「ネイチャーポジティブ(気候変動、生物多様性、資源再生など)」の網羅的な最新状況と未来を把握するためのテクノロジー動向:第6回 侵略的外来種の導入・除去
アスタミューゼ株式会社(本社:東京都千代田区、代表取締役社長 永井歩)は、ネイチャーポジティブに関する技術領域において、弊社の所有するイノベーションデータベース(論文・特許・スタートアップ・グラントなどのイノベーション・研究開発情報)を網羅的に分析し、動向をレポートとしてまとめました。
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著者:アスタミューゼ株式会社 神田 知樹 修士(工学)
ネイチャーポジティブにおける「侵略的外来種の導入・除去」とは
TNFD (Taskforce on Nature-related Financial Disclosures / 自然関連財務情報開示タスクフォース) における自然資本への「インパクトドライバー」のひとつに「侵略的外来種の導入・除去」があります。
鑑賞用や研究用に持ちこんだ動植物が野にはなたれる、輸送用貨物にまぎれて移動する、といった人間の活動が原因で、本来は生息していなかった地域にもちこまれた生物を「外来種(外来生物)」といいます。古くから生息している生物である在来種や、われわれ人間にとっても脅威となる外来種も存在します。
外来種の例として、南米原産であるヒアリがいます。ヒアリは毒針をもち、集団でくりかえし刺す攻撃的な性格で知られています。ひとたび数が増えてしまうと在来のアリを攻撃し、減少させると考えられています。またペットや家畜、人間にも攻撃をおこない、毒によるアナフィラキシーショックをひきおこすことがあります。
2017年に日本でも、海外から輸送されたコンテナの内部からヒアリが発見され、2023年にはヒアリ類を要緊急対処特定外来生物に指定する法令が施行されました。
この法令では、物品を輸入や輸送、補完する事業者にたいし、ヒアリ類を発見したさいの迅速な報告や、逸出を防止する措置がもとめられており、とりくみが不十分であれば、勧告や命令の対象となります。
TNFDの枠組では、外来種のうち生物多様性や食料安全保障、人間の健康と福利をおびやかすものを「侵略的外来種」と定義しています。そのうえで、侵略的外来種の侵入や定着の防止と駆除、在来種の数と種類の減少抑制や増加促進を「侵略的外来種の導入・除去」の対象としています。
アスタミューゼでは、ネイチャーポジティブの概念を「狭義のポジティブ(自然にたいして直接的にポジティブな影響をあたえる技術)」、「広義のポジティブ(自然にたいするネガティブな影響を最小限におさえる技術)」、「モニタリング(自然への影響を測定・評価する技術)」の3つの視点でわけており、「侵略的外来種の導入・除去」の領域では以下のような分類としています。
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狭義のポジティブ領域:すでに侵入した侵略的外来種のふうじこめ、網などをもちいた捕獲、薬剤や不妊化技術をもちいた駆除
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広義のポジティブ領域:検疫や消毒による侵略的外来種のもちこみ防止、柵などをもちいた侵略的外来種の侵入阻止、在来種の保護と繁殖促進
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モニタリング領域:画像撮影や代謝物分析をつうじた在来種と外来種の生息数の把握やデータ化
本レポートでは、アスタミューゼ独自のデータベースを活用し、上記の3つの視点にもとづいて、特許、論文、グラント(研究プロジェクト)、スタートアップ企業における「侵略的外来種の導入・除去」に関連する技術動向を分析しました。
「侵略的外来種の導入・除去」に関連する特許の分析
はじめに特許出願数についての分析です。特許は、企業や大学がその領域において技術を独占するためのものであり、社会実装が近い、もしくはすでに製品化済みである短中期の動向をあらわします。図1は、2012年以降に出願された3つのネイチャーポジティブ分類別の特許出願数推移です。
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特許は出願から公開までにタイムラグがあるため、直近2022年の集計値は参考値になります。狭義およびモニタリング領域の出願数とくらべると、広義のネイチャーポジティブ領域の出願件数が多く、相対的に普及がすすんでいるといえます。ただし全体として出願数自体は少なく、社会実装に移行しつつあるタイミングともいえます。広義領域の技術としては、船舶において、荷物の揚降時に取捨されるバラスト水の消毒に関連する特許が多くみられました。
2015年の出願件数を基準(1)とした場合の分類ごとの増加率の推移が図2です。
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2015年からの増加率は、広義のネイチャーポジティブ領域は約0.6倍と減少しているのにたいし、狭義は約3.5倍、モニタリングは約5.2倍とおおきく増加しています。近年注目をされているのは広義よりもむしろ狭義のネイチャーポジティブ領域とモニタリング領域であることがうかがえます。
狭義のネイチャーポジティブ領域では、農薬をもちいた昆虫や植物の駆除、モニタリング領域ではDNA解析などのバイオテクノロジーや、画像認識や機械学習などの情報技術を活用した外来種の検出に関連する技術がみられました。
以下に、各ネイチャーポジティブ領域における近年の特許事例を紹介します。
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特許事例(狭義領域)
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出願人:深セン翔紅生態技術有限公司
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タイトル:Little chamomile is with high-efficient liquid medicine spraying device
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公開番号:CN113016759A
