「ネイチャーポジティブ(気候変動、生物多様性、資源再生など)」の網羅的な最新状況と未来を把握するためのテクノロジー動向:第4回 陸/淡水/海の利用による変化
アスタミューゼ株式会社(本社:東京都千代田区、代表取締役社長 永井歩)は、ネイチャーポジティブに関する技術領域において、弊社の所有するイノベーションデータベース(論文・特許・スタートアップ・グラントなどのイノベーション・研究開発情報)を網羅的に分析し、動向をレポートとしてまとめました。
「陸/淡水/海の利用による変化」の概要と分類
TNFD(Taskforce on Nature-related Financial Disclosures / 自然関連財務情報開示タスクフォース)における自然資本への「インパクトドライバー」のひとつに、「陸/淡水/海の利用による変化」があげられます。
自然環境の保護や改善によって陸上や森林、淡水、海洋の生態系を保全し、かつ必要におうじて復元することは、人類が持続的に生活や経済活動を営むうえで不可欠といえます。土地や海洋の開発を無秩序に進めれば、土壌浸食や水質汚染、生息地の分断などが深刻化し、生物多様性の損失につながります。こうした危険性をふまえて事業企画や投資判断に反映させる取り組みとして、自然資本に関連するリスクおよび機会の開示を推進するTNFDが重要な役割をにないます。
TNFDによる自然資本への影響評価や情報開示の枠組みが普及すれば、企業や金融機関が自然環境へのインパクトをより的確に把握し、持続可能な土地と海洋の開発、事業展開を進めやすくなり、結果として自然と経済の両立がはかりやすくなります。実際に、TNFDへの対応支援として、TNFDが推奨する情報開示フレームワークにもとづいた、生物に関わる情報やデータの提供・収集、戦略の立案、情報開示までに必要となる自然関連情報の提供を行うサービスも提供されています。
TNFDの枠組では、自然環境の保護や改善による陸上や淡水、海洋生態系の保全と復元、土地や海洋開発の効率化による自然環境と生態系の破壊防止が「陸/淡水/海の利用による変化」の対象です。アスタミューゼでは、ネイチャーポジティブの概念を「狭義のポジティブ(自然に対して直接的にポジティブな影響を与える技術)」、「広義のポジティブ(自然に対するネガティブな影響を最小限に抑える技術)」、「モニタリング(自然への影響を測定・評価する技術)」の3つの視点でわけており、「陸/淡水/海の利用による変化」の領域では以下のような分類としています。
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狭義のポジティブ領域:自然環境改善による陸上や淡水、海洋生態系の復元、先進的な農業や養殖手法、森林などの植樹、野生保護区お保護対象生物の範囲拡大、淡水や海水の水質改善
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広義のポジティブ領域:自然環境保護による陸上や淡水、海洋生態系の保全、土地や海洋開発の効率化(採掘方法の改善を含む)による自然環境と生態系の破壊防止、農業や都市計画の見直し、過度な漁獲や狩猟におびやかされる生物の保護、森林伐採の防止や野生保護区の設定
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モニタリング領域:「陸/淡水/海の利用による変化」の可視化、陸上や淡水、海洋生態系や、農業および都市計画などにおける土地利用の実態把握、無人航空機と多様な計測技術を組み合わせた手法の活用、それらのデータベース化
本レポートでは、アスタミューゼ独自のデータベースを活用し、上記の3つの視点にもとづいて、特許、論文、グラント(研究プロジェクト)、スタートアップ企業における「陸/淡水/海の利用による変化」に関する技術動向を分析しました。
「陸/淡水/海の利用による変化」に関連する特許の分析
はじめに特許出願数について分析します。特許は、企業や大学がその領域において技術を独占するためのものであり、社会実装が近い、もしくは既に製品化済みである短中期の動向をしめします。図1は、2012年以降に出願されたネイチャーポジティブの3つの分類領域別の特許出願数の推移です。特許のデータは出願から公開までにタイムラグがあるため、直近2022年の集計値は参考値になります。
広義領域の出願数と比較すると、狭義領域およびモニタリング領域の出願数が多く、相対的には普及が進んでいるといえます。しかし、出願数自体がそもそも多くないので、社会実装に移行しつつあるタイミングともいえます。逆に広義領域は、狭義領域やモニタリング領域と比較すると、社会実装の時期はまだ先であると読みとれます。
図2は2015年の出願数を基準とした場合の分類別増加率の推移です。
広義領域の2021年出願数は2015年出願数の約1.4倍であるのに対し、狭義領域は約2.4倍、モニタリング領域は約3.4倍と大幅に増加しており、狭義領域およびモニタリング領域は2015年以降、社会実装が進んでいるといえます。
特許の中身を見ると狭義領域に関しては、淡水や海洋生態系の回復をめざした技術が多く見られます。モニタリング領域では、機械学習や画像処理などを活用した分析技術が多いです。広義領域に関しては狭義領域と同様に、淡水や海洋生態系の保護をめざした技術が多く見られます
以下に狭義領域およびモニタリング領域の近年の特許を紹介します。
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特許事例(狭義領域)
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出願人:Changjiang Water Resources Protection Institute
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タイトル:Ecological restoration method for lake wetland against effects of water level rise in dry season
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公開番号:US20230157214A1
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出願年:2022年
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特許概要:湖沼のデータを収集し、さまざまな水位上昇シナリオにもとづいて選定した植物種の復元範囲を定義する。その上で生息地や生物多様性の復元を実施・監視し、必要におうじてアプローチを調整する。一連のプロセスにより乾季の水位上昇の影響を受けた湖沼湿原を復元する方法を提供する。
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特許事例(モニタリング領域)
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出願人:Ministry of Ecology and Environment Center for Satellite Application on Ecology and Environment
