • 今後の発展・展望
有機半導体は、N型特性がP型特性に比べて極端に低いために半導体デバイスの性能が低下することが大きな課題であり、その原因は未解明でした。本研究では、電子伝導機構解明のカギとなる伝導帯を初めて観測することに成功し、ポーラロンの形成とその形成過程を詳細に解明しました。その結果から、低振動数の分子振動と電子の結合を小さくすれば、電子移動度が大きく向上したN型有機半導体を作れることがわかりました。

P型特性とN型特性が等しくなることで、有機EL素子、有機レーザーや太陽電池などは正孔と電子のバランス(キャリアバランス)がとれるようになり、エネルギー効率が改善されます。また、トランジスタでは、動作速度の速いコンプリメンタリ回路が実現します。
  • 用語解説
(注1) 有機半導体:電気が流れる有機物。1940年代に発見され、1997年に有機半導体を使った初の有機EL素子が実用化し、高性能ディスプレイとして普及している。

(注2) エネルギーバンド構造:量子力学の法則によって、結晶中の電子や正孔は決まったエネルギーと運動量の組み合わせしかとることができない。このエネルギーと運動量の関係をあらわしたのがエネルギーバンド構造である。結晶中の電子や正孔の伝導の最も基本となる情報である。

(注3) 角度分解低エネルギー逆光電子分光法:吉田が2012年に開発した「低エネルギー逆光電子分光法(LEIPS)」を発展させた実験手法。LEIPSでは、伝導帯のエネルギーが測定できるようになった。角度分解LEIPSでは、さらに運動量の測定が可能になり、バンド構造を観測した。

(注4) ポーラロン:電子や正孔は周囲の分子や結晶格子を変形させながら動く。このように変形した分子・格子変形と電子を合わせた仮想的な粒子をポーラロンという。

(注5) N型有機半導体:有機半導体のうち、電子が動いて動作するもの。

(注6) 電子と正孔:電子は負の電荷をもつ素粒子で、電子の流れが電流である。半導体では、電子の抜けた穴を正孔と呼び、正の電荷をもつ粒子として扱う。半導体デバイスは、電子と正孔が動くことで動作する。

(注7) 価電子帯:電子の詰まったエネルギーバンドを価電子帯という。正孔は価電子帯を流れるため、正孔の流れやすさ、動きやすさは価電子帯で決まる。

(注8) アモルファスシリコン:ケイ素を主体とする非晶質半導体で、安価な太陽電池やセンサーに応用されている。

(注9) 移動度:固体における電子や正孔の動く速度は電場に比例し、その比例定数を移動度とよぶ。移動度が大きいと、電子や正孔が動きやすい。

(注10) 伝導帯:電子が入らない空のエネルギーバンドを伝導帯とよぶ。電子は伝導帯を流れるため、電子の流れやすさ、動きやすさは伝導帯で決まる。

(注11) バンド幅:バンドの一番高いエネルギーと低いエネルギーの差をバンド幅という。バンド幅が大きいほど、正孔や電子は動きやすい。

(注12) 時間依存波束拡散法:石井が開発した計算法。約1億個の分子からなる有機半導体を流れる電子の運動を量子論(シュレディンガー方程式)に基づいて解き移動度を正確に計算できる。

【論文情報】
論文タイトル:Conduction band structure of high-mobility organic semiconductors and partially dressed polaron formation
雑誌名:Nature Materials
著者:Haruki Sato, Syed A. Abd. Rahman, Yota Yamada, Hiroyuki Ishii* and Hiroyuki Yoshida* *責任著者
DOI: 10.1038/s41563-022-01308-z

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本社所在地
千葉県千葉市稲毛区弥生町1-33  
電話番号
043-251-1111
代表者名
横手 幸太郎
上場
未上場
資本金
-
設立
2004年04月