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出願年:2021年
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特許概要:ツルヒヨドリ(成長がはやく、ほかの生物の成長を阻害する成分をはなつ南米原産の雑草)の駆除にあたり、高さを手元で自在に変更できるシャワーヘッドと消毒液の撹拌機を接続することで、作業者の負担が少なく除草がおこなえるようにした装置。
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特許事例(広義領域)
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出願人:Evoqua Water Technologies LLC
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タイトル:Ballast Water Treatment and Neutralization
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公開番号:US20210394884A1
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出願年:2021年
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特許概要:電子のやりとりで発生する電位「酸化還元電位」を活用し、生物のもちこみをふせぐための消毒剤と、すてられる水質にするための中和剤のふたつを、適切に投入するバラスト水管理システム。
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特許事例(モニタリング領域)
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出願人:四川省林業科学研究院
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タイトル:Foreign invasive species early warning method and system based on big data analysis
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公開番号:CN116304600A
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出願年:2023年
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特許概要:生息分布や生態環境、気象のビックデータ分析により、外来種の侵入状況の監視と予測をおこなう外来種警戒システム。
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「侵略的外来種の導入・除去」に関連するスタートアップ企業の分析
スタートアップ企業はあたらしい技術で社会に影響をあたえる企業であり、特許と同様、近未来における社会実装の指標といえます。狭義、広義、およびモニタリングの3領域における2012年以降のスタートアップ企業設立数の年次推移を図3にしめします。
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スタートアップ企業の設立件数は少なく、社会実装はまだ先のフェーズと考えられます。侵略的外来種については、生物種や地域によって異なる対応がもとめられ、高度な知識が必要となることが背景にあると考えられます。
侵略的外来種の駆除では、好む環境条件など外来種の特性を理解するだけでなく、環境や在来種への影響についても配慮が必要です。国や地域ごとに異なる規制を遵守することが要求されるため、法的および倫理的知識も必要とされます。また、外来種の検出にあたっては、肉眼や画像解析だけではむずかしい小型生物や卵、幼虫などの発見や、類似した種との区別、データにないあらたな生物種への対応が課題となっています。
このような背景から、地道な調査や実験が要求され、初期投資が大きくなりやすいと考えられます。そのため「侵略的外来種の導入・除去」はビジネス化への障壁が高い領域と考えられます。しかし、直近5年でみると、スタートアップ企業もたちあがりつつあり、今後の着実な成長が期待されます。狭義、広義、モニタリングの3領域では、狭義領域のスタートアップ企業の設立が相対的に多く、魚介類の駆除剤を提供する会社などがみられます。
「侵略的外来種の導入・除去」に関連する論文の分析
つぎに論文出版数について分析します。論文は大学や学術機関による研究成果をしめすものであり、特許やスタートアップ企業よりは社会実装までの期間が長いとみこまれる技術といえます。図4に、2012年以降に出版されたネイチャーポジティブ3領域別の論文出版数推移をしめします。
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特許の出願数と比較すると論文の出版数はかなり多く、研究機関での研究開発が中心である領域といえます。3領域のなかでは、広義と狭義領域における出版数がモニタリング領域よりも全期間にわたって多くなっています。侵略的外来種は一度定着すると被害をとめるのがむずかしくなるため、侵入の阻止と迅速な駆除が重要視されています。そのため、広義と狭義領域が、モニタリング領域よりも先に研究がすすんでいると考えられます。
狭義領域の論文では、遺伝子編集技術をもちいて外来種を不妊化させることで減少させる技術、広義領域では、機械学習をつかった、外来種の侵入予測に関連する技術がみられました。
つづいて、図5に2015年を基準とした領域別の出版数増加率推移をしめします。
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モニタリング領域では2022年の出版数が2015年出版数の約2.3倍と、広義と狭義領域の約1.7倍に比較して高い増加率となっています。絶対数では広義と狭義領域が多く、今後の技術革新の中心となると考えられますが、モニタリング領域にも注目はあつまっていることがみてとれます。
