電荷が波打つ超伝導原子シートによる磁気量子センサー開発~次世代量子・超伝導デバイスの鍵を握る~
千葉大学大学院工学研究院の山田豊和准教授、同大大学院融合理工学府博士後期課程の市川稜氏、高知工科大学の稲見栄一教授、ならびに物質・材料研究機構(NIMS)の高橋有紀子研究員からなる研究チームは、テープでペリペリと簡単に剥がすだけで、物質でも最も薄い原子一層の厚さまで薄くできる原子層物質が、高感度な磁気量子センサーになることを発見しました。
走査トンネル顕微鏡(STM)(注1)を用いた表面観察により、金属の一種であるニオブ(Nb)と、非金属の元素であるセレン(Se)でできた非常に薄い「セレン化ニオブ」薄膜の表面を観測したところ、極限まで薄くすると、通常では見られない量子状態の一種である電荷密度波(以下、CDW)(注2)が大きな歪みによって出現することを発見しました。さらにこの特異なCDWは、わずかな磁場を加えるだけで全く異なる電荷密度波構造に切り替わるという、これまでに報告のない現象が確認できました。これは、このセレン化ニオブ薄膜が、高感度な磁気量子センサーになることを示唆します。
この研究成果は、2025年7月10日付でSpringer Natureが発行する学際的科学ジャーナルnpj 2D Materials and Applicationsにオンライン公開されました。
■研究の背景
私たちの身の回りに存在する多くの物体は「三次元構造」を持っています。一方、スマートフォンやパソコンなど、日常的に使用している電子機器は、本体にはある程度の厚みがあるものの、内部の部品は非常に薄く「二次元的」と言える構造をしています。たとえば、クレジットカードのような製品も典型的な二次元的構造の一例です。このように、薄い二次元材料を用いて電子デバイスを構成することは、構造的にも機能的にも非常に効率的であると言えます。
その中でも、物質を限界まで薄くしていくと、最終的には「原子一層」の厚さに到達します。近年の材料合成技術の進展により、原子が一層だけ並んだ状態で二次元的に規則配列した物質(二次元原子層物質)を、三次元結晶として合成することが可能となってきました(参考文献)。こうした結晶は、大気中・室温でも安定して存在できるという点で実用性が高く、研究が急速に進んでいます。しかし、原子レベルまで薄くすると三次元結晶とは異なる特性が発現するという問題がありました。そこで研究チームは、STMを用い2H-NbSe2の表面を観測することで、薄くすることでどのような特性変化が発現するか試みました。

■研究の成果
図1は、このような結晶表面に粘着テープを貼り、剥がした際の断面構造を示す模式図と、結晶内部を透過型電子顕微鏡(TEM)(注3)で観察した画像です。ニオブ(Nb)原子が赤、セレン(Se)原子が緑で示されています。構造としては、中央のNb原子層が、上下に位置するSe原子層によってサンドイッチ状に保護されていることがわかります。図1に示すように、結晶の剥離はSe層とSe層の間の結合が切れて起こります。その際、表面に残された薄膜は剥離によって歪みを伴い“うねり”をもった形状となります。
この“うねり”やそれに伴う構造的な歪みは、薄膜の電子構造に大きな影響を及ぼします。実際、図2に示すSTM測定結果から、この歪みによって新たなCDWが出現していることが確認されました。さらに興味深いことに、三次元結晶では強い磁場をかけてもCDWは変化しなかったのですが、このセレン化ニオブ薄膜の電子構造は、わずか30ミリテスラ(mT) (注4)程度のわずかな磁場変化にも敏感に反応し、その周期的な構造を変化させることがわかりました(図2)。

■今後の展望
この発見は、二次元物質を単原子層の厚さに薄膜化し、電子素子として実装する際に非常に重要な意味を持ちます。なぜなら、二次元物質は極めて柔軟であるため、基板上に固定したり、電極との接続のために配線を接着したりする過程で、必然的に“うねり”や“歪み”が生じるからです。こうした構造的な歪みが、電子状態や物性に大きな影響を及ぼす可能性があることが、本研究によって明らかになりました。
さらに、原子層物質であるセレン化ニオブは「超伝導」特性を持つことから、今回の成果は、原子層超伝導エレクトロニクスや量子デバイス開発など、さまざまな先端分野への応用展開にもつながると期待されます。
■用語解説
注1)走査トンネル顕微鏡(STM):原子レベルまで尖らせた探針で試料表面をなぞるようにすることで、物質表面を原子分解能で観察できる顕微鏡。原子より小さい1pm(ピコメートル=10-12メートル)の精度で、物質の電子状態を計測できる。
注2)電荷密度波(CDW): 電子の密度(集まり具合)と原子の配置が、波のように周期的に変化する状態のこと。電気の通りやすさなど物質の性質に影響を与える。
注3)透過型電子顕微鏡(TEM): 光の代わりに電子を使う電子顕微鏡の一種。原子の並びが見えるほど高い解像度を持ち、薄くした試料に電子を透過させ、その通り方をもとに内部構造を詳しく観察できる。
注4)ミリテスラ(mT): 磁場の強さを表す単位「テスラ(T)」の1000分の1の単位。例えば、地球の磁場は約0.05 mT、冷蔵庫のマグネットは100〜300 mT、MRI装置は1,500〜3,000 mT(= 1.5〜3 T)。
■研究プロジェクトについて
本研究は、以下の研究課題の支援を受けて行われました。
・独立行政法人 日本学術振興会 科学研究費補助金(基盤研究(B)(一般))“表面場での有機分子と磁性原子による量子ビット二次元配列の構築”
・小笠原敏晶記念財団 一般研究助成 “金属表面反応場での低次元高分子磁性薄膜の開発”
・公益財団法人 東電記念財団研究助成 “超省エネ電界制御型・蜂の巣構造磁性薄膜格子の開発”
・公益財団法人 松籟科学技術振興財団 研究助成 “真空表面合成法による有機分子2次元ハニカム格子で実現する超高密度磁気記憶素子”
・公益財団法人 カシオ科学振興財団 第38回研究助成 “超高密度2次元鉄ナノ磁石ハニカム規則配列作製による超省エネ電界書き込み制御型・磁気記憶素子の開発”
■論文情報
タイトル:Magnetic-field induced dimensionality switch of charge density waves in strained 2H-NbSe2 surface
著者:Ryo Ichikawa, Yukiko K. Takahashi, Eiichi Inami & Toyo Kazu Yamada*
雑誌名:npj 2D Materials and Applications
DOI : 10.1038/s41699-025-00584-y
■参考文献
タイトル:STM imaging and electronic correlation in van der Waals ferromagnet Fe3GeTe2
雑誌名:Japanese Journal of Applied Physics
DOI : 10.35848/1347-4065/adc7be
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