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タイトル:Method for remotely sensing and rapidly determining guarantee degree of river ecological flow based on high-resolution satellite data
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公開番号:NL2029448B1
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出願年:2021年
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特許概要:高解像度衛星データと限定的な現地測定データを活用し、河川生態系流量(川の生態系を維持するために必要な水の流量)の保証度を遠隔かつ迅速に算出して監視・管理を強化する方法を提供する。
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「陸/淡水/海の利用による変化」に関連するスタートアップ企業の分析
スタートアップ企業はあたらしい技術で社会に影響をあたえる企業であり、特許と同様、近未来における社会実装の指標といえます。図3は、2012年以降に設立された3つのネイチャーポジティブ分類の領域別スタートアップ企業の設立件数推移です。
スタートアップ企業の設立件数は少なく、狭義領域における設立件数が最小となっています。しかし、3つの領域で有意な差があるとはいいがたく、設立件数の推移についても明確な増減の傾向は見られません。「陸/淡水/海の利用による変化」に関するスタートアップ企業の取組は、利益の低さが疑われる一方で、社会的な意義が高く、これからも継続的な需要が期待されます。
スタートアップ企業の中身を見ると、狭義領域では生態系や生物多様性の回復、土壌の改良などの事業が見られます。広義領域では、人工知能やデジタルツインの技術を活用して自然環境や生物多様性の保護を目指すスタートアップ企業、モニタリング領域では人工知能や無人航空機を活用した生物多様性のモニタリングに取り組むスタートアップ企業が見られます。
「陸/淡水/海の利用による変化」に関連する論文の分析
つぎに論文出版数について分析します。論文は大学や学術機関による研究成果をしめすものであり、特許やスタートアップ企業よりは社会実装までの期間が長いと見こまれる技術といえます。図4は、2012年以降に出版されたネイチャーポジティブ3領域別の論文出版数推移です。
広義領域の出版数が、狭義領域およびモニタリング領域よりも全期間にわたり若干多いことがわかります。ネイチャーポジティブの3領域において、特許の出願数と比較すると、論文の出版数はかなり多いこともわかります。「陸/淡水/海の利用による変化」の領域は、まだまだ基礎研究の段階であるといえます。
図5は2015年の出版数を基準とした領域別の増加率推移です。
ネイチャーポジティブのいずれの概念でも、2022年における出版数は2015年出版数の約3倍と大幅に増加しており、基礎研究は大きく加速していることがわかります。狭義領域や広義領域に関しては、自然を基盤とした解決策の研究が見られます。また、モニタリング領域では環境DNAメタバーコーディングなどの遺伝子レベルの分析に取り組む研究が多く見られます。
以下に、狭義領域およびモニタリング領域の近年の論文を紹介いたします。
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論文事例(狭義領域)
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タイトル:Natural/Small Water Retention Measures: Their Contribution to Ecosystem-Based Concepts
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雑誌名:Sustainability
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DOI:10.3390/su16031308
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出版年:2024年
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機関名:Office International de l’Eau
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概要:複数の水関連サービスを提供することで、水質の改善や水資源の利用可能性を向上し、農業や社会のレジリエンスを高める可能性を持つ「自然を基盤とした解決策」としての自然・小規模水保持措置が、持続可能な開発目標(SDGs)の達成にどのように貢献するのかを、ヨーロッパの事例研究を通じて探求する。
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論文事例(モニタリング領域)
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タイトル:North Atlantic deep-sea benthic biodiversity unveiled through sponge natural sampler DNA
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雑誌名:Nature
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DOI:10.1038/s42003-024-06695-4
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出版年:2024年
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機関名:Autonomous University of Madrid
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概要:環境DNAメタバーコーディングの自然サンプラーとして深海スポンジを活用することで、北大西洋に生息するスポンジを介した広範な後生動物の多様性とその空間的パターンを効果的に解明。脆弱な深海生態系のモニタリングや管理における深海スポンジの応用可能性を示唆している。
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「陸/淡水/海の利用変化」に関連するグラントの分析
最後にグラント(競争的研究資金)の採択動向を分析します。グラントは大学や学術機関が実施する研究に対して配賦された資金であり、社会実装までの時間が論文よりもさらに長く、将来有望になりうる技術といえます。
