ナトリウムイオン電池材料β-NaMnO2の積層欠陥を抑制することで電池性能向上に成功~波状MnO2層の滑り現象メカニズムを解明、正極材料の長寿命化を実現~

東京理科大学

研究の要旨とポイント

ナトリウムイオン電池の正極材料β-NaMnO2について、系内のマンガン(Mn)を銅(Cu)で置換することにより、結晶内の積層欠陥を効果的に抑制できることを実証しました。

結晶構造中の積層欠陥の有無と充放電時の構造変化の相関性について詳細に調べ、そのメカニズムを世界で初めて解明しました。

置換量を最適化することで得られた欠陥フリー材料は、優れた容量維持率を示し、長寿命な電池としての実用可能性を実証しました。

本研究はナトリウムイオン電池などの次世代蓄電池において、コバルトやニッケルなどの希少金属を用いずに高性能化するための重要な設計指針となることが期待されます。

【研究の概要】

東京理科大学 研究推進機構の熊倉 真一プロジェクト研究員、同大学大学院 理学研究科 化学専攻の佐藤 周平氏(2018年度 修士課程修了)、三浦 佑介氏(2021年度 修士課程修了)、同大学 理学部第一部 応用化学科の久保田圭講師(当時、現NIMS)、駒場 慎一教授らの研究グループは、東京科学大学 総合研究院 化学生命科学研究所のLuong Huu Duc特任助教と館山 佳尚教授との共同研究において、ナトリウムイオン電池の正極材料として用いられるNaMnO2のMnをCuで置換したNaMn1-xCuxO2を合成し、Cu置換により結晶内の積層欠陥(*1)を抑制できることを明らかにしました。また、電池性能について評価し、積層欠陥を減らすことでサイクル性能が劇的に向上することを実証しました。

リチウムイオン電池に代わる次世代蓄電池として、資源が豊富かつ低コストであるナトリウムイオン電池の開発が注目されています。正極材料として期待される層状NaMnO₂には、MnO2層とナトリウムイオン層が平面状に交互に積層したα-NaMnO2(α相)と波状MnO2層とナトリウムイオン層がジグザグ状に積層したβ-NaMnO2(β相)が存在することが知られています。両相はコバルトやニッケルなどの希少金属を用いずに高い電池容量を持つことが期待されている一方で、特にβ相は充放電時の容量低下や充放電過程での構造変化メカニズムが未解明という課題がありました。本研究グループは、過去の研究で、MnをCuで置換すると、β相が著しく安定化することを見出していました。このような背景から、本研究では、NaMnO2中のCu置換量を最適化し、最先端の測定技術、電池技術と計算科学を組み合わせて、β相中の積層欠陥と電気化学特性との相関性を解明することを目的としました。

本研究では、Cu置換によりNaMnO₂のβ相で形成される積層欠陥を抑制できること、特に、欠陥フリー材料は充放電を150サイクル繰り返し行っても容量低下が見られない優れたサイクル安定性を示すことを明らかにしました。また、詳細な構造解析により、Naが半分以上脱離すると波状MnO₂層の滑り現象が発生することを世界で初めて発見しました。興味深いことに、この滑り現象はわずか数%の積層欠陥により阻害されて観察できなくなることも見出しています。欠陥フリー材料は電池動作時に約20%の大きな体積変化が生じますが、100回以上の充放電に耐える優れた構造安定性と柔軟性を示し、長寿命電池としての可能性を実証しました。

これらの研究により、β相電池材料の構造変化メカニズムが初めて解明され、実用化に向けた重要な知見が得られました。また、この知見はナトリウムイオン電池をはじめとする次世代蓄電池において、コバルトやニッケルといった希少資源に依存せずに、高性能を実現する材料設計の重要な指針を提供することが期待されます。

本研究成果は、2025年7月15日に国際学術誌「Advanced Materials」にオンライン掲載されました。

【研究の背景】

1985年、Delmasらが層状NayMnO2において、電気化学的な手法を用いて、Naを可逆的に脱離・挿入できることを初めて報告しました。現在まで、これらの酸化物をナトリウムイオン電池の正極材料として利用し、リチウムイオン電池に代わる新たなエネルギー材料を実現するための研究が盛んに行われてきました。

