“マッチョイズム”は害悪か?職場における「強さを競う文化」に関する調査の結果を発表
疲弊感などの悪影響があるという意見の一方で、状況次第でポジティブに作用することが明らかに
企業における経営・人事課題の解決および、事業・戦略の推進を支援する株式会社リクルートマネジメントソリューションズ(本社:東京都港区 代表取締役社長:山﨑淳 以下、当社)は、規模50名以上の企業で働いている20歳から59歳までの正社員933名に対し、「職場における『強さを競う文化』に関する調査」を実施しました。
働き方改革や「令和モデル」への移行により、日本の雇用慣行が見直されつつあります。その中で、時間や気力・体力を大幅に仕事へ割くことを前提とした働き方の限界がしばしば指摘されています。本調査では、そのような「強さを競う文化」(弱みを見せない/力強さ・スタミナがある/仕事最優先/競争に勝つことが望ましいとされる)について、個人や職場での受け止められ方の違いや影響などを明らかにすることで、実態の把握や適切なマネジメントのあり方を探ることを目的としています。
【エグゼクティブサマリ】
●職場における「強さを競う文化」の程度については、全体の約7割が「1.プライベートで困難なことがあっても、職場では平然としていなくてはいけない」という項目で肯定的な回答(「とてもあてはまる」「あてはまる」「ややあてはまる」、以下同様)。「弱みを見せないこと」および「力強さやスタミナがあること」の項目は、いずれも過半数が肯定的な回答(図表1)
●71.3%が「5.『強さを競う文化』は社員のストレスや精神的負担を増大させる」と回答(図表2)
●「強さを競う文化」の4つの特徴(弱みを見せない/力強さ・スタミナがある/仕事最優先/競争に勝つことが望ましいとされる)のうち最も過剰だと感じるのは「仕事を最優先すること」(22.1%)(図表3)
●「強さを競う文化」は、成長・モチベーションの向上・パフォーマンスの向上などの良い影響がある一方で、疲弊感・公平性の低下・パフォーマンスの低下・多様性の低下といった悪い影響も(図表4・5)
●「総合職、地域総合職、一般職などの別がある」会社で働いている人の方が、「強さを競う文化」の「程度」や「過剰感」がいずれも平均値が高かった(図表6)
●一般社員と管理職では、管理職の方が過剰感・周囲の過剰感を高く認識。「総合職、地域総合職、一般職などの別がある」会社では、昇進意欲高群は昇進意欲低群と比較して過剰感・周囲の過剰感の認識が統計的に有意に高かった(図表8・9)
*詳細は調査レポート(https://www.recruit-ms.co.jp/issue/inquiry_report/0000001408/)を参照ください。
1.調査担当のコメント
株式会社リクルートマネジメントソリューションズ
組織行動研究所 研究員 大庭りり子
強さや勇敢さを重視し、弱さを排除して、積極的に競争して相手に勝とうとする考え方は「マッチョイズム」と呼ばれます。これは「覇権的な男性性」を重視する文化ともいわれています。本調査では、現代日本の職場におけるマッチョイズムの実態や受け止められ方に迫ると共に、マッチョイズムが生じる背景や効果的に作用し得る環境について探求しました。なお、本調査の質問紙においては、 調査回答者が偏ったイメージを想起することを避けるため、「マッチョイズム」の代わりに「強さを競う文化」という表現を用いました。