図6は、2012年以降に採択されたネイチャーポジティブ3領域別のグラント採択数推移です。ただし、中国についてはグラントデータの開示状況が年により大きく異なるため、集計から除外しています。また、公開直後のグラント情報はデータベースに格納されないため、直近の集計値は過小評価されている可能性があります。
グラントについてはモニタリング領域の採択数が最も少なく、狭義や広義領域の採択数が全期間にわたり相対的に多くなっています。採択数自体の増減は横ばいではあるものの、明確な減少傾向もないため「陸/淡水/海の利用による変化」の領域は今後も継続的に資金が配賦されると期待されます。
グラントの中身については、狭義領域は生物多様性の回復を目指すプロジェクトが多く、広義領域は、自然環境や生物多様性の保護を目指すプロジェクトが多く見られます。モニタリング領域では環境DNAメタバーコーディングなどの遺伝子レベルの解析に取り組むプロジェクトが多く見られました。
以下に、狭義や広義領域およびモニタリング領域の近年のグラントを紹介します。
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グラント事例(広義領域)
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タイトル:BIOcean5D: Marine biodiversity assessment and prediction across spatial, temporal and human scales
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機関・企業:Ghent University(欧州連合)
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プロジェクト期間:2022年~2026年
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資金調達額:約1,600万米ドル
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概要:ウイルスから哺乳類まで、多様な空間的・時間的スケールで海洋生物多様性を包括的に調査・モデル化することを目的とする。最先端の生物学・生態学・経済学などの知見を統合し、新旧のデータを一体化することで、革新的な指標や理論、モデルを創出する。この取組を通じて、海の持続可能な保全を実現することを目指す。
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グラント事例(狭義領域)
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タイトル:Large scale RESToration of COASTal ecosystems through rivers to sea connectivity
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機関・企業:Polytechnic University of Catalonia(欧州連合)
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プロジェクト期間:2021年~2026年
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資金調達額:約2,100万米ドル
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概要:欧州連合の複数の地域海域において、河川と海をふたたび結びつけることで、生物多様性を向上させ、浸食や洪水のリスクを低減することを目指す。また、ガバナンスや資金調達の仕組みを変革しながら、低炭素型の適応戦略として、大規模な沿岸生態系の再生を実証し、その拡大を図る。
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グラント事例(モニタリング領域)
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タイトル:Biodiversity Genomics Europe
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機関・企業:Naturalis Biodiversity Center(欧州連合)
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プロジェクト期間:2022年~2026年
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資金調達額:約1,800万米ドル
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概要:大規模なDNAバーコーディングやリファレンスゲノムの生成を協調して進めるとともに、データパイプラインやネットワークの構築を通じてゲノム科学の活用を加速させることを目指す。この取組でヨーロッパの生物多様性をモニタリング・マネジメントし、生物多様性の損失に対応するための広範な連携を促進する。
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「陸/淡水/海の利用による変化」に関連する技術動向のまとめ
「陸/淡水/海の利用による変化」に関する技術は、ネイチャーポジティブの3領域を比べた場合、どの領域においてもスタートアップ企業の設立件数は少なく、グラントについては長年にわたり継続的な資金の配賦があり、論文の出版数も顕著な増加が見られるため、基礎研究の段階であることが読み取れます。その中でも、狭義領域およびモニタリング領域が社会実装に近いといえます。この2つの領域は広義領域と比較すると特許の出願数も多く、2015年の出願数を基準とした場合の伸び率も高くなっています。対して、広義領域は社会実装から最も遠いといえます。特許の出願数が最も少なく、2015年の出願数を基準とした場合の伸び率も低いです。
「陸/淡水/海の利用による変化」の領域においては、 陸上や淡水、海洋生態系の保全と復元や、生物多様性の回復がとくに注目されているなかで、淡水や海洋生態系に関わる自然環境の保護と改善が中心的な位置づけとなります。また、TNFDでも生物多様性の回復に重きがおかれ、今回の分析と整合がとれているといえます。
生態系の変化や生物多様性の状況を包括的にとらえることが鍵となるでしょう。水や土壌などの自然環境中にふくまれる生物由来のDNAをまとめて幅広く解析することで「どのような生物がその場所に存在しているか」を効率的かつ正確に把握する手法である環境DNAメタバーコーディングがこの領域でもっとも注目される技術であり、とくに論文やグラントでは多くの基礎研究が進んでいます。今後も、環境DNAメタバーコーディングの進展により陸上や淡水、海洋生態系の保全と復元、生物多様性の回復に主眼を置いた技術開発が加速していくと期待されます。
著者:アスタミューゼ株式会社 ミシェンコ ピョートル 博士(工学)
さらなる分析は……
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