層状岩塩型NaMnO2は、α-NaMnO2(α相)とβ-NaMnO2(β相)の2つの結晶多形が知られています。α相は単斜晶系の歪んだO3構造(O’3構造)を特徴とし、平面状に交互に積層されたMnO2層とNaイオン層により構成されています。一方、β相は歪んだMnO6八面体がジグザグに積層することで波状のMnO2層を形成し、その層間にNaイオンが介在しています。α相は比較的低温で作製できますが、β相は850℃以上の高温処理が必要で、この際のNa揮発により完全なβ相の作製が困難でした。最も顕著な欠陥の1つはbc面の滑り(結晶面が滑って、位置がずれる)による積層欠陥で、これによりβ相の中に部分的にα相と同一の積層が生じます。

過去の研究では、積層欠陥を含むβ相が初回充放電において0.8Na+以上の高い放電容量を示すことが報告されています。しかし、低速であっても充放電すると容量が著しく低下してしまい、充放電過程における構造変化のメカニズムも未解明のままでした。このように、β相は高い理論容量を持つ一方で、動作速度や構造安定性の面で課題があり、実用化に向けてはさらなる研究が必要な材料といえます。

本研究グループは、これまでの研究で、Cuをドーパントとして用いると、NaMnO2のβ相が著しく安定化することを明らかにしています。そこで本研究では、NaMnO2中のMnをCuで置換した化合物NaMn1-xCuxO2を合成し、β相中の積層欠陥を抑制することを試みました。また、Cuの置換量を系統的に変化させた5つの化合物(NMCO-00: x = 0、NMCO-05: x =0.05、NMCO-10: x = 0.10、NMCO-12: x = 0.125、NMCO-15: = 0.15)について、構造解析と電気化学特性を評価し、積層欠陥との相関性について解明することを目的としました。

【研究結果の詳細】

1.積層欠陥無しのNaMn1-xCuxO2の合成

5つのNaMn1-xCuxO2(NMCO-00: x = 0、NMCO-05: x =0.05、NMCO-10: x = 0.10、NMCO-12: x = 0.125、NMCO-15: = 0.15)サンプルを合成し、Cu置換による積層欠陥の有無を系統的に解析しました。シンクロトロン放射光を用いたX線回折(XRD)と制限視野電子回折(SEAD)、走査型透過電子顕微鏡(STEM)による解析の結果、NMCO-00ではα相、Cu置換したすべてのサンプル(NMCO-05、NMCO-10、NMCO-12、NMCO-15)でβ相(空間群Pmmn)を形成していることがわかりました。また、Cu置換量の増加とともに、格子定数が直線的に変化し、Cu2+の大きなイオン半径(Cu2+: 0.73Å, Mn3+: 0.65Å, Mn4+: 0.53Å)によりb軸とc軸が伸長する一方、ヤーン・テラー(*2)活性なMn3+の減少により、a軸が短縮していることが確認されました。さらに、MO6八面体の歪みに関して、二次結合伸張および結合角の分散を算出して評価したところ、Cu置換量の増加に伴い、プロットが直線的に変化していることがわかりました。これはMO6八面体の歪み、つまり分子の対称性がOhからD2hへと低下し、その歪みが増加していることを示しています(*3)。

Cu置換量と積層欠陥の相関性について、NMCO-05で4.4%、NMCO-10で1.6%、NMCO-12で0.3%、NMCO-15で0.0%と、Cu置換量の増加に伴い、積層欠陥の割合も減少していることがわかりました。特にNMCO-12の合成は不純物のほとんどない高品質なβ相として、従来困難であったβ相の本質的な特性の研究を可能にしました。