調査結果の一部からは、管理職は一般社員よりも「強さを競う文化」に対して過剰感を抱いている傾向が明らかになりました。これは、管理職・管理職候補者の不足という昨今の課題に、「強さを競う文化」が影響している可能性を示しています。また、「強さを競う文化」の程度の高さは疲弊感につながる一方で、職場の包摂性(多様な個人が受け入れられ、存分に生かされている状態。本調査においては「私の職場では、仕事上の役割だけでなく、個々人の性格や人柄も大切にされている」などの5項目の平均値)が低い場合においては「強さを競う文化」の程度の低さが離職意向につながる可能性があるという結果は、示唆に富むものでした。「強さを競う文化」の程度・包摂性のいずれも低い職場は、「実際に退職をしているわけではないが、意図的に仕事を制限し、必要最低限のことしかしない『静かな退職』」のような状態になりかねないのかもしれません。
このように、マッチョイズムは多様な側面をもち、過剰になってはならない一方で、完全に排除すればいいというものでもないと考えられます。本稿が、自社の望ましいマッチョイズムのあり方を模索する一助となれば幸いです。
2.調査の結果
●職場における「強さを競う文化」の程度については、全体の約7割が「1.プライベートで困難なことがあっても、職場では平然としていなくてはいけない」という項目で肯定的な回答(「とてもあてはまる」「あてはまる」「ややあてはまる」、以下同様)。「弱みを見せないこと」および「力強さやスタミナがあること」の項目は、いずれも過半数が肯定的な回答(図表1)
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Berdahlら(2018)によるMCC(Masculinity Contest Culture:男性性を競う文化)の4つの特徴を参考に、職場における「強さを競う文化」を具体的な状況に落とし込んだオリジナル項目を作成し、実態を確認した。確認的因子分析の結果、想定していた4つの特徴(「弱みを見せないこと」「力強さやスタミナがあること」「仕事を最優先すること」「競争に勝つことが望ましいとされること」)および、別途探索的に入れた2項目(「その他」)の構造が確認された。
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最も多く見られたのは「弱みを見せないこと」のなかの「1.プライベートで困難なことがあっても、職場では平然としていなくてはならない」という項目で、全体の67.4%が肯定的な回答(「とてもあてはまる」「あてはまる」「ややあてはまる」、以下同様)だった。
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「弱みを見せないこと」および「力強さやスタミナがあること」の項目は、いずれも過半数が肯定的な回答であった。一方で、「仕事を最優先すること」および「競争に勝つことが望ましいとされること」の項目のほとんどは肯定的な回答が50%を下回った。
図表1 職場の「強さを競う文化」の程度
Q. あなたの職場では、次のことはどの程度あてはまりますか。〈単一回答/n=933/%〉

●71.3%が「5.『強さを競う文化』は社員のストレスや精神的負担を増大させる」と回答(図表2)
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図表2では「強さを競う文化」をどの程度、望ましい(あるいは望ましくない)と感じているかを示した。
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「5.『強さを競う文化』は社員のストレスや精神的負担を増大させる」という回答(「とてもあてはまる」「あてはまる」「ややあてはまる」、以下同様)は71.3%にのぼった。また、「7.自社の『強さを競う文化』は過剰だ」(以下「過剰感」)という回答は44.8%、「8.周囲の人は自社の『強さを競う文化』を過剰だと思っているだろう」という回答は43.5%だった。
図表2 「強さを競う文化」に対する考え
Q. あなたは、「強さを競う文化」に対して、どのように考えていますか。
なお、ここでいう「強さを競う文化」とは、弱みを見せないこと、力強さやスタミナがあること、仕事を最優先すること、競争に勝つことが望ましいとされること、といった文化を指します。〈単一回答/n=933/%〉

●「強さを競う文化」の4つの特徴(弱みを見せない/力強さ・スタミナがある/仕事最優先/競争に勝つことが望ましいとされる)のうち最も過剰だと感じるのは「仕事を最優先すること」(22.1%)(図表3)
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過剰感がある(「とてもあてはまる」「あてはまる」「ややあてはまる」) と回答した人を対象に、「強さを競う文化」の4つの特徴のうち、どれを過剰だと感じているかを複数回答で確認したところ、「仕事を最優先すること」が 22.1%と最も高かった(図表3)。また、4つの特徴の有無2群で過剰感の平均値の違いを確認したところ、「仕事を最優先すること」のみ、選択した人の過剰感はそうでない人と比べて統計的に有意に高かった(p< .01)。
⇒職場の現状として「仕事を最優先すること」の程度は相対的に低かったが、それでも「仕事を最優先すること」は過剰だと感じる人が多い。図表1の項目では、「仕事を最優先すること」を労働時間や休暇の側面で具体化していたが、例えばプライベートな時間も仕事のための自己研鑽に費やすべきだという風潮があるなど、その他の事象が生じている可能性もある。
図表3 「強さを競う文化」の過剰な構成要素
Q. 「強さを競う文化」の特徴のうち、あなたの職場において、どれが過剰だと感じていますか。あてはまるものをすべてお選びください。(自社の『強さを競う文化』は過剰だ」に「とてもあてはまる」「あてはまる」「ややあてはまる」と回答した人のみ)
〈複数回答/n=418/%〉

●「強さを競う文化」では、成長・モチベーションの向上・パフォーマンスの向上などの良い影響がある一方で、疲弊感・公平性の低下・パフォーマンスの低下・多様性の低下といった悪い影響も(図表4・5)
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図表4、5では、「強さを競う文化」が実際に職場に与える良い影響と悪い影響について、具体的なエピソードをそれぞれ自由記述にて確認した。
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良い影響としては、大別して成長・モチベーションの向上・パフォーマンスの向上に関する記載が確認された。ただし、全体の過半数は「良い影響はない」という主旨の記述であった。
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悪い影響としては、疲弊感・公平性の低下・パフォーマンスの低下・多様性の低下に関する記載が確認された。
図表4 「強さを競う文化」の良い影響
Q. 職場の「強さを競う文化」があなたの職場やあなた自身に対して良い影響を及ぼしていることはありますか。
そう感じた具体的な出来事や場面、良い影響の内容があれば、お書きください。〈自由記述から抜粋〉

