カルシウム置換によりナトリウムイオン電池の大気安定性が向上 ~実用化に向けた高性能正極材料開発の新戦略~
【研究の要旨とポイント】
P2型Na2/3[Fe1/2Mn1/2]O2 (NFM)は、ナトリウムイオン電池の正極材料として高い性能を有していますが、大気中ではその表面不安定性により劣化してしまうことが実用化の課題となっていました。
ナトリウムイオンを1 wt%のカルシウムイオンで置換することにより、高い放電容量190 mAh/gを維持しながら優れたレート特性を示し、2日間大気中に曝露してもほとんど劣化しないことを明らかにしました。
大気曝露後にカルシウムイオンが粒子表面に自発的に移動し、カルシウム濃度の高い保護層を形成することで、ナトリウムイオンと水素イオンの交換反応などを抑制して劣化を防ぐという機構の詳細を解明しました。
本研究成果は、層状酸化物の大気安定性の課題を解決し、ナトリウムイオン電池の実用化を促進することが期待されます。
(動画)カルシウム置き換えによりナトリウムイオン電池の安定性が向上
【研究の概要】
東京理科大学大学院 理学研究科 化学専攻のMonalisha Mahapatra氏(2025年度 博士課程2年、JICA奨学生)、同大学 理学部第一部 応用化学科のZachary T. Gossage助教、李 昌熹助教、駒場 慎一教授、同大学 研究推進機構の熊倉 真一プロジェクト研究員らの共同研究グループは、ナトリウムイオン電池の正極材料として期待されるP2型Na2/3[Fe1/2Mn1/2]O2 (NFM)において、ナトリウムイオンを1 wt%のカルシウムイオンで置換することで、優れた電池特性を維持しながら耐水性を向上することに成功しました。また、カルシウム置換によって耐水性が向上するメカニズムの詳細を解明しました。
ナトリウム含有遷移金属層状酸化物は、ナトリウムイオン電池の正極材料として優れた性能を持つことが知られています。特にP2型の層状構造に分類されるNFMはリチウムイオン電池に匹敵する性能を示すため、実用化を見据えた研究が広く行われています。しかし、大気中での安定性が低く、徐々に性能劣化することが実用化への大きな障壁となっていました。そこで本研究では、NFMのような高容量材料において、ナトリウムイオンの一部をカルシウムイオンで置換することで高い放電容量を維持しながら耐水性を向上させ、大気安定性の課題を克服できるか否かを検討しました。
本研究の結果、NFMを1 wt%のカルシウムイオンで置換したNCFMでは、水酸化物、炭酸塩の生成や結晶構造への影響がほとんど見られませんでした。放電容量約190 mAh/g、容量維持率72%を達成し、50サイクルまで安定動作することが明らかになりました。レート特性は1Cで110 mAh/g、2Cで67 mAh/gと、NFMよりも優れた値を示しました。さらに、湿度65%で2日間大気曝露しても、放電容量の損失は見られず、大気安定性が大幅に向上しました。表面分析により、大気曝露でカルシウムイオンが粒子表面に移動してカルシウム濃度の高い層を形成し、これが大気中での分解反応を抑制する鍵となっていることを突き止めました。本研究は、ナトリウムイオンの一部をカルシウムイオンで置換することがNFMの安定性と性能向上に有望な戦略であることを実証しています。
本研究成果は、2025年8月29日に国際学術誌「Journal of Material Chemistry A」にオンライン掲載されました。
【研究の背景】
高性能なナトリウムイオン電池を実現するため、負極用炭素材料や遷移金属層状酸化物をベースとした高性能正極材料に関する研究が広く行われています。特に、NaxTmO2(NaxTmO2、x = 0 ~ 1、Tm: 遷移金属)は、その簡便な合成法と構造の多様性により、最も有望な正極材料の1つとされています。
ナトリウムイオンが三角柱サイトを占有するP2型は、O3型と比較してナトリウムイオンの拡散が速く、優れたサイクル特性を示すことが知られています。また、本研究グループは過去の研究で、P2型Na2/3[Fe1/2Mn1/2]O2 (NFM)が、可逆容量190 mAh/g、エネルギー密度520 mWh/gという優れた性能を示すことを明らかにしています。しかし大気中では、吸湿、ナトリウムイオンと水素イオンの交換反応、粒子表面での不純物(水酸化物や炭酸塩)の生成により性能劣化することが課題となっていました。さらに、ナトリウムイオンの欠損と層間距離の増大により、水や二酸化炭素の挿入反応が起こりやすく、これも大気安定性が低下する要因となっていました。これらは実用化において、生産コストの増加や輸送、保管、加工環境のより厳密な管理を必要とします。そのため、NFMをはじめとする層状酸化物の本質的な安定性を向上させることに大きな関心が寄せられていました。
近年、元素置換により層状酸化物の安定性を向上させる手法が注目されています。この手法は水の挿入反応を抑制し、大気安定性を向上できることが確認されていますが、これまでは約100 mAh/g以下の低容量材料が研究対象であり、NFMのような高容量材料への適用は限定的でした。一方、O3型層状酸化物では、豊富なカルシウムを用いた元素置換がナトリウムイオンと水素イオンの交換反応を抑制し、大気安定性やレート特性が向上させることが明らかになっています。しかし、NFMや鉄-マンガン系層状酸化物へのカルシウム置換効果については十分に調査されていませんでした。
このような背景を踏まえ、本研究ではNFMを対象とし、ナトリウムイオンの一部をカルシウムイオンで置換することにより、高い放電容量を維持しつつ、耐水性および大気安定性を向上させることを目的として研究を行いました。
【研究結果の詳細】
1.Na2/3-2xCaxFe1/2Mn1/2O2 (x = 0, 0.01, 0.02)の合成と構造
