親猫にはない新規の遺伝子変異により筋ジストロフィーを発症したネコの症例を報告
診断補助・治療方針策定のためにも遺伝子検査が重要
ペット保険シェアNo.1(※1)のアニコム損害保険株式会社(代表取締役 野田 真吾、以下 当社)は、国立大学法人北海道大学(総長 寳金 清博、以下 北海道大学)との共同研究(以下 本研究)を通じ、親猫にはない新規に生じた遺伝子の突然変異によってネコの筋ジストロフィーが発症したことを明らかにしました。この成果は、非侵襲性の遺伝子検査の実施が、ネコにおける筋ジストロフィーの診断補助、治療方針の策定、さらにはネコの繁殖に役立つことを示しています。
本研究成果は獣医内科学に関する専門誌『Journal of Veterinary Internal Medicine』にて4月13日にオンライン公開されました。
※1:シェアは、各社の2023年の契約件数から算出。(株)富士経済発行「2024年ペット関連市場マーケティング総覧」調査
■本研究の背景
ネコのジストロフィン欠損性筋ジストロフィー(Muscular Dystrophy:MD)は、X染色体上に存在するジストロフィン遺伝子(Dystrophin:DMD)の異常によって引き起こされる病気です。この病気は、歩行異常、巨舌症、肝臓酵素およびクレアチンキナーゼ(Creatine Kinase:CK)の顕著な上昇などがみられ、末期には進行性の筋力低下と骨格筋の変性により死に至ります。ヒト医療においては、MDの確定診断を行う際、病理学的検査と遺伝子検査の両方が実施されていますが、獣医療では遺伝子検査が一般的でなく、病理学的な検査が主流となっています。しかし、MDの罹患個体における病理組織検査を行う際には、一部の麻酔により筋組織が融解するリスクが高まるため、血液や口腔内組織など、侵襲性が比較的低い試料をもとにした遺伝子検査を行うことが重要です。
これまでの複数の研究から、ネコのMDでは、DMD遺伝子上の様々なタイプの変異が関与していることが明らかになっています。DMD遺伝子は現在知られている遺伝子の中でも、特に大きい遺伝子の一つとして知られており、他の小さい遺伝子に比べ、相対的に、遺伝子内に変異が起こる可能性が高くなります。そのため広く使用されている方法である、単一の変異に対する検査だけでは不十分であり、DMD遺伝子全体を調べることが必要です。
近年、ヒト医療においては、ゲノム情報をもとに病気の診断、治療方針の策定に繋げるゲノム医療が広く行われています。ゲノム医療は獣医領域においても注目を集めつつあり、イヌやネコのゲノム情報をもとに様々な遺伝性疾患の診断が行われてきています。
本研究では、北海道大学附属動物医療センターに来院したMDの疑いがあるキンカロー種(アメリカン・カールとマンチカンの交配種)の雄ネコに対して正確な診断を行うため、DMD遺伝子を含むすべての遺伝情報(ゲノム)を調べるとともに、親猫やキンカローおよびキンカローに近縁なアメリカン・カールとマンチカンを合わせた357個体に対しても追加で調査を行いました。
■本研究の成果
北海道大学附属動物医療センターに来院した10ヶ月のキンカロー種の雄ネコは、臨床徴候としては明らかな症状はありませんでした。しかし、血液検査、超音波検査、CT、病理学的検査により、このネコがMDに罹患していることが分かりました。
次に、原因となる遺伝子変異を明らかにするため、このネコの血液からDNAを抽出し、次世代シークエンサーにより全ゲノムシークエンシング(Whole Genome Sequencing:WGS)を行いました。続くWGSのデータ解析で、DMD遺伝子上にあるタンパク質の生産に大きく影響すると予測される変異を抽出したところ、これまでに知られていたDMDの遺伝子の変異は存在せず、別の位置に該当する変異が見つかりました。
さらに、この変異が親猫のどちらかに由来するものか、突然変異により生じたものかを調べるため、親猫2頭の臨床診断と当該遺伝子変異の有無を確認しました。エコーや血液検査等の複数の臨床検査の結果、親猫2頭は現在までに臨床的に健康であること、当該変異を持たないことが明らかになりました。また、キンカローを97頭、アメリカン・カールとマンチカン、それぞれ125頭と132頭においても変異の有無を調べたところ、該当する変異は見つかりませんでした。以上から、今回明らかになったDMD上の変異は該当個体でのみ確認されたため、新しく生じた突然変異であることが分かりました。
MDは主に病理組織検査を用いて診断されますが、根本的な治療方法は確立されていません。しかし、一部の麻酔薬の使用によって横紋筋融解症などのリスクが高まることが分かっており、病理組織検査のための手術や生体検査においても厳格な麻酔管理が必要です。一方、侵襲性が低い遺伝子検査を事前に実施しておくことで、適切なリスク管理が可能になります。そのため、予防医療の観点からもMDが疑われる場合は早期に遺伝子検査をしておくことが望まれます。今回の罹患個体のように、親猫が変異を持っていない場合でも、突然変異によってMDが生じる可能性があることが分かりました。そのため、生体検査以外の検査結果でMDが疑われる個体に関しては、生体検査時の麻酔のリスクを低減するため、事前の遺伝子検査とその検査結果に基づく適切な治療方針の策定が重要であると言えます。
■MDの罹患ネコ
本研究は、親では存在しない変異が、子で新たに生じ、病気を引き起こすことが確認されました。また、重篤な遺伝性疾患においては、これまで広く使用されてきた特定の遺伝子変異に対する単一の遺伝子検査のみならず、遺伝子全体など、より広範囲の領域を調べることの重要性を示しています。本研究に続く次世代シークエンサーを使用した様々な遺伝子変異の解析により、診断の補助や治療方針の策定に遺伝情報を活用できる可能性があります。
今後も当社グループでは、様々な研究を通じて獣医療の発展と動物福祉の向上を目指してまいります。
【原論文情報】
掲載誌: Journal of Veterinary Internal Medicine
論文リンク:https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/jvim.17078
doi: 10.1111/jvim.17078
原題:A de novo nonsense variant in the DMD gene associated with X-linked dystrophin-deficient muscular dystrophy in a cat
著者名:Nozomu Yokoyama1, Yuki Matsumoto2, Takahisa Yamaguchi3, Kazuki Okada4, Ryohei Kinoshita3, Genya Shimbo3, Hisashi Ukawa2, Ryuga Ishii2, Kensuke Nakamura1, Jumpei Yamazaki5,6, Mitsuyoshi Takiguchi1,6
1:北海道大学 大学院獣医学研究院・獣医学部 獣医内科学教室
2:アニコム損害保険株式会社
3:北海道大学 大学院獣医学研究院・獣医学部 附属動物病院
4:ノースラボ
5:北海道大学 大学院獣医学研究院・獣医学部 トランスレーショナルリサーチ推進室(附属動物病院)
6:北海道大学 One Health リサーチセンター
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