図表5 「強さを競う文化」の悪い影響
Q. 職場の「強さを競う文化」があなたの職場やあなた自身に対して悪い影響を及ぼしていることはありますか。
そう感じた具体的な出来事や場面、悪い影響の内容があれば、お書きください。〈自由記述から抜粋〉

●「総合職、地域総合職、一般職などの別がある」会社で働いている人の方が、「強さを競う文化」の「程度」や「過剰感」がいずれも平均値が高かった(図表6)
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「総合職、地域総合職、一般職などの別がある」という項目を選択した人 (n=277)と選択しなかった人(n=656)の間で、「強さを競う文化」の4つの特徴12項目(図表1)の平均値および過剰感、周囲の過剰感の認識(図表2)を比較したところ、「総合職、地域総合職、一般職などの別がある」会社で働いている人の方が、いずれも平均値が高く、有意差が見られた(図表6)。
⇒総合職、地域総合職、一般職などコース別の雇用が行われている会社においては、賃金体系や成長の機会の多寡なども異なると考えられ、「総合職なのだから高い成果を出して当然である」「総合職なのだから弱音を吐いていたら他の立場の人に示しがつかない」といったような声掛けをされたり、当人もそういった責任を感じたりしている場合が少なくないと推察できる。
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柔軟な働き方を促す各制度の有無(図表7)で2群に分け、同様に「強さを競う文化」の程度および過剰感に関して確認したところ、いずれも有意差はなかった。柔軟な働き方を促す制度がある会社は「強さを競う文化」の程度が低いのではないかと想定していたが、そのような結果は示されなかった。
図表6 「強さを競う文化」の程度や過剰感の違い

図表7 組織制度の有無
Q. 以下の制度は、あなたの会社にありますか。あると認識できているものをすべてお選びください。
〈複数回答/n=933 /%〉

●一般社員と管理職では、管理職の方が過剰感・周囲の過剰感を高く認識。「総合職、地域総合職、一般職などの別がある」会社では、昇進意欲高群は昇進意欲低群と比較して過剰感・周囲の過剰感の認識が統計的に有意に高かった(図表8・9)
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職場において、立場が弱いと感じている程度(「性別、学歴、年代などの属性に関して、職場において少数派だと感じることがある」「職場の会議などでは、気軽に発言できる立場ではない」など4項目の平均値)の高低2群で過剰感・周囲の過剰感の認識の平均値の違いを確認した結果、立場が弱いと感じている人の方が過剰感・周囲の過剰感の認識が統計的に有意に高い傾向にあった(図表8、①②)。
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過剰感・周囲の過剰感の認識の違いについて一般社員と管理職間で比較すると、管理職の方が統計的に有意に高かった(図表8、③④)。
⇒これらの結果は一見矛盾する印象があるかもしれないが、管理職=立場が強い、とも限らないのではないか。自身の発言が部下にどう受け取られるか、常に不安を抱いている管理職もいるだろう。昨今の管理職は特に、かつてよりも複雑で多様な環境下で、より高い成果や完璧な対応を求められ、「強さを競う文化」に高い過剰感を抱いている可能性がある。近頃各所で課題として挙げられている管理職の疲弊感や管理職・管理職候補者不足の一因に「強さを競う文化」の影響があるとも考えられる。
⇒また、過剰感だけでなく周囲の過剰感の認識も一般社員より管理職の方が高かった点に関しては、管理職の方が日常的に自身の部下が過剰感を抱いていないか注意を払っていることや、エンゲージメント・サーベイなどを通じて、自分が管理している組織と他の組織の過剰感を比較する機会があること などによるものと考察できる。
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さらに、「総合職、地域総合職、一般職などの別がある」会社で働いている一般社員のみに絞り、昇進意欲(「組織で評価され昇進したい」「組織のなかで出世し高い地位に就きたい」の2項目を平均)の高低2群で過剰感・周囲の過剰感の認識の平均値の違いを確認すると、昇進意欲高群は昇進意欲低群と比較して、どちらも統計的に有意に高かった(図表9)。
⇒これは、昇進を目指す一般社員は前述のような管理職の視座を早期からもてていると捉えられる一方で、昇進を目指す過程では個人の意向を問わず強さを競わざるを得ない状況に置かれること、そして、その状況に苦しさを感じている人が少なくないとも解釈できる。
図表8 「強さを競う文化」の過剰感の違い

