早産の赤ちゃんの社会性発達に関わるリスクマーカーを発見

ー「他者への注意」が認知発達リスクの評価指標になる可能性ー【京都大学・武蔵野大学の研究グループ】

学校法人武蔵野大学

【共同プレスリリース】(京都大学・武蔵野大学)
報道解禁:2021年4月15日(木)0時01分(新聞は15日朝刊)

京都大学大学院教育学研究科の明和 政子教授と武蔵野大学教育学部幼児教育学科の今福 理博准教授らの研究グループは、出産予定日(妊娠40週)から6・12・18ヶ月の早期産児と満期産児の社会性発達を追跡調査し、乳児期に現れる他者への注意(社会的注意)の個人差が、自閉症リスクや言語発達の遅れを評価するリスクマーカーとなる可能性を示しました。また「早産の赤ちゃんの社会性発達に関わるリスクマーカーを発見に関する記者説明会」をオンラインで開催しました。
本研究の成果は、 2021年4月15日に国際科学誌「Infancy」のオンライン版に掲載されます。

記者説明会(オンライン)の様子記者説明会(オンライン)の様子



■概要
日本では世界の国々と同様、早期産(在胎週数22週から37週未満)・低出生体重(出生体重2500g未満)での出生率が増加しています。最近行われた欧米の大規模コホート(長期縦断)調査では、早産児・低出生体重児は、就学期までに自閉スペクトラム症(以下、自閉症)等の発達障害と診断されるリスクが、満期産児と比べて2~4倍も高いことが示されています。しかし、彼らが抱える発達のリスク、とくに社会性発達のリスクをどのくらい早期から特定することができるかについては解明されていませんでした。京都大学大学院教育学研究科 明和 政子 教授、武蔵野大学教育学部 今福 理博 准教授、京都大学大学院医学研究科 河井昌彦 病院教授らの研究グループは、修正齢6・12・18ヶ月の早期産児と満期産児を対象に、社会性発達を評価する課題を縦断的に行い、発達予後を追跡調査しました。その結果、修正齢6・12・18ヶ月にかけて早期産児は満期産児に比べて人への注意が弱く、また、人の視線を追う頻度も少ないことがわかりました。さらに、人への注意が弱い乳児ほど自閉症の早期スクリーニングで陽性と判別されやすい、他者の視線を追う頻度が少ない乳児ほど語彙の獲得が遅い、といった新たな事実を見出しました。本研究の成果により、乳児期に現れる社会的注意の個人差が、認知発達のリスクを評価する「行動指標(マーカー)」となる可能性が示されました。
 

本研究のイメージ図本研究のイメージ図


1.背景
近年報告された欧米の大規模長期コホート研究は、早期産(在胎週数22週から37週未満)・低出生体重(出生体重2500g未満)児(以下、早産児)は、就学前までに自閉スペクトラム症(以下、自閉症)などの発達障害と診断されるリスクが、満期産児(在胎週数37週から42週未満)に比べて2~4倍も高いことを示しています。
私たちの研究チームは、早産児の社会性発達のリスクをより早期に評価する試みとして、人などの社会的に重要な刺激に対する注意(社会的注意)の個人差に着目した研究を行ってきました。修正齢6・12ヶ月の時点では、一部の早産児の社会的注意が満期産児と比べて弱いことなどがわかってきました(Imafuku et al., 2017)。社会的注意の弱さは他者とコミュニケーションする機会の減少をもたらし、結果的に、社会性・言語発達のリスクにつながると考えられます。しかし、発達早期にみられる社会的注意の「個人差」が、早産児の社会性・言語発達のリスクとどのように関連するのか、また、それはどの程度早期からみられるかについてはわかっていませんでした。


2.研究手法・成果
研究は、在胎24−37 週未満の早産児49名と満期産児29名を対象として行われました。まず、生後6・12・18ヶ月の3時点(早産児・満期産児ともに修正齢)で、「人と幾何学図形の動きを左右に配置した動画」と「人が物体に視線を向ける動画」を見せ、その間の視線の動きを視線自動計測装置(アイトラッカー)により計測しました(図1)。人と幾何学図形の動きの映像については、「人の映像を見た時間の割合」を算出しました。「人が物体に視線を向ける映像」については、「視線を追う頻度」と「視線方向の物体を見た時間の割合」を算出しました。さらに、生後18ヶ月に達した時点で、「乳幼児期自閉症チェックリスト(M-CHAT; Modified Checklist for Autism in Toddlers)」を用いて社会性発達のリスクを評価し、また、言語発達の評価も行い、社会的注意の個人差との関連を調べました。

