「ネイチャーポジティブ(気候変動、生物多様性、資源再生など)」の網羅的な最新状況と未来を把握するためのテクノロジー動向:第5回 気候変動

アスタミューゼ株式会社

アスタミューゼ株式会社(本社:東京都千代田区、代表取締役社長 永井歩)は、ネイチャーポジティブに関する技術領域において、弊社の所有するイノベーションデータベース(論文・特許・スタートアップ・グラントなどのイノベーション・研究開発情報)を網羅的に分析し、動向をレポートとしてまとめました。

「気候変動」領域の概要と分類

TNFD(Taskforce on Nature-related Financial Disclosures / 自然関連財務情報開示タスクフォース)では、自然資本への「インパクトドライバー」の一つとして、「気候変動」が挙げられています。

気候変動は、大気圏での温室効果ガスの排出増加と深く関係しています。すでに地球規模のプロセスとして進行しており、社会や経済、金融分野だけではなく人類の生活および存続に直結する喫緊の課題です。気候変動による自然および生物多様性の喪失は、地球環境の回復力低下につながり、気候のさらなる悪化をまねく要因ともなります。

このような危機的状況に対し、自然資本・生物多様性に関連するリスク・機会を開示し、経済・金融リスクの評価に反映する取り組みを推進するTNFDが重要です。TNFDへの対応支援として、気候・自然関連の統合的な財務情報開示サービスも提供されています。

TNFDの枠組では、炭素クレジットやイノベーションによる温室効果ガスの排出削減、および炭素農業・土壌・海藻・マングローブ・森林による温室効果ガスの隔離が「気候変動」領域の対象に該当します。

アスタミューゼでは、ネイチャーポジティブの概念を「狭義のポジティブ(自然に対して直接的にポジティブな影響を与える技術)」、「広義のポジティブ(自然に対するネガティブな影響を最小限に抑える技術)」、「モニタリング(自然への影響を測定・評価する技術)」の3つの領域でわけており、「気候変動」の領域では以下のような分類としています。

  • 狭義のポジティブ領域:温室効果ガスの隔離

    • CO₂の直接回収:CO2分離・回収・貯留技術

    • 農業による炭素固定:バイオ炭などの利活用

    • 林業による炭素固定:植林・砂漠緑化

    • 人為的炭素固定:人工光合成

  • 広義のポジティブ領域:温室効果ガスの排出削減・吸収能力維持

    • エネルギー利用効率の向上

    • 再生可能エネルギーの拡大

    • 化石燃料の使用削減、低炭素排出技術

    • 森林保全

  • モニタリング領域:温室効果ガスの可視化、エネルギー利用効率の評価

    • リモートセンシングを通じた温室効果ガスの分布推定・定量化

    • エネルギー利用の定量分析に基づく高効率化・温室効果ガス削減

本レポートでは、アスタミューゼ独自のデータベースを活用し、上記の3つの視点にもとづいて、特許、論文、グラント(研究プロジェクト)、スタートアップ企業における「気候変動」に関する技術動向を分析しました。

「気候変動」に関連する特許の分析

はじめに、特許出願数の動向を分析します。企業・研究機関の出願する特許は、社会実装が近い、あるいは実装済みの技術と関連する短中期の技術が反映される傾向にあります。

アスタミューゼが保有する特許データベースから「気候変動」と関連する特徴的なキーワードをふくむ特許母集団を抽出しました。「気候変動」に関連する3つのネイチャーポジティブ分類別の2012年以降の特許出願件数の推移を図1に示します。特許データは出願から公開までにタイムラグがあり、直近2022年の集計値は参考値となります。

図1:ネイチャーポジティブ領域別2012年以降の特許出願件数推移

広義のネイチャーポジティブ領域の出願件数が相対的に多く、普及が進んでいます。一方、出願件数の少ないモニタリング領域は、すでに基本的な技術基盤が確立しており新規の特許出願が長らく困難であったのが要因と考えられます。

2015年の特許出願件数を基準とした場合の領域別の件数増加率推移が図2です。

図2:ネイチャーポジティブ領域別2012年以降の特許出願件数増加率推移(2015年を1とする)

いずれの領域でも特許出願件数は増加傾向にあり、2015年と比較すると社会実装が堅調に進んでいるといえます。とくにモニタリング領域では2022年は約6.1倍と大幅に増加しており、近年の急激な実用化が見てとれます。モニタリング領域の具体的技術としては、ドローンや機械学習を活用した温室効果ガスや地表・大気・海洋状態の高精度な監視などがあげられます。

以下に、各ネイチャーポジティブ領域における近年の特許事例を紹介します。

  • 特許事例(狭義領域)

