薄膜生成時の枝分かれ現象を、トポロジー・物理・AIの融合で解明 〜Beyond 5Gを支える基盤技術への応用に期待〜
【研究の要旨とポイント】
材料表面における薄膜生成時に生じる特徴的な枝分かれ(樹枝成長)は、電子デバイスの電気的特性に大きな影響を与えます。
数学・物理・人工知能(AI)を融合して薄膜生成時の樹枝状組織を定量的に解析する手法を開発し、その背景にあるメカニズムを明らかにしました。
本手法は、半導体から通信技術に至るまで、幅広い材料のプロセス最適化に応用できると期待されます。
【研究の概要】
東京理科大学 先進工学部 マテリアル創成工学科の小嗣 真人教授、岡山大学の大林 一平教授、京都大学の平岡 裕章教授、筑波大学 数理物質系の三俣 千春教授らの研究グループは、トポロジーと自由エネルギーを活用した機械学習(AI)解析を実施し、薄膜結晶の電気的特性に大きな影響を与える樹枝状構造の枝分かれメカニズムを明らかにしました。これは、高品質な薄膜結晶の作製プロセスにつながる成果であり、次世代の電子デバイスへの応用が期待されます。
Beyond 5G の実現に向けて、現世代の 5Gよりも一桁以上高いテラヘルツ(THz)周波数帯で動作する電荷移動度(*1)の高いデバイスが求められています。そこで現在、次世代電子デバイスに使用する極微細なトランジスタ材料等の作成方法の開発、および構造・機能の解析が広くおこなわれています。特に、銅基板上のグラフェン(*2)および六方晶窒化ホウ素(h-BN、*3)からなる多層膜は高い電荷移動度を示すことが知られており、半導体デバイス、通信技術、センサー技術など、幅広い応用が期待されています。
また、こうした多層膜構造デバイスの性能を引き出すためには、多層膜そのものに加え、その触媒となる銅基板上における薄膜の高品質な生成も非常に重要となります。しかし、その成長のプロセスやメカニズムの解析手法は、顕微鏡による定性的な観察が主体であり、薄膜成長メカニズムの本質的な理解を深め、材料を最適化するためには、新しい解析手法が求められていました。
今回の研究では、薄膜生成時に見られる樹枝状(枝分かれ)の成長過程にフォーカスしました。基板上に生成される薄膜は、枝分かれをするように広がって成長します。こうした枝分かれ構造は、厚さが不均一になったり、凹凸ができたりする原因となり、その品質に影響を与える大きな障害となっていました。
そこで本研究グループは、数学的なトポロジーの概念と、物理的な自由エネルギーを融合させ、さらに機械学習を組み合わせて解析しました。その結果、薄膜生成時における樹枝状組織と成膜プロセスのリンクを構築し、枝分かれ現象のメカニズムを明らかにすることができました。
この成果は、Beyond 5Gの実現に向けた高品質な薄膜作製に役立つだけでなく、数学、物理、AIを組み合わせた、新しい自由エネルギーモデルを開拓した点でも画期的なものです。
本研究成果は、2025年4月8日にマテリアルズ・インフォマティクスの専門論文誌「Science and Technology of Advanced Materials: Methods」に公開されました。

【研究の背景】
現代の電子デバイスの作製には、薄膜の成長技術が幅広く使われています。Beyond 5Gと呼ばれるより大容量・高品質な通信を実現する次世代電子デバイスでは、この薄膜技術はより微細かつ高い性能を求められることになります。
銅基板上のグラフェンやボロフェン(*4)からなる多層膜は高い電荷移動度を示すと期待されており、半導体デバイス、通信技術、センサー技術など、Beyond 5Gを支える基盤材料となることが期待されています。
そうした多層膜デバイスの微細構造は、デバイスの性能を左右する電荷密度などの機能に影響を及ぼすため、精密な制御が求められます。
一方、多層膜構造そのものだけでなく、多層膜構造の触媒となる銅基板の構造も、デバイス性能に大きな影響を与えます。多層膜デバイス実用化のためには、優れた性能を持つ構造の銅基板を大面積で作成する必要があります。銅基板の構造は雰囲気や組成、表面欠陥などのプロセス条件の影響を大きく受けることから、プロセス条件の最適化が非常に重要な課題です。
しかし、現在まで解析が進んでいるとはいえず、現場の経験や勘によるところが多いのが現状です。特に、成長過程に見られる樹枝状(枝分かれ)の構造は、銅の膜の不均一な箇所にできることがあり、それが電気的特性にも大きく影響を及ぼします。