モニタリング領域では、水や土壌などをサンプリングして、環境中のDNAを分析し外来種を検出する技術がみられました。現状を把握し外来種の駆除や警戒にむけた対策を支援することが期待されています。
以下に、各ネイチャーポジティブ領域における近年の論文事例を紹介します。
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論文事例(狭義領域)
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タイトル:The suppressive potential of a gene drive in populations of invasive social wasps is currently limited.
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雑誌名:Scientific reports
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DOI:10.1038/s41598-023-28867-8
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出版年:2023年
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機関名:The University of Edinburgh(英国)
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概要:遺伝子改変をひろめる「遺伝子ドライブ現象」について、その影響のシミュレーションをツマアカスズメバチを対象に実施。きびしい制御が必要であるが、メスの生殖能力をターゲットとした遺伝子ドライブが、その侵略抑制に有効である可能性を示唆する。
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論文事例(広義領域)
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タイトル:Ecological niche shifts affect the potential invasive risk of Phytolacca americana (Phytolaccaceae) in China
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雑誌名:Ecological Processes
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DOI:10.1186/s13717-022-00414-9
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出版年:2023年
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機関名:福建農林大学(中国)
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概要:気象条件と現時点の生息地データから生物の存在確率を評価する統計学的手法「MaxEnt」を活用し、アメリカヤマゴボウの中国各地への侵入リスクを予測。
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論文事例(モニタリング領域)
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タイトル:Harnessing environmental DNA to reveal biogeographical patterns of non-indigenous species for improved co-governance of the marine environment in Aotearoa New Zealand
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雑誌名:Scientific reports
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DOI:10.1038/s41598-023-44258-5
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出版年:2023年
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機関名:Cawthron Institute(ニュージーランド)
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概要:ニュージーランド北部にある港近傍の海水を環境DNA分析し、港から外洋までの外来種の地理的分布を解明。
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「侵略的外来種の導入・除去」に関連するグラントの分析
(以下、グラントの分析と全体のまとめについては、アスタミューゼ株式会社コーポレイトサイトの該当ページに掲載しています)
著者:アスタミューゼ株式会社 神田 知樹 修士(工学)
さらなる分析は……
アスタミューゼでは「ネイチャーポジティブ」に関する技術に限らず、様々な先端技術/先進領域における分析を日々おこない、さまざまな企業や投資家にご提供しております。
本レポートでは分析結果の一部を公表しました。分析にもちいるデータソースとしては、最新の政府動向から先端的な研究動向を掴むための各国の研究開発グラントデータをはじめ、最新のビジネスモデルを把握するためのスタートアップ/ベンチャーデータ、そういった最新トレンドを裏付けるための特許/論文データなどがあります。
それら分析結果にもとづき、さまざまな時間軸とプレイヤーの視点から俯瞰的・複合的に組合せて深掘った分析をすることで、R&D戦略、M&A戦略、事業戦略を構築するために必要な、精度の高い中長期の将来予測や、それが自社にもたらす機会と脅威をバックキャストで把握する事が可能です。
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