水酸化カルシウム、酸化鉄、マンガン酸化物、炭酸ナトリウムなどの原料をアセトン中で12時間ボールミル処理した後、乾燥、ペレット化の工程を経て、900℃で12時間焼成して、目的のNa2/3-2xCaxFe1/2Mn1/2O2(NCFM: x = 0, 0.01, 0.02)を合成しました。
走査型電子顕微鏡-エネルギー分散型X線分光法(SEM-EDX)とX線回折法(XRD)を用いて測定を行ったところ、2 wt%ではCa2MnO4による不純物相の形成が確認されたため、純粋なP2型構造を維持していた1 wt%置換したNCFMを以降の研究に使用しました。NCFMにおいて、カルシウムイオンは粒子全体に均一に分散しており、結晶性が向上していることが確認されました。また、c軸が11.215 Å から11.227 Åと増加し、a軸がわずかに収縮することにより、結晶構造を維持しつつ層間距離のみを拡張していることが明らかとなりました。カルシウムイオン半径はナトリウムイオン半径に近いため、鉄イオン(Fe3+)やマンガンイオン(Mn4+)ではなく、ナトリウム層と置換されることが確認されました。
2.NCFMの電気化学特性の評価
NCFMの電気化学特性評価では、放電容量約190 mAh/g、容量維持率72%を達成し、50サイクルまで安定して動作することが明らかになりました。この性能向上は、カルシウムイオンがナトリウムイオンより高い電荷を持ち、周囲の酸素原子と強い静電相互作用を形成していることに起因すると考えられます。また、大きな電荷密度による安定化効果により、カルシウムイオンの脱離がエネルギー的に不利となり、材料の安定性向上に寄与していると推測されます。
レート特性に関しては、NCFMは1Cで110 mAh/g、2CでNCFMは67 mAh/gと、NFMよりも優れた値を示しました。この性能向上は、粒子サイズが大きくなってもカルシウム置換が層状構造を安定化し、ナトリウムイオンの拡散経路を保持したことに起因すると考えられます。また、カルシウムイオンの高いイオン電位がナトリウムイオン間の反発を減少させて移動を促進し、さらにTmO2層間で支柱として機能することで層間距離と結晶構造を維持し、ナトリウムイオンの持続的な拡散を促進していると推測されます。
3.NCFMの耐水性の向上とそのメカニズム
水に5分間浸漬した後のpHは、NFMの11.4に対し、NCFMでは9.1と大幅に低い値が得られました。これにより、カルシウム置換がナトリウムイオンと水素イオンの交換反応を抑制することが確認されました。長時間浸漬では両材料ともpH上昇が見られましたが、NCFMでは一貫してナトリウムイオンの溶出が抑制され、水酸化物の蓄積も相対的に少なく、安定性向上が明確でした。
65%相対湿度で2日間大気中に曝露すると、NFMでは水分子の層間挿入による水和相が形成され、c軸の格子定数が11.215 Åから11.244 Åに増加しました。これは、層状構造の拡張や結晶構造の部分的変化による材料劣化を示唆しています。一方、NCFMでは、水和相やNaHCO3の形成は確認されず、大気安定性の向上が実証されました。また、大気中でNFMに深刻なゲル化が生じ電極塗布が困難であったのに対し、NCFMは均一性を保ち電極作製が可能でした。
大気曝露後の性能比較では、NFMが約62 mAh/gまで容量低下したのに対し、NCFMは190 mAh/gの高容量を維持しました。50サイクル後の容量維持率はNFMの31%に対して、NCFMは大幅に改善されました。大気暴露前後のNCFMを走査透過型電子顕微鏡-エネルギー分散型X線分光法(STEM-EDS)、透過電子顕微鏡-エネルギー分散型X線分光法(TEM-EDX)で解析した結果、P2型構造のナトリウムサイトに位置するカルシウムイオンが反応性の高い粒子表面に移動・凝集して保護層を形成し、大気との反応やイオン交換を抑制する耐水性向上のメカニズムを解明しました。
本研究を主導した駒場教授は、「本研究成果は、ナトリウムイオン電池の実用化と低コスト化に大きく貢献することが期待されます。また、本研究ではJICAを通じたインドからの留学生が短期間で優れた成果を上げました。これは彼女自身の努力と研究室全体のサポート体制の両方により成し遂げられたものと考えています」と、研究成果についてコメントしています。
※本研究は、文部科学省におけるデータ創出・活用型マテリアル研究開発プロジェクト事業(DxMT)の再生可能エネルギー最大導入に向けた電気化学材料研究拠点(DX-GEM, JPMXP1122712807)、科学技術振興機構(JST)における戦略的創造研究推進事業(CREST, JPMJCR21O6)、先端国際共同研究推進事業(ASPIRE, JPMJAP2313)、革新的GX技術創出事業(GteX, JPMJGX23S4)、日本学術振興会(JSPS)の科研費(JP25H00905, JP24H00042, JP20H02849)の助成を受けて実施したものです。なお、本研究の筆頭著者であるMonalisha Mahapatra氏は、JICAのインド工科大学ハイデラバード校整備事業(JICA-IITH FRIENDSHIP Scholarship 2.0)の支援を受けて本研究を実施しました。
【論文情報】
雑誌名:Journal of Material Chemistry A
論文タイトル:Enhanced air stability by calcium doping in Na2/3[Fe1/2Mn1/2]O2 cathode material for Na-ion batteries
著者:Monalisha Mahapatra, Zachary T. Gossage, Changhee Lee, Shinichi Kumakura, Kodai Moriya, and Shinichi Komaba
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