そこで本研究では、こうした樹枝状の薄膜成長のメカニズム解明に向け、新しい研究手法を提案しました。
【研究結果の詳細】
まず、銅基板の薄膜生成における樹枝状組織を、フェーズフィールド法(*5)を用いてシミュレーションし、67,725枚の画像を作成しました。次にパーシステントホモロジーと機械学習にかけました。一般的に、機械学習では具体的な予測根拠がわからない「ブラックボックス問題」がありましたが、提案手法は数学と物理に基づく「ホワイトボックス型の機械学習」であることが大きな特徴です。
具体的には、トポロジーの新概念であるパーシステントホモロジー(*6)という手法を用い、樹枝状の組織を解析し、パーシステント図(PDデータ)として特徴量を抽出しました。
PDデータは、主成分分析(PCA、*7)と呼ばれる解釈性の高い機械学習を用いて、樹枝状成長の連続的な動きを2次元にマッピングしました。このとき、特徴的な2つのベクトル(評価軸)としてPC1とPC2を獲得することができました。このマッピングでは、特徴ベクトルと材料の自由エネルギーが関係付けられています。
つまり、このマッピングは、枝分かれ(構造)の成長と自由エネルギーの変化(プロセス)の関係をあらわしており、構造とプロセスをデータ空間で結びつけることに成功しました。
たとえば、樹枝状構造の成長に従ってPC1が増加し、エネルギーは減少していることがわかります。PC1が-1近くにロバストな分岐点があり、そこでエネルギーの急激な減少が起こることもわかりました。PC2についても調べたところ、PC2の正負が分岐の有無を決定付けていることも明らかになりました。
さらに、自由エネルギーの微細な変化をPC1やPC2と関係づけて解析した結果、樹枝状構造の分岐現象と密接に関係していることが明らかになりました。得られた特徴量は枝分かれを記述する隠れた特徴量であることが示差されました。この結果により、枝分かれが起こる条件をデータ空間上で明示することが可能になり、薄膜成長プロセスの最適化に新たな指針を与えることができました。

【今後の展望】
本研究では、薄膜生成過程における樹枝(枝分かれ)成長プロセスを、数学のトポロジカルな概念と物理の自由エネルギーで解析することで、組織構造とプロセスのリンクを構築することができました。
その際、今までになかった定量的な特徴量を見出し、自由エネルギー変化を解析することで、枝分かれ現象がどのようにして起こるのか、メカニズムへの深い洞察を得ることができました。今後、薄膜成長プロセス条件の最適化に応用できると期待されます。
こうした数理科学と材料科学を組み合わせた手法は、マテリアル・インフォマティクス(*8)と呼ばれる最新の研究手法であり、結晶成長や薄膜創製のメカニズム解明など、新規材料の創製、最適化にも応用が期待されます。
※ 本研究は、科学技術振興機構(JST-CREST・助成番号JPMJCR21O4)の支援を受けたものです。また研究の一部は、日本学術振興会(KAKENHI)科学研究費助成事業(A)(21H04656)、挑戦的研究(萌芽)(19K22117)およびBeyond 5G研究開発プロジェクト(助成番号:05901)、およびJST未来プログラム(助成番号:JPMJMI22708192)の支援を受けたものです。
【用語】
*1 電荷移動度
電荷が物質の中をどれだけ移動しやすいか示す指標。値が大きいほど伝導しやすいことを意味する。
*2 グラフェン
炭素原子一つ分の極薄のシート状の物質。網の目のように原子同士がつながっている。電気特性に優れ、半導体材料などにも広く使われている。
*3 六方晶窒化ホウ素
絶縁性を持つ窒素とホウ素からなる化合物。グラフェンと同じく六方晶結晶構造をもつ。半導体材料に多く使われている。
*4 ボロフェン
ホウ素一原子分の厚さのシート状の構造。グラフェンよりもさらに優れた性能を持つ材料として注目を集めている。
*5 フェーズフィールド法
Phase-field法。メソスケールでの材料の内部組織形成を計算するシミュレーション手法。結晶成長プロセスを計算できる。
*6 パーシステントホモロジー
データの形状や構造の特徴を数学的に解析するトロポジーの概念。図形を構成する点の連結性や穴がどれだけ開いているかなど、「かたち」の情報をとり出すことができる。これを可視化したものがパーシステント図。
*7 主成分分析(PCA)
多くの変数データから重要な情報を要約・集約し、その特徴を主成分として提示する方法。機械学習によって導き出される。
