希薄電極法により、ナトリウムイオン電池の電極反応速度を定量化 ~ナトリウムはリチウムより速く、低温でも高性能を実現~

東京理科大学

【研究の要旨とポイント】

希薄化したハードカーボン電極の電気化学測定により、ナトリウムの挿入反応速度はリチウムより速く、黒鉛電極に対するリチウムの挿入反応と同等の性能を持つことを実証しました。

ナトリウム挿入の活性化エネルギー(約55 kJ/mol)がリチウム挿入(約65 kJ/mol)より低く、その結果、低温環境でも性能が保たれ、急速充電に適していることを解明しました。

本研究の成果は、大規模エネルギー貯蔵システムや電気自動車向けナトリウムイオン電池の急速充電技術の開発に寄与し、ナトリウムイオン電池の普及や寒冷地での実用化を加速させることが期待されます。

【研究の概要】

東京理科大学大学院 理学研究科 化学専攻の藤井 勇生氏(2025年度 博士課程3年)、同大学理学部第一部 応用化学科のZachary T. Gossage助教、駒場 慎一教授らの研究グループは、電池の負極材料であるハードカーボンを対象に、希薄電極法(※1)を用いてリチウムおよびナトリウムの挿入反応の速度論を比較検討し、ナトリウムがリチウムよりも優れた拡散性を示すことを明らかにしました。これにより、ハードカーボンを負極として用いた場合、ナトリウムイオン電池がリチウムイオン電池よりも高速で充電できることが定量的に示されました。

リチウムイオン電池やナトリウムイオン電池では、リチウムイオンやナトリウムイオンが電荷の担い手として移動することにより充放電を行うことができます。これまでの研究により、ハードカーボン負極に対するこれらのイオンの挿入反応速度は、①炭素六角網面層における吸着と挿入、②ナノ細孔への充填という2つの主要な反応に依存していることが知られています。これらの反応速度は電池の高出力密度と急速充電を実現する鍵となりますが、従来の複合電極では2つの反応が重なり合うことや電極内でのイオンの移動が複雑であるため、どちらが速度を制限しているのか区別することが困難でした。

本研究では、希薄電極法という新たなアプローチを採用して電気化学測定を行うことで、ハードカーボン負極に対するナトリウム挿入とリチウム挿入の反応速度を正確に評価しました。その結果、5 vol.%に希釈したハードカーボン電極を用いた急速充電試験において、ハードカーボンへのナトリウム挿入速度はリチウムよりも速いことが確認されました。電極への挿入速度の指標となる見かけの拡散係数(Dapp)は、ナトリウムでは10-10 ~ 10-11 cm2/s、リチウムでは10-10 ~ 10-12 cm2/sであり、ナトリウムの方がハードカーボン中を速く移動できることが示唆されました。さらに、ハードカーボンへのナトリウム挿入速度は、現行のリチウムイオン電池で負極材料として用いられる黒鉛へのリチウムの挿入速度と同等であることが示されました。

また、温度依存性の評価から得られた活性化エネルギーは、リチウム挿入(約65 kJ/mol)よりもナトリウム挿入(約55 kJ/mol)の方が低くなっており、ナトリウムイオン電池の方が温度変化の影響を受けにくいため低温環境でも性能を維持しやすいことが示されました。さらに、希薄ハードカーボン電極では、電解液とハードカーボン界面での電荷移動反応が充電速度を制限する主な要因となり得ますが、低電位領域ではハードカーボン細孔内における擬金属クラスターの核生成が充電速度に大きく影響することが明らかとなりました。

本研究成果は、2025年12月15日に国際学術誌「Chemical Science」にオンライン掲載されました。また、本論文はChemical Science誌において特に注目される「ChemSci Pick of the Week」に選出されました。

【研究の背景】

ハードカーボンは炭素材料の一種で、数層の炭素六角網面が積層した結晶子と、その間隙となるナノ細孔を内部に有しています。層間や細孔はアルカリ金属イオンが出入り可能なため、リチウムイオン電池やナトリウムイオン電池の負極材料として使用されています。また、充放電時の体積変化が小さいため電極の劣化が少なく、長期間使用できる電池の実現に貢献しています。実用例としては、ハイブリッド車や大規模蓄電システムなどが挙げられます。

従来の充放電試験では、数マイクロメートルの活物質粒子(ハードカーボン粉末)が導電助剤や結着剤とともに高密度に圧縮された合剤電極を用いるため、活物質のみに焦点を当てた反応速度評価が困難でした。また、急速充電時には電極に染み込んだ電解液中にあるアルカリ金属イオンをハードカーボンが瞬時に取り込むため、電極外部からのイオン輸送の遅れにより電極の厚み方向で不均一な充電状態が生じてしまうことが速度制限の要因となっていました。

これを解決する方法として「希薄電極法」が開発されました。希薄電極法では、電極の希釈により隣り合う活物質粒子が引き離されるため、各活物質粒子に十分な量のイオンを供給することができます。その結果、高電流条件下でも活物質を高い充電状態や放電深度まで到達させることができます。

希薄電極法の利点は、導電助剤、結着剤、空隙により形成される電子伝導パスおよびイオン電導パスを維持したまま、活物質そのものの性能を正確に評価できることです。これにより、ナトリウムイオン電池とリチウムイオン電池におけるハードカーボン電極の急速充放電性能を詳細に比較できます。また、さまざまな希釈率の電極を用いることで多孔体電極から単粒子状態まで電気化学挙動を系統的に評価できるため、充放電速度とエネルギー貯蔵メカニズムの関係のより深い理解につながることが期待できます。