その結果、以下の3点が新たに明らかになりました。
  1. 修正齢6・12・18ヶ月の時点では、早産児は満期産児に比べて人に注意を向ける時間が一貫して少なく、人の視線を追う頻度も少ない(図1)
  2. 修正齢18ヶ月の時点では、早産児は満期産児に比べて自閉症リスクが陽性と判別される割合が高く、理解・発話の語彙数も少ない
  3. 修正齢18ヶ月の時点では、人に注意を向ける時間が少ない児ほど、自閉症リスクが陽性と判別され、また、人の視線を追う頻度が低いほど発話できる語彙数が少ない(図2)
以上の結果は、周産期の環境経験の違いが、乳児期の社会的注意の発達に影響を与えること、そして、その個人差は社会性発達のリスク(自閉症、言語発達の遅れ)を予測する可能性を示しています。
 

 

 


3.波及効果、今後の予定
早産児では、社会性や言語発達のリスクの高さが指摘されてきましたが、それがどのくらい早期から特定されるのか、また、そうしたリスクに関連する要因についてはわかっていませんでした。本研究は、早産児と満期産児の発達早期(乳児期)に着目し、それぞれの乳児が示す社会的注意の個人差が発達リスクを予測することを見出しました。人を見る時間が少ないほど早期自閉症スクリーニングで陽性と判別される割合が高い、人の視線を追う頻度が低いほど発話語彙数が少ないといった関係を実証的に明らかにしたのは、本研究が初めてです。社会的注意は、早産児をはじめとするリスク児の発達評価や早期介入支援の効果を評価する客観的指標として、臨床現場での応用が期待されます。
今後の課題は、本研究が見出した早産児の社会性発達リスクを予測しうるマーカーのメカニズムをより詳細に解明することにあります。また、発達早期に特定されたリスクが、学齢期以降の自閉症の診断(罹患率)や社会性発達、実生活での対人関係の問題などとどのように関連するかを長期的に追跡調査することも重要な課題となっています。


4.研究プロジェクトについて
本研究成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって行われました。
1. JSPS科研費 基盤(A)(No. 17H01016、代表:明和 政子)
2. JSPS科研費 挑戦的萌芽(No. 19K21813、代表:明和 政子)
3. 文部科学省研究費補助金 新学術領域研究「構成論的発達科学(総括:國吉康夫)」(No. 24119005、代表:明和 政子)
4.  国立研究開発法人 科学技術振興機構(JST)研究成果展開事業「センター・オブ・イノベーション(COI)プログラム」(JPMJCE1307)
5. 文部科学省研究費補助金 特別研究員奨励費 (No. 17J07474、13J0476、代表:今福 理博)
6. 文部科学省研究費補助金 若手研究(No. 19K14392、代表:今福 理博)
7. 武蔵野大学大学研究費2020(代表:今福 理博)


<研究者のコメント>
現代日本では、総出生数が減少傾向にあるにもかかわらず、早産児・低出生体重児の出生割合は増加の一途をたどっています。本研究は、乳児期の早産児において、「社会的注意」が社会性発達のリスクに関わることを世界で初めて報告したものです。子どもたちのウェルビーイングの向上には、科学的根拠にもとづく早期からの発達評価と診断、支援法の開発と整備が必要です。今後も、基礎研究による検証を積み重ねることで、子どもたちのよりよい環境づくりを支えていきたいと思います。最後に、本研究にご協力くださった赤ちゃん、親御さん、医療看護スタッフの皆さまにあらためて感謝申し上げます。

<用語解説>
1. 早産児:在胎週数(妊娠前の最終月経から出生までの期間)が 37 週未満の児.
2. 修正齢:ヒトの平均的な胎生期間である 40 週から算出した年齢.
3. 社会的注意:人などの社会的に重要な刺激に向ける注意.
4. 視線自動計測装置(アイトラッカー):人体に安全で微弱な近赤外線を照射することにより、両眼の瞳孔(角膜)をとらえ、観察者が画面のどこを、どのくらい長い時間見ているのかを正確かつ非侵襲的に計測できる.

<論文タイトルと著者>
タイトル:Longitudinal assessment of social attention in preterm and term infants: its relation to social communication and language outcome.
(乳児期の早産児と満期産児における社会的注意の縦断的評価:社会的コミュニケーションと言語の発達予後との関係)
著者:Masahiro Imafuku, Masahiko Kawai, Fusako Niwa, Yuta Shinya, and Masako Myowa
掲 載 誌:Infancy(https://onlinelibrary.wiley.com/journal/15327078
DOI:未定

<問い合わせ先>
今福 理博(いまふく・まさひろ)
武蔵野大学教育学部幼児教育学科 准教授
E-mail : masahiro.imafuku@gmail.com

明和 政子(みょうわ・まさこ)
京都大学大学院教育学研究科 教授
E-mail:myowa.masako.4x@kyoto-u.ac.jp

 

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1924年04月