図表9 コース別雇用の会社で働いている一般社員における 「強さを競う文化」の過剰感の違い

●「強さを競う文化」と昇進意欲、離職意向などの結果変数をかけ合わせると、すべての結果変数において、統計的に有意な差が見られた(図表10・11)
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図表4で確認したように、「強さを競う文化」は従来、組織や個人の成長や成果という観点でポジティブな影響を与えられる可能性があるはずだ。そういった影響を引き出せる条件の1つが「包摂性が高い職場である」ことなのではないかと考え、「強さを競う文化」の程度と職場の包摂性(「私の職場では、仕事上の役割だけでなく、個々人の性格や人柄も大切にされている」などの5項目の平均値)の高低を掛け合わせた4群に分け(図表10)、組織や個人の状態を示す6つの結果変数について確認した(図表11)。なおこれ以降、本文においては4群の表記を簡略化し、①強包H、②強H包L、③強L包H、④強包Lと表す(それぞれ程度が高い場合をH、低い場合をLで表す)。
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心理的居場所感(自分が役に立ち受け入れられていると感じ、自分らしく行動でき、安心していられる心の状態)を構成する居場所安心感・居場所本来感の平均値は、多くの群間で有意差が見られ、②強H包L、④強包 Lの得点の差分が最も大きかった。
⇒心理的居場所感は職場の包摂性と相関があるといわれており、今回の調査においても有意な正の相関関係にあったが、職場を自分の居場所だと感じられるかどうかは、包摂性だけでなく、「強さを競う文化」の程度も関係していることが分かった。
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組織市民行動(結果として組織の効率や機能が高まる、自発的な役割外行動)の平均値については、①強包H 、③強L包Hでは有意差が見られず、どちらも高得点であった。
⇒「強さを競う文化」の程度が高くても、職場の包摂性が高ければ、同僚の援助などの役割外行動をする人が多くなるのだといえる。包摂性が高い職場においては、 個人間の競争よりもチームや組織など集団間の競争を意識するようになり、その結果として職場内では組織市民行動が増えるものと推察できる。
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昇進意欲については、①強包Hの次に③強L包Hの得点が高かった。
⇒「強さを競う文化」は昇進意欲につながりそうな印象もあるが、 ②強H包Lよりも③強L包Hの方が高得点であることから、包摂性の方が昇進意欲の観点からは重要な要素なのだと解釈できる。
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疲弊感を高い順に並べてみると、②強H包L、①強包H、④強包L、③強L包Hという結果であった。ここまでの結果変数に関して①強包Hはポジティブな結果を示していたが、疲弊感に関しては2番目に高かった。また、①強包H、③強L包Hの得点差が大きかった。
⇒「強さを競う文化」は疲弊感につながりやすく、それはたとえ包摂性が高い職場であっても、あまり緩和されることがないと考えられる。
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離職意向を高い順に並べてみると、④強包 L、②強H包L、③強L包H、①強包Hという結果となり、差分は小さいものの、②強H包Lよりも④強包Lの方が、統計的に有意に離職意向が高かった。
⇒職場の包摂性が低い場合においては、「強さを競う文化」の程度が低い方が離職意向が高く、これもまた、「強さを競う文化」がポジティブに作用し得ることの証左かもしれない。「強さを競う文化」の程度・包摂性のいずれも低い職場は、「実際に退職をしているわけではないが、意図的に仕事を制限し、必要最低限のことしかしない『静かな退職』」のような状態になりかねない可能性がある。
図表10 「強さを競う文化」高低群・包摂性高低群のクロス集計
〈単一回答/n=933〉

図表11 「強さを競う文化」×包摂性別の結果指標(個人の意識)

3.調査概要

リクルートマネジメントソリューションズについて
ブランドスローガンに「個と組織を生かす」を掲げ、クライアントの経営・人事課題の解決と、事業・ 戦略推進する、リクルートグループのプロフェッショナルファームです。日本における業界のリーディングカンパニーとして、1963年の創業以来、領域の広さと知見の深さを強みに、人と組織のさまざまな課題に向き合い続けています。
●事業領域:人材採用、人材開発、組織開発、制度構築
●ソリューション手法:アセスメント、トレーニング、コンサルティング、HRアナリティクス
また、社内に専門機関である「組織行動研究所」「測定技術研究所」「HR Analytics & Technology Lab」を有し、理論と実践を元にした研究・開発・情報発信を行っております。
※WEBサイト:https://www.recruit-ms.co.jp
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