    • 出願人:Herosand LLC

    • タイトル:Carbon negative concrete production through the use of sustainable materials

    • 公開番号:US2023002276A1

    • 出願年:2022年

    • 特許概要:製造過程で多量のCO2を放出する従来のセメントとは異なり、セメント材料にバイオ炭を使用することで炭素隔離を実現するセメント建築材料に関する特許。

  • 特許事例(広義領域)

    • 出願人:合肥綜合性国家科学中心能源研究院

    • タイトル:Engine system based on plasma-assisted ammonia combustion and ammonia catalytic cracking

    • 公開番号:CN115199442B

    • 出願年:2022年

    • 特許概要:装置の容積が大きく不活性化しやすいアンモニア燃焼技術の欠点を解決する、プラズマ支援アンモニア燃焼およびアンモニア触媒熱分解に基づくエンジンシステムに関する特許。

  • 特許事例(モニタリング領域)

    • 出願人:天津飛眼無人機科技有限公司

    • タイトル:Unmanned aerial vehicle ecological environment carbon revenue and expenditure evaluation method and system and monitoring data acquisition equipment

    • 公開番号:CN116227990A

    • 出願年:2023年

    • 特許概要:地域規模の陸上生態系炭素フラックスの直接観測を目的とした、無人航空機による生態環境炭素収支のリモートセンシング手法および装置に関する特許。

「気候変動」に関連する論文の分析

続いて、論文の動向です。企業や研究機関の発表する論文は、研究開発段階にあり、特許と比較すると社会実装までに時間を要する技術と関連する中長期のビジョンが見られる傾向にあります。

特許分析と同様に、「気候変動」に関連する特徴的なキーワードをふくむ論文母集団を抽出しました。「気候変動」に関連する3つのネイチャーポジティブ領域別の2012年以降の論文件数推移が図3です。

図3:ネイチャーポジティブ領域別2012年以降の論文出版件数推移

2019年ごろまでは、3領域に大きな差がなかったものの、2020年代以降、モニタリング領域の論文出版件数が相対的に多く、研究活動が活発化したといえます。また、広義のネイチャーポジティブ領域では論文数が特許数を下回っており、論文数が特許数を上回る狭義のネイチャーポジティブ領域およびモニタリング領域とは対照的な傾向が確認できます。これは、広義のネイチャーポジティブ領域の技術が研究開発段階を抜けた社会実装段階にある一方、狭義のネイチャーポジティブ領域およびモニタリング領域に関しては現在も研究開発段階にある、と解釈できます。

2015年の論文出版件数を基準とした場合のネイチャーポジティブ領域別の論文件数増加率推移が図4です。

図4:ネイチャーポジティブ領域別2012年以降の論文出版件数増加率推移(2015年を1とする)

いずれの領域でも論文出版件数は増加傾向にあり、研究活動が活発であるといえます。とくにモニタリング領域は2022年に約3.1倍と大きく増加しており、新技術の研究開発分野における近年の大きな成果が読みとれます。モニタリング領域の特色として、特許出願数と論文出版数の増加傾向が似通っていることもあげられます。これは、モニタリング領域の技術が研究開発の段階で実用的なもの多く、研究で実証された時点で多くの技術が社会実装可能な水準に到達しているため、技術実用化までの研究開発や社会実装のリードタイムが短い、ということが推察されます。

以下に、各ネイチャーポジティブ領域における近年の論文事例を紹介します。

  • 論文事例(狭義領域)

    • タイトル:Numerical Simulation Study on Enhanced Efficiency of Geological CO2 Storage with Nanoparticle

    • 雑誌名:International Petroleum Technology Conference

    • DOI:10.2523/iptc-23852-ms

    • 出版年:2024年

    • 機関名:九州大学(日本)

    • 概要:一般的な金属酸化物のナノ粒子を添加することにより、地中に注入・貯留され超臨界状態にあるCO2の貯蔵効率および安定性が向上する可能性を数値シミュレーションに基づき示唆。

  • 論文事例(広義領域)

    • タイトル:Mimicking Photosynthesis: A Natural Z-Scheme Photocatalyst Constructed from Red Mud Bauxite Waste for Overall Water Splitting.

