分子のわずかな非対称性の偏りが増幅される現象を発見

―次世代の電子・光学材料の安価な製造に期待―

国立大学法人千葉大学

千葉大学国際高等研究基幹の矢貝史樹教授の研究チームは、右手と左手の関係(鏡像関係)にある分子を用いることで、分子のわずかな非対称性の偏りが階層的な自己集合により増幅される現象を発見することに成功しました。本研究成果は、生体内のタンパク質やDNAなどの生体分子が片方の鏡像体から構成されているホモキラリティという現象の理解を前進させるだけでなく、螺旋構造が機能の鍵となる機能性材料の開発における新たな設計指針となることが期待されます。この成果は、Journal of the American Chemical Societyにて2022年12月27日(火)にオンライン公開されました。
  • 研究の背景
分子にはキラリティと呼ばれる、右手と左手の関係のように鏡像体と互いに重ね合わすことのできない性質を持つものが存在し、そのような分子を「キラル分子」と呼びます。生体を構成する分子の大部分がキラル分子であるため、互いに鏡像関係にある分子であっても、それらの生体に対する作用(薬理活性や毒性など)が異なることが知られています。このような鏡像の関係は、分子が互いに結びついて形成される、高分子や超分子と呼ばれる大きな構造にも当てはまります。すなわち、同じキラル分子が結びつくと、巻き方向のそろった「螺旋構造」を有する高分子や超分子が形成されます。これらの材料は、左手分子と右手分子の作り分け(不斉触媒)や分離(光学分割)などの機能を示し、私たちの日常生活を支える技術としてすでに実用化されています。また生体内の細胞内においても、キラルなタンパク質が階層的に集合することで微小管やアクチン繊維などの高次の螺旋構造が形成されており、生命活動に関わる細胞骨格を形作っています。
巻き方向のそろった螺旋構造を得るためには、一般的には片方の鏡像体からなるキラル分子が必要になります(図1左)。しかし片方の鏡像体を得るためには合成コストがかかるため、片方の螺旋構造を大量に得るためにも莫大なコストが生じることになります。一方で、鏡像関係にあるキラル分子が混ざっている場合、わずかな混合比の偏り(非対称性)が増幅され、得られる螺旋構造の巻き方向が一方に偏るという現象が知られています(図1右)。この現象は自然界のホモキラリティの起源を探求する上で重要な効果の一つとされています。また、この現象を利用すれば、安価に合成可能なラセミ体(鏡像体の1:1混合物)にどちらかの鏡像体を少量混ぜるだけで、巻き方向がそろった螺旋構造が得られると期待できます。しかしこれまでに報告されている非対称性の増幅現象は、図1に示すような一次元的な螺旋構造に対してのみ議論されており、生体系にみられるような、分子が螺旋構造へと階層的に集合するような複雑な系においては報告がありませんでした。

  • 研究成果
本研究において研究チームは、室温においてナノリングを形成し、0°Cにするとナノリングが重なってナノチューブへと階層的に集合するキラル分子を用いることで、鏡像体の混合物の非対称性が階層構造においてどのように増幅するか調査しました。研究チームはこれまで、図2に示したキラルな「ハサミ型」分子を有機溶媒に溶かすと、室温においてハサミが閉じたような構造に降りたたまれ、この閉じたハサミがカーブを描きながら自己集合することでナノリングを形成することを見出していました。ハサミの先端には結合している原子が四つともすべて異なる不斉炭素(R体およびS体)を導入しており、ハサミが閉じたときにR体は右利き用のハサミのような構造に、S体は左利き用のハサミのような構造になります。これらのハサミが自己集合することで、キラルなナノリングが形成されます。この時、右利き用のハサミは右にねじれて集合し右巻きのナノリングを、左利き用のハサミは逆に左巻きにねじれて集合し左巻きのナノリングを形成します。これらのナノリングの表面は互いにくっつこうとする性質を持つ部位(p共役部位)がむき出しになっているため、ナノリング溶液を0°Cに冷却するとこれらは自発的に重なりナノチューブを形成します。その際、右巻きのナノリングと左巻きのナノリングは異なる螺旋構造を取っているので、巻き方向が異なるナノチューブが形成されます(図2右)。