*8 マテリアル・インフォマティクス
AIやデータ科学を活用して材料開発を実施する手法。材料科学のビッグデータの中から本質的に重要な要素を抽出して、材料の機能や新たな物理を導き出す研究。
【過去のプレスリリース】
※1 データサイエンスを活用し、物質表面原子構造を高精度で自動解析 ~専門知識や熟練した技能は不要、材料開発の加速に期待~
※2 熱電性能の起源となる構造と電子状態の変化を解明 ~環境にやさしい効率的な熱電材料開発の基礎となるメカニズム~
※3 計算×情報×実験により 人間の経験則を超えた磁性材料の創製に成功 〜未踏物質の発見をアシスト〜
※4 AIで新たな物理モデルを設計し、電気自動車の燃費向上に挑む ~拡張型ランダウ自由エネルギーモデルを軟磁性材料に適用、実材料の機能解明に光明~
※5 磁気渦のバタフライエフェクトの起源を可視化。メモリの信頼性向上に大きく前進 ~トポロジーと機械学習によって、情報書き込みの結果が事前にわかる~
【論文情報】
雑誌名:Science and Technology of Advanced Materials: Methods
論文タイトル:Linking Structure and Process in Dendritic Growth Using Persistent Homology with Energy Analysis
著者:Misato Tone, Shunsuke Sato, Sotaro Kunii, Ippei Obayashi, Yasuaki Hiraoka, Yui Ogawa, Hirokazu Fukidome, Alexandre Lira Foggiatto, Chiharu Mitsumata, Ryunsuke Nagaoka, Arpita Varadwaj, Iwao Matsuda, Masato Kotsugi
DOI:10.1080/27660400.2025.2475735
【発表者】
刀根 三聖 東京理科大学 先進工学部 マテリアル創成工学科 2021年度 学部卒
佐藤 駿丞 東京理科大学大学院 先進工学研究科 マテリアル創成工学専攻2022年度 修士卒
國井 創大郎 東京理科大学大学院 先進工学研究科 マテリアル創成工学専攻2021年度 修士卒
大林 一平 岡山大学 学術研究院異分野融合教育研究領域(AI・数理)教授
平岡 裕章 京都大学 高等研究院 センター長・教授
小川 友以 NTT物性科学基礎研究所 主任研究員
吹留 博一 東北大学 電気通信研究所 准教授
Alexandre Lira Foggiatto 東京理科大学 先進工学部 マテリアル創成工学科 助教
三俣 千春 筑波大学 数理物質系 教授、東京理科大学 先進工学部 マテリアル創成工学科 客員教授
長岡 竜之輔 東京理科大学大学院 先進工学研究科 マテリアル創成工学専攻博士課程1年
Arpita Varadwaj 東京理科大学 先進工学部 マテリアル創成工学科 博士研究員
松田 巌 東京大学 物性研究所 教授
小嗣 真人 東京理科大学 先進工学部 マテリアル創成工学科 教授
【研究に関する問い合わせ先】
東京理科大学 先進工学部 マテリアル創成工学科 教授
小嗣 真人
E-mail:kotsugi【@】rs.tus.ac.jp
【報道・広報に関する問い合わせ先】
東京理科大学 経営企画部 広報課
TEL:03-5228-8107 FAX:03-3260-5823
E-mail:koho【@】admin.tus.ac.jp
岡山大学 総務部広報課
TEL:086-251-7292 FAX:086-251-7294
E-mail:www-adm【@】adm.okayama-u.ac.jp
京都大学 広報室 国際広報班
TEL:075-753-5729FAX:075-753-2094
E-mail:comms【@】mail2.adm.kyoto-u.ac.jp
東北大学 電気通信研究所 総務係
TEL:022-217-5420
E-mail:riec-somu【@】grp.tohoku.ac.jp
筑波大学
TEL:029-853-2040 FAX:029-853-2014
E-mail:kohositu【@】un.tsukuba.ac.jp
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