以上の背景から本研究グループは、希薄電極法を活用することで従来の電極構造に起因する制約を取り除き、ハードカーボンへのナトリウム挿入とリチウム挿入の本質的なメカニズムに迫りました。具体的には、温度制御下での充放電試験、電位走査法、電位ステップクロノアンペロメトリー、交流インピーダンス測定など、多角的な電気化学測定を用いて研究を行いました。

【研究結果の詳細】

まず、ハードカーボンの割合を変化させた合剤電極(5 vol.%、40 vol.%、95 vol.%など)を作製し、それらの充放電速度を比較しました。その結果、ナトリウムイオン電池では、5 vol.%の希薄電極が95 vol.%の従来電極よりも著しく高い速度性能を示しました。このことから、ハードカーボン内部におけるナトリウムの拡散は、電極内部に浸透した電解液におけるナトリウムの拡散よりも速いこと、すなわち、従来の電極で充電反応速度を制限していたのは、電極の材料ではなく、電極の構造であったことが明らかになりました。

また、5 vol.%の希薄電極は1000 mA/g(HC)で全容量の80%を達成し、さらに2500 mA/g(HC)という極めて高い電流密度でも全容量の40%を維持することが明らかとなりました。特に注目すべきは、高速充電時でも低電圧領域で発現する電位平坦部(ハードカーボンのナノ細孔における反応)が利用可能であったことです。これは、ナトリウムがハードカーボンの細孔内部まで高速で到達できることを意味しており、高容量と高速充電を両立できる可能性を示しています。

一方、リチウムイオン電池では希薄電極の効果は限定的でした。わずか200 mA/gという比較的低い充電速度においても、容量が約60%まで急速に減少し、ナトリウムイオン電池で見られたような劇的な改善は観察されませんでした。この結果は、ハードカーボンへのリチウム挿入反応が、ナトリウム挿入反応とは異なる制約を受けていることを示唆しています。しかし、希釈していない従来の電極では、リチウムイオン電池の場合、1000 mA/gという高電流密度で全容量の40%以上を維持し、それ以上の高速域では希薄電極との性能差が小さくなることがわかりました。これに対して、同じ高濃度電極を用いたナトリウムイオン電池では、わずか100 mA/g(HC)で容量が約40%まで低下し、リチウムイオン電池よりも性能が劣るという逆転現象が確認されました。この違いの要因として、合剤電極構造に関連する複雑な抵抗、特に、固体電解質界面(SEI)の安定性が速度制限要因として大きく寄与したと推測されます。ナトリウムイオン電池では、電極反応が不均一になる高濃度電極(従来電極)においてSEIが不安定になりやすく、これが性能低下を引き起こしている可能性が示唆されました。

さらに、見かけの拡散係数(Dapp)と活性化エネルギー(Ea)の定量的評価により、反応メカニズムの違いも明らかになりました。炭素六角網面層への吸着・挿入反応では、ナトリウムとリチウムのDappはいずれも10-10 ~ 10-11 cm2/sのオーダーで比較的類似しており、イオン種による本質的な差は小さいことがわかりました。一方、ナノ細孔への充填反応では、ナトリウムのDappが10-10 ~ 10-11 cm2/sであるのに対し、リチウムは10-10 ~ 10-12 cm2/sと最大で1桁遅く、ハードカーボンの細孔における擬金属クラスターの核生成過程に明確な違いが見られました。さらに、Eaはナトリウム挿入で約55 kJ/mol、リチウム挿入で約65 kJ/molであり、ナトリウムの方が温度変化の影響を受けにくいことも示されました。これらの定量的データから、擬金属クラスター形成の反応速度の違いが、ナトリウムの速度的優位性を生む主要因となっていることが明らかになりました。

本研究を主導した駒場教授は、「ナトリウムイオン電池の電極材料が持つ優れた急速充電性能を定量的に示し、電池内部における理論的限界を見極めたいという想いから本研究を進めてきました。本研究の成果は、ナトリウムイオン電池の充電時間の短縮や、低温環境下における安定した充放電の実現に寄与することが期待されます」と、コメントしています。

  • 本研究は、文部科学省におけるデータ創出・活用型マテリアル研究開発プロジェクト事業(DxMT)の再生可能エネルギー最大導入に向けた電気化学材料研究拠点(DX-GEM, JPMXP1122712807)、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)における戦略的創造研究推進事業(CREST, JPMJCR21O6)、先端国際共同研究推進事業(ASPIRE, JPMJAP2313)、革新的GX技術創出事業(GteX, JPMJGX23S4)、日本学術振興会(JSPS)の科研費(JP24KJ2024)の助成を受けて実施したものです。

【用語】

※1 希薄電極法

 大阪公立大学の有吉 欽吾 准教授らの研究グループによって開発された手法。本研究では、電極内の活物質(ハードカーボン)の一部を電気化学的に不活性なAl2O3(酸化アルミニウム)に置き換えている。

【論文情報】

雑誌名

:Chemical Science

論文タイトル

:Revealing the Kinetic Limits of Sodiation and Lithiation at Hard 

   Carbon Using the Diluted Electrode Method

著者

:Yuki Fujii, Zachary T. Gossage, Ryoichi Tatara, and Shinichi Komaba

DOI

10.1039/d5sc07762a

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上場
未上場
資本金
-
設立
1881年06月