今回研究チームは、R体とS体を異なる比で混ぜて集合させると、これらは混ざり合った状態でナノリングを形成し、その巻き方向は量が多い鏡像体に従うことを見出しました。すなわち、R体とS体の高温溶液を60:40の割合となるように混ぜ、室温に冷却すると、どちらも右利き用のハサミ構造のような構造を取り、右巻きのナノリングが得られました(図3左中段)。得られたナノリング溶液を0°Cに冷却することで得られたナノチューブ溶液において、ナノチューブ内でリングが回転する方向(螺旋の巻き方向)も量が多い鏡像体に従うことがわかりました。R体が60%、S体が40%の鏡像体の混合物からなるナノチューブの巻き方向は、純粋なR体からなるナノチューブと一致していることが判明しました。このことは、ナノリングの巻き方向がナノチューブの巻き方向を決定づけていることを意味します(図3左下段)。
さらに研究チームは、ナノリングがそれ自身の巻き方向を互いに認識することを利用し、ナノチューブ形成時における非対称性の増幅の度合いを、サンプルの調製法で変化させることに成功しました。R体からなる右巻きのナノリングとS体からなる左巻きのナノリングを別々に作成しておき、これらのナノリング溶液を60:40の割合となるように混合しました(図3右中段)。
混合溶液を室温で放置しても、非対称性の増幅現象は起こりませんでした。この溶液を0°Cに冷却すると、右巻きのナノリングと左巻きのナノリングがそれぞれ自己を認識して別々に積層し、右巻きのナノチューブと左巻きのナノチューブを60:40の比で与えることがわかりました(図3右下段)。

このような鏡像関係にある構造が別々に会合する現象のことを「キラル自己選別」と呼びます。この現象は分子レベルのみで知られていた現象でしたが、今回初めてナノスケールの構造体(ナノリング)が階層的に大きな螺旋構造(ナノチューブ)を作る過程において、キラル自己選別を起こすことを見出しました。
  • 今後の展望
本研究では、鏡像体の混合物のわずかな非対称性の偏りが階層的な自己集合により螺旋の巻き方向の大きな偏りへと増幅される現象を見出すことに成功しました。本研究成果は、合成コストが低いラセミ体とわずかな量の鏡像体を用いることで、巻き方向のそろった大きな螺旋構造を安価に作製できることを意味しています。次世代の機能性材料は分子等が複雑な階層的自己集合を経て製造されると予想されます。本研究から得られた知見を活用することで、螺旋構造を鍵とした新規な電子・光学材料をより安価に製造することが可能になると期待されます。
  • 研究プロジェクトについて
本研究は、以下の支援によって行われました。
・科学研究費助成事業(20K21216, 21J20988)
・公益財団法人マツダ財団
  • 論文情報
・論文タイトル:Amplification of Molecular Asymmetry during the Hierarchical Self-Assembly
of Foldable Azobenzene Dyads into Nanotoroids and Nanotubes
・著者:齋藤卓穂*1, 梶谷孝*2, 矢貝史樹*3,4
 *1 千葉大学大学院融合理工学府先進理化学専攻
 *2 東京工業大学オープンファシリティセンター
 *3 千葉大学大学院工学研究院
 *4 千葉大学国際高等研究基幹
・掲載誌:Journal of the American Chemical Society
・DOI:https://doi.org/10.1021/jacs.2c10631

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会社概要

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URL
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業種
教育・学習支援業
本社所在地
千葉県千葉市稲毛区弥生町1-33  
電話番号
043-251-1111
代表者名
横手 幸太郎
上場
未上場
資本金
-
設立
2004年04月