    • 雑誌名:Angewandte Chemie (International ed. in English)

    • DOI:10.1002/anie.202302050

    • 出版年:2023年

    • 機関名:中国地質大学(中国)

    • 概要:ボーキサイト残渣である赤泥の成分と界面構造を戦略的に設計することにより、天然鉱物由来の産業廃棄物が太陽燃料生産用の水分解用光触媒として再利用可能であることを実証。

  • 論文事例(モニタリング領域)

    • タイトル:A Synergistic Approach to Wildfire Prevention and Management using AI, Machine Learning, and 5G Technology in the United States

    • 雑誌名:Artificial Intelligence and Big Data

    • DOI:10.5121/csit.2024.140402

    • 出版年:2024年

    • 機関名:Austin Peay State University(米国)

    • 概要:山火事の早期検出・効率的管理を支援する方法として、AI対応のリモートセンシングや5G技術を活用したシグナリングに基づく山火事のアクティブな監視とマッピング、およびインテリジェントドローンやIoTデバイスを活用した山火事への安全な初動対応が有効であると評価。

「気候変動」に関連するグラントの分析

続いて、グラント(競争的研究資金)配賦額の動向分析です。企業や研究機関に賦与されるグラントは、特許や論文としてアウトプットされる前の、社会実装にさらに長い時間を要する研究計画段階にある技術と見ることができます。

特許や論文分析と同様に、「気候変動」に関連する特徴的なキーワードをふくむグラント母集団を抽出しました。「気候変動」に関連する3つのネイチャーポジティブ領域別の2012年以降のグラント配賦額推移が図5です。グラントに関する中国のデータは開示状況が年次により大きくことなり、実態を反映しない可能性が高いことから除外しています。また、公開直後のグラント情報にはデータベースに格納されていないものもあり、直近の集計値については過小評価されている場合があります。

図5:ネイチャーポジティブ領域別2012年以降のグラント配賦額推移

モニタリング領域のグラント配賦額がもっとも多く、広義のネイチャーポジティブ領域、狭義のネイチャーポジティブ領域は相対的に少なくなっています。また、いずれの領域でも2010年代なかばに頭打ちとなっていたグラント配賦額が、近年ふたたび増加傾向にあることがわかります。特定分野によらないネイチャーポジティブ全領域における基礎研究の重要性が再注目されつつあるといえます。

2015年のグラント配賦額を基準とした場合の領域別配賦額増加率の推移が図6です。

図6:ネイチャーポジティブ領域別2012年以降のグラント配賦額増加率推移(2015年を1とする)

いずれの領域でも2015年と比較して増加傾向にあり、2020年代にとくに大きく伸びています。広義のネイチャーポジティブ領域では2022年に約2倍に増加しており、新規研究プロジェクトが注目を集めている様子が見えます。

以下に、各領域における近年のグラント事例を紹介します。

  • グラント事例(狭義領域)

    • タイトル:Enabling CO2 capture and storage using AI

    • 機関・企業:Heriot-Watt University(英国)

    • プロジェクト期間:2023年~2025年

    • 資金調達額:約220万米ドル

    • 概要:深部地層への炭素回収・貯留(CCS)プロジェクトの費用削減を目的とした、エネルギー効率の高い新規CO2捕捉溶媒の発見および貯留サイト選択時の地質学的不確実性の評価を大幅に効率化するためのAI技術を開発。

  • グラント事例(広義領域)

    • タイトル:PHOTOelectrocatalytic systems for Solar fuels energy INTegration into the industry with local resources

    • 機関・企業:Azomureş SA ほか(欧州)

    • プロジェクト期間:2023年~2027年

    • 資金調達額:約540万米ドル

    • 概要:太陽光を唯一のエネルギー源、廃水とCO2を原料として、水素とメタノールをエネルギー輸送媒体として生産するための人工光合成に基づく持続可能なプロセスの実現を目指す。地球上で豊富に存在する新規触媒材料の開発、および触媒プロセスを改善するための既存材料の改変を実施。

  • グラント事例(モニタリング領域)

    • タイトル:Mid-scale RI-2 Consortium: Biogeochemical-Argo: A global robotic network to observe changing ocean chemistry and biology

    • 機関・企業:Monterey Bay Aquarium Research Institute(米国)

    • プロジェクト期間:2020年~2025年

    • 資金調達額:約4100万米ドル

    • 概要:気候変動が生物地球化学的プロセスに及ぼす影響を広域かつ長期間にわたって観察することを目的として、化学センサー・生物学的センサーを搭載した遠隔地・悪海況でも運用可能な500台のプロファイリングフロートからなる持続的なロボットネットワークによる、水深0m~2000m地点の長期定点観測を計画。

(以下、スタートアップ企業の分析と全体のまとめについては、アスタミューゼ株式会社コーポレイトサイトの該当ページに掲載しています)

著者:アスタミューゼ株式会社 池田 龍 博士(理学)

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会社概要

アスタミューゼ株式会社

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URL
http://www.astamuse.co.jp/
業種
情報通信
本社所在地
東京都千代田区神田錦町2丁目2-1 KANDA SQURE 11F WeWork
電話番号
03-5148-7181
代表者名
永井 歩
上場
未上場
資本金
2億5000万円
設立
2005年09月