【国立科学博物館】自然界に翡翠色の花がほとんどないのは何故なのか?新たな色素解析法がその謎を解く
研究のポイント
・チリに自生するパイナップル科植物のヒスイラン(P. alpestris)は自然界では稀な翡翠色の花を咲かせますが、この花がどのように誕生し、生き残ってきたかについては多くの謎があります。
・ヒスイランとその近縁種を用いた花色素の解析から、ヒスイランは青い花の色素と淡い黄色の花の色素の両方を持つことで翡翠色を発色していることが明らかになりました。
・現地のポリネーター(*1)であるスズメ目の鳥類にとって、翡翠色の花は鮮やかに見えることが、視覚モデル(*2)を取り入れた新しい色素解析手法から明らかになりました。
・翡翠色の花は私たちの身の回りでも見ることはありません。本成果は新しい観賞植物の育種のための手掛かりとなる成果にもなりました。
研究の背景
プヤ属(パイナップル科)は中南米を中心に200種以上が知られる植物で、特に南米チリに自生する種は花色の多様性が高いことが知られています。国立科学博物館の水野研究主幹らはこれまでチリ原産のプヤ属の仲間で数年に一度、自然界では稀な翡翠色の花を咲かせるヒスイラン(Puya alpestris)の花色発現機構を明らかにしてきました(Mizuno et al., 2021)。この種は、過去の分子系統学的な研究から、青い花を咲かせる種と淡い黄色の花を咲かせる種の雑種に起源すると推察されていました。しかし、これまでに青い花や淡い黄色の花の種の色素に関する解析は行われていませんでした。日本国内でこの仲間の開花例はほとんどありませんが、2019年に国立科学博物館の筑波実験植物園において青い花を咲かせるプヤ・セルレア・ビオラケア(P. coerulea var. violacea)が、2021年に熱川バナナワニ園で淡い黄色の花を咲かせるプヤ・チレンシス(P. chilensis)が開花したことから、本研究では、これらの花を採集し、詳細な解析を行うことで、翡翠色の花の謎を探ることにしました。
研究の内容・判明したこと
ヒスイランは青い花の色素と淡い黄色の花の色素の両方を持つ
筑波実験植物園で開花したプヤ・セルレア・ビオラケアおよび、熱川バナナワニ園で開花したプヤ・チレンシスの花を分析し、新規の成分を含めた16種類の色素成分を単離・同定するとともに、翡翠色の花と成分組成を比較しました。その結果、ヒスイランは青い花を咲かせるプヤ・セルレア・ビオラケアと淡い黄色の花を咲かせるプヤ・チレンシスの両種がそれぞれ持っている特徴的な色素成分を併せ持っていることを示しました(図2)。また、これは、翡翠色の発色が両種の色素成分をバランス良く生合成することで成り立っていることを示しました。また、過去の分子系統学的な研究から、ヒスイランが雑種に起源すると示唆されていましたが、化学分析の手法から改めてこれを支持する結果となりました。
翡翠色は現地のポリネーターであるスズメ目の鳥類に鮮やかに映る。
翡翠色の花を発色するには、液胞のpHが通常の植物よりも高い必要があることが、これまでの研究で分かっています。液胞のpHが高いと中に含まれるアントシアニンはより青味が強くなり、淡い黄色の発色に関わるフラボノールも色が濃くなります。私たちは、液胞pHを高くすることが、現地のポリネーターの視覚にアピールすることに役立ち、その結果、種として存続できているのではないかと仮説を立てました。これを検証するため、私たちは花色素溶液と視覚モデルを併せた新たな解析手法を開発しました。この手法では、試験管内でそれぞれの花の色素組成を再現し、溶液のpHを変えることで、ポリネーターの視覚にどのように影響するかを評価することができます(図3)。その手法を用いた結果、翡翠色の花の色素組成を持つ溶液では、pHが高くなることで現地のスズメ目の鳥類のような4色型色覚(*3)を持つ鳥類に対して、より鮮やかに映るという結果を得ました。この結果は、自然界においても翡翠色の花が生存には不利にならないことを意味しています。
今後の研究計画
本研究では、試験管内で花の色を再現し、ポリネーターの視覚モデルに適応する技術を開発することで、自然界では稀な翡翠色の花について、鳥類にどのように映っているのかを評価することができました。この技術は今後、多様な花において、色調とポリネーターの関係をより詳細に調査できる手法として役立つと考えられます。また、翡翠色の花が青い花と淡い黄色い花の種間交雑によって生じたと考えられたことから、翡翠色の観賞植物の育種のための手掛かりとなる成果にもなりました。
【発表論文】
表 題:Floral pigments and their perception by avian pollinators in three Chilean Puya species.
著 者:Takayuki Mizuno、Shinnosuke Mori、Kohtaro Sugahara、Tomohisa Yukawa、Satoshi Koi、
Tsukasa Iwashina
掲載誌:Journal of Plant Research(植物学雑誌)
DOI:10.1007/s10265-024-01531-6
本研究は、科学研究費助成金(22K05643:代表 水野貴行)の助成を受けています。
【用語解説】
*1 ポリネーター
ミツバチなどの昆虫や鳥などのうち、花粉を運び、受粉の手助けをする生き物を指します。花粉媒介者とも呼ばれます。
*2 視覚モデル
ミツバチなどは紫外線が見えるといわれますが、生き物によってものの見え方は異なります。本研究では、鳥の視覚に基づいて作成されたモデルを活用し、花の色が鳥にどのように見えるかを調査しました。
*3 4色型色覚
人間は赤、緑、青の光の波長を受容することで、色を認識していますが、4色型色覚を持つ鳥類はこれに加えて、近紫外域の光も色として受容できます。
国立科学博物館公式ウェブサイト:https://www.kahaku.go.jp
筑波実験植物園:https://tbg.kahaku.go.jp/
筑波研究施設:https://www.kahaku.go.jp/institution/tsukuba/index.html
公益財団法人サントリー生命科学財団:https://www.sunbor.or.jp/
大阪公立大学理学部附属植物園:https://www.omu.ac.jp/bg/
熱川バナナワニ園:http://bananawani.jp/
参考文献
Jabaily, R. S., Sytsma, K. J. (2010) Phylogenetics of Puya (Bromeliaceae): placement, major lineages, and evolution of Chilean species. Amer. J. bot. 97, 337–356.
Mizuno, T., Sugahara, K., Tsutsumi, C., Iino, M., Koi, S., Noda, N., Iwashina, T. (2021) Identification of anthocyanin and other flavonoids from the green–blue petals of Puya alpestris (Bromeliaceae) and a clarification of their coloration mechanism. Phytochemistry 181, 112581.
ヒスイラン(パイナップル科)の花が翡翠色を発色する仕組みを解明:
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000178.000047048.html
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