以上の結果から、CuによるMnの置換が格子の歪みおよび積層欠陥の抑制を同時に引き起こすことを明らかにしました。

2.NaMn1-xCuxO2の電気化学特性および酸化還元特性

各サンプルの電気化学評価の結果、積層欠陥無しのNMCOは優れた容量維持率を示し、特にNMCO-12は150サイクル超でも容量低下が見られない優れたサイクル安定性を示すことがわかりました。この結果は、積層欠陥が抑制されたβ相が本質的に安定した構造であることを示しています。また、Cu置換したサンプルでは3.5V付近の特徴的な電圧プラトー領域(*4)や、充放電時の大幅な電圧上昇・降下が観察され、これらはβ相固有の特性に加え、ヤーン・テラー効果の影響と考えられます。初期クーロン効率については、NMCO-00で75.8%、NMCO-12で81.5%と比較的低く、固体電解質界面被膜の形成や高電圧領域での電解質分解などの副反応が生じているものと考えられます。

また、X線吸収端近傍構造(XANES)により、NMCO-12の充放電時におけるMnとCuの酸化還元特性を評価しました。MnのK吸収端については、高エネルギー側へのシフトが見られ、Mn3+とMn4+の可逆的な酸化還元反応が確認されました。一方、CuのK吸収端については、充放電による明確なエネルギーシフトは観察されず、Cuは基本的に2価の酸化状態を維持することが示唆されました。さらに、DFT計算により、Cuの3d状態がフェルミ準位より4eV以上低いことが明らかになり、MnがCuより先に酸化されることが裏付けられました。

以上の結果より、NMCO-12の1.5~4.5Vの電圧範囲における電気化学反応は主にMn3+とMn4+の酸化還元対が担っており、Cu2+は電気化学的に不活性で、構造安定化に寄与していることが判明しました。

3.NMCO-12の動的構造変化とそのメカニズム

積層欠陥の無いNMCO-12(NayMn0.875Cu0.125O2)についてin situ XRDおよびex situ XRD測定を行い、Na脱離・挿入過程における構造変化を詳細に解析しました。その結果、主に相I ~ IIIの異なる3つの相が存在することが明らかとなりました。これら3つの相に関して、充電過程では、相I(y = 1.00、β相)から相II(y = 0.52、直方晶系)を経て、相III(y = 0.25、低対称性)へと変化し、放電過程では、それとは非対称な経路(相III → 相II(y = 0.37)→ 相I’(y = 0.70)→ 相I)を経て、元の状態に戻ることがわかりました。また、3.5Vのβ相由来の電圧プラトー領域は相IIIと相IIの二相領域に対応していると考えられます。

また、NMCO-12ではNaが半分以上脱離すると、波状MnO2層の滑りが発生することが明らかとなりました。相Iから相IIの変化は波状MnO2層がb軸方向に滑ることで生じ、相IIから相IIIの変化は、波状MnO2層がb軸とa軸の両方向に同時に滑ることで生じています。この滑りは、積層欠陥の有無に影響を受け、NMCO-00やNMCO-05など積層欠陥を含むサンプルでは滑りが阻害されることもわかりました。DFT計算でも、この滑り現象が理論的に起こりやすいことが確認されました。

電池が動作する際、材料の格子が大きく変化し、a軸方向に20%伸び、c軸方向に12%縮み、全体で約20%も体積が変化します。通常、これほど大きな変形を繰り返すと材料が劣化しますが、NMCO-12は100回以上の充放電に耐える優れた耐久性を示し、長寿命電池としての可能性を実証しました。


本研究を主導した駒場教授は、「マンガン(Mn)は比較的安価で調達リスクが少ないため、資源制約を受けないナトリウムイオン電池の実現に向けて鍵となる材料です。これを電池材料として最大限活用することを目的として、本研究を推進してきました。特に、正極材料としてのNaMnO2は急速に劣化することが知られており、この劣化メカニズムの解明はMn化合物の電池材料への応用において必須の課題でした。本研究で得られた知見は、スマートフォンや電気自動車に使用される蓄電池の長寿命化と低コスト化に寄与することが期待されます」と、コメントしています。


※ 本研究は、文部科学省におけるデータ創出・活用型マテリアル研究開発プロジェクト事業(DxMT)の再生可能エネルギー最大導入に向けた電気化学材料研究拠点(DX-GEM, JPMXP1122712807)、「富岳」成果創出加速プログラム(JPMXP1020230325)、科学技術振興機構(JST)における戦略的創造研究推進事業(CREST, JPMJCR21O6)、先端国際共同研究推進事業(ASPIRE, JPMJAP2313)、革新的GX技術創出事業(GteX, JPMJGX23S4)の助成を受けて実施したものです。また、HPCIシステム利用研究課題(hp240168, hp240224)を通じて、理化学研究所が提供するスーパーコンピュータ「富岳」、東京科学大学が提供する「TSUBAME4.0スーパーコンピュータ」の計算資源の提供を受け、実施されました。本研究におけるシンクロトロン光によるX線回折実験は大型放射光施設(SPring-8)の放射光利用研究基盤センター(JASRI)の承認の下、BL02B2で行われました(2017A1399)。

【用語】

*1 積層欠陥

 結晶構造において、原子や分子の層が規則正しく積層している中で、一部の層の積み重なり方が理想的な配列から外れてできる欠陥のことを指す。

*2 ヤーン・テラー効果

 ヤーン・テラー効果とは、縮重した電子状態を持つ分子や錯体において、その電子状態の不安定性により、分子の対称性を低下させて縮重を解くように構造が歪む現象。例えば、正八面体型錯体の中心にある金属原子の電子状態が縮重して不安定な場合、八面体全体が潰れたり伸びたりして対称性を低下させることで、電子のエネルギーを下げて系全体を安定化させる。特にマンガンイオン(Mn³⁺)や銅イオン(Cu²⁺)などの遷移金属錯体でよく観察され、材料の電気的・磁気的性質に大きな影響を与えることが知られている。

*3 Oh対称とD2h対称

Oh対称は正八面体で見られる対称性を指す。中心の原子の周りに6個の配位子が等距離で取り囲んでおり、すべての結合長が等しく、すべての結合角が90°または180°である。回転対称、反転対称など、合計48個の対称操作を持ち、高い対称性を示す一方で、電子状態の縮重度も高い。

一方、D2h対称は直方体で見られる対称性を指す。3つの異なる軸方向に異なる距離で原子や配位子が配置されている。Oh対称から歪みが生じると、x、y、z軸方向の結合長がそれぞれ異なる値を取るようになるため、8個の対称操作しか持たなくなる。その結果、縮重していた電子軌道が分裂して縮重が解け、分子全体のエネルギーが低下してより安定な状態となる。

*4 電圧プラトー領域

電池の充放電評価の際、放電容量の変化に対し電圧が一定になる領域。

【論文情報】

雑誌名:Advanced Materials

論文タイトル:Synthesis and Electrochemistry of Stacking Fault-Free β-NaMnO2

著者:Shinichi Kumakura, Kei Kubota, Syuhei Sato, Yusuke Miura, Huu Duc Luong, Eun Jeong Kim, Yoshinobu Miyazaki, Tomohiro Saito, Yoshitaka Tateyama, and Shinichi Komaba

DOI:10.1002/adma.202507011

【発表者】

熊倉 真一  東京理科大学 研究推進機構 プロジェクト研究員

佐藤 周平  東京理科大学大学院 理学研究科 化学専攻(2018年度 修士課程修了)

三浦 佑介  東京理科大学大学院 理学研究科 化学専攻(2021年度 修士課程修了)

久保田 圭  東京理科大学 理学部第一部 応用化学科 講師(当時、現NIMS 主任研究員)

館山 佳尚  東京科学大学 総合研究院 化学生命科学研究所 教授

Luong Huu Duc  東京科学大学 総合研究院 化学生命科学研究所 特任助教

駒場 慎一  東京理科大学 理学部第一部 応用化学科 教授

【研究に関する問い合わせ先】

東京理科大学 理学部第一部 応用化学科 教授 

駒場 慎一(こまば しんいち)

E-mail: komaba【@】rs.tus.ac.jp

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